Extra ふゆのよる

「え?そんなのってあり?違くね?」
「普通は『こう』だろう。客人を手狭な所に寝かせる訳にはいかないからな」

 そういって思い切り口を尖らせて睨みつけてくる視線を軽くいなしながら、兄サマはオレの待つ布団の方へと身を滑り込ませた。途端に上がる悲痛な悲鳴。それを兄サマの背中越しに聞きながらオレは密かにニヤリと笑った。多分これは意地悪だ。アイツが文句言うのを分かっていて、敢えてやってるんだろう。それが分かっているけれど、オレは突然訪れたこの幸福に全身でしがみ付いた。久しぶりの兄サマの体温はとても暖かくて気持ちがいい。

 町外れの巨大団地の一角で、大人のいないこの家に初めて泊まりに来た兄サマの恋人は、眠る段になって突然宣言された一人寝に、まるで小学生の様に嫌だ嫌だと駄々をこねた。だってしょうがないじゃん、布団は二つしかないんだからさ。

 城之内克也。この町一番の大金持ちで馬鹿だけど社長をやっている不良崩れの『いい男』。オレも城之内の事は好きだけど、兄サマを取られた事にはやっぱり不満を持っているから、こういう時にちょっとした仕返しが出来るのがとても嬉しかった。

 この狭い家でオレがいるのに二人きりになんて絶対させない。一緒に寝るなんてそれこそ言語道断だぜ。今晩はせいぜい一人寂しくその布団で悶々としてればいいんだ。

「そりゃねぇだろーモクバ―!」
「へへん。兄サマを独り占めしたかったらオレのいない所でやるんだね」
「くっそー……あっ、じゃあオレもそっちで寝る」
「無理だ」
「二人でもぎゅうぎゅうなのに三人なんてムリムリ」
「ひでぇ!」
「いつまでも煩い。寝るぞ」
「兄サマ、おやすみなさい。城之内も早く寝ろよ!」
「寝れねぇ!」
「………………」
「あ、無視?無視すんの?この人でなし!」

 パチリ、と部屋の電気が消える。その瞬間まだぐだぐだと文句を言っていた城之内もさすがに諦めたのかごそごそと隣の布団に入っていた。なんだかんだ言って諦めはいいんだよな、こいつ。そういう所も悔しいけれど好きなんだ。

 多分兄サマもそうなんだろう。煩くて図々しい奴だけど、ほんといい男なんだ。

「……ちょっと意地悪だったかな?」

 オレはこっそり、兄サマの耳元でそう囁く。すると、頭に暖かい気配がして兄サマがくすりと笑った。

「奴も分かってて、敢えて騒いでいるのだ。気にするな」

 んー。やっぱりちょっとムカつくぜぃ。
 でも、オレの見えない所では沢山兄サマにベタベタしてるんだからこれ位は当たり前か。

 明日アイツが寝坊をしたら上から踏ん付けてやろう。そして笑いながらおはようって言ってあげるんだ。


-- End --