Extra Sweet time

「あれ、城之内じゃん!こんな所で何してんの?」

人通りが一番多い夕方の繁華街。今日は久しぶりに遊戯とゲームセンターを渡り歩き、カード屋にも寄って新作パックを購入し、充実した放課後を過ごしていた。ゲームの成績も上々、カードの引きも良く、満足した所でそろそろ帰ろうかと話していた時だった。

 不意にあらぬ方向から掛けられた声に、城之内は一瞬立ち止まり、きょろきょろと辺りを伺う。隣の遊戯も城之内同様ぐるりと視線を巡らせて首を傾げていた。

「ねぇ城之内君。今、モクバ君の声しなかった?」
「あ、やっぱお前にも聞こえた?モクバの声、したよな?」
「うん。確かに……」

 幾ら周囲を見渡してもその声の正体が見つからず、二人で眉を寄せて顔を見合わせたその時だった。突然ドンッという衝撃と共に城之内の腹部をガッチリとホールドする小さな手が現れる。思わず「うわっ!」と叫んで振り向くと、そこには如何にも悪戯が成功した、と言わんばかりの表情で笑いながら城之内を見上げるモクバの姿があった。

「お前ら探すの下手くそだなぁ。オレ、車の中にいたんだぜぃ」
「いきなり抱きついてくんな!吃驚するだろーが!つか、車の中なんて分かる訳ねーだろ!」
「やっぱりモクバ君だったんだね!久しぶり!」
「久しぶり!遊戯も一緒だったのかよ?」
「ボクの事見えてなかったんでしょ。酷いなぁ」
「丁度城之内の影になってたからさ、ゴメンゴメン」

 言いながらモクバは城之内から身を離し、二人の前に回り込む。そんな彼の頭を軽く叩くと、城之内は肩を竦めつつ口を開いた。

「ところで、お前こそこんな所で何してんだよ。小学生はお家に帰る時間だろ」
「さっきまで会社で仕事してたんだぜぃ。今は買い出しに来たんだ」
「買い出し?お使いかなんか?」
「ううん。自分の買い物!ほら、明日はホワイトデーだろ?」
「ホワイト……あっ!」

 ホワイトデー。モクバが発したその言葉に、城之内の顔色が僅かに変わる。

 そうだ。明日は三月十六日、ホワイトデーだ。最近しきりに菓子のCMや朝の情報番組等で特集が組まれていたのを思い出す。過去に女子からバレンタインデーにチョコレートを貰っていた時も金銭的理由から返した事が無い城之内はその事に思い到りもしなかった。感覚的には「そう言えば、そんな行事も有ったなぁ」程度のものである。

 しかし、今年は少し勝手が違う。何故なら自分はバレンタインデーのチョコレートを、『本命』から貰っていたからだ。

「すっかり忘れてた!ボクもお返し買って行かなくちゃ!」
「へーお前もちゃんと貰えたのかよ。あ、杏子からか!」
「ほ、他にもちゃんと貰ったよ!」
「どうせ『ママ』にだろ」
「う、うるさいなぁ」
「……………」

 城之内は同じ様に完全に頭に無かったらしい遊戯が慌てた声を上げるのを聞きながら、今日外で遊んだ事を後悔した。元々少ない財布の中身はゲームやカードに消えて随分と乏しくなってしまったからだ。

 ああ、オレの馬鹿!今更そう心の中で呻いても意味が無い。

 そんな彼の心中など知る由も無く、モクバは無邪気に城之内にも遊戯と同じ事を聞いて来る。

「お前は?そう言えば兄サマにバレンタインチョコ、ちゃんと貰ったのかよ?」
「え?ああうん。ちゃんと貰った。つかオレ、海馬にホワイトデー返さないとまずいんじゃ……」
「兄サマに?別にいらないんじゃないの?だってあれは」
「いや!そうはいか……」

 そう城之内が答えようとしたその時だった。興味深げに二人の会話を聞いていた遊戯が、少しだけムッとした顔で間に割り込んで来る。

「え?!城之内君、海馬君からチョコレート貰ったの?何それ超ズルイぜー!」
「……ズルイって……」
「だってズルイじゃん!ボクだってさぁ!」

 ああ、そう言えばコイツも海馬の事好きだったよな、と何故か冷静に考えながら、城之内は苦笑いを浮かべつつ、まるで噛みつく様に自分を見上げる遊戯の視線を顔を反らす事でスルーした。そして気不味く頭を掻く。

 そんな二人の間に挟まれていたモクバだったが、生じた微妙な空気も気にする事はなく城之内に向けていた顔を再び遊戯へと戻して茶化す様に言った。

「何だよ、お前も兄サマからチョコが欲しかったのか?」
「そりゃ欲しいよ!まぁ、ボクはあげた方なんだけどね。海馬君から横流しされなかった?キットカット」
「あ、アレお前が兄サマにやったもんだったのか。机の引き出しに入ってて、何時の間にか無くなってたぜ?オレもちょっと貰ったけどさ」
「えっ?海馬君食べてくれたんだ?嬉しいなぁ」
「流石の兄サマも知り合いのチョコ位は食べるぜぃ。ああ見えて甘い物好きなんだ」
「へー。意外だね」

 遊戯の言葉に城之内も無言のまま同意した。尤も海馬はバレンタインのあの日に自分が差し出したチョコレートを躊躇せずに食べていたのだから、嫌いではないと推測はしていたが。そう思った瞬間、何故かあの時の光景まで蘇り、少しだけ頬が熱くなる。あれからもう一ヶ月。いい加減あの仏頂面が恋しくなる時期だ。

 しかし当の海馬はバレンタインデーの数日後海外に飛んでしまい、現在は行方知れずだった。といっても本当に居場所が分からないのではなく、単純に城之内の元に情報が届いていないだけの話だったが。

 はぁ、と小さな溜息が零れ落ちる。

 ここで偶然会ったのも何かの縁だ。後でモクバに海馬の事を聞いてみよう。そう思い、城之内がそろそろ二人の会話の中に入ろうとしたその時だった。遊戯と色々な話をして盛り上がったのか、モクバが子供っぽく二人の手を掴んでこう言った。

「じゃあさ、お前らも必要があるんなら一緒にホワイトデーのお菓子、買いに行く?オレはこの近くのスウィーツショップに行くんだけど」

 大きな目をキラキラさせてそんな事を言う彼は年相応に見えて可愛らしい。その言葉に城之内は即座に首を縦に振ったが、遊戯ははっとしたように腕時計を見て眉を寄せた。そして申し訳なさそうに首を振る。

「あー、ボクはそろそろ夕飯の時間だからもう帰らなくちゃ。家の近くのお菓子屋さんに寄っていくよ」
「帰りに車で送ってやるぜ?」
「すぐバスが来るから大丈夫だよ。モクバ君こそ早く帰らないと海馬君に怒られるんじゃないの。帰って来てるんでしょ?何時帰って来たのさ?」
「三日前。帰国してからも忙しくてさ。この時間ならまだ会社だから大丈夫だぜぃ。でもあんま遅くなると確かに怒られちゃうかもな。兄サマ最近口煩いんだ」
「それだけモクバ君の事を心配してるんだよ」
「そうかなぁ……。あ、オレ運転手待たせたままなんだ。ちょっと話して来るから待ってろよ!」

 そういうとモクバは直ぐに踵を返して雑踏の中に消えて行く。この辺は駐車禁止の場所ばかりだからあの目立つリムジンは裏道にでも待機させているのだろう。残された二人は道行く通行人の邪魔にならない様店舗の軒下へと移動し、徐々に灯り始める街灯を眺めていた。賑やかな会話の後の、気詰まりな沈黙。

 不意に城之内は今しがた遊戯がモクバに話していた内容が気になった。城之内は海馬が何処にいるのかさえ分からなかったのに、何故遊戯は海馬の行動を把握しているのだろう。

 小さな嫉妬がちくりと胸を刺す。けれど自分も海馬からチョコレートを貰った事は遊戯に内緒にしていた。先程彼が見せた複雑な表情は今の城之内と同じ、嫉妬から来るものなのだろう。

(まぁ、お互い様か)

 釈然とはしなかったが、そう自分を無理矢理納得させて、城之内は大きく息を吐きつつ視線を落とした。すると奇跡的なタイミングの良さで遊戯も視線を合わせて来る。そして少しだけ曇った笑みを見せた。

「海馬君からチョコレートを貰えて良かったね」
「……半分はモクバに言われてって感じだったけどな」
「モクバ君?」
「うん。ほら、オレ年末にお前に言われて海馬のとこに行った事あったじゃん?そん時にちょっと面倒見てやったから……」
「ああ、インフルエンザの時ね。そっかぁ。……あの時、行って良かったでしょ?」
「まぁ、な」
「ちゃんとボクにも感謝してよねっ。チャンス作ってあげたんだからさ」
「か、感謝してるって!」
「なーんて、嘘だよ。ボクは君達が仲良くしてくれるのが一番嬉しいんだから」

 でも海馬君のチョコはズルいよ!

 そう言って少しだけ頬を膨らませる遊戯の事を城之内は驚きつつ受け止めていた。何故なら遊戯が思っていた以上に明るく素直に『その事』を口にしてくれたからだ。同じ様に海馬が好きな者同士思う所はあるだろうに、それを表に出す事もしない。自分と違って随分と大人だと、そう思った。

 よくよく考えてみれば海馬がインフルエンザを患った日も遊戯から情報を貰わなければ海馬邸に行く事は出来なかったのだ。彼が本気で海馬を狙っているのだとしたらわざわざ敵に塩を送る真似をする筈がない。その位は分かっている。

「……………」

 一瞬でもつまらない嫉妬をした事を城之内は密かに恥じた。そして改めてあの日にわざわざ海馬の事を教えてくれた遊戯に感謝した。同時にチョコレートの件を黙っていた事を申し訳なく思ったが、それはそれと割り切った。

「なんか照れくさいな、こーゆー話」
「いいじゃん、ボク達高校生なんだし、普通だよ」
「相手が普通じゃないけどな」

 何時の間か全開の笑顔を浮かべる遊戯につられて頬を緩めながら、城之内はもう一度、今度は真摯な気持ちで「ありがとう」と口にした。それに遊戯も「どういたしまして」と返してくる。

「じゃあ、やっぱりホワイトデーは返さなくちゃね。海馬君が無理矢理モクバ君に言われてやった事だとしても、城之内君がチョコレートを貰った事は事実なんだからさ」
「だよなぁ。でも、アイツがそんなもん受け取ってくれると思うか?バレンタインの時なんて貰ったチョコをオレに欲しいなら持って行け、とか言ってたんだぜ?」
「大丈夫だよ!ボクのキットカットだって食べてくれたって言ってたじゃん」
「あ。そう言われればそうか。……つか、さっき思ったんだけど、お前は海馬が日本に帰ってる事、知ってたんだな。メールでも来たのかよ」
「違うよ。一昨日ニュースでやってたじゃん。見て無かったの?」
「ニュースぅ?」
「あ、もしかしてボクが抜け駆けしたと思った?そんな意地悪はしないよー」
「んな事思ってねぇよ」

 まぁ、さっきはちょっとは疑ったけどな。

 城之内は心の中でそう思いながら声を上げて笑った。笑いながらやっぱり今日はいい日だと改めて思ったのだ。

 財布の中身は、少ないけれど。
「……なんか物凄くファンシーなものチョイスしちまったんだけど……どうなんだコレ」
「しょうがないだろ。お前に金が無いんだからさ」
「そりゃそうなんだけどさぁ……」

 遊戯と別れてから三十分後。リムジンの車内で大量のクッキーを抱えて座るモクバの横で、城之内は大げさに頭を抱えていた。その膝の上にはピンク色の包装紙で可愛らしくラッピングされたマドレーヌがある。モクバと共に店に行き、海馬へのホワイトデーのプレゼントを誠心誠意探した城之内だったが、資金の関係で選択範囲が狭まってしまい、仕方なくその中でも一番マシだと思えるモノを購入した。

 本当は海馬が自分にくれたチョコレートと同等位のものを用意したかったのだが、無理なものは仕方ない。溜息を吐きつつ膝の上のマドレーヌを掲げる城之内に、モクバは特に慰めるでもなくこう言った。

「大丈夫だって。兄サマ、焼き菓子も大好きだし!」
「本当かよ」
「オレは嘘は言わないぜぃ。それに兄サマは出張に行くと痩せて帰って来るから丁度いいかも。オレも兄サマ用のクッキー一杯買っちゃった」
「どういう理屈だよそれ」
「ご飯は面倒臭がってあんまり食べないけど、お菓子は結構食べるって事」
「あーなるほど……」
「で、お前はこれからどうすんの?家に帰るなら送ってくけど」
「えっ」
「それとも、うちに来る?兄サマも帰ってくるぜ?」

 モクバの思いがけない一言に城之内は瞠目した。先程の誘いを受けたのは一緒に海馬への『お返し』を買う事と、ついでに彼の動向を聞こうと考えていたからで、その後家にまで付いて行けるとは思ってもいなかったのだ。勿論城之内に断る理由など存在しない。だが、彼は内心の喜びをなるべく抑えて控えめに答えを返した。

「……いいのかよ?」
「全然構わないぜぃ。オレも兄サマの件でお礼がしたいと思ってたし。夕ご飯も食べて行けよ」
「マジで?!あ、でも、海馬がさぁ……」
「一々んな事気にすんなよ。前にも言ったろ。兄サマはお前が来る事を嫌がってないって」

 そういえば、バレンタインの時もそんな事を言われた気がする。城之内は「そ、そうか?」と口篭りながら、少し不安げにモクバの顔を見返した。彼は相変わらず楽しそうに笑っていて城之内の態度など気にする様子も無い。

(……今までそんなに深く考えた事もなかったけど、モクバはオレが海馬をマジで好きな事、分かってんのかな?)

 不意にそんな事を思いどこか後ろめたい気持ちになる。今はまだ城之内の兄に対する行動を純粋な好意としか見てはいないだろうが、『海馬を恋愛対象として好き』という本来の気持ちを知られてしまったら、さすがのモクバも引いてしまうかもしれないと思ったからだ。尤も、海馬同様モクバの事も然程良く知っているわけでは無いので『そういう事』に理解があるかどうかは分からない。けれど、確認しようにも小学生相手に話せるような内容でも無かった。

 よくよく考えなくとも、自分は随分と面倒臭い恋をしている。城之内は改めてそう思ったが、別段辛いとも悲しいとも思わなかった。将来的にモクバの許可を取らなければならないとしてもまだずっと先の事だ。それ以前に当事者である海馬に振り向いて貰わなければならない。それすらも達成していないのだから考えるだけ無駄な事だった。

 まぁ、なるようになるだろう。今日だって海馬が嫌がったら適当に帰ればいいんだ。なんとかなる。そう思い、即座に気持ちを切り替えた城之内は「じゃあ、お言葉に甘えますか」と、明るく笑った。何はともあれ海馬に会えるのは凄く嬉しい。ついでに夕食も食べさせて貰えるのなら一石二鳥だった。

「なら、今日ついでに海馬に『コレ』を置いて来ちまうか。アイツまだ学校に来れないんだろ?」
「うーん……今週はどっちにしても無理かな。だからその方が賢いぜぃ」
「休み過ぎだっての。いい加減にしねぇと留年すんじゃねぇの?」
「オレもそう思う。課題提出だけじゃ限界あるよね。でも兄サマ、オレの言う事なんて聞いてくれないんだ。自分は色々と口を出してくる癖にさ」
「アイツ、自分はもう大人だと思ってるからなぁ。すーぐ癇癪起こすガキの癖によ」
「癇癪って言うなよ」
「でもなんだかんだ駄々捏ねるだろ?インフルエンザの時もそうだったじゃん」
「あはは、反論はしないぜぃ。まぁでもそこが兄サマだからさ、しょうがないよ」

 そう言って笑うモクバに城之内は心の底から同意して、少々大げさに頷いてみせた。

 そして「海馬ってやっぱり可愛いよなぁ」と思うのだった。
「お帰りなさいませ、モクバ様。そちらは……城之内様ですか?お久しぶりです」
「あ、えーと……お邪魔します」
「城之内は今日はオレのお客だぜぃ。買い物に行った時に拾ったんだ!」
「なんだそりゃ、人をゴミみたいに言うなよ」
「言ってねぇよ。お前ってヒクツな奴だよなー」
「生意気!」
「うるさいなぁ、可愛い冗談だろ?吠えるなよ。あ、磯野。兄サマはもう帰って来てる?」
「はい。お二方がお帰りになる一時間ほど前に……今は私室の方にいらっしゃるかと。モクバ様はまだかと気にされていましたよ」
「あっちゃー。オレの方が遅かったかぁ……」

 海馬邸に着いて早々エントランスホールで数人の使用人や磯野に出迎えられた二人は、挨拶もそこそこにまずは海馬に顔を見せに行こうと広い廊下をゆっくりと歩いていた。然程大きくも無い足音や互いの話し声がやけに響くのを気にしながら、城之内は久しぶりに訪れたこの場所を懐かしく眺めていた。

 去年の年末に足繁く通ったお陰で、屋敷の大体の構造は覚えてしまった。最初は一人で行動するのが不安でよくモクバに付いて来て貰ったが、今ではある程度なら単独で動く事が出来るようになった。尤も、まだ一人の行動が許される程親しくはなっていなかったが。

「着いたぜぃ」
「なんだか懐かしい気がするな」
「お前はあの時以来だもんな、うちに来るの」

 程無くして辿り着いた海馬の部屋は相変わらず静けさに満たされていて、何処か威圧的だった。彼が寝込んでいると知って訪れた時はそんなものを覚える暇もなかったし、また緊張もしていなかったので然程感じなかったものの、今日の様に極普通の状態で在室していると分かっていると何となく腰が引けてしまう。しかも海馬の許可を得ていない突然の来訪だから尚更だ。

 顔を見せた瞬間に鬱陶しげに眉を潜められ、何をしに来た帰れと追い返される事を想像し、城之内はなんとなく憂鬱な気分になる。全部自分の想像なのにも関わらず、だ。

「…………」

 そんな城之内の横でモクバも入室を躊躇していた。彼の場合は城之内とは全く違い単純に帰宅が少し遅れた事で兄に叱られるかもしれない、という危惧があったからなのだが。

「何してんだよ、早く入れよ」
「お前こそ早く入れよ。兄サマに会いに来たんだろ」
「何言ってんだ。オレがいきなり入ったら変な顔されるに決まってるだろ。海馬は知らないんだからさ」
「……兄サマ、怒ってるかなぁ」
「そんなん大した事ねぇって」
「じゃあお前が先に入れよ。大した事ないんだろ」

 二人で訳の分からない小競り合いをしつつ、お互いにその無意味さに気付いて肩を竦める。ただ扉を開けるだけの行為にこんなに時間が掛かるのも珍しい。

「……しょうがねぇなぁ。結局オレが泥被るのかよ。お前、ちゃんとフォローしろよ」

 数秒後、膠着する事態に仕方なく先に動いたのは城之内だった。意を決して扉の前に立ち、拳を握る。どの道ここでうだうだしてても始まらない。どのタイミングで顔を出そうが文句は言われてしまうのだ。それなら、堂々と突入してもいいだろう。何事も当たって砕けろだ!と彼は開き直ったのだ。

 握った拳で軽く二回ノックする。しかし何時まで経ってもその場は静かなままだった。まぁ仮に返事が返って来ていたとしても、分厚い扉の所為で良く分からないのかもしれないが。

「……よしっ」

 城之内は仕方なくドアノブを握り締め、一気に押し開ける。そしてまるで己を鼓舞する様に力強い足取りで中に入った。その後ろをモクバが恐る恐る付いて行く。

「……あれ?」

 二、三歩入った所で城之内は室内に海馬の姿がない事に気が付いた。否、正確に言えば居ると思っていた場所に彼は存在していなかったのだ。年末に見た海馬の定位置と言えば丁度扉の正面にある窓際の机の所か手前のソファーだったが、そのどちらも空席で人が居た気配すらない。これには城之内は元よりモクバも首を傾げていた。が、彼はすぐに思い立ったように近くの小さな扉に視線を送る。

 それは、奥にある寝室に繋がる扉だった。

「もしかしたら奥にいるかも。寝ちゃってるのかな」
「え?あいつ昼寝なんかするのかよ?」
「城之内ぃ、今はもう夜だぜ?昼寝っていうか、時差ボケが治ってないのかも。帰国してからも忙しかったしね」
「……だとすると、起こすのは可哀想じゃねぇ?」
「んー、でも夕食はとって貰わないと困るし。後からなんて絶対食べないんだから」

 そうモクバが口にした瞬間、いきなり近くにあった電話がけたたましく鳴り響いた。なんだ?と城之内が振り向くより早く、モクバが直ぐに駆け寄って受話器を取り上げる。そして何やら相槌を打ちながら「うん分かった。兄サマも連れて行くよ」と答えて通話を切ってしまった。城之内はそれを怪訝そうに眺めながら口を開く。

「電話、誰から?」
「磯野からだぜぃ。夕食の準備が出来たから食堂に食べに来いってさ」
「あー……メシかぁ。随分とタイムリーだな」
「もう八時過ぎてるしね。とっくに準備してたんだろ。あ、じゃあオレ、荷物置いて来るから先行ってるな!お前、兄サマを起こして連れて来てくれよ」
「は?!ちょ、ちょっと待てよ!それはお前の役目だろ!」
「そうなんだけど、ご飯の前にお小言なんて聞きたくないし。城之内の方が兄サマの扱い上手いだろ?だから頼んだぜぃ」
「や、頼まれたくないし!オレ、海馬に何て説明すればいいんだよ!」
「そんなの、素直にオレに連れて来られたって言えば……」

 如何にもこんな大邸宅にありがちな上品なデザインの電話の前で、二人がそんな言い争いをしていたその時だった。威勢よく城之内に応戦していたモクバが突然息を飲み、彼の正面にあった寝室行きの扉を凝視する。城之内もそれに倣う形で視線を送ろうとした瞬間、件の扉がバンッという音を立てて勢い良く開かれた。

 その向こうから現れたのは当然この部屋の主である海馬で、彼はいかにも寝起きで不機嫌ですと言わんばかりの顔で騒音の原因となった二人を睨めつける。元々寝るつもりだったのか、いつもはきっちりと閉まっている喉元を寛げてある彼のシャツにはくっきりと皺が寄っていて、前髪には少しだけ寝癖が付いていた。それを見た城之内は図らずもドキリとしてしまう。

「うるさい。人の部屋で何を騒いでいる」

 地を這う様な低い声が、完全に止まってしまった部屋の空気を震わせた。それにとっさに弁解しようと口を開きかけた城之内だったが、僅差でモクバに先を越されてしまう。

「おはよう兄サマ、丁度良かったー。今磯野から夕食の用意が出来たから食べに来いって言われたんだ。だからオレ達起こしにきたんだぜぃ!」
「……夕食?何時の間にかそんな時間か?」
「うん。っていうか、八時過ぎてるし。オレ、ちょっと自分の部屋に荷物置いて直接食堂に行くから、そこにいる城之内と一緒に来てね」
「……城之内だと?」
「城之内!兄サマの事頼んだぜ!」
「えっ、あっ、おいモクバ!ちょっと待てよ!」
「早くしろよ!お腹ぺこぺこだぜぃ!」

 最後にそう言い残し、モクバはまるで逃げるように部屋を飛び出して行ってしまう。後に残された城之内はとっさに持っていたマドレーヌを背後に隠し、容赦なく突き刺さる海馬の冷たい視線に耐えていた。

 次に彼から投げつけられるのは怒りの言葉か嘲笑か。何時の間にか額に冷や汗をかきながら海馬の様子を伺っていると、意外にも彼は城之内をちらりと見ただけで、特に騒ぎもしなかった。もしかしたら単純に寝ぼけているだけかも知れないが、どちらにしても有難い事だった。

「あ、あのう……海馬さん?ちゃんと起きてます?」
「何故、貴様がここにいる」
「ああうん、えっと。さっきたまたま童実野駅前でモクバに会ってさ、夕メシ食わせてくれるって言うから素直に付いて来たんだけど……」
「夕メシ?」
「なんか、この間の事の礼がしたいって。オレは別になんとも思ってなかったんだけど……」
「……この間の事と言うと?まさか貴様、」
「あっ、違うぜ!バレンタインの事じゃねぇよ!去年の話!なんかあの事を感謝されちゃってんだよ、モクバに!」
「……………」
「あー……蒸し返してごめん。つかお前、バレンタインの事覚えてるんだな……」
「!!……別にそんな事、露ほども覚えてないわ」
「嘘吐け、ちょっと慌てた癖に。モクバに知られたと思ったんだろ?」
「何をだ。そもそもあのチョコレートはモクバから言われて仕方なく貴様にくれてやったものだ。やましい事など何もないわ」
「何でやましいって話になるんだよ」
「うるさい。貴様の事情は分かった。夕食でも何でも食べて行けばいい。好きにしろ」
「……なんか引っかかるなーその言い方。つか、今までの話聞いてたろ?お前も一緒にメシ食いに行くんだよ」
「オレはいい」
「よくねぇ。確かにお前またちょっと細くなってねぇ?バレンタインの時よりも更に痩せてるとかヤバいだろ常識的に考えて」
「余計な世話だ!」

 話している内にすっかり覚醒したのか無駄に声を張り上げるその姿に、城之内はなんだか嬉しくなってついにやにやしてしまう。一ヶ月ぶりに顔を合わせた相手は見た目こそ多少の変化があったものの、それ以外は特に変わった所は無かった。それが返って城之内を安心させる。

「何をにやついている」
「そりゃにやつくだろ。一ヶ月ぶりだぜ?」
「何が」
「何がって、顔を合わせるのが!」
「だからどうした」
「いやどうしたって。単純に嬉しいだけだっつーの」
「よく分からん」
「別に分かって貰おうなんて思っちゃいねーよ」

 この素っ気なさと気の無い態度。バレンタインで一歩近づいたかと思いきや、むしろ遠ざかった感じだ。けれど「帰れ」と言われないだけ有難いと城之内は思った。

「まぁ、何でもいいけど、行こうぜ」
「行かない」
「お前を連れてかないと、オレがモクバに文句言われるんだって!」
「知った事か」
「あーもうー!ほんっとガキだなお前はっ!」

 そう言って、城之内が少し強引だと思いつつも海馬の手首を掴もうとしたその時だった。意識するのを忘れた所為か左手で後ろに隠し持っていたマドレーヌを落としてしまう。

「…………!!」

 慌てて拾い上げた時にはもう遅い。既に海馬の視線は城之内から彼が持つ包装紙へと移動していた。如何にも「何だそれは」と言いたげな眼差しに、城之内は暫し逡巡した後諦めて両手でそれを持ち直し、海馬へと差し出した。

 海馬の片眉が僅かに上がり、怪訝そうな顔になる。

「これ、お前にやる。モクバと一緒に買って来たんだ」
「……なんだこれは」
「中身はマドレーヌだぜ」
「違う。オレが聞きたいのは何故貴様がこんなものを寄越すのか、という事だ」
「意味って。お返しだけど」
「……お返しだと?」
「うん。明日はホワイトデーだろ?お前にバレンタインのチョコレートを貰ったから、オレもお前にやろうと思って」
「………………」
「あっお前まさか、バレンタインは知っててもホワイトデーは知らなかったとかじゃないよな?」
「馬鹿にするな。知っている」
「じゃあ意味分かるだろ。はい」
「……………」

 城之内が懇切丁寧に説明してやったのにも関わらず、海馬は何時までも差し出されたそれを見ているだけで手を伸ばそうとはしなかった。最初は彼が自主的に受け取るまで待とうと思っていた城之内だったが、次第に焦れて来てしまい最後には強引に海馬の手を掴んで押し付ける。

「何で手ぇ出さねぇんだよ。ほれ!」

 かさりとピンク色の包装紙が海馬の手の中で音を立てた。やっぱりコイツにピンクは似合わないよな、と城之内が苦笑していると、海馬が心底納得のいかない顔で呟いた。

「こんなもの、貰う謂れは無いぞ」
「何で」
「オレは貴様に正当な意味でのチョコレートをやった訳ではない」
「正当な意味ってなんだよ。お前まだ拘ってんの?別にいいじゃん、どういう意味であろうと、アレはバレンタインのチョコレートなんだからさ。少なくてもオレはそう思ってるし」
「………………」
「まぁ、お前には迷惑かもしんないけど、オレの事嫌いじゃないなら貰ってくれよ。別にこんな遣り取りをしたからって何が変わる訳でもないんだし、そうだろ?」

 だからもっと気軽になってくれよ。別に取って食いやしねーんだし。

 そう言って少しだけ寂しそうに笑う城之内に、海馬は何処となく後ろめたい気持ちになりつつも、手にしたそれを返却する事は諦めた。そうだ、バレンタインもホワイトデーも菓子業界が目論んだ下らない風習だ。一ヶ月前はそう思っていたではないか。そんな自分自身への言い訳を心の中で必死に繰り返しながら、海馬は自らの意思でマドレーヌだというその贈り物を包み込んだ。

 元より焼き菓子の類は嫌いでは無い。丁度小腹もすいていた事だし、好都合だ。そう思いながら綺麗にラッピングされたリボンを解きにかかる。

「ちょ、お前何やってんだよ」

 そんな海馬の行動に慌てたのは城之内だった。受け取って貰えた事には安堵もしたし、嬉しくも思ったのだが、まさかこの場でモノを暴かれるとは想像もしていなかったらだ。遊戯のキットカット同様机の中にでもしまわれて、モクバに横流ししつつ食べるのだろうと、そう思っていたから。

「何とは?食べるのだが」
「えっ、今?!つうかここで?!」
「貴様とてあの場でチョコレートを口にしたではないか」
「そ、そりゃそうだけど……お前までそんな事する必要ないだろ!」
「腹が減った」
「なっ……」
「貰ったものをどうしようとオレの勝手だろうが」

 そう言って彼はすたすたとソファーの方へ歩いて行ってしまい、テーブルに包装紙ごと乗せ上げるとさっさと中を探ってマドレーヌを取りだしてしまう。そして、本当にその場で食べ始めた。見てくれはどうあれ通常よりも少し大きめに作られたそれは小作りな海馬の口には余る様な気がしたが、本人は特に気にせず上手にかぶりついている。

 余りに有り得ない事態に固まる城之内だったが、勿論悪い気はしなかった。むしろ想像以上に素直に受け入れてくれた事を嬉しく思う。それは海馬が城之内からのホワイトデープレゼントを嬉しいと思っている訳では無く、単純にマドレーヌが好きだから受け取った、という理由であっても構わなかった。何より海馬のこんなに可愛い姿を拝む事が出来たのだ。それだけで、城之内には奇跡だった。

 それ以降会話も無く、一人黙々とマドレーヌを食べている海馬を見ていた城之内だったが、ふと、ある件を忘れていた事に気が付いた。そう言えば、自分はモクバに「夕食だから、兄サマを一緒に連れて来て」と言われているのではなかったか。それなのに……。

「おい、海馬!お前それ食うの後にしろ!」
「突然なんだ」
「すっかり忘れてたけど、オレら夕メシに呼ばれてただろ?!モクバに怒られるって!」
「……ああ、そう言えばそうだな」

 慌てた城之内の声にも海馬は至って冷静にそう返しながら、少しも手を止めようとはしなかった。それどころか涼しい顔で「喉が渇いた」と呟き、「夕食は必要ないな」とまで言い切った。

「貴様一人で行って来い。モクバには、もう食べたと言っておけ」
「食べたって、そりゃお菓子だろうがよ」
「別に食べれば何でもいいだろうが」
「よくねぇって」
「オレがいいと言ってるんだ」

 フン、と何故か偉そうにそう言って、海馬は包みの中からもう一つマドレーヌを取り出すと、丁寧に包装を畳んでしまう。今取り出したものが最後の一つだったのだろう。あのマドレーヌは何個入りだったのか、もう城之内には思い出せない。

「えっ、それで最後?!もう全部食っちまったのかよ?!」
「凡骨にしてなかなかいいチョイスだったな。美味かったぞ」
「あ、そ。……そりゃ良かった。つーか、なんで一個残してんの」
「貴様がさっきからじろじろ見ているからだろうが。食いたいんだろう?」

 さらりとそんな事を言いながら、海馬は最後の一つであるそれを城之内に突き出した。……デジャヴだ。バレンタインの日にも同じ事をした気がする。立場は、全く逆だったけれど。

 オレがじっと見ていたのはマドレーヌが食いたいからじゃなくって、お前の食ってる姿が可愛くて目が離せなかっただけなんですけど……。

 城之内はそう心の中で呟きながらも、折角のお誘いなのだからとマドレーヌを受け取って食べようとする。が、ふと思い立って手にしたそれを半分に割り、海馬へと返却する。そんな相手の行動に面食らった海馬を笑顔で見返し、城之内は弾むような声でこう言った。

「半分でいいや。お前、これ気に入ってるみたいだし、オレ夕メシも食いたいし」
「この程度で貴様の腹の具合が変化するとも思わないがな」
「オレがいいって言うんだからいいだろ。つか、お前マジで夕メシ食わないの?」
「必要ない」

 結局、最後のマドレーヌは二人で仲良く分け合って、その場は至極和やかな空気に包まれていた。本来ならこの後、何らかの進展があるのだろうと思いきや「もう用はないだろう。さっさと食堂に行け」と追い出しに掛るのが海馬である。食後にまた来てもいいかと尋ねても「忙しい」とすげなく断られた。

「……本当にお前って素っ気ないよな。もうちょっと優しくしてくれてもバチは当たんないだろ」
「何故オレが貴様に優しくする必要がある」
「そんな真顔で言わなくても」
「うるさい。今日はこれでしまいだ。さっさと帰れ」
「はいはい。じゃあ、また来るな。今度は口実とか作らないで普通に来るし、いいだろ?」
「……………」
「まぁそれはいいとして、お前、いい加減学校に来いよ。このままだとマジで留年すっぞ。遊戯も心配してるぜ、きっと」

 海馬の表情に鬱陶しさを見て取って仕方なく退出しようとソファーから離れた城之内は、何気なく口にした遊戯の名前に内心「しまった」と舌打ちする。何故今ここで彼の名前など出してしまったのだろう。遊戯の問題は何事も無く解決したと思っていたのだが、海馬側の心情を考慮する事を忘れていた。

 もし、海馬が遊戯の事も自分と同じ様に「特に嫌いでは無い」というスタンスの元で付き合っているのなら、今の発言に多少なりとも心を動かされないとも限らないからだ。やっぱオレって馬鹿かも。城之内は自分の発言を激しく後悔しながら、返って来ない海馬の返答を戦々恐々と待っていたその時だった。

 ああ、と何かを思い付いた様に海馬が立ちあがる。そして、それを固まったまま見ている城之内の前で部屋の隅にある段ボールへと歩いて行き、中から小さな包みを一つ取り出した。そしてそれを躊躇なく投げて来る。

 青い包装紙に白いリボンで綺麗にラッピングされているそれは、美しい放物線を描いて城之内の掌へと落ちて来た。

「ぅわっ!」
「遊戯に渡しておけ。明日は確実に会えないからな」

 なんだよ!つーかなんで遊戯だけ?!と口が文句を言う前に、城之内は手の中のものを凝視する。

 どこか見慣れた青と白の配色、そして何時もよりも控えめにプリントされたブルーアイズとKCの文字。そしてリボンに見えない程に小さな文字で刻まれたホワイトデーの文字。

 これは、つまり。

「オレとモクバにチョコレートを贈って来た奴等に送っている返礼だ。貴様は別にいらないだろう?」

 そう言って笑う海馬の顔は実に楽しそうだった。

(ああ、そっか)

 その笑顔を見ていたら城之内はそれ以上何も言う気もなくなり、素直に踵を返してしまう。本当は「オレも欲しい」と言いたかったけれど、それはぐっと我慢した。何故なら、この『返礼』はバレンタインで言えば義理チョコだからだ。その他大勢と同じものなら大した価値は無い。

 それに自分はもう海馬から貰ったのだ。半分だけのマドレーヌを。
「え、海馬君がボクにコレをくれたの?!お返しを貰えるなんて思って無かったよ!やったぁ!」

 次の日。城之内は海馬の望み通り、頼まれたホワイトデーのプレゼントを遊戯へと手渡した。小さな包みを大事そうに抱えて、本当に嬉しそうに笑う遊戯の顔を眺めながら、ちょっとした優越感に浸ってしまう。そんな城之内の顔をさり気なく眺めながら、遊戯は素直に「良かった」と思っていた。見上げる彼の表情は心なしか幸せそうで、その恋路が順調だと見て取れたからだ。ホワイトデーの贈り物が大分功を奏したらしい。

 勿論羨ましい気持ちはないとは言えないけれど、自分もこうしておこぼれを預かる事が出来たのだ。贅沢を言ったらバチが当たる。

「いいよなー、アイツ、オレにはくれなかったんだぜ?」

 そんな遊戯の気持ちを見越してか、城之内はちっとも不満なんか無いくせに、口を尖らせながらそう言ってふくれてみせる。遊戯はその膨らんだ頬をつんと突いて、笑顔で……けれどほんの少しだけ拗ねた口調でこう言った。

「城之内君はもっといいものを貰ったんでしょ?」

 それに「そんな事ねぇよ」とか「オレはあげた方だって」等と言い訳をしていたが、ほんのりと染まった頬が本人の言葉よりも雄弁に『事実』を語っていた。まだ「ごちそうさま」とは言えないが、遊戯は可愛らしいホワイトデーの贈り物を握り締めて「良かったね」と心の底から口にした。  

 貰ったお返しは、ブルーアイズがプリントされた真っ白なマシュマロだった。

 いかにも海馬君らしいや、と呟きながら、遊戯は今度彼に会ったら、城之内から何を貰ったのか聞いてみようと、そう思った。  

 きっと、教えては貰えないだろうけど。