Act5 教室の猫番長(Side.城之内)

「一体どういうつもりだ城之内!!お前はそんなに授業を妨害したいのか!!」
「違うって!!だから言ってるじゃん。知らない内に鞄に入ってたんだって!オレ悪くねーよ!」
「あんな大きな猫が入っていたら分かるだろうが!!どうせわざとやったんだろう!」
「わざとじゃねーよ!!あ!そうだ!!海馬に聞いてくれよ!!海馬ならコイツの事よーく知ってるからさ!!」
「何故そこで海馬の名前が出て来るんだ?責任転嫁もいい加減にしろ!大体お前と海馬は犬猿の仲だろうが!」
「あっ、それは偏見だぜセンセー!こう見えてもなぁ……!!」
「そんな事はどうでもいい!とにかくこの猫を何とかしろよ」
「何とかって……オレんち学校から遠いし!!」
「問答無用だ。これ以上授業の邪魔をしたら停学だぞ!」
「えぇ?!」
「当然だ。とにかく、注意したからな。最後警告だぞこれは!」
「……はぁい」

 そう言って無情にもオレに背を向けた担任はこれ以上言う事もない、とばかりにオレを無理矢理連れ込んだ相談室から廊下に出る扉へと大股で歩いて行く。その巨体が引っかけているサンダルがパタパタ鳴る音が気になるのか、かいばがにゃーにゃー鳴きながら後を追おうとするけれど、勿論全力で阻止をした。これ以上先公を怒らせる訳にはいかねぇからな。

 バン!と派手に閉まる扉に、漸く説教から解放されたオレはがっちりと両手で掴んでいたかいばをブン投げて、近くにあった広い会議机にどっかりと腰を下ろした後、寝転んだ。そんなオレのすぐ傍でかいばは呑気に欠伸なんかしてる。……全く、お気楽な猫だぜ。

「もー。お前の所為で怒られたじゃんかよーどうしてくれんだよー」
「にゃ?」
「にゃ?じゃねぇよ!!くっそ。海馬のボストンバックですっかり気が緩んじまってたぜ……」

 はぁ、と溜息を吐くと同時に昼休み開始のチャイムが鳴る。三時限目が終わったと同時にここに拉致られた筈だから、あれからもう一時間以上経つのか。くそっ、担任の授業がたまたまオフだったのは運が悪いとしか言いようがねぇ。お陰でマンツーマンでみっちりと叱られた。しつこい事に定評のあるジジイだからねちっこいのなんの。すっかりくたびれたぜ……。

「………………」

 確かに学校に飼い猫を持って来るなんて前代未聞の事態だ。そりゃ分かってる。けどよ、これは故意でやった訳じゃない。完全なる不可抗力だ。前の海馬じゃねぇけど不測の事態って奴じゃん。それをさもオレがやる気でやったみたいな言い方をされるとホント腹が立つ。……まぁ、現に馬鹿猫はここにいるわけだし、騒いで授業妨害をしたのも事実だから、弁解の余地はあんまねぇんだけど。スポーツバッグのチャック開けっぱなししたのも悪いしさ。

 ああ、でもホント、マジ疲れるわ……このバカ猫。

 会議机の上に飛び上がったり、床に降りて駆けずり回っているかいばを見ながらオレは頭を抱えて起き上がると、学ランのポケットに突っこんでいた携帯を取り出してとある番号に電話をかけた。さっきは体育だったからまだ着替えてる最中だろうけど、そんな事は関係無い。とにかく、このピンチを脱する為にはアイツの助けが必要だった。

 さっきはめっちゃ他人のフリしようとしやがって。速攻巻き込まれてたけどさ。あのバ海馬!!

 三コール後に出た奴の声は何だか凄く楽しそうだった。チッ、笑ってんじゃねーよ!!

『貴様、今何処にいるのだ』
「二階の相談室。ちょっと来てくれよ」
『馬鹿猫は?』
「まだいるに決まってんだろ!」
『まぁそうだろうな』
「ついでに飯も買って持って来てくれよ。何でもいいからさ。教室で食う気しねぇし」
『人を使おうとするな。凡骨の癖に』
「うるせ」
『八つ当たりはみっともないぞ』

 お前だってこの間自分の屋敷にかいば持って帰った時散々オレに八つ当たりしたじゃねーか!ふざけんな。

 そう言ってやっても、海馬は別に気にする様子もなく、オレと喋ってるのにも関わらず近くにいる遊戯と何か話している。僕も行っていい?猫触りたいし!なんて無邪気に言う親友の声を聞きながらオレは心底うんざりしながら通話を切った。もーどうにでもなれ。

 携帯を机の上に放り投げると、かいばがひょいと顔を出してボロボロのそれにじゃれついていた。

「このバカ猫」と呟いた声は楽しそうな「にゃあ」の声に掻き消された。
 事の発端は一時限目の授業中の事だった。

 たまたま今日は数学のセンセーが休んだらしく自主という名の自由時間になった所為で、教室中は超賑やかだった。まともに席に座ってる連中なんて殆ど居ない。皆が皆所謂仲良しグループって奴で固まっていて、オレも漏れなくデッキ片手に遊戯の前の席を陣取って机上デュエルに夢中になっていた。

 そんな中、オレが席を取った所為で居場所がなくなって、仕方なくオレの席に座っていたクラスメイトの女子が大きな声で「どこかで猫の声がしない?」と言い始めた。

 最初はどっかの野良猫だろ?なんて特に気にしないで皆それぞれ好き勝手な事をやってたんだけど(近所の野良が大騒ぎしてるのはいつもの事だったし)、段々と誰の耳にもその『猫の声』が聞こえるようになり、しかも外からじゃなくて教室の中からだったからちょっとした騒ぎになっちまった。

 案の定その場にいる全員が『教室に潜んだ猫探し』に参加し始めて数分後、そいつはあっさりと見つかる事になる。

「ちょっと……猫の声、城之内のロッカーから聞こえるわよ?」
「はぁ?オレ朝開けたけど、んなもん居なかったぜ?」
「でも絶対ここよ。見てみなさいよ」
「えー。面倒臭ぇ。お前が開けりゃいいじゃん」
「男のロッカーなんて開けたくないわよ。何入ってるか分かんないし!」
「どういう意味だよ!!」
「いいから!早く調べて!!」
「ヘイヘイ……おい遊戯!彼女の教育がなってねぇぞ」
「えっ?!な、なんで僕に振るのさ?関係ないでしょ!」
「城之内!!」
「あーもーうるせぇー!」

 率先して猫探しに躍起になっていた杏子が、くまなくオレの机の周辺を調査した結果(なんでだよ)、どうやらすぐ傍のロッカーから聞こえてくるって言いだした。勿論身に覚えのないオレは速攻否定してデュエルを再開しようとしたけれど、そこは泣く子も黙る杏子姐さん、こっちの抗議なんか聞いちゃいない。……っつーかさーロッカーに猫なんて忍び込む訳ないだろ!閉めっぱなだし!!

 と言っても行動するまであいつらは絶対諦めないだろうから、仕方なくオレは立ち上がって後ろまで行き、かなり適当な態度で教科書とエロ本山の上に無理矢理スポーツバッグを詰め込んだロッカーを開け放った。案の定ドサドサと本の雪崩とスポーツバッグが床に落ちて、妙な女子の悲鳴が聞こえたけれど、無視して大分見通しの良くなったロッカー内部に首を突っ込んだ。勿論猫なんて影も形もない。

「ほれ見ろ。なんもないじゃねぇか。大体、オレのロッカーに余分なもんなんて入る余裕ねぇよ!」
「どうでもいいけど、本当に汚いわねぇ……あんたのロッカー」
「お前のじゃねぇんだからどうでもいいだろ!」

 ったく女ってマジうるせーよな!!どうしてくれんだよこの始末!

 呆れ返る杏子の声を背中に聞きながら、オレはちょっとくさくさしながら床に積もった本の山を適当に重ねて再び元の場所へと押し込めると、最後に放り込んでいたスポーツバッグもロッカーに戻そうと手をかけた。……その時だった。

「にゃあ」
「?!…………」

 下に落ちた衝撃でほんの少し開いたファスナーの隙間から、あり得ない顔が覗いていた。くりっとした緑色の大きな目。どこからどう見てもこれは……嫌まさかそんな事は……でも何処をどう見たってコイツは『かいば』以外の何物でもなく……オレは全身の血が一気に引く感覚を覚えながら、とりあえずこの馬鹿猫をどうしようかと必死に考えた。尤も、どうにもならない訳だけど。

「どうしたの、城之内?」

 バッグを拾う為屈み込んで数秒後、完全に動きを止めていたオレを不審に思ったのか杏子が声をかけてくる。……くっそ、どうすればいいんだ。このままバッグを持って教室からずらかるか?そう思い、とりあえず半開きになっているそれを閉めようとした。……が!!一瞬遅く、今まで比較的静かに鳴いていただけだった馬鹿猫はあろう事か外に飛び出していつもの様にオレの身体に飛び乗った。

 最悪だ!!

「うわっ!!」
「きゃあ!!」
「あっ、猫だ!!でっかい猫!!」
「ってか首輪ついてるじゃん。お前の猫かよ城之内!!」

 勿論即座に周囲はパニックで(ビビったというよりも盛り上がったって感じだけど)その声に驚いたのかかいばは更にジャンプしてロッカーの上へと飛び乗った。首輪に付けた鈴の音がチリチリと小さく鳴り響く。

「あー……えっと……」

 クラス全員の視線が集中する中、オレはどう弁解したらいいか分からずに、とりあえずロッカーの扉を閉めると、天井近くでうろうろしているかいばの名前を呼ぼうとして……呼べなかった。いや、ここでそんな名前を呼んだ日には今度は別の騒ぎになりかねない(一部の奴は知ってる事とは言え)。ヤバいなぁ……かいばは気紛れ以外じゃ名前を呼ばないとオレの所に来ねぇんだよな……どうしよう。

 シーンと静まり返った気まずすぎる室内にかいばの鳴き声だけが響き渡る。説明するにもどう切り出したらいいか分からずにオレは盛大に口ごもった。だって、アホみたいじゃん!!や、いい訳しなくてもアホだけどさ!!

「その猫、城之内くんの?」

 そんな微妙な空気を真っ先に掻き消してくれたのはやっぱり頼りになる親友、遊戯だった。遊戯は悲鳴を上げた杏子の所に飛んできてちゃっかり手なんか握ったりしていたけど、それをさり気なく離しながらオレの前まで歩いてくると、遥か上にいるかいばを見ながら柔らかい声でそう聞いてきた。

「……はい」
「って事は、城之内くんが飼い猫を教室に持って来ちゃったって事?ずっと鳴いてたのってその子だよね?」
「……結果的には。言っとくけどわざとじゃないぜ!オレだって今気付いたんだからさ!」
「猫って狭い所に入るのって好きなの?」
「うーん。家の猫はそうでもないけど、そういう猫も確かにいるわね。でも、普通気付くわよ。凄く重そうじゃない、その猫」
「や!意外に気付かないもんだぜ?!」
「城之内はいっつも鞄にエロ本突っ込んでるからだろー。重さ的には大差ないよなー」

 どっと沸く教室内に発言者の本田を睨み付ける。あのヤロウ余計な事言うんじゃねぇよ。あーでも……これで漸く海馬の気持ちが分かった気がする……。かいばもさ、いかにもモノが入りそうな鞄に入るんだよな(当たり前だけど)これは意識してなきゃ分かんねぇわ。っていやいやこんな所で分かり合ってもしょうがないんだけど!

「とにかく、その猫をなんとかした方がいいわね。田中先生に見つかったら怖いわよ〜。あんたこの間も捕まってたじゃないの。次は停学って言われてなかった?」
「あんなんアイツの口癖だから問題ねーよ」
「そういう事言ってんじゃないの。どっちにしてもこのままにしておけないでしょ」
「そりゃそうだけど……」

 でもアイツ、遊ぶ気満々なんですけど。いつの間にか隅っこに移動して誰かが置き去りにしたサッカーボールを弾き飛ばしてやがる。オレの事なんて見やしねぇ。

「ね、あの子の名前なんていうの、城之内くん」
「えっ」
「名前呼んでみてよ。捕まえなきゃ」
「………………」
「なぁに。まさか凄い変な名前とかじゃないでしょうね」
「いや、変な名前とかじゃ……ないですけど。ちょっと人前では……」
「まっさか猫にまで下ネタはねーだろ。大体考えられるのが……あ、分かった!女の名前だ!!お前の場合は女じゃねーけど」

 ビンゴです!冴えてるね、本田くん。このクソ野郎!

「え?まさか当たりかよ?お前、あの猫にアイツの名前付けちゃってんのか?」
「うっせー!デカイ声で言うな!!名前は付けてねーよ!」
「じゃあ苗字か!」
「それも不可抗力だっつーの!付けたくて付けたんじゃねぇ!」
「そうですかそうですか。でもお前、ペットの飼い主としては失格だな。愛情が足りてねぇ」
「あーもう!!黙れっつーの!!」

 真っ先に大体の事情を察したっぽい本田がニヤニヤしながらワザとらしく肩を組んでくる。そして耳元でこっそりと「猫にまで名前を付けちゃうなんてよっぽど海馬くんの事が好きなんですねー」なんて囁きやがって気色悪い事この上ない。マジぶん殴ってやろうかコイツ。

 そう思いつつもまずはかいばを捕獲するのが先決だっつー事で、本田の横っ腹に肘鉄を食らわせて、サッカーボールのあった窓際から今度は廊下側の方にやって来たかいばを捕まえようと上を見上げたその時、いきなり教室後部の扉がガラッと勢いよく引き開けられた。

 そして、何も言わずに入ってきたのは……いつもの通り重役出勤してきた『海馬』だった。

「海馬!!」
「あっ、海馬くん、おはよう!」

 教室に入った途端ほぼ全員が席を立ってあちこちに分散している様子に、海馬は一瞬驚いた様に目を瞠ったけど、直ぐに何事も無かった様に後ろ手に扉を閉めて、すぐ傍にある自分の席へ荷物を置いた。そしてちょっとだけ廊下を窺う様な仕草を見せた後、真っ先にオレ等へと目を向ける。

「……一体何の騒ぎだ?廊下の端まで凡骨の間抜け声が聞こえたが」

 教師はいない様だが……なんていかにも不審そうな顔でオレをガン見する海馬に、オレは直接声を上げずに指でロッカーの上を指し示した。それに素直につられて上を見た海馬の顔が一瞬にして凍りつく。

「ばっ!……っなんだあの猫は」

 多分、『馬鹿猫』と言おうとして思い留まっただろうその声は、凄く不自然な形で飲み込まれる。まぁ確かに、『オレの飼い猫』なのに海馬が親しげに呼んだら変だしな。オレはどうでもいいんだけどさ。

 海馬からは「何故こんな所に馬鹿猫がいる!!」って声なき声がガンガン響いてきたけど、自分も前科があるからそう強くも言えないのか、怒りよりも呆れた顔でこっちを見てる。それにちょっとだけ肩を竦める事で答えると、オレはワザとらしく顔の前で手を合わせながら海馬に頭を下げた。

「……なんか、オレのスポーツバッグの中に勝手に入っててさぁ……気付かなくて連れて来ちまったんだ。お前、捕まえてくんね?」
「何故オレが……!」
「だってこん中で一番背ぇ高いじゃん。頼む!」

 ホントはオレよりもお前の言う事聞くからなんだけど。名前呼ばなくても勝手に懐いてくしさ。

「………………」

 案の定、チッという小さな舌打ちの後、海馬が嫌々ながらかいばの方に手を伸ばすと、奴は直ぐにロッカー上の端っこまでやって来て、いとも簡単にあのデカイ掌に捕まった。捕まったっつーより、捕まりに来たって感じ。にゃーにゃー鳴いて喜んでやんの。なんだオマエむかつくな。

「飼い主よりも海馬の方に慣れてんじゃね、その猫」
「うるせぇ」
「とにかく、今のうちにどうにかしなさいよ」
「どうにかっつったって……」
「僕の家で預かってようか?ママもじいちゃんも猫好きだし。城之内くんの家じゃ遠すぎるよ」
「今から行って次の授業まで帰ってこれるかしら……」
「うーん……微妙……」

 海馬が捕まえた馬鹿猫を囲んで皆があーでもない、こーでもないと有り難くも意見を出し合ってくれた、その時だった。既にクラス全員が揃っている筈の教室の扉が再びガラリと大きな音を立てる。それにはっとして一斉に皆が視線を向けた先には、隣のクラスで授業をしている筈の担任の姿。

 奴は鬼の形相で室内を一瞥すると、耳を劈く様な声で叫んだ。
 

「お前等!!授業中に一体何をやっているんだ!!」
 

 ……結局、その後オレはそのまま相談室に連行される事になったんだ。
「城之内くん!お昼買って来たよ!」
「貴様何を不貞腐れて寝ているのだ」
「あーうるせぇのが増えた……おっせーよお前等」

 電話が切れてから15分後。手に見慣れた購買の袋を引っ提げて海馬と遊戯が相談室にやって来た。言葉通り遊戯の奴『かいば』と遊びたくてついて来ちまったらしい。全くもの好きな奴だぜ。

 そんな遊戯は袋の中からおにぎりを一つ取り出して「おかかだけど、これ食べるかな?」何て言いながら丁寧に包装を破って机の上で半分に割った。が、超不器用な所為で力任せに半分にされたおにぎりは勢い余って床へと落下しそうになる。それをすぐ横で見ていたらしい海馬が、呆れながらキャッチする。

「何をやっているのだ貴様は」
「あっ、ごめん。ありがとう海馬くん」
「そいつにあげる奴なんて床に転がしたって構いやしねーよ」
「気分の問題でしょ。ほら、城之内くんのもあるから、機嫌直して一緒に食べよ?今日は結構早く購買に行ったからさ、殆どのメニューが残ってたんだ」
「マジで?!オレ焼きそばパンとカレーパンが食いてぇんだけど!」
「あるある。ちゃんと海馬くんがキープしてくれたよ」
「やりぃ!」
「凡骨の機嫌を直すのならば食べ物が一番だからな」
「それと君もね。あ、城之内くん猫ちゃん呼んで」
「もうお前の横に来てるぜ」
「えっ?!」

 遊戯が三人分の昼食を机の上に並べながら少し離れた場所にいるオレを見たその時だった。多分食べ物の臭いとアイツの名前でもある『かいば』を連呼されて反応したのか、いつの間にか馬鹿猫がビニール袋の前までやって来て、その顔を見上げていた。にゃあ、と大きく鳴く声に遊戯は驚いて飛び上がり、隣にいた海馬に体当たりをしてしまう。

「わっ、ごめん海馬くんっ!」
「別に何でもない。早く座れ」

 体当たりと言っても遊戯位の体重じゃ、海馬に全く影響しないのか素知らぬ顔で奴は遊戯を支えると、少しだけ脇に退けて机の上にいる馬鹿猫と顔を突き合わせる。

「にゃあ」
「煩いぞ貴様。横取り等しないわ、少し待っていろ。……って!!飛びかかるな!!」
「………………」
「あーっと、悪ぃ遊戯。そいつの……その猫の名前も『かいば』なんだ。だからお前が海馬くん海馬くんっつーと、返事しちまうわけ。だからすぐにこっち来ただろ?」
「えぇ?!この子もかいばくんなの?!城之内くんが付けたの?!」
「いや、付けたっつーか。そいつが勝手にそう解釈したっつーか……そんなとこ」
「へぇ……あっ、じゃあさっき名前を教えてくれなかったのも、もしかして……」
「皆の前で言えねーだろ。飼い猫の名前が『かいば』なんてさ。何言われるか分かったもんじゃねぇよ」
「同感だ」

 結局半分のおにぎりを握ったままだった海馬は、それをかいばに目ざとく見つけられて餌食になり、掌中をご飯粒だらけにされながら大人しく奴の餌皿になってやってる。その間にも目の色を変えておかかに夢中になってるかいばに指や手首を引っ掻かれて散々な状態だ。

「海馬くんとかいばくん……仲いいんだねぇ」
「ああ。どっちが飼い主か分かんねーよな。ま、似た者同士だし?」
「一緒にするな!!」
「にゃー!」
「はいはい」
「あはは。可愛いなぁ。さっきは遠くて全然見えなかったけど。随分と大きいんだねかいばくんは。なのに、狭い所に入るのが好きなんだ?」
「狭い所っつーか。人の臭いのする所が好きなんじゃねーかな。空っぽのバッグとかには入んないんだぜ?お気に入りは布団とオレの脱ぎ捨てた服の中」
「よっぽど城之内くんは好かれてるんだねぇ、かいばくんに」
「おい貴様等、人の名前を連呼するな!紛らわしい!」
「そんなに間違ってないでしょ。大体海馬くんだって城之内くんの事好きな癖に」
「そんな訳ないだろうが!」

 そんな訳ないならなんで恋人やってるんだか。こうやって一々真面目に相手すっからからかわれるんだっつーの。分かれよ。ま、別にそんなとこも可愛いからいいけどよ。って!ほのぼのしてる場合じゃなかった。この馬鹿猫をどうするかだった!

「そーいや、こいつどうすりゃいいんだ?持って帰らないと停学なんだけど!」
「あ、それは大丈夫。僕の家で預かってあげるから。さっきじーちゃんと連絡を取ったからその内来てくれると思うよ!」
「マジで?!サンキュー遊戯!オレ午後の授業出席ヤバくって外せないからさぁ、助かったぜ!」
「オレが連れ帰っても良かったのだが……」
「海馬くんだって出席危ないでしょ。帰りに二人で僕ん家に来なよ。ママも喜ぶし……時間があるならそのまま遊ぼう」
「だってよ、海馬」
「……今日は単位取得の為に来たからな。予定はオフにしてある」
「じゃあ決まりだね!……あ、早速じーちゃんから着信が着てる。ちょっと行って来るね」

 そう言うと遊戯はポケットから震える携帯を取り出しながらパタパタと相談室を出て行ってしまう。二人で残されたオレ達は、はぁ、と小さな溜息を吐きつつも問題がかなり穏便に解決した事にほっとした。持つべきものはやっぱり出来た友達だ。

「あーしかし参ったぜ……まさかオレも同じ目に合うとは思わなかった」
「だから言っただろうが。この馬鹿猫は何をしでかすか分からんから目を離すなと」
「最近大人しかったからさー油断した」
「これの何処が大人しいんだ」
「えっ……あーっ!!オレの昼飯!!」

 海馬の呆れた声に視線を落とすと、そこには無残にも袋が破かれて食べ散らかされた焼きそばパンの残骸が転がっていた。くっそ、海馬の手に齧り付いてたからそこに釘づけになってると思いきやこれだよ!!ほんとコイツ馬鹿じゃねぇの!?飼い主の顔が見てみてぇよ!!オレだけど!!

「フン、学習しないからそうなるのだ」

 ボロボロになった焼きそばパンを前にがっくりと肩を落とすオレに、ちゃっかり自分と遊戯の分は違う場所に退避していた海馬は偉そうにそんな事を言う。何こいつ偉そうにムカつくなー!キッと睨みつけてやるとそこには如何にも「馬鹿め」と言いたげな得意顔。……あーオレこの顔毎日見てるわ。それは人間の顔じゃなくて猫の顔だけど。クソ生意気だけど、すげー可愛いんだよなー……。

 って、今って二人きりじゃね?ちょっと美味しいシチュじゃね?

「何を見ている」
「何って。今さ、いい事に気付いたんだ」
「いい事?」

 さり気なく海馬に近寄寄って、にっこりと笑って見せる。昼休みの学校。人気のない相談室。そこに好きな奴と二人っきり。このシチュエーションでする事と言えば一つじゃないですか!

「………………」

 がっしりとその腕と腰を捕まえて顔を寄せる。海馬は何も言わないし動きもしない。おっ、これはもしやこいつも期待してたって事ですか?やっぱなー頭のいい奴は空気読むのも上手いよなー(何時もは超KYだけど)。……なんて思いながらそのままキスしてやれ!と目を閉じた瞬間。オレの唇にどう考えても人間のものじゃない感触がぺたりと付いた。同時にもぞもぞしたこそばゆい感覚も。

「ぎゃあ!!」
「にゃっ!」

 瞬間、オレの唇じゃなくて鼻の頭が思いっきり齧られて、同時にデコにべちょっとした感触が降って来た。痛いやら気持ち悪いやら涙目で身体をのけぞらせると、当初の目的だった海馬の低い笑い声が降って来た。余りの痛さに涙が滲んだ目を開くと目の前には肩にかいばを乗せた奴の笑顔と、べとべとになった掌。あっ!お前、もしかしてかいばにやられたその手でオレのデコ触ったな?!なんつー事するんだ馬鹿かコイツは!!

「ひっでぇ〜!!何すんだよ!!」
「何するんだはこっちの台詞だ。馬鹿か貴様は。学習しろと言ったろうが」
「別にいーじゃんキス位!!」
「職員室の隣でサカる馬鹿が何処にいる。見つかったら停学どころの騒ぎじゃないわ。貴様がどうなろうと一向に構わんが、オレまで巻き添えにされたら迷惑だからな」
「んな大げさな」
「喧しいわ。大体この猫がいる所で何か出来ると思う方がどうかしている」
「……ううっ。だって今日放課後は遊戯ん家だろ?イチャイチャできねぇじゃん……」
「貴様が馬鹿猫を持ち込んだのだろうが。自業自得だ」

 フン、ともう一度小憎らしく鼻で笑って、海馬はかいばを肩から降ろすと手を洗って来ると言って相談室を出て行っちまった。後に残されたのはやっぱりオレとかいばの一人と一匹。互いに懐く相手がいなくなったオレ達は顔を突き合わせて溜息を吐く(オレだけ)。

 確かに、こいつがいると何も出来ねぇよなぁ。エッチしようとすると絡んでくるしな。ほんっとどうしようもねぇ馬鹿猫だよなコイツ。

「ま、でもオレの猫だからしょーがないか。な、かいば?」

 ちょっと不満そうにオレを見ているかいばを抱き上げて、顔を突き合わせようとしたら、さっきベトベトにされた額を舐められた。結局は飯ですかお前は。可愛いな!
 その後、馬鹿猫は無事遊戯の家に預かって貰って、その事件はそれ以上追求される事もなくそのまま解決したんだけど……どこの馬鹿が喋りやがったのかあの猫の名前がいつの間にかクラス中に知れ渡って(しかもオレが名前を付けたって事になってた)、オレはその誤解じゃないけど真実でもない噂を必死にもみ消す事になるんだけど、全く効果はなかった。
 

「ね、城之内。あんた海馬くんの事好きなんだって?飼い猫に名前つけちゃう位に!」
 

 目をキラキラさせてそんな事を聞いて来る女の子に囲まれて、あははと乾いた笑いを振りまく一日が今日も始まる。


-- End --