Act10 そんな真っ赤な顔で凄んでも迫力ねぇぞ

 オレにはその実秘密兵器がある。

 本当に頭に来てどうしようもなくなって反撃してやりたくなった時や、単純に苛めてやりたい気分の時だけ使ってやるそれは、余りに効果が有り過ぎて怖い位だ。今現在もオレの策略に見事引っ掛かった海馬くんは目の前で不機嫌な顔をしながらもぼーっとしている。こりゃほっとくと寝ちまうな。勿論寝かせるつもりはねーけどよ。

 しっかし自分の力だけではどうにもならない弱点を持ってる奴って可哀想だよなー。それを利用するオレもオレなんだけどさ。

「凡骨、貴様……謀ったな」
「は?なんの事」
「……とぼけるな!分かってて寄こしたんだろうが!」
「言いがかりはやめてくれませんかねぇ。大体オレは好意で土産を持って来たんだぜ?確認しないで食ったのはお前だろ」
「…………何?!」
「どう考えても自己責任の話なのにオレに押し付けんなっつってんの。大体綺麗に食べてから気付いても遅いんだぜ」
「………………」
「そんな顔で凄まれても全っ然迫力ねぇし。むしろ色っぽい?みたいな」
「……覚えてろよ」
「無理。オレ記憶力悪ぃし」
「死ね!」
「はいはい」

 まー何とでも。真っ赤な頬っぺたして目ぇ潤ませてる癖に睨んでくるとかお前、それは誘ってんですか?にやにやしながらそんな事を考えていると、海馬は既に限界らしくていつの間にかソファーからずり落ちて床にべたっと座り、目の前の硝子テーブルに殆ど顔を突っ伏した。あらー効果てきめん。余りに効き過ぎて怖いんだけど。

 ちなみに、海馬がこんな風になったのは、勿論オレの所為だけどオレが何かした訳じゃない。良く漫画や小説ではアヤシイ薬を一服盛るとかするけれど、現実問題的にそんなもん簡単に手に入らねぇし、普通に犯罪じゃね?だからオレは比較的合法的な手段で攻める事にした訳だ。
 

『今日すっげー外暑っちぃな!ホレ、お土産。バイト先で貰ったキンキンに冷えたフルーツゼリー!ちゃんと保冷剤入れて貰ったからまだ冷たいぜ?食うだろ?』
『……箱が潰れているのが気になるが』
『あ、バレた?実はお中元ひっくり返したんです。半額で引き取れっていわれてさー。皆で分担してバイト代から天引き。結構高価な奴なんだぜ』
『フン、貴様の仕事ぶりなどどうせその程度だろう。商品を駄目にする運送屋など最低だな。オレならば即クビだ』
『これでもかって程批判すんなよ。このクソ暑い中必死で外仕事に励む彼氏にもっとなんか優しい言葉が出ないのかね』
『完璧に仕事をこなしてこその評価だ。駄犬の癖に甘えるな』
『……相変わらずイラッとするわー。……まぁいいや。はい、ブドウとイチゴとオレンジ、どれがいい?モクバはいるのかよ』
『部屋にいるのではないか』
『んじゃ、上げてくっから先食べてろよ。はいスプーン』
『なんだこれは。こんな貧相な物で食えるか!』
『我侭言わない』
 

 事の始まりは今から丁度数十分前、オレがバイト先からここ海馬の部屋に直帰した事から始まった。夏休みに入ってからは連日連夜バイト三昧で休む暇なんか全くなかった。だから海馬と顔を合わせたのは実に一週間ぶりって事になる。外は相変わらずの酷暑で今日は最高気温38度。こう暑いと流石のオレも死にそうになる、マジで。

 そんな過酷な労働に従事している事を知っている癖に、一日一回はやり取りをしているメールで労りどころか神経を逆撫でする言葉ばっかり送ってくる海馬に、いい加減堪忍袋の緒がプチっと切れたオレは、バイト先でちょっとした失敗をしてとあるアイテムを手に入れた事を幸いに、軽い欝憤晴らしをしてやろうと思った訳だ。そして、それが見事に成功しちゃったと、そういう訳。

 オレが言葉通りモクバにもお土産のゼリーを置きに行って悠々と海馬の元へ帰ってくると、奴は散々文句を言っていた癖に、小さなプラスチックスプーンを器用に使ってブドウゼリーを一欠片も残さずに平らげていた。「美味しかった?」って訪ねてみたら、ふん、と満更でもない態度を取って来る。どうしてこいつは褒め言葉ってのを口にしないのかね。言ったって減るもんじゃねぇのによ。

 ま、でも確かにコレは美味い物だと思う。なんつったって某高級住宅街にすむセレブ御用達の有名店パティシエが作った限定ゼリーだし。見た目からして違うもんな。とろっとろでそれでも人工的じゃないフルーツの香りがふわりと漂って、口に入れたら期待を裏切らないジューシーさ。そして、しっかりと感じるワインの甘み。
 

 ……そう、このブドウゼリーは、所謂ワインゼリーってヤツでして。

 酒に頗る弱い海馬くんはすっかりメロメロになってしまったと、そう言う訳です。
 

「なー。気持ちいい?」
「……いい訳あるか」

 くったり脱力してしまった海馬くんを大変愉快な気分で眺めながら、オレは余ったゼリーを残らず平らげ、空っぽの容器をそのままテーブルの上に放置すると、うきうきしながらソファーの上から滑り落ちて海馬の横に座ると、突っ伏しているその肩を抱いてワザとらしく声をかけてみた。勿論完全なる嫌がらせだ。

「お前そんなんで接待とか大丈夫なのかよ。ま、今は未成年だけど、大人になったら絶対酒付いて来るじゃん。飲めませんとか言えないじゃん?まぁ頑張って付き合ったとして、こんな状態になったら訳も分からない内にお持ち帰りされて、はい頂きます、だ。お持ち帰りされなくたってこうしてセクハラされたりとか絶対するだろ。あー心配だなー。考えるだけで胸が痛いぜ」
「うるさい、さわるな」
「嫌なら振りほどけばいいんじゃね?オレ別に力入れてないし」
「……く、やめ、ろっ……あっ」
「お、いい声出た。そんな声出されちゃー止める気も失せるってモノで」

 ゆっくりと、肩を抱いた手を上にずらして、頬を撫でながら首筋にキスをする。空いてる手は当然シャツのボタンに伸びて、上から順番に外してしまう。外したら直ぐにお触り開始。ゼリーに混入されてる程度のあんなちょっとのワインでも驚くほど酔っぱらってしまった海馬くんは抵抗しようにも全然出来ない状態だ。そんな力の抜けた手でオレの肩掴んでも全く持って逆効果なんだぜ。勿論構わず手は上半身をくまなく撫で回して、さっさとズボンの中に侵入させる。

 確かに気持ちいい筈なんだけど酔っぱらってると妨げられるのか、身体同様くったりしている前は柔らかくて何だか凄く可愛らしい。……可愛いって表現は変かな。まぁなんでもいいんだけど。普段が普段だからこういう時位可愛いと思ってもいいよな、なんて勝手な事を考えながらちょっとだけ濡れてるそれはひとまずほっといて、更に奥へと手を進めた。コイツの肌は相変わらずすべすべでなんか別の生き物みたいだ。毛とかも必要なとこに申し訳程度に生えてるだけだし、目を瞑ってそこだけ撫でれば女じゃねって思う位。

 そんな美肌を堪能しつつ、指先はオレが尤も愛し、そしてこいつが尤も弱い場所へと到達する。普段アレだけ傍若無人な振る舞いをするこいつでもコレに関してだけはオレに譲ってくれている。そこんところがまぁ愛だと思う訳だ。……疑問に思う事は沢山あるけれど。

 ともあれ欲求の赴くままに柔らかな襞が詰まったそこにそろりと触れると奴の呼吸に合わせてちょっとだけ動いている。けど勿論女じゃないし、今日は前でもイッてないからいきなり指を突っ込める状況じゃない。これが連チャンならまだしも一週間ぶりだもんなー。あーくそ、ゼリー全部食べるんじゃなかった。潤滑剤の変わりにするっていうかむしろゼリープレイとか出来たかもしんないのに。ワインゼリー後ろに突っ込んでやりたかったー!残念過ぎる!

 オレがそんな事を考えながらまったりと海馬のソコを弄っていると、さすがに「それはない!」と思ったのか、海馬が心底嫌そうな顔をして身体ごと逃げようとした。うん、無理だけど。

「……んっ、ちょ……お、いっ!」
「あ?なんだよ」
「……なんだよ、では……ひっ!どこに、手をっ、入れている……っ!」
「何処って、ズボンの中だけど。身体あったかいとか珍し過ぎて萌える〜。指入れてみてもいい?」
「いーわけあるかっ」
「もう呂律回ってないじゃん。諦めたら?オレ絶対離さないし」
「やかまし……くっ、やめろと、言ってるだろうっ!……んんっ」

 何をどう言っても多分嫌だやめろしか言わないだろうから、オレは未だ海馬の首筋で止まっていた手に力を入れて、ぐいっと逃げる頭を引き寄せると、最初から舌を入れる気満々のキスをしてやった。舌に広がる甘酸っぱいゼリーの味。オレはオレンジもイチゴも食べたからかなりフクザツ奇怪なモノになっていたけど美味しいことには変わりないので良しとする。逃げる舌を追いかけて、絡めて吸う。それでも逃げようとするから強引に引っ張って緩く歯で噛んでやった。ビクリと海馬の身体が跳ねる。我ながらやけにマニアックなキスだと思った。だけどめちゃくちゃ気持ちがいい。

「……ふぁっ」

 散々口内を探って舐めまわした揚句解放してやると、とんでもなく甘ったるい声が上がった。離した唇の先から繋がった唾液の糸が重力に従って下に落ちる。物凄くエロい。全部舐めてやりたい。そう思ってもう一度顔を近づけようとしたその時だった。

 申し訳程度のノックの後、返事を待たずにバタンッ!と扉が開いて、いきなり部屋に小さな侵入者が現れた。えぇっ?!と思って振り向くよりも早く、侵入者は……つーかぶっちゃけモクバなんだけど、状況を良く見もしないでいきなり大きな声を上げた。
 

「兄サマっ!このゼリーワイン入ってるから食べちゃ駄目だ、よ……って、うわぁっ?!何やってんだよ城之内ィ!!」
「……モクバ?!」
「……いや、あのその。見ての通りなんですけど」
 

 うっわ最悪。オレ人生で一番最悪な瞬間かもしれない。ってか、オレだけじゃなくってモクバも海馬も多分人生で一番最悪な瞬間だ。濡れ場に出くわすとか有り得ない。これは酷い。

「………………」
「………………」
「………………」

 現場を見られたショックとか教育に宜しくないとか、なにより恥ずかしいとかまあ色々あるけれど、実際この瞬間はそんな事は全部頭から吹っ飛んで、なんだかもう頭の中でぐるっと回ってすっかりいつもの調子になってしまう。っていうか、ならざるを得ない。そうしないとどうにもならない。なりようがない!

 三人が三人とも固まって微妙な空気が流れる中、オレが何と言ってこの場を取り繕うか考えていると(絶対取り繕えないのは分かってるんだけど)、運がいいのか悪いのか、オレがテーブルの上にほっぽっといたゼリーの容器がころりと転がって、軽い音を立てて床に落ちた。あ、と意識がそれに逸れた瞬間、モクバの深くて長い溜息が室内に木霊する。

「…………はぁ。遅かったんだね」
「え」
「……何でもいいけど、そういう事する時は鍵閉めてよ……」
「……はい。……っつーか、そこなのかよ」
「お前の考えてる事なんてまる分かりなんだよ。もしかしたらって思って飛んで来たんだけど、予想通り。兄サマもさぁ、警戒なしに城之内の差し出すモノ食べちゃ駄目って言ってるでしょ。どうして分かんないかなぁ」
「……す、すまない」
「この状態であやまんな」
「お邪魔みたいだからオレもう行くけど。城之内、後でオレのとこに来いよ」
「えっ」
「── 返事は?」
「わ、わかりました」
「じゃあな。ゼリー結構おいしかったぜぃ」

 来た時の勢いとは裏腹に、至極ゆっくりと閉められた扉が、パタン、と小さく音を立てる。
 

 ……怖い、怖すぎる。モクバ様恐るべし!
 

 さすが女王海馬の弟君、迫力が半端無い。後で絶対殺される……!

 そう思い背筋がぞくっとした刹那、いきなり右の頬に物凄い激痛が走った。勿論下敷きになってる海馬の仕業以外の何物でも無い。奴は力が抜けてる癖に指先に全精力を注ぎ込んでオレの頬を抓って来た。やべぇ、死ぬ。痛すぎる!!

「ちょ、まっ……イデデデデデ!!待て海馬それいてぇって!!」
「ふざけるな!モクバに見られただろうがッ!!」
「ごめんって!!全く予想してなかったんだって!!いっ!!」
「貴様は死ね!!今直ぐ死ね!!」
「わ、悪かったって!!でもよ、モクバそんなにショック受けてなかったみたいだしいーじゃん!」
「いい訳あるかっ!どけっ!!」

 まぁ確かにいい訳がないんだけど。っていうかかなりヤバいんだけど、やっぱ余りの事にパニックになってるオレの脳内は危機感を感じられなくて、結局「後でなんとかすればいいや、とにかくヤりたい」って気持ちで一杯になってしまう。最低野郎だけど、そんだけ虐げられてきたのは事実だから、こういう時にそれが発揮されちまうんだろうな、ゲンキンな事に。

「ごめんって、それは謝るからさぁ」

 オレは、色々な事情が重なってすっかり赤くなった海馬の顔を正面から見下ろして、ぶっちゃけかなり真面目に謝った。謝ったけれど……。

「とりあえず、シてから考えようぜ」
「は?!」
「だってもう我慢とか無理だし、見られちまったもんはしょうがねぇし、お前は過去を振り返らない主義じゃん?」
「そ、そんないい加減な言い訳が通用するとでも……!」
「うん、思ってる。思ってるからもう一回キスしよう」
「ふざけ……!」
「何回も言うけど、嫌なら振りほどいてみれば?出来るならな」

 もー四の五の言ってないで、とっととお互いに気持ち良くなってしまいましょ。

 そう言うと途端に暴れ出す海馬くんを難なくがっちり押さえ付けて、オレは自分でもとびっきりだと思う笑顔を見せた後、言葉通り再開のキスをする為に顔を近づけた。

 勿論即座に眼光鋭く睨みつけられたけど、その顔じゃーやっぱり迫力なんかある訳がなく。結局一週間分の愛を注ぎまくったのでありました。
 

 なんだかんだ言っても、とっても仲良しなオレ達です。


-- End --