Act10 そんな君だから……オレが守るよ

「即会見の手筈を整えておけ。オレは出ん。何?!ふざけるな!未成年を大衆の前に突き出して辱めるとはどういう了見だと逆に怒鳴り返してやれ!ああ、それでいい。後は追って指示を出す。マスコミに売った奴は特定出来たのか?そうか、見つけ次第丸裸にして童実野埠頭へでも投げ込んでやれ。勿論重石は忘れるなよ。では早急に事に当たれ。分かったな!!」

 まるでマシンガンの如くそう矢継ぎ早に口にして、海馬は長時間手に持ったままだった携帯を壊れるんじゃないかって程強く炬燵テーブルの上に叩きつけて、フンっ!と憎々し気に鼻を鳴らした。

 眉間にこれでもかと寄った皺、薄い皮膚の下にうっすらと浮かび上がる太い青筋。うわーこわっ!これは怒り度マックスだね。近年稀に見る大噴火だ。これが普通の怒り方ならオレも傍に寄ってちゃっかり背中を抱いたりして「どーどー」って言えるんだけど、今日は流石に近寄れない。精々奴が陣取る場所とは違う所に潜り込んでその様子を黙って眺めるだけだ。

 しっかし今こいつなんってった?未成年を大衆の前に突き出して辱める?……これもしや自分の事を言ってんじゃねぇだろうな。何が辱めるだよ、普段は自分の方から喜んで顔出ししてる癖に。テレビや新聞でこいつの顔見た事無い日なんてねぇよ、鬱陶しい。ただ単に記者会見して記者に突っ込まれんのがウゼぇだけだろ。それを良くもまぁいけしゃあしゃあとそんな言葉で撥ね付ける事が出来たもんだ。やっぱこいつスゲーわ。凄すぎる。

 それになんだって?犯人(らしい)を見つけたら童実野にマッパで沈める?おま、それ普通に殺人だから。いい加減にしとけ。

 あ、ちなみに海馬が今喚き散らしているのは、今日発売の週刊誌になんかマズイ事をすっぱ抜かれたらしく、その対応に苦慮しているから、らしい。その内容がどんなもんかははっきり言ってさっぱり分からない。週刊誌なんて見る余裕ないし、エロページ以外興味無いし、そもそも何が書いてあったってこいつがヤバイ事も平気でする奴なのは嫌っつー程分かっているから驚かねぇし。

 まぁ、セックススキャンダル系だったら、大騒ぎするんだけど(ちなみに過去数回あった。捏造か本当かは未だに分からない。……怪しい)

 とにかく、そう言う事情でどうにも堂々と表を歩けなくなった海馬くんは、さっさと奴の隠れ家に認定されたオレのところにやって来て(オレと海馬の事は海馬邸の人間以外誰も知らない)、どういう手段で突き止めたのか磯野を使ってオヤジに接触して札束を押しつけて「暫く家に帰って来るな」と言い渡し(ちょ、オレのオヤジに何してんだ)、堂々と人の家を占拠しやがった。

 本当はオレも邪魔だったらしいけど、ここはオレの家だ!と主張したら渋々オレだけは残る事を許してくれた。ただし「オレの事を周囲に一言でも漏らしたら殺す」と言う素敵な殺し文句付きで。

 ……ちょ、人の家を勝手に占拠したその挙句に脅しですか?!しかも恋人に!酷過ぎる!どうせお前オレをパシリに使う気なんだろうが、もうちょっとこうお願いします的な雰囲気を出して見やがれ!!
 

 ……無理だって分かってるから言わないけど。
 

「……お前さぁ。それで良く子供達に夢を与える玩具会社とかやってるよなーどんだけだよこのブラック社長」

 いい加減呆れ果てて、それでも特に何も出来ないオレは近場にあったみかんの皮を剥きながら、溜息交じりにそんな事を言ってみた。相変わらず海馬は携帯をインカムに変えて(インカムとかなんだよ)何かをずっと話しながら突然出現したノートパソコンを弄っている。

 おーおー忙しい事で。後ろ暗いことばっかしやってると火消しも大変ですねぇ。なんて、相手が聞いているかいないかなんてどうでもよくて続けいたら、海馬はいつの間にか両方の手を止めてじっとオレを凝視していた。なんか物凄く何か言いたそうな眼をしてる。

「何だよ。何じっとこっち見てんだよ。作業続ければ?」
「今何と言った」
「何も言ってねぇし。空耳です」
「では敢えて内容は繰り返さないが、今の発言は取り消せ」
「へいへい」

 ……全くこいつは。目的の為には結構えげつない大胆な手法を取る癖に、オレにそれを揶揄されると面白くないらしい。特に子供達うんたらとか言うとすげー素早い反応するんだよな。なんだかんだ言って世界中の子供大事にしてんの。強引に事を押し進めるのだって何も自分の利益が云々ってわけじゃなくて一刻も早い夢の実現を願うがこそで。それを誰よりもよく知ってるオレは、だからこそ他の人間やマスコミみたいに声を荒げて批判したりは出来ないんだ。

 さすがにアレだなと思った時はやんわりと諭すけど。

「ま、何でもいいけど。あんまり事は荒だてない方がいいんじゃねぇの。こーやってこんな所で隠れてられる内はセーフだけどよ、ケーサツから追いかけられるようになったら事だぜ」
「さすがにそこまではせんわ」
「童実野埠頭のアレ、やったら捕まるからな」
「言葉のあやだ」
「あやとか言うレベルじゃねーし。いいから不穏な事は言わない。OK?」
「生意気言うな!」
「ぎゃっ!!お前っ!!最悪ッ!!!」

 オレの言葉がよっぽど頭に来て、でもある程度正論だから表だってねじ伏せる事も出来なかった海馬は、いつもの殆ど凶器と化した右手ではなく、オレがもそもそ食っていた蜜柑の皮に手を伸ばすと、徐に皮を抓んでその汁をオレの目ぇめがけて飛ばしやがった!!すっっげぇ沁みるんですけどこれ?!お前は小学生か!!

「いってーー!!!何やってんだお前っ!!」
「辛うじてこれで我慢してやったんだ感謝しろ!その小煩い口を閉ざせ!」
「居候の癖に偉そうにすんな!!ここにいる間はな、お前にだって炊事洗濯風呂掃除やって貰うからな」
「誰がするか!」
「じゃないと追い出すっつーの!!」
「やってみろ凡骨がッ!!」
「つーか暴れんなら炬燵から離れろ馬鹿ッ」
「こんなうすら寒いボロ小屋で暖を取らずにいられるか!」

 ちょっと足を伸ばせば爪先が出てしまうような狭い炬燵の中で、オレと海馬は何時の間にか至近距離で怒鳴りあい、そのまま小競り合いの喧嘩になって、最終的には何故か普通のエッチなんかしちゃったりして、うやむやになってしまった。

 おいおい、なんかおかしくないかこの状況。こいつ、今結構大変な事になってるんじゃなかったっけ?なんでオレと炬燵で喧嘩した挙句エッチとかしちゃってんの。これじゃーただのお遊び同棲だろ。しっかりしろよ。ったく付き合ってらんねーな。
 

 ……付き合ってらんねーけど。
 こんな奴について行けるの、きっとオレしかいないんだろうな。
 

 ものっ凄く大変だけど、身体幾つあっても足りないけど。
 

 しょうがないかぁ。
 

 

「なぁ、海馬。携帯電話、鳴りっぱなだけど」
「………………」

 なんだかんだで結局は裸で寝っ転がって、散々騒いだお陰でLPがゼロになってしまった海馬くんは、今は意識不明の重体だ。鳴りっぱなしの携帯がなんだかエマージェンシーを鳴らしてるけど、奴は一応雲隠れしてる設定だから、オレが代わりに出る訳にもいかない。……うーんどうしよう。

 まぁとりあえず今のオレに出来る事は、折角静かになったブラックだけど頑張りやの社長さんの安眠をお守りする事だから。  
 

 煩い携帯電話の電源ボタンを、気合いを入れて押す事にしましょうか。


-- End --