Act5 おもむくままが最高にいい

「なぁ、海馬。外、すんごい天気いいんだけど。超気持ち良さそう」
「そうだな。天気予報では降水確率0%だぞ」
「マジで?!じゃあさぁ……」
「行かないぞ」
「えーーー!!なんでだよ!!」
「面倒くさい」
「お前そればっかりじゃねぇか!たまには外出て運動しないと身体がなまっちまうぞ!もう夏だってーのに何だよその肌の色!このもやしっ子め。それ以上伸びてどうすんだ!」
「うるさいな、邪魔するな」
「だってよーこんな日に家の中に閉じこもってるなんてありえねぇだろ。どっか行こうぜどっか!」
「行くなら一人で行って来い」
「それじゃ意味ないじゃん!!何の為にお前の所に来たと思ってんだよ!一人で行くんなら最初から行くっつーの!!」
「………………」
「きーてんのかコラ!!もうっ!モクバからも何とか言ってやってくれよ!」
「……オレに何を言えっていうのさ。っていうか、オレの前でそういう事やめてくれる?イライラするんだけど」
「あ、嫉妬しちゃった?ごめんねー……って、あだっ!」
「煩いと言っている!それと無暗にベタベタするな、鬱陶しい!」

 ほんっとイライラするよ。

 そう言ってオレは目の前にあるミルクがたっぷり入ったコーヒーを一口飲んで、あからさまな溜息を一つ吐いた。勿論城之内にアピールする為なんだけど、あいつはそんな事はぜーんぜん気にしないから、ヘラヘラ笑ってどこ吹く風。あーむかつく。

 今日は日曜日で仕事詰めの兄サマも久しぶりに休みを取ったから、その事を早速嗅ぎつけて来た城之内が朝から家にやって来て、兄サマに煩く纏わりついていた。こいつ、今日も新聞配達して来た筈なのに元気なもんだよ。

 そんな城之内の事を兄サマはいかにも鬱陶しい!って顔でぐいぐいと押しのけるけど、本気で嫌がる時に見せる表情はしていなかったし、足も出ないから本当は全然嫌がってない。だから、傍から見ていればどうみてもじゃれついてるようにしか見えないからイライラするんだ。……もう慣れたけど。

 それにしても兄サマってば、昔はオレから抱き付かれるのだってちょっと嫌がっていた癖に、馬鹿だのアホだの凡骨だの言ってた奴をべったりと張り付かせてるってどういう事なの?人間不信の野良猫が飼い猫になっちゃうとこうなるんだろうなぁって言うのを丸ごと再現してくれちゃって、全く見てらんないよ。

 まぁ、でも、お陰でオレとも凄く仲良くしてくれるようになったから(スキンシップ的な意味で)それはそれで嬉しいんだけど。だけど、さ。さすがに目の前でイチャイチャされるのは面白くない。

 城之内は嫉妬か?って言ったけど、まさにその通り。だってオレの大事な大事な兄サマにベタベタ触りまくってるんだぜ。オレだって子供じゃないから、二人の関係がどんなものかとか、夜二人っきりで何やってるのかとか(場合によってはお昼から、だけど!)全部分かってるし、分かってるからこそ我慢もしてる。でも、ものには限度ってモノがあるよね。限度が!

「なーなー海馬ー」
「うるさい!鬱陶しい!抱きつくな!モクバが見ているだろうがッ!」
「じゃーどっか行こうぜー」
「行かないと言っている!」
「えー。だって家で出来る事なんて限られてるだろ。こんな朝早くからエッ……ぐぇっ」
「黙れこの駄犬がッ!!」
「いってぇ〜!蹴る事無いだろ!嫌ならどっか連れてけ!!」
「子供か貴様は!!」
「まだ16だもん立派な子供ですぅ。だからさー」
「そんなに外に出たいなら犬らしく庭でも駆け回ってればいいだろうが!」
「なんもねーじゃんお前の庭ッ!あ、でもこの間モクバがバスケのゴール作ったって言ってたっけ?なぁ、モクバ?」
「え?あ、うん。……作ったけど」
「じゃーバスケやろっか?」
「はぁ?オレと?」
「うん。だってお前暇だろ?海馬は鎌ってくんねーし。だから遊ぼうぜ!オレ結構バスケ上手いんだぜ。教えてやるよ」
「………………」

 もうつれないお前の兄サマなんか無視無視!

 そう言ってあんなにべったり張りついていた兄サマの身体からあっさりと離れると、今度は標的をオレに変えて、目をキラキラさせながら近寄ってきた。その眩しい位の表情とは裏腹に、全身からなんだかただならない空気を感じさせてるこいつに、オレは嫌とは言えずに首を縦に振る事しか出来なかった。な、なんか怖いんだけど。

「よーし、そうこなくっちゃな!じゃ、行こうぜモクバ!」
「うわっ!ちょ、何すんだよ!!」
「貴様モクバに何をやっている!」
「何って。肩車だけど。お前は気にしないで部屋で仕事でもしてくれば?オレはモクバと楽しーく遊んでくるからさ!」

 そう言うが早いがびっくりするほどの手際の良さでオレを担ぎ上げた城之内は、そのまま「ばくしーん!」とばかりにすぐ近くにあったテラスへの扉を潜り抜けて、本当に兄サマを置き去りにして庭に出てしまう。

 そして、オレがついこの間作ったばかりの広いバスケットコートの所まで全速力で走っていくと、さっさとオレを肩から下ろしてこう言った。

「よし、と。じゃー『出来るだけ大騒ぎして』やろうな、モクバ」
「……お前、これで兄サマをおびき寄せるつもりだろ。見え透いてるぜぃ」
「いーのいーの。なんだかんだ言って海馬絶対来るんだから。名目はそうだな『モクバ相手に本気になっていないかどうか確かめに』とかかな!」
「……ありそう」
「ありえるだろ?あいつああ見えて単純だからさ。思い通りにする事なんて簡単簡単。えーっとボールは何所だよ?」
「そこ。お前の後ろに転がってるぜぃ」
「あ、ほんとだ。……今日の天気だったらその辺に寝転がって昼寝とかも気持ちいいだろうな。よし、午後からそうしよう。お前も混ざるだろ?」
「オレはいいよ。言っとくけど城之内、この辺は屋敷の何所からも見えるんだからな。外で変な事はするなよ、頼むから」
「おう、気を付ける。そいじゃ行くぞー!」
「……この間もそう言って何したよお前……もー」

 全ては自分の気の向くままにやりたい放題。何でも笑顔を見せれば許されると思っている目の前の駄犬……もとい兄サマのコイビトは、そう言って手にしたボールをなかなか綺麗なフォームで手放した。

 パシュ、という音と共にリングの中に吸い込まれたそれは、大きく弾んで芝生のほうへと転がっていく。それに「ナイスシュート!」と嬉しそうに飛び跳ねて、ダッシュでボールを取りに行くその姿は本当に大型犬の様で見ていて凄く面白い。

「今度はお前の番な。そっから入れてみろよ」
「入るわけないだろ!オレは初心者なんだから!」
「じゃードリブルからやる?オレからボール取ってみ」
「意地悪すんなよ?」
「しねーよ。ほれ早く!」

 そんな事を大声で叫びながら、自然と笑い声を上げてバスケを楽しんでいたオレ達の元に兄サマがちょっぴり不機嫌な顔をしながらやってくるのはそれから数分後の事。そんな兄サマの事を得意げに見返しながら、城之内はにやりと口元に笑いを浮かべてわざとらしくこんな事を口にするんだ。

「なに、海馬。遊んで欲しいの?」

 ……結局その後は城之内の思惑通り事が進んで、二人はたまに喧嘩をしながら仲良く休日を一緒に過ごしていた。

 こんな日々がずっと続いてくれたら最高に幸せだ。

 ふとしたはずみで城之内が呟いたその言葉に、オレも全力で同意した。兄サマを独り占めされてイライラする事もあるけれど、こいつがいると皆が笑顔になれるから。

 ずっとそばにいてくれればいいと、そう思う。勿論兄サマだってそうに違いない。だってオレ達は兄弟だから、考えてる事なんて大抵は一緒だから。
 

『こうして二人はいつまでも仲良く暮らしましたとさ』
 

 これから先、そんな言葉でしめる物語の様になればいい。
 

 多分きっと、そうなるに違いないけど。


-- End --