Act5 もー、お前ら勝手にしてろ!

 トイレに行こうとポケットに手を突っ込んで歩いていたら、視界の端でキスシーンを目撃してしまった。

 ここはオトナとしてスルーしてやるべきなんだろうけど、生憎オレはオトナじゃなかったので、思わず立ち止まって「何してんだよ」なーんて声をかけてしまった。すると、案の定吃驚して飛び上がった親友他一名は、片や真っ赤になって恐る恐る振り向いて、片やどこからどう見ても悪人面でこれでもかと睨みつけて来る。

 へーへーお邪魔してすみませんでしたよ。でもよ、ここお前等の部屋じゃねーから。学校ですから。そこんとこマジ分かってんのかオイ。

「じょっ……城之内くんッ!今の……見ちゃった?」
「今のって?」
「え、えっと……その……」
「見たっつーよりも歩いてたら偶然視界に入ったんですけど。つーかお前らここ丸見えだぞ。やんならもっと人気の無い所にしろよ」

 ……まぁ、一番は学校で盛るなって話だけどよ。ったくどうせ海馬が辛抱たまらんっつって大人しい遊戯を引きずってここで襲っちゃったんだろうけどよ。しゃちょーさんならちょっとは考えたらどうなのかね。大体これってスキャンダルじゃねぇのか?外ですっぱ抜かれたらヤバイと思うんだけど。

「お前らさぁ……特に海馬。お前遊戯が大っっ好きなのは分かっけど、ちったぁ考えろよ。こんな所に連れ込んで襲うとかダメだろ常識的に」
「なっ……!何故オレが貴様に文句を言われねばならんのだ!」
「だってこーゆー事仕かけんの絶対お前だし!」
「断定するな!!違うわ!!」
「嘘吐けよ!!」
「ちょ、ちょっと城之内くんッ!」

 事が事だけに、遊戯を挟んでオレと海馬がそんな言い争いを始めたその時だった。自分の頭上で話をされるのが余程気に食わなかったのか、滅多に見せた事がない怖い顔をした遊戯がオレの方を見あげると、憤然とした声で口を開いた。ついでにぐいっと引かれる制服の裾に、一瞬「お?」と思うより早く、奴はドンッと思い切りオレを弾くと、まるで海馬を守る様に両手を広げて勇ましく立ちはだかる。

 え。何この状態。普通逆じゃね?

 と思うより早く、遊戯はキッとオレの事を睨みつけると違うよッ!と声を上げた。

「海馬くんは何も悪くないよ、城之内くん!」
「何でだよ?!お前がコイツに引っ張って来られたんだろ?!何が違うんだよ?」
「違うよ!だって海馬くんをここに連れて来たのは僕の方だもん!」
「はぁ?」
「だから、僕が海馬くんをここに引っ張って来たの!その……触りたくなったから」
「ちょっ……!嘘だろ?!」
「嘘じゃないよ!だから海馬くんはぜんっぜん悪くないんだ!」

 ……いや!いやいやいや。それは無いでしょう遊戯さん!だってお前っ、こう言っちゃなんだけど、誰がどう見たってお前にそういう積極性があるとは思えないし、海馬が大人しく従うとは思えないし、絶対にありえねぇから!!

 ……けれど、相変わらずオレを睨めつける遊戯の目はマジだった。その真剣さはデュエルしてる時と変わんねぇ。っつー事は、遊戯がフカシこいてる可能性は限りなく低いって事で、それはつまり……。
 

 オレが思っていたのと、タチネコが逆って事ですか!?
 

「ま、まさかとは思うけど、お前ら、逆なわけ?!」
「……逆?」
「だ、だからよ、遊戯が海馬にツッコんでるのか?」
「えぇっ?!」
「げっ、下品な事を言うな負け犬!!」

 余りの衝撃に思わずそのまんまを口にしちまったオレに、奴らはリトマス試験紙宜しく一気に顔が赤くなった。……つーか何で否定しねーんだよ。事実か?事実なのか?!なんだかとっても想像し辛いけど、そういう事なのか?!

「…………参考までに聞きたいんだけど、届くのか?」
「何が?!失礼だぜ、城之内くん!」
「それ以上阿呆な事を口にしたら二階の窓から放り投げるぞ凡骨」
「いや、だってよ!気になるじゃん!それに、コイツだろ?コイツの何処に勃つ要素があるんだよ?!」
「城之内くんッ!!」
「もういい。捨てる」
「うわっ、やめろ馬鹿!」
「その減らず口を二度ときけなくしてやるわ!」
「駄目だよ海馬くん!ここ一階だし!城之内くんを担いで二階まではいけないよ!」
「えぇ?!そっちかよ遊戯!!つーか暴力反対!お前らがそんなんだから、オレの頭では想像出来ねぇっていってんだよ!」
「想像して貰わなくとも結構だ!!」
「城之内くんのエッチ!!海馬くんは可愛いんだよ!」
「いやエッチって……お前等のしてる事の方がよっぽどエッチだろ……てか、可愛いとかねぇわ、マジ」

 ……駄目だこりゃ。何がどう駄目なのか分かんねぇけど駄目だ。このちっさい親友が、オレの首根っこを掴んでいるコイツのケツにツッコんでるって?!しかも可愛いとか頭大丈夫なのか?!その台詞、お前にだけは言われたかねーよ!!
 

 まぁ、でも……本人達がいいならそれで……いいの、か?

 なんか疲れちまってどうでも良くなってきた。うん。
 

「あーもうー何て言うか……いや、何とも言い様ねぇんだけど……謝るわ」
「えっ?」
「やけにしおらしいな、犬。腹でも下したか」
「なんでそうなるんだよ!ちげーよ!」
「じゃあ、城之内くんは僕達の事を認めてくれるの?」
「認め……や、認めるっつーか。どうでも……」
「ありがとう城之内くん!」
「…………ああ」
「でも海馬くんにちょっかい出さないでね!」
「出そうと思っても手が動かねーから安心していいぜ。生理的に無理だから」
「黙れゴミ」
「ゴミ言うな!謝ったんだから離せよッ!」

 ったく人が下手に出るとするこれだよ!!

 そう思ってオレが最後に文句を言ってやろうと奴等の方を振り返ると、二人は既にオレの事なんかガン無視して速攻くっついてやがった。「ごめんね」だの「別にいい」だの。その身長差でガッチリ抱き合ったりだのやりたい放題だ。

 この流れのままだと絶対キスする!と思った瞬間、本当にやってやがった。至近距離に人がいるのにディープとかありえねぇ。あ、これって見せつけられてる?

 心配しなくても絶対に盗らないから!のしつけられてもいらねーし!!

「………………」

 ……オレはもう今度こそ本当にこいつらに関わるのは止めようと思った。全てが無駄だし、アホらしい。でも結局は何だかんだ言って首を突っ込んじまうんだろうな。……この性格が恨めしい。

 大きな大きな溜息を一つ吐いて、オレはそっと未だがっちりホールドし合った馬鹿ップルの前から姿を消した。
 

 どうでもいいけど、そんなにちゅーばっかしてっと唇腫れるぜ、お二人さん。


-- End --