Act10 あそぶのがとってもすきです

「違う。そこは左右AB上XYBBだ。ジャンプをして剣を構えて技を出すのはLR同時押しのままBBAXYX」
「ちょ……無理だよ。全然覚えられないよ!レベル高すぎ!」
「この程度の基本行動も覚えられなくてどうする、攻守合わせて入力パターンは108種類あるんだぞ」
「ひゃく……そんなの、あっても絶対使わないよ!10種類でいいよ10種類で!」
「それでは戦闘が単調になるだろうが」
「そこまでバリエーション豊かにする必要無いでしょ?!覚えられるのそれっ」
「オレとモクバは即日マスターしたが」
「君達はちょっと違うんだから基準にしないでよ!もっと一般ユーザーを対象にして……」
「だからこそのテストユーザーだろうが貴様は。だが、話しにならんな」
「僕がお話にならないのは尤もだけど、この難易度はおかしいから、絶対!他の人にもやらせてみた?」
「ああ。当然だ」
「どうだった?」
「概ね貴様と同じようなものだったな」
「でしょー?もっとこう、誰にでも出来る様にしないと売れないよ、こういうゲームは。対象者は小中高生でしょ」
「レベッカや御伽はもう少し難易度を上げろといっているが?」
「だーかーらー!!そういう人達の方がごく一部なのっ!」

 大体何?基礎入力だけでボタン10連打は当たり前とか有り得ないから!前にも進めないじゃんこんなの!

 そう言って僕が必死になって握り締めていたコントローラーを放り投げると、隣に座っていた海馬くんが不満そうな顔で専用のレポート用紙にメモを取る。彼は手を動かしながら「今日びの小学生など生半可なシステムでは満足など出来ないんだが……」なんてぶつぶつ言っているけれど、君の凄く偏った情報と現実とをいっしょくたにしないで欲しいよ。全くもう。

 外ではもう桜も散り始めた4月半ばの第二土曜日。勿論学校はお休みで暇だったけれど、その前日の金曜日から半ば強制的に海馬邸に拉致された僕は、殆ど無理矢理夏発売予定の新作ゲームのテストプレイをさせられていた。

 ご飯とちょっとの睡眠時間以外もうずっとテレビの前に座りっぱなし。普段の生活も似た様なものだから特に大変な事じゃないんだけど、さすがに少し辛くなって来た。大体海馬くんの作るゲームはどれもこれも難し過ぎて、一面もクリアできない。

 ……なんなのこれ。誰向けなの?

 大きな画面一杯に映し出される『正義の味方カイバーマン』。ペガサスのごり押しに半ば負けた形で作ったというどこか海馬くんに姿形が似ているこのキャラクターは、視覚的には最高にカッコいいのに操作性の所為で全然カッコ良くならない可哀想なヒーローだ。

 まぁ……僕がやると、なんだけど。

 最初、海馬くんがお手本としてプレイしてくれたカイバーマンは本当にスーパーヒーロだった。長い髪をなびかせて自在に剣と技を操り、ブルーアイズを召喚し(……カードゲームじゃないんだ、これ)、いかにも強そうな敵をバタバタとなぎ倒していく。勿論敵が強すぎるのはお約束。

 でも、その辺のフィールドに出現する最低レベルのモンスターでさえ他のゲームのボス並みの強さとか、絶対にやり過ぎだから!ラスボスなんてどうなるんだよ?

 なんて思ってたら、ものの30分程度で全10面のストーリーモードが終了した。ラスボス戦も開発者である海馬くんの手に掛れば……なんだっけ、ファラオの手も捻る様にだっけ、そんな感じであっさりと勝利。カイバーマンの誰かに似ている高笑いがBGMをもかき消して、物凄いリアルなエンディングムービーへと変わっていく。

 ……けど、その前にリセットボタンが押されてしまって、カイバーマンは消えてしまった。えー!と声を上げたら海馬くんが澄ました顔で「エンディングを先に見たらつまらんだろうが」と一蹴した。それはそうなんだけど、僕……これをクリアできる自信がないんだもの。見せてくれたっていいじゃない、海馬くんのケチ。

「あーあ」

 疲れた体を投げ出すように座っていたソファーの背凭れに思い切り身を伸ばすと、僕は思わず大きな溜息を吐いてしまう。ゲームのやり過ぎで肩と腕と頭が痛いし目もズキズキする。限界だ。

 そんな僕をちらりとも見ずに海馬くんは手を動かす。何かを考える様に時折顔を上げて目を細めて……そして一人で頷いて、またレポート用紙に向かう。その姿は凄く真剣だ。けれど何処か楽しそうで、そういう彼を眺める事は嫌いじゃない。

 このゲームだけじゃなくて、仕事に対しても海馬くんはいつもこんな風だった。真剣に、けれど少しも嫌な顔をしないで黙々と手を動かしていく。余りに熱心にそればかり繰り返すから、僕はある日ちょっと意地悪な気分で「そんなに仕事ばっかりして嫌じゃないの?疲れないの?海馬くんはまだ高校生なんだからさ、もうちょっと遊んでもいいのに」と言ってみた。

 そんな僕の言葉に海馬くんは一瞬手を止めて考える素振りをした後、あっさりとこう言ったんだ。
 

「オレにとって仕事は遊びの様なものだ。だから、十分に楽しんでいる」
 

 その答えに僕は何故か納得してしまって、声を立てて笑ったのを覚えている。

 ……ああ、だから君は四六時中楽しそうに仕事をしているし、僕が遊びに来てもほったらかしで熱中出来るんだ。遊びって楽しいもんね。

 僕もゲームに夢中になると周りの事なんかどうでもよくなるし、やめられない。それと同じようなものなんだ。ゲームは遊び、仕事も遊び。君にとって本当に命をかけてやるものは、デュエルだけなのかもしれない。

 そう思ったら、なんだか凄く可笑しくなった。

 ちょっとだけ遠いと思っていた君が凄く近くに感じられた。

 そして……。
 

 君の事を、もっともっと好きになったんだ。
 

 

「ねー海馬くん」
「待て、もう少しで終わる」
「もうゲーム飽きちゃった」
「そうだな。貴様にしては良くやった。お陰で色々と参考になった」
「……それって褒めてるの?」
「勿論だ」
「ありがと」
「ああ」

 僕の背中がズルズルとソファーの背凭れを擦る音と、海馬くんが立てる軽快なペンの音、そして目の前で目まぐるしく変わるゲームのオープニングムービーの繰り返し。広い部屋に響き渡るのはこの三つの音だけだ。それをどこか夢見心地で聞きながら、僕は自分でも余り意識しない内に、ぽつりとこんな事を口にした。
 

「海馬くんは、僕と遊ぶの好き?っていうか、僕も君にとっては遊びなのかなぁ」
「何?」
 

 なんとなく、本当になんとなく呟いてしまったその言葉は、意外にも海馬くんの事を驚かせたみたいだった。そして同時に僕も同じ位驚いた。……だって、なんか変な事を言っちゃったなぁって思ったから。今の台詞、聞き様に寄ってはドラマとかでよくある「私の事なんて遊びだったんでしょ!」と同じ意味に聞こえるし。

 勿論僕にはそんな意識なんて全然なくって、ただ単に仕事を遊びだと言い切って楽しんでる様に僕との事も楽しんでくれてるのかなぁって、そう言う意味で言ったんだけど、言葉が全然足りなかった。どうしよう。

「………………」
「………………」

 沈黙が重い。やっぱり、海馬くんは『変な意味』の方に取っちゃったのかな。僕から否定的な事を言われると直ぐに傷ついちゃう人だから、もしかたら凄いショックを受けちゃったのかも知れない。マズイ。違うよ、そんなつもりじゃないんだよ、って言わなくちゃならないのに直ぐに言葉が出て来ない。

 ああもうとりあえずこのだらけた格好を直してちゃんとして、「今の言葉、言い方を間違えたから!」って言わないと。そうじゃないと、僕……!

 と、完全に僕が一人で慌てたその時だった。

 特に表情もなくじぃっと僕を見ていた海馬くんが不意に小さく微笑んだ。そして、普段の天邪鬼さはどこに?!という位素直にはっきりとこう言ったんだ。
 

「あぁ、好きだぞ」
「えっ?!」
「え?」
「いや、あの……えぇ?!」
「勿論遊びがどうこうという次元では無く、オレは貴様の事が……何故そこで顔を赤くする」
「な、何故って君……今、自分で何を言ったか分かってる?……って、ああっ!!ゴメンっ!肝心なとこ遮っちゃって!も、もう一回言って!!」
「何を」
「何って今の!オレは貴様の事が、何?!」
「もういい」
「えー?!良くないよ!!全部ちゃんと聞いてないもんっ!お願い!!」
「意味は分かるだろうが。オレは同じ事は二度言わない主義だ」
 

 そう言って「フン」と意地悪く鼻を鳴らした海馬くんは、笑い顔を引っ込めないまま再び目線をレポート用紙に落としてしまう。そして何事も無かった様に続きを書き始めた。……意地悪!今絶対遊ばれたよ!海馬くんってほんっとに性格が悪いっ!
 

 悪いけれど……そこが、凄く可愛くて。
 

「君がそういう態度を取るんなら僕だって考えるよ。今まで君に付き合ったんだから、今度は僕に付き合ってよね」
「ほう。何をして遊ぶのだ?」
「ゲームよりも面白い事だよ。ちょっと運動不足だからさ、一杯動こうね」

 そう言うと僕は素早く身体を起こして、すぐ隣に座る海馬くんの身体に飛びついて、手に持っていたペンとレポート用紙を取り上げた。そして、僕が放り投げたコントローラーと同じ場所に落としてしまうと、その首にかじりつく。そして。
 

 半分面白がっている声を吸い込む様に薄い唇を塞いでやった。
 

「僕も海馬くんと遊ぶの大好きだよ」
「『オレと遊ぶのが』好きなのか」
「全部に決まってるでしょ。分かってる癖に……だから、遊ぼうよ」
 

 僕が君の事を大好きなんだと分からせる為に。

 そして、君が僕の事を大好きだと感じる為に。
 

 ── 思いきり遊んで楽しもう。これからも、ずっと。


-- End --