Act8 そんなにあいつがいいのか(Side.城之内)

「なぁ、海馬。一緒に屋上へ行こうぜ。相棒のママさんお手製の弁当があるんだ」
「断る」
「じゃあ、ここで食べてもいいか?」
「駄目に決まってるだろう。貴様今オレが何をしていると思っている。机の上にそんな余計なスペースなどない」
「その点は心配ないぜ。ここ窓際だし、ここに置けばいいだろ。お前は手を止めなくてもいいぜ、勝手に食べるから……否、食べさせてやろうか?」
「鬱陶しいわ馬鹿者!傍に寄るな!!遊戯に戻らんかッ!!」
「相棒は昨日夜中までゲームをしていたから当分起きないぜ?」
「深夜までのプレイは禁止だ!!そう言っておけ!!」
「そんなにキャンキャン喚くなよ。食事中だぜ」
「貴様の所為だ!!」

 オレが最後に海馬の姿を見てから一週間後。

 久しぶりに顔を出したなと思ってその動向を眺めていると、珍しく朝から表に出ていた『遊戯』が四六時中あいつに付き纏っていた。保健室の一件以来、二人が同じ空間にいる所を見かけなかったし、遊戯も何処かしょげている風な感じだったから、あれが切欠で少し距離を置いたかな、なんて喜んじゃいけねぇけど、密かに胸を撫で下ろしていた所だったから、オレの内心は結構……いや、めちゃくちゃ複雑だった。

 だってあいつ、なんか以前よりもパワーアップしてね?前も確かに海馬にしつこく付き纏ってあれこれと話しかけたりはしていたけれど、人のいる所では露骨な言動はしていなかったし(周囲に居ても『見ていなければ』さり気なくはやっていたけど)、スキンシップ的な意味で身体を触るとかそう言った事はまずした事はなかった。

 けれど今は、昼食タイムで教室に人が溢れているというこの状況にも関わらず……と言うかやっぱり朝からなんだけど、遊戯の海馬に対する猛アタックは見てて呆れるほどで、休み時間毎に近づいては止まらない手を掴んでみたり、何の前触れもなく髪をかき交ぜてみたり(あれは撫でている、なんていう生易しいもんじゃない)、最後には椅子の後ろからあすなろ抱きをする始末だ。このまま放っておいたらキス位平気でやらかすね。今日び現役のラブラブカップルだって学校でそんな事しねーよ、どうなってんだ。

 ただコンマ1秒後に海馬の強烈な肘鉄を食らってたけどな。物凄い怒鳴り声付きで。

 んでも、遊戯は全く止める気はないし、海馬も海馬で怒鳴ったり無視したりはするけれど、本当の意味で逃げる素振りは見せなかった。男には興味ないとか、遊戯とは付きあってないとかさらっと真面目な顔で言ってた癖になんだよもう。やっぱりあいつがいいんじゃねぇか。結局デキてるって事だろ。ふざけんな。

 そんな事を思いながら、一瞬で食べてしまった昼食の焼きそばパン3つ分の空袋をぐしゃりと片手で握り締めたその時だった。それまであれこれと海馬にちょっかいを出しまくっていた『遊戯』が一瞬ピタリと動きを止めて、バッ!と海馬から距離を取るとちょっと赤い顔をして「ゴメンっ!」と平謝りし始める。

 お、やっと本体のお目覚めか?そう思って動向を見守っていると、やっぱりオレの考えは的中して、遊戯は慌てて直ぐ傍に散らかしていた弁当箱を片付けようとした。

 けれど、海馬はそれを軽く制して、それまでとは違った凄く穏やかな顔で口を開く。

「別に構わん。貴様が嫌じゃないのなら最後まで食べていけ」
「え、でも……邪魔じゃない?」
「『奴』はあれこれと煩い上に鬱陶しいからお断りだが、貴様なら別にいい」
「海馬くんってばそんな事言って。もう一人の僕が聞いたら拗ねちゃうよ。でもありがとう。じゃあお言葉に甘えてここに居させて貰うね」
「ああ。……貴様もあんな男に身体を使われて大変だな。心底同情するぞ」
「あはは……僕的には全然大変でも嫌でもないよ。ただ、君に迷惑が掛ってるからちょっと心苦しい位で」
「全くだ」
「海馬くんが挑発するからでしょ。もう一人の僕、本気になっちゃってるんだから」
「フン、奴が本気になったところでこの程度だろう。たかが知れている」
「余裕だなぁ。貞操の危機にある人の発言とは思えないよ。この場合僕もだけど」
「そう言えば、前から聞きたかったのだが……貴様、童貞か?」
「ちょ?!……何さらりと凄い事聞いてるの!」
「いや、気になったのでな。そうであったのなら、初めてが男と言うのもいたたまれないと思ってな。まぁする気はまっったくないが」
「そうだよ!だから僕としては……もう一人の僕には悪いけどあんまり頑張って欲しくないなぁって思ってるんだ」
「一番手っ取り早い解決法としては貴様が先に女とヤればいいのではないか?」
「ぶっ……!か、勘弁してよ海馬くーん。っていうか、今の発言だと『僕が童貞じゃ無くなれば責任も何もなくなるからもう一人の僕とエッチしてもいい』って意味に聞こえちゃうんだけど」
「そんなわけなかろう。する気はないと言っている」
「……僕、君の考えてる事、良くわかないんよ……」

 なんかすっごく疲れたよ。起きたばっかりなのに。

 そう言って遊戯が今の衝撃で半分握りつぶしてしまったサンドイッチを口に放り込む様を視界の真ん中に入れながら、オレはただただ茫然とそのままとりとめもない話をしている二人の姿を見つめていた。
 

 海馬が遊戯を挑発?本気にさせた?

 初めてが男だったら居たたまれない?
 

 それってどーゆー意味だよ海馬。ついでにお前は童貞なのかそうじゃないのかとかそこも気になるんだけど。つーか真昼間っからそんな話すんな!オレも本田と良くエロ本眺めてるけどな!!……って、ああもう訳分かんねぇ!!

 頭を掻き毟って「ぎゃー!」と叫びたい衝動を必死に堪えつつ、オレはいろんな想像や感情でぐちゃぐちゃになった頭と心を抱えて一人悶絶していた。遊戯とそんな話をさらりとしてしまうと言う事は、どこかでそう言う要素が露骨になるような場面があの二人(この場合は『遊戯』の方だけど)の間にあったわけで、それが今日嫌と言うほど目撃しているラブラブカップルも青ざめる程のいちゃつきっぷりに繋がっているのだとしたら……なるほど辻褄が合ってくる。まぁ、合ってくれちゃ困るんだけど。

 大きな救いは、遊戯がまだ童貞を失ってないって事位か。でもそれだってもしかしたら本当はもう海馬『で』とっくに捨てさせられてる可能性だってゼロじゃない。遊戯達の意志の疎通や互いが表に出ている時の情報とかの伝達はどうなってんのか分かんねぇけど、『遊戯』が隠している場合だってあるし。

 海馬だって口ではあんなことを言ってるけど、オレに平気で口から出まかせを言う奴だから必ずしも本当の事を言うとは限らない。むしろ自分からそんな話題を持ち出した事自体が怪しい。怪しすぎる。

 あの保健室事件の時に僅かに感じた優越感とか、オレと『遊戯』は多少の差があれど同一ラインに立っているという絶対的自信はこの瞬間、脆くも崩れ去ってしまった。後に残ったのは胸が苦しくなる位の嫉妬心と絶望感。そして、ほんの僅かな疑念だった。

 大体、今の話は二人の会話を盗み聞きしてオレが勝手に想像した事ばかりだ。一番肝心な本人から事情を聞いていない。だから、ほぼ確定事項だけれど決めつけるには早過ぎる。確かな情報もない癖に落ち込むなんてらしくねぇぞ。しっかりしろ!……オレはそう自分に言い聞かせる。

(とにもかくにもまずは確認だな。幸い『遊戯』はひっこんじまったみたいだし)

 ノロノロと顔を上げ、大きな溜息を一つ吐くと、オレはやっとの思いでひねり出したその一言を心の中で呟いて、気合を入れる様に強く右手を握り締めた。ラッキーな事に次の時間は美術で、教室を移動しなければならない。こんな絶好のチャンスをむざむざ逃す手は無い。

 そう潔く決断したオレは手にしたゴミを後ろのゴミ箱目がけて放り投げると、まだしつこく仲良く話を続けている二人を見て、チッと小さく舌打ちをした。

 ゆるい弧を描いて飛んで言った丸めたビニールは、音も立てずにスチール製の箱の中に吸い込まれるように落ちて行った。


-- To be continued... --