不良城之内×初期海馬

「君さぁ、いつまでこんな事続けてる訳?」
「あ?」
「直ぐ飽きるかと思ったのに、意外にしぶといね」
「まーねー。オレもたまーになんでこんな事してんだろうなぁ、とか思うぜ。ま、ここは隠れ家としては最上級だし、外したくはねーんだけど」
「その辺のラブホテルと比べるのは止めてくれないかな」
「や、でもよ。最近のラブホって結構すげぇんだぜ?社会勉強の為に今度行ってみ?」
「誰と」
「てめぇの行きたい奴と行って来いよ」

 そう言って、紫煙をくゆらせるその横顔は乱れた長い金髪に覆われて良く見えない。仄かに漂う甘苦い独特の香り。城之内の吸う海外産煙草と、彼そのものが発する安いオードトワレの匂いだ。密着していると吐き気がするほど嫌な香りだが、少し距離を置けばなかなか心地の良いものになる。

 普段はそれにプラスする形で様々な香りを身に纏って来る彼だったが、今日は驚くほど単一的な匂いしかしなかった。珍しいじゃないか、と軽口を叩く前に唇を塞がれた。シャワーも浴びずに性急に押し倒されて、今に至る。

「っつーか、最近何してもつまんなくてよ。喧嘩すんのも女と遊ぶのも、そん時は結構興奮して楽しいかなって思うんだけど、終わるとなんか虚しいっていうか、下らねぇ事したなぁっていうか」
「実際下らない事じゃないか」
「まぁな」
「それと今の問いとの答えが繋がってないんだけど?」
「うるせぇな。黙って聞けよ」
「聞いて欲しいなら最初からそう言いなよ」
「じゃー聞いて下さい」
「眠いから手短にね。誰かさんの所為で疲れたから」
「何様だよ」
「瀬人様って皆は言うけど?」
「……あー……じゃあ、瀬人様。お聞き下さい」

 ギュ、と近間にあるクリスタルの灰皿に吸い口近くまで燃えてしまった煙草を押しつけて、それをおざなりに遠ざけると、城之内はゆっくりと天を仰いだ。軽く組んだ両腕を支えにする様に頭の後ろに回して深く大きな溜息を吐く。陽に焼けた浅黒い腕。そこには幾つもの彼曰く戦跡である様々な傷痕が残されている。

 人をも噛み殺す荒みきった野犬みたいだ。

 一番初めに城之内に持った印象を今更ながらに思い出して、海馬は向けていた目線を僅かに伏せる。

「どっかの神話でよ、キャベツだかレタスだかに精液をかけて食うと、子供が出来るってヤツあったじゃん?」
「……ああ、あるね」
「それを試したかったっつーか、まぁ、それが答え」
「……意味が全然分からないんだけど。君、その年で子供が欲しかったの?」
「ちげーよ。つか、てめぇ男だろ」
「ますます不可解だね。冗談にしたって分かりにく過ぎで意味不明だよ」
「冗談じゃねーよ」
「じゃあ、何」
「こういうの何て言うんだっけ、あー、例えっつーか、えーっと、比喩、だっけか」
「比喩?」
「そ。ぶっちゃけて言えば『何か』が変わるかと思ったんだよな。くだらねー事ばっかりやってるつまんねー日常から。だってお前ホモだし、社長だし、変態だし、見かけもフツーじゃないじゃん?面白そうじゃねぇか。で、オレって直感を大事にする奴だから、手ぇ出してみたってわけ。切欠はそんなとこだ」
「……褒めてくれてありがとう」
「褒めてねーよ」
「分かってるよ」

 ようするに君は刺激的なおもちゃが欲しかったと、そう言う訳?

 吐息交じりにそう言って、本人に告白するには酷く失礼な事を並べ立てた男を仰ぎ見る。その無感動と言っていいほど抑揚のない声にも、真っ直ぐに琥珀を見上げる金色の眼差しにも、特に感情はなかった。生まれてから今日まで、余りにも様々な言葉を投げつけられたその心にはもう響くものなど何もないからだ。

 ただ、少しだけ。ほんの少しだけ。心の奥底が疼く様な気がした。それが痛みなのか、それとも別の何かなのかは、海馬本人にすらわからない。

「こっち見んな」
「別にボクがどこを見たっていいだろう」
「気持ち悪いんだよ」
「だったら止めれば良いのに。何か言うのも面倒なら、何も言わないで出て行けばいい。簡単な事だろう?」
「誰が何時止めるって言ったよ。人の話は最後まで聞きやがれ」
「とりあえず結論を先に言ってくれないかな。長い話は嫌いなんだ。特に、頭の悪い奴の話はね」
「うるせぇ」

 吐き捨てるように放られた言葉と共に、甘苦い匂いが僅かに近づく。ぱさりと音を立てて落ちた前髪は、上体を捻って海馬の上へと現れた顔の表情を上手く隠した。喧嘩の名残で僅かに歪んだ鼻梁、荒れた唇。これを間近で見るのも今日が最後か。そう漠然と思いながら、まだ何か言いたげな相手の言葉を待っていた、その時だった。

「結構、面白かったんだ。想像以上に。お前はホモだし、社長だし、変態だし、見かけもフツーじゃない。頭はイカれてる。そんでも……だからこそ、退屈しねぇんだ」
「それはどういう……?」
「精液がけのキャベツを食ったら、子供の変わりに恋心が芽生えましたってオチだよ。気付けよ」
「……こ……!」
「だから、当分やめねぇよ?これが答え。……尤も、喧嘩も女遊びも、下らねぇからって止めるつもりもないんだけど。オレ、まだまだ駄目男でいたいし。てめぇだってオレにそーゆーの、求めてないだろ?けどよ」
「……けど、なんだ?」
「やっぱさっきの一つ訂正させてくれ。ラブホには、行くんならオレと行こうぜ」
「随分勝手な言い草だね。言っている事がめちゃくちゃなんだけど」
「そりゃーオレ、馬鹿だもん。ちゃんと分かる様にとか説明できねーし。自分でもイマイチよく分かんねーし」

 でも、ここに来るのは止めたくない。これだけはマジだから。

 前髪で表情を隠したまま、唇だけでそう語った城之内の言葉は、だからこそやけに真剣味を帯びていてやけに重く海馬の中へと沁み込んだ。甘苦い香りと、味のない唾液の温かさと共に。
 

「結局の所、それはボクを好きだ、という事なの?」
「そうなんじゃねぇの?」
「自分の事だろう?」
「じゃあ、好きだ。愛してる。無理だけど結婚しよう」
「……もういいよ」
「いいなら聞くなよ」
「君は本当に、どうしようもない、ろくでなしの男だね」
 

 緩やかに伸ばした腕同士が、互いの身体に絡みつく。嫌悪と侮蔑から始まった関係は、いつの間にか想像しえない方向へと変わっていたらしい。何が、どうなったのかなど、明確な理由は分からないけれど、それは……それで。
 

「お互い様じゃねぇか。最低男同士、仲良くしようぜ」
「真っ平御免だよ」
「あ、そ。でもオレ、止めねぇから」
「勝手にすればいいだろう」
「だから勝手にしてるだろ。気に食わないなら消せばいい。得意だろ」
「そうか。……そうだね。なんなら、今そうしてあげても構わないけど」
「やってみれば?てめぇも道連れだけどな」

 白と褐色の指先が、太さの違う首筋へと伸ばされる。緩やかな脈動を感じるその場所を慈しむ様に撫で上げながら、二人はそこに力を込める事は無く近づいた唇同士を重ね合わせた。呼吸を奪う程に深く。

 そして、同時に口の端を釣り上げた。
 

「物凄い愛の告白だね、それって」
「オレ等に一番似合わない、気持ち悪いもんだけどな」

05.殺人的告白タイム