ペガサス×瀬人(女装注意)

※ 元ネタ // 10周年記念映画主題歌 「makemagic」(jealkb)

「ハーイ、海馬ボーイ。ココまで来たら観念した方がいいデスよ?ユーは正当な勝負で負けたのデース」
「誰が観念するかこの変態が!!オレに触るなッ!」
「Oh、相変わらず足癖が悪いデスネ。これはモクバボーイに応援を頼むしかアリマセン。モクバボーイ!ヘルプミー!」
「なぁに、ペガサス」
「瀬人がまだ駄々を捏ねているのデス。このままでは触る事もできまセーン。協力して貰えますカ?」
「うん、いいよ!オレ何をすればいいの?」
「瀬人の足を抑えていてクダサイ。油断をすると蹴とばされてしまうのでネ」
「オッケー!」
「モ、モクバ?!お前、オレを裏切るのかっ?!」
「ごめんね兄サマ。でもオレもすっごく見て見たいんだー兄サマのドレス姿っ!!」
「ド、ドレ……っ」
「ですよネー?とびっきり綺麗にして上げマスヨ?期待して下サーイ!」
「うんっ!すげー楽しみ!はーい兄サマ動かないでねー!」
「ぎゃーっ!やめんか貴様らっ!」

 そう言って既に前髪を可愛らしい赤のピンで四方に止められていた瀬人は、顔面蒼白の顔で無理矢理座らされた豪奢な一人がけのソファーから逃げようとした。

 しかし、すかさずこちらも顔だけは激変したモクバがバスローブの合間から覗く素足を胸に抱き込む様に抑え付けてしまい、身動きすら出来ない。幾ら状況が状況でも最愛の弟を蹴り飛ばす事が出来る筈もなく、自分を見上げる美少女とも見まごう彼の姿に瀬人の硬直は増すばかり。その事を嫌と言うほど分かっているモクバは、わざと可愛らしい仕草で「兄サマお願い♪」なんて口にする。

 そんな顔をされてしまってもはや瀬人に抗う術は無い。

 「うう」と呻いて眉を寄せる瀬人のその様に、元はとある事件の加害者と被害者であり現在は何故か共犯者と化している二人は、ニィと口の端を吊り上げる。瀬人は絶望的な気分でそれらの笑みを眺めていた。その表情にはいつもの不機嫌なふてぶてしさは微塵もなく、今にも泣きだしそうな程弱々しい。

「……そんなに嫌?兄サマだけじゃなくってオレも付き合ってあげてるのに」
「そういう問題じゃないっ」
「結構変わるもんだよねーオレ、鏡を見ながらドキドキしちゃった。女の子が一生懸命メイクをする気持ち、分かるなぁ」
「……何を言っている。オレはお前をそんな風に育てた覚えはない!」
「やだなぁ兄サマ。別に女装にハマったとかじゃないぜぃ。面白いなって思っただけだよ」
「モクバボーイは元がいいですからネ。本当に可愛らしいデス。どうデスか瀬人。妹も欲しくなったデショウ?」
「……全く持って欲しくないわ」
「オレは姉サマが欲しかったなぁ」
「何?!」
「誰だって一回はそう思うよー。兄サマだって、自分よりも上の兄弟とか欲しいなって思ったりするでしょ?」
「……いや、別に」
「ソウデスネ。無い物強請りは人間の性デス。私も兄弟が欲しいと思う時がアリマシタ」
「ペガサスって一人っ子?」
「イエス。だから貴方達が羨ましいデス」

 家に帰ってお帰りと抱き合う相手はいる事は素晴らしい。

 そう言って、ペガサスはなにやら多量の道具が入ったやけに煌びやかな箱を傍に置くとその中の一つを手に取って蓋を開け、中身を自らの右手の指先ですくい上げた。

 白いクリームの様な物体が付いたその指は、彼の開いた掌の上でくるくると円を描き、その後優しい手つきで瀬人の顔をなぞり上げる。その後も様々なものを取り出しては瀬人の顔に塗りつける、を繰り返し、みるみる内に素顔でも十分整っていたその容貌はより美しく変わっていく。

「瀬人は肌が白いノデ、余り派手にすると似合いマセン」
「ファンデーションなんていらないんじゃないの?」
「統一感が必要デスからネ。それに、白過ぎても良くないですカラ」
「ふーん。色々難しいんだね」
「モクバボーイは暖色系をメインにしたプリティフェイスですガ、海馬ボーイはクールビューティーな感じで行きマス」
「うん、兄サマにはやっぱりブルーだぜぃ!」
「………………」

 化粧の事に関しては全く知識がない瀬人の為に、ペガサスはいちいち物の名前と用途を告げながら鼻歌交じりで化粧を施していく。その工程を瀬人の膝を抱えながら眺めていたモクバは、大半が興味で構成された質問を彼に投げかけ、会話はどんどんと男同士でするものではなくなって行く。瀬人はそれに口を挟む事も出来ず、ただただ、鏡の中で変わっていく己の顔を茫然と見つめる事しか出来なかった。
 

『では、デュエルをしまショウ。ワタシが勝ったら付き合って下さいネ』
 

 切っ掛けはペガサスが持ち込んだ通常では全く考えられない願いごとだった。その内容の余りの常識外れっぷりに即座に「誰がするかぁっ!!」と叫んだ瀬人は、それ以降ペガサスが何を口にしても「嫌だ黙れ死ね」を繰り返し全く取りつく島もなかった。

 それにとうとう痺れを切らしたペガサスが持ち出したのが、アンティルール付きのデュエルだった。勿論デュエルと聞けば食い付かずにはいられない瀬人の性質をこれでもかと利用した手口だったが、悲しいかなまんまとそれに頷いてしまった瀬人は、お約束通り負けてしまい、屈辱に顔を顰めつつペガサスの言う通りに風呂に入りバスローブを身に纏い、用意された場所に腰を掛けるしかなかった。

 ちなみに、彼の出したアンティとはこんなものだった。

 

『今夜のパーティに同伴者として出て頂きマス。ただし、男女ペアでの出席が義務ですノデ、ボーイには女性になって貰いマース。モクバボーイもガールとして同伴可能なので構いせんヨネ?』

 

「……こんな大女がいてたまるかっ!」
「ノープロブレン。ボーイはジャパニーズにしては大きい方デスが、こちらではまだまだ可愛らしいデス。現にワタシに比べればこんなに小柄じゃないデスカ」
「貴様がデカ過ぎるのだろうが!」
「Oh。それは褒め言葉デスカ?嬉しいデス。大は小を兼ねると言いますしネ。ボーイには少々ツライのかも知れまセンガ」
「?!……何の話をしている?!」
「何の話デシたっけ?……そうそう、例えボーイがヒールを履いたとしても全く問題ありまセーン。安心して下さいネ」
「誰も心配はしてないわ!!」

 

 いつの間にか、鏡の中には落ち着いたイブニングドレスを身に纏う見知らぬ女が映っていた。

 最後にすっぽりと被せられた見事なライトブラウンのウィッグは緩やかなウェーブを描き、モクバなど「最近流行りの小悪魔ウェーブだね!」などと訳の分からないコメントをしている。小悪魔とか天使とかもうどうでもいいわ!ときらめいた目元や艶やかに彩られた唇を歪ませて、瀬人は早くも胸元を擽る邪魔な人工毛をむしり取りたくなった。我慢もそろそろ限界だ。

 最後に薄いストッキングを身に付けた足にシンデレラに硝子の靴を掲げる王子さながらの丁寧さで、ペガサスは瀬人にドレスと同じ色合いのブルーベルベッドで出来たパンプスを履かせると、ついでとばかりにその足先にキスをする。

 そしてそっとそれを毛足の長い絨毯の上に置いてしまうと、緩やかに立ち上がり、恭しく手を差し伸べた。
 

 その顔は、やけに真剣だ。
 

「ビューティフルなお姫サマ、では参りまショウカ?」
「兄サマ、すっごく綺麗だぜぃ」
「この分では主役を奪ってしまいそうですネ」
「……1ミリも嬉しくないわ!貴様、これが終わったらシンディアの墓前に行かせろ!この悪辣な行為の全てを報告してやるわ!」
「シンディアも分かってくれると思いマース」
「思うかっ!!……チッ。オレは隅から動かんからな」
「動かなくっても、目立つ人は目立つんだぜぃ!」
「そうはいきまセン、ダンスに誘いますカラ」
「誰が踊るかッ!!」
 

 煌びやかな装飾品に彩られた細く白い腕がシャラリとした音を連れて持ち上がる。

 それを至極丁寧に受け取りながら、ペガサスは緩やかに顔を近付けると、掠めるような口付けを一つ、その美しい唇に落して……微笑んだ。

 

 ── 抱き締めても、いいかい?

Make magic