Love lesson


「……っ何をする!」
「いてっ!何って。この状態になったら何すると思う?」
「何をするのだ」
「……いや、えーと。……キス、だけど」
「キスぅ?」
「何だよ」
「貴様は阿呆か!それとも馬鹿なのか!」
「……アホもバカも変わんねぇだろ。まぁ、なんでもいいけど、そういう事だからキスさせて」
「断る!」
「何で」
「それはオレの台詞だ。何故オレにしようとする」
「何故って……付き合ってるからだろ」
「付き合う事とキス?をする事とどう関連しているのだ。意味が分からん」
「キスに疑問形がつく事がどうにも解せないんだけど……意味が分かんねーのはこっちだっつーの。付き合うイコール恋人だろ?恋人っつったら普通キスするじゃんか」
「は?恋人?なんで恋人なんだ」
「えええ?!ちょ、お前もしかして」
「もしかして……なんだ」
「オレと恋人だって思ってないとか……」
「当たり前だ。初めて聞いたぞ」

 そう言ってオレの指を思い切り振り払い、「ふん」といいつつやや胸を反らせた海馬くんは、唖然とするオレの顔を冷やかに見下して、ほんの僅かに距離を取った。放課後の人気のない昇降口の靴箱の前で、ふと思い立ったオレが欲求のままに隣にいた奴に手を伸ばした事が切っ掛けだった。

 海馬に「付き合ってくれ」と告白してから一週間。未だ手すら繋いだ事のない健全な青少年的には余りにも生温い関係。最初はそもそもOKが貰えると思っていなかったから、何もしないでも取り敢えずこの状態がラッキーなんだと思えたけど、時間が経つにつれて「やっぱ付き合ってるんだし……」という気持ちが膨らむのは当然で、しかもオレは付き合ったら速攻最後まで行くタイプだった(いやむしろ告白が最後だったかも、って思うくらい)。

 だから例え相手が初めての男であり、更に海馬瀬人という大物であってもスタンスを変えるつもりは全然なかった。むしろ、興味という点では女よりも大きかったから、余計に気になるというか、燃えるというか。とにかくそんな訳で、誰もいないし薄暗いし雰囲気的には結構美味しく思えるこの状況を利用しようかな、と思ったんだ。
 

 が、その目論見は全然予想し得なかった方向で脆くも崩れ去ってしまった……らしい。

 だって海馬の顔、マジなんだもん。
 

「……いや、初めて聞いたって。ちょっと待て」
「何を待つ」
「お前、今の話マジな訳?オレと恋人になったつもりないって?」
「だから初めて聞いたと言っている。貴様はそんな事は言わなかっただろうが」
「そりゃーそうだけど。普通分かんねぇ?ていうかお前以外は多分全員分かるって!」
「誰を基準にしているのかは知らないが。分からんものは分からんわ」
「………………はぁ」
「何故溜息を吐く」
「そりゃ誰だって吐きたくなるでしょ。……つー事はお前は、オレと恋人になるつもりなんか更々ないって事なんだな」
「そこまでは言ってないわ」
「でも同じ事だろ。キスが嫌って事はさ」

 今になってそんなオチ有りかよもう〜力抜けるー。へなへなとその場に座り込んでそう呻くオレを、さっきよりはちょっと同情的な目で見下ろした海馬は、心底不思議そうな顔で余りにも当たり前の事を聞いて来た。

「……貴様、そんなにキスがしたかったのか」
「……キスっつーより、恋人ね。恋人になりたいの」
「なってどうする」
「キスしたい」
「……結局はキスではないか。というか、根本的な事だがオレは男なんだが」
「知ってるよ嫌って程。つーか分かってて告ったんだよ当たり前だろ」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、貴様本当に馬鹿だったのだな」
「ああそうだよ、悪いかよちくしょう。つーかお前何でも適当に返事すんな。意味分かんないなら最初に聞けよ」
「付き合うという意味が額面通りのものだと思っていたからな。聞きようがないわ」
「……あのなぁ、普通男がちゃんとした用事もなしにいきなり『付き合って』なんて言わないっつーの」
「オレはよく言うが」
「お前のソレは部下にだろ?!意味ちげぇよ!」
「だが言葉は同じだろう?」
「あーもー!!屁理屈捏ねないッ!」

 大体「オレに付き合え」っつーのと、「オレと付き合え」っつーのは全然ニュアンスが違うだろうが!なんで分かんねぇかなぁもうっ!

 ……なんだか悲しくなって来た。この一週間のときめきを返せこのやろう。オレ、今日からどうしたらいいんだよ?

 そう思う気持ちそのままに海馬に恨みがましい目線を向けて、段々と真っ暗になって行く場所から動く気力もなく、深い深い溜息を吐いたその時だった。そろそろこの状態にキレ気味になるかな、と思っていた海馬が徐に長い足を折り畳むと、しゃがんだその姿勢でオレに目線を合わせて来る。そして、ちょっとだけ真剣な顔をして口を開いた。

「……それで?結局貴様はどうしたいのだ」
「へ?」
「本当に、オレと恋人になりたいのか?」
「え、あ。あー……うん、そうです」
「そうか」
「いやそうかって。つか、それ逆じゃねぇの?オレが同じ事聞きたいんだけど。お前こそ、オレと恋人になってくれるわけ?」
「……まぁ、なってやらない事は無い」
「言葉にしないと分かんねーっつーからはっきり言っとくけど、それにオッケーするって事はキスやエッチなんかもオッケーって事なんだからな。それは嫌だっての無しだから」
「エッチ?」
「あー違う言葉で言うとセックスです。ちなみにオレ抱きたい方だから宜しく」
「セックス?無理だろう、男同志で」
「何で。出来るって」
「どうやって」
「実践で教えてやるから心配すんな。お前、寝っ転がってればいいから」
「……それで何かメリットがあるのか?」
「あるに決まってるじゃん。まぁとにかくそーゆー事込みで恋人としてお付き合いしたいんだけど、了承してくれますか?」
「………………」
「あ、やっぱり考えるのね。つか、お前誰とでもいいけど付き合った事ってあるのかよ?」
「あるわけないだろう」
「威張って言うな。へーじゃーやっぱりサラな訳。その実キスもした事ないんだろ」
「モクバと位だな」
「オレが言ってんのはそういうキスじゃないから」
「ではどういうキスだ」
「知りたい?つか、オレと恋人になったらしてやるよ。これ、最後のチャンスな」
「………………」
「どーする?」

 海馬の譲歩のお陰で大分近い所にある白い顔をじっと真正面から凝視して、口の端に笑みを浮かべながらそう聞いてみる。その実、海馬の答えなんて聞かなくても分かってる。だってこいつ、マジ嫌な時は直ぐ顔に出るもんな。そんで、こんな状態のまま止まってる訳がない。と言う事は、何をどう取ったってオッケーと言う事で。
 

「ちゃんと言わないんならこっちで勝手に解釈しちゃって、キス講座始めますけど」
 

 最後に言い聞かせるようにそう言っても全く動かない海馬に内心盛大にほくそ笑んだオレは、じゃあ遠慮なしに、ってんで至近距離にあるその身体に手を伸ばして、細い顎に手を掛ける。この後に及んでまだ微妙に分かって無い顔をしているその耳元に「取り敢えず目を閉じて緩く口開けてくれる?」と言ってみた。

 それに一瞬嫌な顔をしたけれど、観念しちまったのか、とても素直に言う通りにしてくれた海馬に、オレは心を込めて奴にとってはファーストであるらしいキスをしてあげた。
 

 ……尤も、オレがこなれている所為で、最初っから大分ディープなものになってしまいましたけど。
 

「……っ、はっ……ふぁっ……」
 

 口の端から、二人分の唾液をこれでもかと零しまくって、殆ど泣きそうな顔でオレの額を抑えつけてぐいぐいと押しのけた海馬の顔を、オレは一生忘れない。
 

 だって、ヤバかったマジで。めっちゃくちゃ可愛かったし!
 

「どーだった?ファーストキスは」
「く、苦しいわ馬鹿が!!」
「この後時間があるなら、このままお持ち帰りの上、最後までヤッちゃいますか?」
「……こ、断る!」
「なんで?興味あるんだろー?」
「興味など無い!」
「残念ながらオレはあるんだなー」
「貴様は経験者だろうが!」
「そりゃそうなんだけど、男とは初めてだしー。それにオレ、せっかちで欲張りですから。キスまでやったら最後までしたいって思うし、してないと何時またお前に『そんな事言ってない』なーんて言われてスルーされたら泣いちゃうし」
「………………」
「な?大丈夫、痛くしないから」
「……痛いものなのか?」
「だから痛くしないって。それもやってみなけりゃ分からないだろー」
 

 今時キスもセックスも知らないなんて恥ずかしいぜ?
 

 そうワザと耳元で熱っぽく囁いてやると、未だ濡れた唇さえ拭き忘れている海馬が顔を赤くして、怒ったような恥ずかしいような複雑な表情を見せながらオレの事を睨み上げた。

 ちょ、その顔反則。駄目だって絶対。つーかもう今夜最後までやる事決定。決定ったら決定。
 

「さ、どうする?海馬くん?」
 

 ゆっくりと立ち上がり、さっきとは逆にしゃがむ姿勢からいつの間にか座りこんじまった海馬に右手を差し伸べたオレは、おずおずと伸ばされた指先をそっと掴むと、思い切り握り締めた。決して振りほどけない程、強く。

 

 ── 城之内克也の実益を伴った愛の講座、開講です。

 

分からないなら全部一から教えてやるよ。それこそ、忘れられなくなる位に。

 

-- END --