タイムリープ


「よう。20年前のオレ。元気か?」
「……はぁ?」
「あ、やっぱ茫然としちゃってる。そうだよなぁ、普通ビビるよな」
「そう思うのなら突然声を掛けて驚かせる様な真似はやめたらどうだ」
「そうだけど。だってオレだって吃驚したんだぜ。突然だったんだから」
「ならばますます次の自分には親切にしてやろうとは思わないのか」
「思わない。人間甘やかすと碌な人間にならないからな」
「貴様の様にな」
「御名答」

 ……余りの事態にオレは半分口を開いたまま、本当に固まってしまった。人間一生に何度かはちゃんとした説明が出来ない不思議な出来事に遭遇するって言うけど、今回のはその最たるもんだ。や、勿論遊戯や獏良やマリクの事を考えたら、そうでもないのかもしんないけど、でも、それでも『コレ』はないと思う。

 自分の目の前に、微妙に年を取った自分が笑顔で立っているなんて、ちょっと、いや、大分有り得ないだろう。あーでも相手から正式に自己紹介されてないからオレかどうかは分からないけど……やっぱ十中八九オレに違いない。だって、顔同じだし!奴も『オレ』って言ってるし。

 っていうか、それよりもこいつの直ぐ横にいる海馬モドキはなんなんだ?!えぇ?意味わかんねぇ!

「…………えっと。どちら様ですか?」
「どちら様って。城之内克也様ですけど。んで、隣にいるのかオレの可愛いハニーの海馬瀬人君。ただし、両方とも現在37歳。OK?」
「……OKじゃねーよ。何?何なの?」
「えーっと話せば長い事ながら……」
「貴様等の時代から二十年後、ゲーム開発の傍らタイムマシンの発明に携わっていたオレ様がついにその夢を叶え、試作機第一号を完成させ、自ら試運転の為に乗り込み手始めにここへとやって来たのだ。この駄犬はそのオマケだ」
「……という事です」
「えええええ?!タイムマシンッ?!ど、ドラえもんの話?!」
「ドラえもんだって。かーわいい」
「まぁ、この頃の時代には時間旅行など夢物語だからな」
「それを実現させたんだからオマエって凄いよな!」
「ふん、今更だな」
「っていうか!お前等ちょっと待ったーッ!!」

 目の前で展開される、どうみてもカップルのイチャイチャにオレは一気にイラッとして、奴等の間に割り込んで行って、両腕で奴等の距離を引き離した。だってよ!話題の中心になってるオレを放置して二人で盛り上がってんだぜこの意味不明なオッサン達!ムカつくだろ?!

 そんなオレの態度にも二人はやっぱりニヤニヤ笑いながら「あ、羨ましがってる」なーんて言って余裕綽々だ。……なんだよもう、ホントにこいつ等なんなんだ?ぶん殴るか?そう思って密かに右手に力を込めると、それはあっさりと『オレ』に見つかってしまう。

「まぁまぁ、落ち着いて。殴ったって状況は変わりゃーしないし、オレ避けるから余計にイラつくぜ?言っとくけど、オレ今……」
「貴様は余計な事を口にしない方がいい。コイツの将来の楽しみがなくなってしまう」
「あーそんなもん?そういやオレの時も教えて貰わなかったような……」
「まぁ、必ずしも同じ未来を迎えるとは限らないが、教えてしまって道を狭める様な事は避けてやれ」
「海馬くん大人ー!って、37にもなりゃー大人だけどよ」
「ふん、大人になれないのは貴様だけだ。目の前の貴様と中身が全く変わってない」
「うるせー。オレは少年のココロを忘れてないだけです」
「………………」

 駄目だこいつ等、早くなんとかしないと。つーかマジで旅行に来たんならさっさと帰れ。オレはテメー等の観光スポットじゃねぇぞコラ!……って、おいおい現実受け入れちゃってどうするんだ。思いっきりウソかもしんないのに。

 そうオレが心の中で沸々と怒りを燻らせている間も奴等の態度は至って普通で、きょろきょろ辺りを見回しながら「懐かしい」なんて言ってやがる。……懐かしいっつー言葉が出るって事は、やっぱりこいつ等は20年後?のオレと海馬で、マジで海馬が開発したっていうタイムマシンで20年前の今に遊びに来たって事なんだろうか。その割にはタイムマシンが見えないけど。や、その辺に放置されてても怖いけど。

「ところでもう一人のオレ。オレ等の事どう思う?」
「どうって……」
「お前もさ、ちっとは考えたことあるだろ?自分の未来とかさ。それと、実際目の前にしたオレを見てどう思うのかって聞いてんだよ」

 不意に、今まで散々海馬もどきとじゃれ付いていた『オレ』が、くるりとこっちを向いてそんな事を聞いて来る。まさかそんな質問をされるとは思っていなかったオレは、一瞬目を瞠ると口を閉じて、『オレ』と海馬もどきを交互に眺めた。

 20年後の自分。

 今の時点で脱色しまくって最大限に痛んでる金髪は年月が経っても結局はそのままで、髪型だけは少し大人しくなったものの見た目はさほど変わっていない。こいつ37にもなってまだ金髪かよ……と思ったけれど、オレも今の髪色を変える気はないからずっとこのままのスタンスで20年過ごすんだろう。

 ……髪についてはまぁそんな所で、次は顔……うん、これも思った程変わって無い。ただ、やっぱりちょっとオッサンになったかな。眉間と目尻の所にうっすい皺が出来てて、頬骨が今よりも大分出てる。肌も黒いしなんつーか全体的に厳つい感じになってんな。顔つきも自分でも言うのもなんだけど、勇ましい。……つーか何をしたらこんな風に成長すんのかな。気になるなぁ。

 その隣にいる海馬は……うん、変わって無い。元々フケ顔(よく言えば大人顔)だったから変わりようがねぇんだろうけど。それにしたって変化なさすぎだろ。宇宙人かお前は。身体も相変わらずほっそいまんまだし、『オレ』がガタイ良くなった分、なんかちっさく見える。気の所為なんだろうけど。

「海馬はともかく……お前、オッサンになったな」
「それだけかよ。あたりまえだろ。20年だぜ」
「あと、なんかゴツくなった」
「ああうん。鍛えてますから。お陰でメタボとは無縁だぜ。ハゲも心配なし。良かったな。お前、気にしてただろ?」
「ちょ……気にしてねぇよ!」
「嘘吐け。バイト代で高い育毛剤買ったことある癖に」
「……そうなのか?凡骨」
「うん。ほら、オレって中坊ん時から色抜きまくってただろ?床屋行くとさぁ、将来ハゲるっていっつも脅されて。だからこの頃すんげービビってたんだぜ」
「ほう。では良かったな、その心配がなくなって」
「う、うるせぇ!」

 ああこの間買ったよ育毛剤!悪いかよ!!……こいつは本当にオレ自身だ。オレしか知らない事を何でも知ってやがる。くっそタチ悪ぃ。海馬もどきもそれを聞いてなんだか嬉しそうな顔して、頭撫でて来やがった。いててっ!指に引っかけんなよ!っていうか、指じゃなくてなんだこれ指輪?!ああもう何でもいいや。早く帰れ!

「可愛いな」
「だろ?この頃はオレも若かったよなー。それに海馬くん大好きで……って、あ!オレ、昔のお前にも会ってみたいんだけど」
「無理だな。『この時』も無理だったのだろう?」
「うん。えっと、今日こっちの海馬は何処にいるんだっけ?もう一人のオレ」
「海馬?海馬は……」

 確か3日前からアメリカに行くとかなんとかって三行メール寄こして姿を消しましたけど、何か。

「あーそうそう!お前、こん時アメリカにいたんだっけね!で、オレちょっと寂しかったんだ」
「……分かってるなら聞くなよ」
「だってさっき海馬も言っただろ?『全く同じ未来になるか分からない』って過去だってそうなんだぜ?今よりももっと過去に何かが起きていれば変わってる。そういうもんだ」
「………………」
「だから、お前が今見ているオレ達も、お前の未来と重なるかどうかなんて分からない。そこんとこ、よーく覚えておけよな」
「おい、凡骨。時間だ。帰るぞ」
「え?もう?オレもっとここで遊びたいんだけど、他の奴らとも会いたいしさぁ」
「無茶を言うな。無理をして故障でもしたら元の時間に帰れなくなるぞ」
「……そっかぁ。じゃあ、完成品が出来たら、また」
「ああ」
「と言う訳で、オレ達帰るな?海馬にも宜しく言っといて」
「……最後まで訳分かんない奴らだな。何だよもう」
「分かんなくていーって。ま、夢だと思って忘れてくれよ。な?克也君?」

 じゃ、そう言う事で。

 そう言って余りにも唐突にオレの前に現れた意味不明な二人組は、結局終始笑い顔を引っ込める事は無く、オレにくるりと背を向けた。その直前ひらひらとオレに向けて左手を振った『オレ』の薬指には銀色の指輪が嵌まっていた。あれ?それってさっきオレの髪を撫でた海馬の指に嵌まっていたアレと同じじゃね?どこからどうみても同デザイン。

 ……つー事は?

「おい、もう一人のオレ。何を見つけたかしんねーけど。そんなもんで安心してんじゃねーぞ。ちゃーんと捕まえとかないと直ぐ逃げられるんだからな」
「貴様、何を余計な事を口にしている。さっさと行くぞ!」
「いででで。耳引っ張んなって!」

 最後にもう一度だけ振り向いてじっとオレを見た二人は、そのままさっさと姿を消してしまう。……歩き去ったんじゃなくって本当に姿消しやがった。最初から最後まで意味不明だ。

「……なんだったんだ、今の」

 オレは暫く呆然とその場に立ち尽くしていた後、気持ちの整理をしようとあれこれと考えたけれど、結局今のは非ィ科学的な白昼夢だったという事で片付けた。本当はそんな一言で片づけちゃーいけないんだけど、そう片付ける事しか出来なかった。

 だって、無理。非ィ科学アレルギーの海馬じゃないけど、無理だし、こんなの。

 でもどうにも収まらないから直ぐに携帯を取り出して、迷惑は承知で海馬へと電話を掛けた。案の定速攻怒鳴られたけれど、そんなんどうでもいい。
 

「あ、もしもし海馬?お前今何処にいるんだよ?時間あるなら付き合えよ。オレさぁ、たった今……」
 

 この出来事が夢だったのか現実だったのか分かるのは20年先の事。
 

 どちらにしても、オレが見た光景が本当の未来になったら、こんなに嬉しい事は無い。

 

 20年後のオレ達も、あの指輪をはめる事が出来ますように。

 

-- END --