Distorted love


 ピッタリと閉じられた重厚な扉。その扉の隙間から漏れる光が闇に大きく広がる時、ボクの絶望の夜は始まる。

 暗い部屋の中とは対照的に眩しい程明るい廊下の向こうから、義父さんは遣って来る。ボクの部屋の扉を大きく開け放ち、醜いシルエットがそこに浮かぶんだ。近付いて来るその影からボクは逃げる事が出来ずに、絶対的支配者に身体を暴かれるのを、ただベッドの中で震えて待つだけしか出来ない。やがて怯えた目で見上げたボクに義父さんはニヤリと笑って、趣味の悪い指輪をいくつも嵌めた芋虫のような太い指をボクの首に絡めて来た。

「どうした…瀬人? いつものように、儂の相手をしておくれ」

 瞬時に身体を無理矢理暴かれる痛みと恐怖を思い出してガタガタ震えるボクを、義父さんはただニヤニヤ笑いながら見下ろしていた。サイドライトに浮かび上がる顔が、余りに醜くて人間の顔に見えない。
 そこにいるのは化け物だ。醜い化け物が、今夜はボクをどう料理しようかと舌舐めずりをしながら考えている。

「いやっ…! いやあっ…!!」

 抵抗しても無駄だった。小さくてひ弱なボクの身体はあっという間に義父さんに押さえ付けられ、ベッドの上に縫い付けられた腕は全く動かす事が出来ない。両手を一つに纏められ頭の上に押さえ付けられ、空いたもう片方の手で着ていたパジャマは乱暴に毟り取られた。嵌めていたボタンはアチコチに飛んで行き、やがてボクの身体を包むものは何も無くなってしまう。

「嫌だ…っ! 義父さん…やめて…っ!!」
「口ではそんな事を言っても、身体は正直だぞ…瀬人? ほらもう、こんなになって…」
「いやっ!! いやっ…! いやだぁ…っ!!」

 心はこんなに嫌だと思っているのに、慣れた身体は義父さんの愛撫によってあっという間に昂ぶっていく。ガサついた太い指で性器を弄られて、無理矢理勃起させられて射精を促されて…。ボクは甘い痺れに抗う事が出来なくて、泣きながら義父さんの掌に精液を零してしまう。そうすると義父さんは本当に嬉しそうに笑って、ドロドロに汚れた手を見せつけながら、ボクの一番嫌いな言葉を吐くんだ。

「何がいやなものか。ほら瀬人…よく見なさい。こんなにたっぷり精液を吐き出して…。本当に淫乱な子だな、お前は」
「うっ…ぁ…。義父…さ…ん…」
「セックスが好きなのだろう? 儂に抱かれるのが好きなのだろう?」
「あっ…! あぁっ! 義父さん…っ!」

 違う…! 違う…!! 違う…っ!!
 ボクは淫乱なんかじゃない!! セックスなんか好きじゃ無い!! もうボクに触れないで!! 近寄って来ないで!! 誰か…誰か助けて…っ!!

 ボクは心の中で必死に叫ぶ。だけどセックスに慣れた身体は言う事をきかず、快楽が欲しくて義父さんに救いを求め始める。身体の力を抜いて抵抗を止めて、足を開いて疼く秘所を晒け出して…。そしてボクの上に乗り上げていやらしく笑っている醜い男に、手を伸ばして懇願するんだ。

「義…父…さん…っ」
「どうした瀬人? 儂にもっと気持ちの良い事をして欲しくなったのか?」

 心の叫びとは裏腹にボクはコクコクと頷いて、義父さんの太い首に貧弱な腕を絡めて身体を引き寄せた。
 本当はこんな事、もうしたくない。セックスなんて何にも気持ち良く無いし、痛いし苦しいし死にそうになる。どんどん汚れていく自分の身体も大嫌いだし、ボクの身体を汚していく義父さんの事も大嫌いだ。
 だけど…だけど…。

「よしよし、よく言えた。良い子だな瀬人。お前は素直が一番だ…」

 優しい声でそう囁かれて、いつもはボクの顔を思いっきり殴ってくる厚みのある掌で頭を撫でられて、ジワリと胸に湧き上がる幸福感に泣きそうになった。
 それが偽りの幸せだという事は分かっている。だけどボクはこの瞬間には…逆らえなかった。
 だって、凄く幸せなんだ。心の底から嬉しいって思うんだ。大嫌いだった義父さんが、この瞬間だけは大好きになれるんだよ。例えそれが幻想だと分かっていても…ボクはそれに逆らう術を持っていなかった。

「うっ…! ひっ…あぁっ!! いたっ…!! 義父…さ…っ! い…痛い!!」
「大丈夫だ、瀬人。いつもの事だろう…? すぐに慣れるから大人しくしていなさい」

 足を大きく左右に開かされて、義父さんの醜くて熱い肉棒が体内に押し入ってくる。余りの痛さと苦しさに吐き気を催したけど、ボクはそれでも抵抗しなかった。脂っぽい背中に腕を回して、泣きながら何度もそこをカリカリと引っ掻く。義父さんの身体に傷を付けるなんて…いつもだったら怖くてとてもじゃないけど出来ないけれど、この時ばかりは絶対に怒られないから安心する事が出来た。

「あっ…! ひぁっ!! やっ…やあぁ――――っ!!」

 何度も何度も揺すぶられて、やがて痛みや苦しさの中に耐え難い快楽が生まれて、ボクの身体を翻弄していく。

「瀬人…。瀬人…」
「あっ…んっ!! はっ…あぁっ!! 義父さん…っ!!」
「可愛いぞ、瀬人。愛しているよ…」
「あ…あっ…っ! と…義父さん…っ!」
「愛している…瀬人」
「と…う…さぁ…んっ!! うぁっ…あ…あぁっ――――――――っ!!」

 愛している。
 その言葉が頭の中でグルグル回って、ボクは本当に嬉しくて嬉しくて堪らなくて。頭の中が真っ白になるのと同時に、体内の肉棒を締め付けながら達してしまった。義父さんの身体に力一杯しがみついて、ブルブルと細かく痙攣しながら射精をする。
 気持ち良くて…心の底から気持ち良くて…気が狂うかと思った。義父さんの言う愛なんてただの幻想に過ぎないと分かっているのにも関わらず、ボクはこの瞬間に発狂してしまえたらどれだけ幸せだろうかと…そんな事ばかり考えてしまう。
 数刻後にはまた打ちのめされると分かっている癖に、どうしてもそう考えてしまう事を止められなかったんだ。

 

 

 数十分後。ボロボロになったボクをベッドの上に放り出して、義父さんは自分の部屋へと帰っていく。再び醜いシルエットに戻った義父さんの後ろ姿を見送りながら、ボクはズキズキと痛む身体をゆっくり丸めて、有りもしない事を想像した。

 もし…義父さんがこの世からいなくなったら、ボクは一体どうなるんだろう?
 義父さんだって人間だ。いつかは死んでしまう筈だ。
 でももし本当にそうなった時、ボクは正気でいられるのかな…?

 義父さんの事は大嫌いだった。憎くて憎くて殺したい程だ。でもそれ以上に…ボクは義父さんの事を心の底から愛しているんだ。
 だから義父さんがいなくなる事なんて考えたくない。死ぬなんて以ての外だ。だけど何で考えてしまうんだろう。どうして義父さんが死ぬなんて思ってしまうんだろう。

 義父さんが死んだ時、ボクは本当に狂ってしまうかもしれない。

 そんな有りもしない事を考えながら、ボクは無理矢理暴かれた身体を少しでも回復させる為に、目を瞑って眠りに就く事にした。
 ただの幻想に過ぎない、義父さんの愛を信じながら。
 

-- END --