残照


「あっ…! 先生…!!」

 埃臭い生物準備室。棚にはアルコール漬けになった小動物達。隅に置かれた不気味な人体標本。小さな窓から差し込む西日。薄暗い小部屋。三月の…まだ春先の冷えた空気の中…奥に置いてある教卓の上だけは湿った熱い空気に包まれていた。
 机の上に乗り上げて下着を脱いで大きく足を広げて、捲り上げたスカートの中からはピチャピチャといやらしい水音が響いている。視線を下にずらすと、スカートの中からくすんだ金髪がユラユラ揺れているのが目に入ってきた。その頭が動く度に、下半身から耐えられない強烈な快感が伝わってくる。

「んっ…! あっ…あぁっ!!」
「海馬、声」

 諫めるような声に、海馬はただフルフルと首を横に振って限界を訴える。

「無理…。もう…無理です…先生…っ!」
「誰かにバレたら大変だろう? お前もそうだけどオレの人生も終わるし」
「で…でも…っ! もう…あっ…! やぁっ…!!」
「仕方無いなぁ…。ほら、コレでも咥えてな」

 そう言って生物教師である城之内は首に巻いていたネクタイをシュルリと解くと、海馬の口元に持っていった。潤んだ瞳でそれを受け取った海馬は、渡されたネクタイを噛み締めるように口に銜える。淡いクリーム色のネクタイにじわりと唾液が染み込むのを見て、城之内は再び屈んで海馬のスカートを捲り上げた。
 淡い栗色の翳りがグッショリ濡れているのを見て取って、再びそこに顔を近付ける。真っ赤に熟して硬くなっている突起に舌を這わせ、唇の先で挟み込んで吸い上げる。そうすると綺麗なピンク色の秘所がまた新しい蜜を零すので、指先だけをそこに埋め込んで生温かい蜜を掻き混ぜながら粘膜を刺激した。

「んっ…!! ふっ…! んんっ…ぅ…っ!!」
「凄いな。もうこんなにトロトロなってる…。なぁ、海馬」

 揶揄するような城之内の言葉に羞恥を感じ、海馬は潤んだ青い瞳からポロポロと涙を零した。そして細い肩をビクビクと震わせながら、段々と前のめりになっていく。
 城之内が着ている草臥れた白衣をギュッと握ってただひたすら快感に耐え、唾液と喘ぎ声を古ぼけたネクタイに染み込ませる。抱えあげられた足も細かく痙攣し、踵が抜けたローファーが床に落ちてカタンと音を起てた。コロリと転がった革靴を横目で眺めながら、城之内はすっかり硬くなった突起に軽く歯を当てる。

「うんっ…!! んっ…んっ!!」
「海馬…? そろそろイキそう…?」
「んっ…ん…ふぅ…っ!!」

 顔を真っ赤にした海馬が必死にコクコクと頷くの見て、城之内はトドメとばかりに口内の突起物を強く吸い上げた。同時に秘所に埋め込んだ指をほんの少しだけ奥まで挿入して、敏感な粘膜を指の腹で強く擦る。

「ふぐぅ…!! うっ…んんんっ――――――っ!!」

 次の瞬間、ビクンッ!! と大きく痙攣をし、海馬は達してしまった。白濁した蜜がとろりと秘所から零れ落ちてきたのを見て取って、城之内はそこに舌先を突っ込んで丁寧に舐め取っていく。クチュリ…と一際大きく響いた水音に、海馬はまた身体を熱くしてしまうのだった。

 

 

 童実野高校の生物教師である城之内と、生徒である海馬瀬人子。二人だけしか知らない、放課後の生物準備室での秘密の逢瀬が行なわれるようになったのは、海馬が高校二年生の…十七歳の誕生日を迎えた直後の事だった。
 一介の生徒が教師に恋愛感情を抱き告白してしまうというのは、学園生活では意外に多いパターンである。だが教育者である教師がその告白を受け止めてしまうというのは、そう多い事では無い。
 海馬は城之内に愛を告白し、城之内はその想いを受け止めてしまった。簡単な事だ。両者は両思いだったのだ。
 二人がお互いに大人であったのなら、特に何の問題も無かったのだろう。だが困った事に、二人は未だ教師と生徒の関係だった。

「ほら、いつまで呆けてる。早くパンツ履け」

 机の上でグッタリしている海馬のお尻をペチンと叩き、城之内は立ち上がって乱れた白衣を直しながら窓際に寄って外を眺める。そして胸ポケットからクシャクシャになった煙草のケースを取り出し、先程まで海馬の秘所を愛撫していた口に銜えて安い百円ライターで火を付けた。深く煙を吸い込んで、ふーっと満足気に白煙を吐き出す。まだ甘い蜜の味が残っている舌の上が、苦いニコチンによって覆われていくのを感じた。
 その一連の動作を未だ潤んだ瞳で横目に捕らえながら、海馬はのろりと身体を起こした。そして机の上に放られた下着をギュッと握り締めながら、キツイ眼差しで城之内を睨み付けながら口を開く。

「先生…。今日も最後までしてくれないんですか?」

 秘密の関係を結ぶようになって、もう一年以上。あと半月ほどで卒業だというのに、海馬の身体は未だ城之内を受け入れてはいなかった。何度お願いしても城之内は決して最後までしようとはせず、いつも海馬をイかせて終わりにしてしまう。海馬にはそれが酷く不満だったのだ。
 海馬の質問に城之内は黙して答えない。それに焦れて「先生!!」ともう一度強く呼びかければ、深く煙を吐き出しながら城之内は振り返った。そして困ったように後ろ頭をガシガシ掻きながら苦笑する。

「だからさー。お前が大人になるまでは最後までしないって言っただろ? ちゃんとオレの話…聞いてた?」
「先生もオレの話を聞いてくれていますか? オレは最後までしてもいいって言っているんですよ」
「あのなぁ…。お前はどんだけオレを犯罪者に仕立てあげたいのよ。まぁ…こんだけ手を出しちゃってる時点で、もう犯罪者確定だけどな」
「犯罪者とかそういう意味では無く…ただ先生が好きだから…!!」
「それは分かってる。何度も聞いたし、理解もしてる。でもな、オレが心配してるのはそういう事じゃ無いんだ」

 そこまで言って城之内は、窓枠に置いてあった灰皿に短くなった煙草を押し付けた。そして窓を開けて充満した煙草の煙を外に追い出す。生物準備室の中の濁った空気が外に流れていくのと同時に、まだ冷たい春先の風が入り込んできた。校庭で練習している運動部の掛け声や、階下の音楽室からはブラスバンド部の楽器の音も響いてくる。
 暫くそれらの雑音を聞きながら、城之内は静かに外を眺めていた。沈みゆく夕日に小さく溜息を吐き、そしてクルリと振り返る。

「お前、春から大学生だろ?」
「そうですけど…それが何か?」

 童実野高校どころか全国でもトップクラスの成績を誇る海馬は、見事大学受験に現役で合格して、この春から某有名私立大学に進学する事が決定していた。
 未だ下着も履かずに睨み付けて来る海馬にクスリと笑い、城之内は壁に寄り掛かりながら言葉を放つ。

「大学行ったらさー。いい男が一杯いるだろうなー。オレより格好いい奴も、オレより優しい奴も、オレより包容力がある奴も、オレより頭がいい奴も、一杯いると思うんだ」
「なっ………!?」
「なぁ…海馬。お前はまだ高校生だ。これから大学進学も控えている。お前の人生はこの先もずーっと長く続いていて可能性は山程あるというのに、今一人の男に全てを捧げてしまうのは…勿体無くないか?」
「そ…それは…一体どういう事ですか…? 先生…?」
「分からないのか? お前頭良いのに、こういう所は馬鹿なんだなぁ…。つまりな、オレが言いたいのは」

 壁から身体を起こし、真っ直ぐに海馬の方を向いて、城之内は真剣な眼差しで机の上に座っている少女を見詰めた。

「お前の大事なヴァージンは、本当に好きになった男の為に取っておけって言いたいんだよ」

 淡々と言い捨てられたその言葉に、海馬は自分の頭がカッと熱くなるのを感じた。反射的に机の上に平積みされていた資料本を手に取って、城之内に向けて投げ付ける。バサリと肩にぶつかったその本を避ける事もなく、城之内はただ黙って海馬の事を見詰め続けていた。

「酷い!! 最低です…先生!!」
「………」
「オレが先生の事を本気で好きじゃ無いって言うんですか!? 好きでもない男相手に、興味本位で足を開く女だと!?」
「そんな事は言って無い」
「言っているも同然じゃないですか!! オレは先生が好きなんです!! 本気で…好きなんです!!」
「それも知ってるよ。お前の気持ちが嘘じゃない事は、オレが一番よく知ってる。でもな、オレが話しているのは可能性の問題で…」
「そんな可能性なんていりません!!」
「まぁ、聞け。人生は長いんだよ、海馬。何も今決めなくてもいいじゃないか。こんな三流大学出の金も甲斐性も無い不良教師より、世の中にはもっとお前にふさわしい男がいる筈だ。そんな相手が現れたらどうする? オレと関係を持っていた事を後悔する事になるだろう? 綺麗な身体でいたかったと…願うだろう? オレはお前に後悔して欲しく無い。だから…」
「人生が長かろうが短かろうが、先生が貧乏だろうが甲斐性無しだろうが、そんな事は関係無いんです…! 後悔なんか絶対しないし、オレは先生がいい!! 先生しかいらない!!」

 そう叫んだ海馬は机の上から降りて、大股で窓際の城之内の側に近寄っていった。そして首に腕を絡め無理矢理頭を引き寄せ、荒れた唇に自らのそれを強く押し付ける。夢中で舌を差込んで城之内の口内を探れば、ほろ苦い煙草の味が海馬の柔らかい舌を刺した。
 一通り口内を舐め回しても城之内が反応しないのに気付き、海馬は目の前の身体を強く押し返して身体を離す。口の端から零れ落ちた唾液を袖口で拭いながら、怒りと酸素不足の為に肩で激しく息をし、そして涙で濡れた青い瞳で目の前の男をキツク睨み付けた。

「今更…オレから逃げようとしても無駄ですよ。オレは決して逃がしませんから…。覚悟して下さい先生」
「海馬………」
「先生はオレのものだ。オレだって先生のものだ。それを忘れないで下さい」

 低い低い声で言い捨て、海馬はクルリと背を向けた。そして床に放りっぱなしだった鞄を手に取り、落ちていたローファーを履いて、下着を手に持ったまま生物準備室から出て行く。

「おい、パンツは履いていけよ。途中でスカートが捲れて大事な場所が丸見えになっても知らないぞ」

 如何にも「怒っています!」という雰囲気を醸し出している背中にそう呼びかけると、返事は無いものの一瞬だけ振り向いて物凄い形相で睨まれ、そして準備室のドアは乱暴に閉められた。
 棚の上に置いてあるホルマリン漬けの瓶がカタリと動く程の剣幕に、城之内は肩を竦めて「おーこわっ!」と素っ頓狂な声を出す。だが次の瞬間には真面目な表情に戻って、深い溜息を吐いた。床の上に投げ捨てられたクリーム色のネクタイに気付いて屈んでそれを拾い上げ、目に入ってきた酷い惨状にクスリと笑みを零す。

「あーあー、グッチョリだ。これじゃ今日はもう付けらんないなぁ…」

 クスクスと一通り笑って、そして城之内は笑うのを止めた。荒れた髪をクシャリと掻き上げ、泣きそうに顔を歪める。

「分かって無い…。お前は何も分かって無いよ…海馬」

 震える声が生物準備室に響く。

 海馬瀬人子という女生徒の事が大好きだった。入学式で見た瞬間から恋に落ちた。だが自分は教師で、相手は生徒で。だから何も感じていないように振る舞って、教師と生徒の関係を続けていた。
 それが突然変わったのは、海馬が高校二年生の秋だった。まさか向こうから愛の告白をしてくるとは…夢にも思わなかったのだ。
 教師としてはすぐにでも断わらなければならなかったのかもしれない。だがそうするには、もう自分の中の海馬に対する気持ちが大きくなり過ぎていた。
 こうして城之内は海馬の告白を受け止めてしまい、誰も知らない…秘密の関係が始まった。彼女に触れる度に、城之内は海馬に深く溺れていく自分を感じ、そしてその都度焦燥感を募らせていく。
 最終行為まで及ばなかったのは、城之内が持っていた教師としての最後のプライドと、そして未来に対する恐怖によるものだ。それが無ければ、とっくの昔に全てを頂いてしまっていただろう。

 海馬は若い。これから高校を卒業し大学に進学すれば、もっと沢山の人間と知り合う事になるだろう。大学を卒業し社会に出れば、更にもっと沢山の出会いが待っている。
 その中に海馬の心惹かれる人物が現れないと…海馬が本気の恋愛に目覚めないと、どうして言い切れるのだ。そうなったら自分はもう用済みになるだろう。

「怖いのはオレだよ、海馬。お前に夢中になって…捨てられて…、一人になったらきっともう立ち直れない。だから今から距離を置こうとしているのに、どうしてお前は…っ」

 どうしてあんな真っ直ぐな瞳で見詰めてくるのか。どうしてあんなに何も恐れずにオレの事を愛せるのか。
 それが辛くて…苦しくて…切なくて…そして何より死ぬ程嬉しくて、気が狂いそうだった。

 城之内はグシャグシャになったネクタイを強く握り締め、新たな煙草を咥えつつ窓の外に視線を移した。春先の夕日はとっくに西の地に沈み、ほんの僅かな赤味が空に残っているだけだ。いつの間にか運動部の掛け声もブラスバンド部の練習音も聞こえなくなっている。
 今にも夜空に溶け込んでいきそうな残照を、城之内は自分が海馬に寄せている僅かな希望のようだと思う。だがふと…その小さな希望に縋ってみたくなった。

「日は落ちても…太陽は消えないもんな。見えない場所にあって、次の日にはちゃんと昇ってくるもんなぁ…」

 賭けてみようか、あの残照に。自分には眩し過ぎる…まるで太陽の光のような少女の愛を、ちゃんと正面から受け止めてみようか。あの子が無事高校を卒業したら…卒業式が終わったら、ちゃんとプロポーズしてみようか。

「給料三ヶ月分か…。今の時期には…痛いなぁ…」

 すっかり薄暗くなった部屋に城之内のボヤキが響き渡る。だがその声は希望に満ちていた。
 残照はもう見えない。空はすっかり闇に覆われ、春の星座が瞬いている。けれど愛を決意した男の胸には、未だ小さな最後の希望が残照のように灯っていたのだった。
 

-- END --