Cross over Act1

「して、そなた名を何と言う?」
「海馬瀬人だ」
「カイバセト?妙な名だな。年齢は」
「今は16。今年で17だ。言っておくが海馬は名字で名が瀬人だ。貴様、見かけの割に日本語が上手いのだな」
「名字とはなんだ。ファミリーネームの事か」
「そうだ。そういう意味で言うのならセト・カイバだな」
「我ら守護聖は守護聖となった時点でファミリーネームを捨ててしまうからな。名はセトか。どちらにしても余り聞かぬ名だ。しかし、16だと?……マルセル達と同年代か……見えぬな」
「フン、余計な世話だ」
「して、気になったのだがそなたの星ではその様な珍妙な服装が流行りなのか?ゼフェル辺りが喜びそうだが」
「珍妙な格好だと?!やかましいわっ」
「まぁそんな事より」
「……自ら言い出した事をそんな事より呼ばわりか。一々腹の立つ男だな……」
「そなたはここにどうやって入りこんだのだ。聖地に正当な手続きを踏まずに侵入する事などまず不可能なのだが」
「知らん。こちらが知りたいわ。新デュエルディスクのテストを兼ねた疑似デュエルをした際、ソリッドヴィジョンの投影に不具合が起きてな。原因を調べているうちに機器が暴走。その後の事は覚えてないわ」
「何を言っているのかさっぱり理解出来ぬが……そなたにも良く分からぬ、という事だな」
「その通りだ」
「なるほど」

 しかし、そうなると何の解決法も今は見えぬな。

 そう言って見かけそのままの厳めしい表情で神妙に眉を潜める目の前の男を瀬人は複雑な面持ちで眺めていた。随所から入りこんでくる明るい日の光が内装の白さに反射して余計に眩しく感じる。眼前の男も長い金の髪を持ち、全身白いローブで覆われている為瀬人の周りはほぼ白に満たされていた。

 尤も、下に敷き詰められた如何にも高級そうな絨毯や、男の背後に見える荘厳な雰囲気を醸し出す長い階段、その上に据えられたどこぞの王が座る様な重厚な椅子、紗のカーテン。それらは全て純然たる朱と金で彩られている。

 当初、瀬人はあの場所に座するのはこの金の髪の男だと思っていた。それだけの威厳と風格を持っていると瞬時に見て取ったからだ。しかし彼は階下のこの場所……朱の絨毯を避けて磨き上げられた大理石の床上に立つに留まり、壇上に背を向けた。そして決して振り向きもせず、そこから一歩も動く事はなかった。その動きから察するに、彼はあの椅子に座るべき人物に従う者なのだろう。

 どうみても時代錯誤な衣装に口調。視界に映る王者の椅子、近代日本ではまず見られない古めかしい作りの巨大な宮殿。随所にちりばめられたアンティーク。余り表現したくはないが童話の世界の様だと、瀬人は密かに呆れた溜息を吐き、更にそんな事を思う自らに苦笑した。全く、どうかしている。

 しかし……こんな男を従わせるこの世界の『王』とはどんな人物なのだろうか。それこそ童話さながらの大柄である程度年を経て白い口髭を蓄え、宝石がこれでもかとあしらわれた王冠とマントをそつなく身に付け、黄金の杖を振りかざして「貴公は」等と言う男が登場するのだろうか。RPGの王宮かここは。……長い沈黙に最早何が何だか分からなくなる頃、その静寂は唐突に破られた。

「遅れてごめんなさい!あ、その子がジュリアスが言っていた迷子なの?」
「……は?」
「陛下!」
「こんにちは。突然こんな所に連れて来ちゃってごめんなさいね。お名前は……あ、セトっていうのね。私の宇宙では見かけないタイプだから、どこか別の場所から飛んで来ちゃったのかしら?ねぇ?ロザリア」
「……陛下、ジュリアスが青筋を立てていますわよ。まずは椅子にお座りになって、それからお話をなさっては?」
「嫌よ。それじゃ如何にも偉そうじゃないの。それに、ちょっとだけ触ってみたいし……構わないでしょ?」
「構いますわ!!」
「あら、貴方が手に付けている機械……凄く珍しいわ。これは何をするものなの?」

 いきなり頭上から余りにも予想外な可愛らしい声が響いたかと思うと、カーテンの影から姿を現した薄いピンク色のドレスを身に纏った可憐な少女が、満面の笑みを浮かべて落ち着きなく階段を駆け下りて瀬人の前へと降り立った。その背後……鮮やかにスルーされてしまった緋色の椅子の側には、目の前の彼女とは全く雰囲気が違うもののこちらも酷く若い、凛とした佇まいの青い髪の少女が立っていた。

 突然現れたその二人は互いを「陛下」「ロザリア」と呼び合っていた。更に目の前に立つ男の事を「ジュリアス」とも。それにより、瀬人はなんとか三人の大まかな関係性だけは理解出来た。尤も、納得は出来なかったが。

「陛下、お戯れはその位にして、玉座にお戻りください」
「ジュリアスの言う通りですわ。本当にみっともない!少しは落ち着きなさいな!」
「怒られちゃった。はーい」

 『ジュリアス』と『ロザリア』の一喝で、物珍しい顔をして瀬人本人とその左腕に付けていたデュエルディスクを眺めていた『陛下』は、その敬称らしからぬ子供っぽさでぺろりと舌を出し、彼らの意向に従う様に元来た場所に戻って行った。レースがふんだんに使われた裾が絨毯に擦れる音だけが静かに響く。

 やや暫くして『王』が座るだろうと思っていたあの椅子に彼女がふわりと腰を降ろし、場の空気は静まった。瀬人の内心は全く持って穏やかにはなり得なかったけれど。

「……驚かせてすまぬ。あの方はこの宇宙を統べる女王陛下だ」
「アンジェリークっていうの、宜しくね!隣にいるのが女王補佐官のロザリア。そしてそこにいる難しい顔をした彼が光の守護聖ジュリアスよ。他にもこの聖地には沢山の個性的な守護聖がいて……あ、それは後でゆっくりとお話するわ」

 こほん、と一つわざとらしい咳を一つして、それまで額に盛大な青筋を立てていたジュリアスは。如何にも重々しく、といった声で口を開いた。しかし、直ぐに重ねられた甲高い声にその場の雰囲気は台無しになる。それを無言の眼力で制すると、ジュリアスは一瞬小さな溜息を吐きつつ、瀬人に向かってこう言った。

「そなたがこの世界に来た経緯も、どうやってここから元の世界に戻す事が出来るのかも、今の時点では皆目見当もつかぬ。我が宇宙に存在する者ならば、星の小道や次元回廊を繋いで送り返してやる事も可能なのだが。そうではないとするとなかなか容易ならぬ事態なのだ。そなたにも色々事情があるとは思うが、暫しここに留まって貰う以外術はない」
「………………」
「ジュリアス、そんな難しい言い方じゃこの子にはさっぱり分からないわよ。えぇっと、簡単に言うとね?貴方がどこから来たのか分からない限り、私達にも戻す事は出来ないの。だから少しだけここ……ここは聖地っていう所なんだけど……に留まって貰うわ」
「簡単すぎますわ、陛下」
「……何を言っているのかさっぱり分からん。オレの常識と、この世界の常識は余りにも違いすぎる」
「そうよね。貴方が別世界から来たのなら、確かに勝手が違うわよね」
「それに、オレはこう見えて多忙な身だ。社長だからな。一日でも社を留守には出来ない。故に一秒でも早く元の生活に戻りたいのだが」
「社?会社って事ですの?」
「チャーリーみたいなものじゃないかしら?あの人もウォン財閥の総帥でしょ?あ!チャーリーは何か知らないかしら?」
「お二方……世間話は余所でやって下さいますよう」
「世間話じゃないわよ。真剣に考えてるのに。ねぇ?」
「そうですわ」
「……オレにはどう見ても茶飲み話にしか聞こえんが。貴様ら本当に『女王陛下』や『補佐官』なのか?それ自体が非ィ科学的だ……」
「失礼な事をいうな。こう見えてもこのお方は歴代稀に見る金のサクリアを持った……」
「えぇい!!貴様らだけで分かる様な話をするな!!用語の全ての意味が分からんわ!」

 全く忌々しい!どうしてオレがこんな目に!!

 さっぱり危機感を感じさせないどこか女子高生っぽさを感じるアンジェリーク達と、小難しい言葉を並べ立て無駄に事態を重々しく見せるジュリアスに、元々脆い堪忍袋の緒をぶち切った瀬人は相手が誰であるかさえ忘れてヒステリックに叫びたてた。が、これが現代であるなら周囲の人間を震え上がらせたり苛立たせたりするその怒号も、彼らの前では敢え無くスルーされる。何故なら、彼らにとってこんな事は日常茶飯事であったからだ。

「まぁ、ゼフェルみたい。かわいいっ!貴方年は幾つ?あ、言わなくていいわ。視るから……えっ、16?!年下だって、ロザリア!!」
「興奮するのはお辞め下さいませ、陛下。それに彼をゼフェルに会わせたら血を見ます」
「あら、どうして?」
「背が高すぎますわ」
「クラヴィスやオスカーに比べたらどうってことないわよ。ねぇ?ジュリアス?」
「そこで私に意見を求めないで頂きたい。……とにかく!これ以上ここに居ても事態は好転せぬようなので、私達はこれにて失礼致します」
「あら、セトは置いて行って欲しいわ。この世界の事を話してあげたいもの」
「それはこちらで致しますのでお構いなく。どうかお二人とも執務にお戻りください」
「ジュリアスってケチね。ね、セト。後で私の部屋に遊びに来て?」
「陛下!!」

 先程の瀬人の怒号よりも凄まじい、酷い耳鳴りを起こす様なジュリアスの大声が広間中に響き渡る。それに思わず両耳に手を添えながら、瀬人は半ば諦めた風に肩を竦めるしかなかった。

 きっと夢だ。これは夢だ、と思いながら。