Cross over Act2

「しかし、そなたはなかなか見所があるな」
「……何がだ」
「普通この聖地、ましてや聖殿に訪れるものは皆少なからず萎縮をするものだが、そのような素振りも見せぬとは」
「フン。こんなもの、どうせ夢だ」
「夢?」
「ああ、夢に決まっている。故に驚く事も惑う事も無い。尤も、オレは元からそんな脆弱な神経などしていないがな」
「……そなたにサクリアがあったのならさぞかし良い守護聖になっただろうに、全く兆候が見えぬ故違うのだろうな。つくづく惜しい事だ」
「守護聖がどういうものかは知らんが、こんな所に長居するのは真っ平御免だ。早く夢が覚めて欲しいものだな」
「己の頬でも抓ってみればよかろう」
「それはもうやった」
「やったのか。では諦めるより他は無いな。まぁそう焦る事もないだろう。後々説明するが、ここは外界と時間の流れが異なる。ここでの一日はそなたの世界での何秒か、長くて1分程度だろうからな」
「……なんだと?どういう事だ?」
「どういう事もそういう事もない。私はただ事実を述べている」
「………………」
「そなたは非科学的だと言うが。ここは宇宙でも最先端の科学技術を有している。尤も、理屈では説明できない事も多々あるがな。これも後々分かる事だろう。ともあれそなたが害をなさぬ限り、そなたを害するものも存在せぬ。元の世界に戻れるよう尽力はしてやる故、大人しくしているがよい」
「オレは別に暴れてはいないが」
「これからの事を言っている。どうもそなたはゼフェルタイプの様だからな」

 ……なんだそのゼフェルとかいうのは。人の名前か?そう言えば先程の女王と名乗る女もそんな事を言っていた様だが……この言い回しから推察するにソレは決して良い人物ではなさそうだ。そんな奴とこのオレとを同一視するとは失礼極まりない。ふざけるなこの長髪男が!

 そんな事を思いながら先を行くジュリアスの背を眺めつつ、瀬人は少々不愉快な気持ちでその後を付いて歩いていた。こんな状況は不本意極まりないが、この不思議な世界ではどうやら自分の居場所は無く、元の世界に帰るには目の前の男に頼るしか術がなかった。あの女王アンジェリークも大分協力的ではあったようだが如何せん頼りになりそうもない。

 謁見の間を辞してから数分後、ジュリアスと瀬人は回廊を歩きながら比較的のんびりとした世間話に興じていた。勿論どちらにもそんな余裕は欠片もないのだが、余りに異常な事態に動転する気持ちが逆に抑えられ一種奇妙な冷静さを各人に齎していた。尤も二人ともその自覚があるのか、口調とは裏腹に表情はきつく引き締まっていたのだが。

 しかし、この世界はどこもかしこも明る過ぎると瀬人は思った。燦々とした日の光、ほぼ白で彩られた宮殿内部、目の前の男のはた迷惑な眩しさ。自身の纏うコートも白だと言う事は棚に上げて、瀬人は思わず目を細めてしまいそうなこの光景に知らず眉を潜めた、その時だった。

 回廊の奥から、何やら濃い影の様な黒い塊が近付いて来るのが見える。良く目を凝らしてみれば、それは人の姿だった。漆黒の闇を纏った様なやたら大きく威圧感のあるその人物はやけにゆっくりとした歩みでこちらの方へと向かってくる。

 敵か味方か。知らず身構える瀬人を尻目に、先に立って歩くジュリアスはいつの間にかゆるりと足を留め、瀬人をも制するように右手を少しだけ彼の胸元当たりに掲げると、同じ様に止まれと言う仕草をする。そして深く大きな溜息を一つ吐くと、先程の生真面目な声とはやや違った、少し軽い口調で歩み寄るその人物に向かって口を開いた。

「そなたがこの様な所まで出向いて来るとは……やはり感づいていたと見える。水晶球で姿でも捉えたか。クラヴィス?」
「……まぁな。尤も水晶球になど頼らずとも、異質なものが入りこめば直ぐに分かる。特にこのような個性の強い少年とあらばな」
「……少年?誰がだ!というか貴様は誰だ?」
「出会いがしらにそう吠えるな。本当にそなたはゼフェルそっくりだな。そう警戒せずとも良い。アレは私と同じ守護聖で対の存在となる、闇の守護聖クラヴィスだ」
「……闇の守護聖だと?」
「見かけで直ぐ分るだろうが。アレが闇で無くてなんだというのだ」
「煩いぞ、ジュリアス。して、この者の名は何と言うのだ」
「瀬人だ。海馬瀬人。良く覚えておくんだな」
「……なるほど、威勢の良さは纏う力と同じと言う訳か」

 ふっ、と鼻先だけで笑った漆黒の男はそのまま躊躇なく二人の元に近付くと、少しだけ身を引いて警戒を露わにする瀬人の事など意にも介さず、ただじっと静かな瞳を向けていた。その何かを探る様な視線にかなりの居心地の悪さを感じたが、何故か目を反らす事も出来ず仕方なく見つめ合う形となる。

 長身の瀬人よりもまだ大きかったジュリアスよりもさらに数センチ背が高いであろうその男は、長い黒髪をその見ているだけで肩が凝りそうな衣装の背へと無造作に流している。流しきれなかった前髪の一部が頬の当たりにさらりと落ちて、それを鬱陶しがる様子もなく、ただ飄々とした態度で佇んでいた。

 殆ど蝋に近い色をした白い肌。稀有な紫の瞳。どちらにしても瀬人が今まで出会った事のない怪し気な雰囲気を身に纏っている彼ではあったが、何故か恐怖だけは感じなかった。むしろ、その瞳を見詰めていると段々と心が安らいでくる。

 ……奇妙な感覚だった。一体この男は何者なのだろうか。

「大人しくなったな。そなた、何かしたか?」
「……別に。ただ見ただけだが?しかし、大分気が昂ぶっているようだな。無理もないが」
「此度の事だが、何かそなたに思い当たる事は無いか?」
「……本格的に調べて見もしない内に分かるものか。大方次元の歪にでも巻き込まれたのだろうが、確証はない。まぁ、探ってはみるがな」
「そうか」
「して、お前はこれからその者をどうするつもりなのだ」
「どうするとは?このままにもしておけぬ故、一時預かる予定だが」
「多忙なお前がこれの面倒を見れるとも思わないがな」
「だが、放置しておくわけにも行くまい」

 いつの間にか自分を挟んで妙に近い位置でそんな話をし始めた二人に、瀬人は暫くの間黙ってその様子を眺めていたが、どうにもそのやり取りが「遊びに来た子供の面倒を誰が見るか」的な話に思えて、段々と苛立ちを覚えて来た。

 なんなのだこいつらは!人をガキ扱いしおって!己らもそう年齢が変わらぬ癖に生意気なのだ!

 折角収まった怒りに似た感情が再びふつふつと沸き上がる。こんな奴等に頼む位なら、自ら方法を模索した方が早いのではないか。このオレに不可能などない!というかいい加減に夢なら覚めたらどうだ!

 そう思い、瀬人は心持ち後退しながらとにかくこの場を逃げ出そうとした、その刹那。

 突然今まで微動だにしなかった黒髪の男……クラヴィスの手が僅かに引いた瀬人の腕を掴んだ。決して強くはないが、肘のすぐ下を掴んでいるのにも関わらず、親指と人差し指が簡単に付いてしまうほど長く大きな指先と掌にぎょっとする。そしてそれは、付けているアームカバーの如くひんやりと冷たかった。その事に、少なからずぞっとした。

 ……なんだこいつは、人間か?

 思わず再び非科学的な反応を口に出そうとして、ぐっと唇を噛み締める。そんな瀬人の事を知ってか知らずか、彼にそんな思いをさせている張本人であるクラヴィスは、相変わらず無感動な声で淡々とこう言った。

「よい。この者は私が預かろう」
「何?そなたが?」
「……ああ。私の所にはリュミエールも頻繁に顔を出すし、なによりお前の様に多忙ではないのでな。子ども一人の面倒位どうとでもなる。……それに、お前の所に置いておいて、オスカーなどに目を付けられてはこれが可哀想だ」
「……そなたはオスカーをなんだと思っているのだ」
「あながち的外れの意見でもあるまい?お前が一番良く分かっているだろう。何かあってからでは……遅い」
「む。それもそうだが……」
「……という事だ。何、この男の側よりはまだこちらの方が平穏だ。逃げ出すのは勝手だが、この聖地には少々常識の外れた己の快楽のみを追求する輩が沢山いる。軽口で簡単に暗がりに誘いこみ、いつの間にか手篭めにされる事や、その身を珍妙な衣装や化粧で飾られる事が嫌ではないのなら好きにすればいい。簡単な事だ」
「おい、クラヴィス。具体的な事を言ってやるな。人物がかなり特定されるではないか」
「……私は事実を言っているだけだ。とにかく、女王からの正式な見解や他の者への公表がなされるまでは静かにしている事だな」

 そう言って、口元に僅かな笑みを浮かべる男の事を、瀬人はもう黙って仰ぎ見る事しか出来なかった。その実そんな事を堂々と言ってのけるコイツこそ危ないのではないかと思ったが、まだ相手の素性が良く分らない以上事を荒立てるのは得策では無い。何と言っても、自分はこの世界では圧倒的に不利な立場なのだから。

「……オレの意思は完全無視か」
「何か要望があれば聞いてやろう。出来る限りはな」
「………………」

 では、いくぞ。

 それ以上多くを語らず重そうなローブの裾を翻し、ジュリアスとは大分違う歩みで来た道を戻るクラヴィスの事を腕を掴まれている以上無視も出来ず、瀬人は仕方なくその手に引き摺られる様に後を追った。

 相変わらず、周囲は嫌気が差すほど光に満ち溢れていた。

 呼吸をするのが息苦しい程に。