短編集 NO1〜N020

【01】 手を繋ぐ -- 08.02.25


 少し距離のある二つの手が、どちらからともなく近づいた。
 寒い冬の日。
 悴んだそれは上手く動かす事が出来なくて、まるで氷のように冷たい二種の指先はなんとか相手に繋がろうと妙な動きになる。否、妙な動きをしているのは無理に隙間に絡みこもうとしているただ一方だけだったが。

「……あのさぁ。もちっと協力してくれない?」
「協力とはなんだ。変な動きをするな。普通にしろ」
「いや、なんていうか、どうせ繋ぐんなら指絡めたくない?」
「別に。というか男同士でそれはない」
「ありだろ」
「ない」
「いいじゃん別に」

 な?と言いつつ、漸く目的を達成した城之内はさも嬉しそうに力を込める。
 17歳の手しては少々節くれだった荒れた指先。硬い掌。それと対照的に肉体労働を知らない柔らかで傷一つない指。互いが互いに、その自分にはない感触が好きだった。口に出して言う事は決してないが、愛おしいと思った。

 学校からの帰り道。
 数多の恋人と同じ様に、彼らもこうして温もりを分かち合う。

城海:手繋ぎはラブ表現として大好きです ▲

【02】 テレビを見る -- 08.02.25


「サッカー!今日の試合絶対面白いんだぜ!!」
「却下だな。8時から米国の企業の記者会見がある!」
「なんだそれつまんねぇ!ネットで観ろよ!」
「貴様こそそこのパソコンで観ていればいいだろう。誰のテレビだと思っている!」
「お前のモノはオレのモノだ!」
「どこのジャイアニズムだそれは!いい加減にしろ!観たければ他の部屋に行って見てくればいいだろう!」
「嫌だ!」
「何が嫌だ!」
「オレはお前と一緒にテレビが見たい!」
「………………」
「だから、オレに番組譲れ!」
「……!……一瞬呆けてしまったが、絶対その理屈はおかしいぞ凡骨。やっぱり却下だ!」
「ケチ!」
「ケチで結構!」

「あーもー二人とも喧嘩は見苦しいぜぃ。じゃ、喧嘩両成敗ってことで、オレがアニメを見るぜぃ。今日は特番だから2時間ね?」

「えぇ?!」
「モ、モクバ、それはないだろう」

「片方を録画して、大人しく二人でネットで観れば?仲良く、ね?」

城海:チャンネル争いは基本だと思う ▲

【03】 怪我の手当て -- 08.02.25


 それはまさに事故としか言いようのない出来事だった。バスケットの試合中、丁度海馬の投げたパスボールが城之内の顔面にヒットし、喜劇宜しくその場に盛大にひっくり返り、ついでに足首も捻挫するという珍……惨事が起きた。見た目にも相当派手に衝突してしまった為、試合は一時中断しちょっとした騒ぎとなったが、当事者2名が救護の名目で即時退場し、程なくして何事もなかったように再開された。

 つんと漂う消毒液の匂いに包まれた保健室で、被害者と加害者である二人は向かいあって顔を突き合わせていた。常に在室しているはず救護教諭は不在の旨を記したメモだけを残して姿はなく、仕方なく海馬が負傷した城之内の手当てをする事となった。手当てと言っても顔面でボールを受けた所為で出てしまった鼻血の止血と、捻挫した足首に湿布をする位しかする事がなかったが。

「いってぇ〜!お前絶対わざとだろ!!」
「わざとではない。たまたまだ」
「嘘吐け!絶対オレを狙ったね!」
「貴様がオレの前に割り込んできたんだろう。不可抗力だ」
「目の前に顔があったら避けろよ!しかも恋人の!」
「恋人?誰が?」
「ひっでぇ。そういう事言うんだ」
「いいから動くな。大人しくしてろ」

 テキパキと存外器用な指先が何処から探し出してきたのか冷湿布を患部に宛がい、包帯を巻きつける。短時間の間に大分腫れてしまった足首はもはや何処から何処までが正規の部位なのか分からない有様だった。最後に止め具で固定して、捲り上げたジャージの裾を元に戻す。

 ゆるりと上げられた海馬の顔に、間髪入れず文句が降ってきた。

「もーこれどうしてくれんだよ。バイトできねぇじゃん」
「だからオレの所為ではない。勝手に倒れた貴様が悪い」
「でも原因はお前の投げたボールなんだから責任取れよ。治るまで、お前、オレの足の変わりな」
「………………」
「ま、考えようによってはずーっとお前にくっついていられるから、ラッキーかな?」

 そう言うと城之内は、怪我をした割には嬉しそうな顔で、直ぐ前にあった海馬の頭に手を伸ばして、引き寄せてキスをした。鼻に詰めた脱脂綿が間抜けすぎる、と海馬は思ったが、言わなかった。

「……元気なようだな。確かめる為に踏んでやろうか」
「勘弁して下さい。つーか痛いっつの。あ、でも鼻血は止まったみてぇ」
「今度は上手く避けるんだな」
「いや、まず当てるなよ。人の居る場所にボール投げんな」 

 とある平日の、体育の授業にて。

城海:鼻血も捻挫も美味しいと思う(笑) ▲

【04】 舐める -- 08.03.08


 ゆっくりと、生暖かなそれを肌に這わす。極め細やかなその感触は、指先で触れても舌先で触れても酷く心地よく、その行為によって頭上から聞こえる押さえ込もうと努力しても大抵失敗に終わる熱い吐息も相まって、城之内の情感を更に高めていく。

 常に相手に駄犬呼ばわりされている彼は、犬と言われるそのままにしつこい位にその肌に舌を滑らせる事に執着した。時折、悪戯に口付けては白い膚に痕を残す。鮮やかに散る朱の刻印が生々しい。

「じょ……の、うち……」
「何?」
「いい、加減……舐めまわすのをやめ……っ」
「好きな癖に」
「……んっ……」
「舐めるのも舐められるのも、好きな癖にさ」

 ほら、と口元に笑みを浮かべつつ、城之内は緩やかな喘ぎを繰り返すその唇に、己の指先を持っていく。僅かに空いた隙間から強引に差し入れ、舌を探り、あやすように指先で撫で付ける。余りにも無遠慮なその進入に……けれど海馬は僅かに眉を顰めただけで受け入れる。自ら舌を絡ませる。

 つ、と唾液が海馬の口の端を流れ落ちた。それをすかさず城之内の舌が掬う。ちゅ、と小さな音がする。
 

「しっかり舐めて濡らせよ。お前の中に入るんだからよ」

城海:あれ?なんでエロになるんだ? ▲

【05】 罵声合戦 -- 08.03.08


「この最悪最低の冷血漢!てめぇなんかそこから飛び降りて死んじまえ!馬鹿!」
「ふざけるな!貴様こそ死ね!」
「先に言ったのはそっちだろ!!いっつも人に死ね死ねいいやがって!言っていい事と悪い事の区別もつかねぇのかよ!!世の中のゴミだとか凡骨とか実験ネズミとか、人を馬鹿にするボキャブラリーだけは豊富って救えねぇよ!」
「ゴミをゴミと言って何が悪い!一ミリの役にも立たないガラクタがほざくな!」
「はっ!そのゴミと付き合ってるのは誰だよ。てめぇもゴミだ。ばーか!」
「!!貴ッ様ー!!ならばもうやめだ。失せろ!」
「勝手に終わらせてんじゃねぇよ!それになんでオレが失せなきゃなんねーんだ。お前が失せろ!」
「何故オレが動かなければならない!貴様が消えればいいだけの話だ!」
「それはオレの台詞だ!」
「出て行け!」
「出て行かねぇ!!……あ、チャイムなった。授業、始まっちまったぞ」
「………………」
「………………」
「……疲れた」
「……オレも」
「死ね」
「じゃ、一緒に飛び降りようか?」
「一人で死ね」
「そういうと思った。もう喧嘩やめようぜ」

城海:ちなみに日常茶飯事です ▲

【06】 電話越しの二人 -- 08.03.08


『もしもし〜?』
『何か用か』
『別に』
『……切るぞ』
『あ、ひでぇ。用がないと電話しかけちゃ駄目なのかよ』
『当たり前だろう。オレは貴様の様に暇ではない』
『オレだってお前に負けないくらい忙しいんです』
『なら、貴重な時間を無駄にするな。働け』
『素っ気無いですね、瀬人くんは』
『名前呼びはやめろ。鬱陶しい』
『もー。仕事も大事だけどさぁ、コミュニケーションも大事でしょ?たまにはお前から電話して来いよ』
『嫌だ。面倒くさい』
『………………』
『どうした?』
『凹んでんだよ。空気読め!お前、それはあんまりじゃね?面倒くさいって何だよ。仮にもオレ達は恋人だぜ?!オトモダチじゃないんだぜ?』
『そうだったか?』
『あーもう!むかついて来た!!電話するんじゃなかった!』
『城之内』
『なんだよ?!』
『好きだぞ』
『へっ?』
『──────』
『……ちょ、切りやがった。なんだ今の……』

城海:社長、始めての「好き」台詞です ▲

【07】 髪の毛を弄る -- 08.03.15


「なぁ、お前の髪の毛って地毛?」
「藪から棒に何の話だ」
「んー。色が綺麗だなーと思って。女なら結構憧れるんじゃねぇ?栗色の髪の毛って」
「生憎女ではないから一つとしていい事なぞないが。むしろ昔は異端だといわれた位だ」
「目も青いし、父親か母親、どっちか外人なのかな。お前どっち似よ」
「忘れた」
「教えてくれないの?」
「写真の一枚すら残してない。既に面影もないわ」
「モクバはお前とは違う方の親に似てるんだろうな」
「だろうな」

 音も立てずに指の間をすり抜けていく、栗色の髪。直ぐ隣で静かに本を読んでいる海馬の横に陣取って、手持ち無沙汰に雑誌に目を落としていた城之内の手が暇を持て余し、何時の間にか極自然に伸びて来ていた。

 海馬の少し長い前髪が、薄い瞼の上に掛かり酷く見辛そうなその様子を打破すべく、緩やかにかき上げて後ろに流す。けれど重力に勝つことが出来ないそれは、さらりと元に戻ってしまう。

「オレ、お前の髪好き。触ってると気持ちがいいから」
「そうか?」
「うん。さらさらするし、指通りいいし。オレの髪はさー昔っから色々と弄ったからもうパサパサで。ブラシも荒いのじゃないと通らないんだぜ」
「色を抜かなければいいだろうが」
「うーん、それもそうなんだけど……黒髪のオレとか想像できる?」
「……出来ないな。別人だ」
「だろ?やっぱもうイメージ付いちまったからさ、今更元に戻すのもアレかと思って」

 言いながら、城之内はかきあげるときしきしと音を立てる己の髪を指先で摘まんで睨みあげる。脱色を繰り返し、既にどうにもならなくなった偽の金髪。

 昔は髪の色を変えるだけで自分の何かが変わる気がした。太陽の光を受けてきらりと輝く金の髪。それを見て一瞬怯む相手の顔を眺めると、それだけで強くなった気がした。今思えば馬鹿馬鹿しい虚勢だったのかもしれない。それでも、そうせずにはいられなかったのだ。あの頃は。

 けれど、目の前の男は何一つその外見を変える事無く、どん底から頂点へと上り詰めた。ただひたすらに己を信じて、歪みも狂いも気付かずに運命を掴み取った。掴んだ瞬間、粉々に心を砕かれたけれど、それすらも乗り越えて今ここに在る。生まれてから今日まで何も手を加えない、そのままの姿で。

 もう一度、その髪に手を触れる。
 整髪料すらつけないそれからは嗅ぎ慣れた彼本来の匂いがして、思わず顔も近づける。
 

「ね、キスしていい?」
 

 返答を期待しない問いかけを口にしながら、髪から離れた指が海馬の頬を辿る。緩やかに顎まで辿り、多少強引に本に向けられていた視線をも引き寄せて、触れるだけのキスをする。

 バサリと、本が床に落ちる音がした。
 

「……オレは読書をしているんだが」
「分かってる」
「分かってない」
「続きは後にして。栞挟んでおいてやるからさ」
 

 そう言いながら城之内は、今度は正面から海馬の髪をかき上げた。そして現れた白い額に唇を押し当てる。

 その仕草に海馬は大きな溜息を吐くと、仕方なく眼前の男の首に手を伸ばし、襟足より少し長い金の髪をその首筋ごと包み込んだ。
 

 キシ、という小さな音と共に彼等は互いの身体を抱きしめて、身を預けていたソファーへと沈みこんだ。

城海:うちの城之内の金髪は地毛ではなく脱色です ▲

【08】 自転車二人乗り -- 08.03.15


「ちゃんと掴まれよ!落ちるだろ!」
「掴まっているだろうが!肩に!」
「肩じゃなくて腰に手を回せよ!」
「嫌だ!」
「安定感なくってオレがキツイんだよ!」
「知った事か!貴様となど密着したくないわ!」
「あ、そういう事言うんだ。じゃールート変えてやる」
「ルート?……うわっ!馬鹿ッ!急に曲がるな!」
「落ちたくなかったらしっかり掴まって下さい、海馬くん?」

 キッ、と金属とゴムが擦れ合う音がして、細いシルバーの車体が勢い良く右に曲がる。その急な動きに、それまで若干余裕を持って運転手である城之内の肩に手をかけていた海馬は、思わずその背に頬を密着させ、崩れたバランスを辛うじて修正した。

 夕日に照らされたあまり見慣れない街の風景が、目まぐるしく通り過ぎていく。

「お前、自分で自転車は乗れんの?」
「乗った事がないからわからん」
「バイク乗れるんなら乗れるか。たまに自転車もいいんだぜ?気持ちいいし、細い道でも楽々だしさ」

 言いながら、楽しそうにペダルを漕ぐ城之内の声が流れていく。

 初夏の夕暮れ。学校からの帰り道。

 今年の最高気温を更新したこの日は、朝から汗ばむような陽気で、日が落ちる寸前のこの時刻になっても額にじっとりと汗が滲むほどの暑さだった。衣替えをしたばかりでまだ目に眩しい目前の白いシャツは、既に汗に濡れて背に張りついている。それを今の衝撃で押し付けてしまった頬から伝わる触感で分かった海馬は、先程の言葉とは裏腹にそれでも離れようとはしなかった。

「……そこまでしてるんなら、腰に腕回してくれてもバチあたんねぇと思うんだけど」
「煩い。貴様の指図は受けない」

 城之内が口を開く度に伝わる振動が、意外にも心地いい。そう思っても出てしまうのは素っ気無い憎まれ口のみで、素直にそれを口に出す事は勿論なかった。

「今から超でこぼこ道だぜ。ちゃんと掴まってないと、絶対落ちるって」
「貴様の運転技術の問題だろう」
「……振り落としてやりてぇ」
「やってみろ。貴様も諸共だ。絶対に離さないぞ」
「あ、それもいいかも」
「馬鹿が」
「毎日こうやって帰れるといいのにな。楽しいから」

 そしたらオレ張り切って運転手してやるのに。

 そう言って、一段と足に力を込めた城之内の背に相変わらず頬を預けたままだった海馬は、無言のまま頑なに肩を掴んでいた掌をそっと下へと下ろして、城之内の腰へ回した。しっかりとしている骨の辺りをわざと避けて、意外に筋肉のついた彼の腹部の前で手を組み、その身体を抱え込む。

「ちょ、それは苦しいんだけど!暑いし!」
「これをしろあれをするなと煩い男だな」
「背中、汗疹出来たらどうしよう。舐めて治してくれる?」
「誰が舐めるか。いいから死ぬ気で漕げ。スピードが落ちてるぞ」
「はいはい。途中なんか冷たいもん飲みたい。どっか寄ろう」
「好きにしろ」

 既にすっかり日は傾いて、紫色に変わっていく空には大きな一番星が輝いていた。真剣に前を見てその事にまるで気付かない城之内に海馬はほんの小さな笑みを見せると、一人その星を振り仰ぎ、夏が来たな、と呟いた。

 身体に伝わる熱い体温と、頬を撫でて行く温い風が……酷く心地いい。

「凡骨」
「うん?」
「やはり少しスピードを落せ」
「へ?後ろ辛くなってきた?」
「そうじゃない。いいから落せ」
 

 もう少しだけこの時間を長く味わいたい。

 彼の背に頬を押し付けて、海馬は声もなしにそう呟く。
 

 ── 自転車通学も……たまにはいい。

城海:現実的にはあまり想像できないけどね ▲

【09】 映画を観る -- 08.03.20


 薄暗い部屋の中、画面から不気味なBGMと共に悲鳴が聞こえる。その度に、隣の男も悲鳴を上げ、画面が一時停止する。同部屋のしかもソファーに座す瀬人の膝の上に陣取っている彼の弟は、先程から何がおかしいのか同じ画面を見てケラケラと笑っている。室内は、一種異様な雰囲気だ。

「うおぉ!!こえぇえ!!」
「あ、なんだよ城之内ぃ!いいところで止めるなよ!」
「貴様一々停止ボタンを押すな!鬱陶しい!」
「だって超怖ぇしグロイんだぜ!!見ろよあれ!うえっ、気持ち悪っ!」
「あはは!あれ、鶏の内臓だぜぃ。怖くない怖くない」
「あんなものに恐怖を感じるならグロテスクなホラー映画など観るのをやめろ!というか自分の家で観んか!!モクバに悪影響を及ぼすだろう!」
「大丈夫だよ兄サマ、こんなん別に平気だし」
「そういう問題か!」
「だって、一人じゃこえーし。お前んちのホームシアター迫力あるしよ。モクバのアニメしか見ねぇんじゃ勿体ないだろ?」
「いいから続き続きー!」
「あ、はいはい。うえーやだなー観たくないなー」
「ではやめろ」
「でも折角ここまで観たんだし、最後までっと。っぎゃー!!いやぁああー!!」

 リモコンを手にした途端再び訪れる絶叫に、瀬人は顔を顰め、大きな溜息を一つ吐く。……全くこんなものの何が怖いというのか、映画の中身はどこにでもあるB級ホラー映画だ。ただし、ちょっとした噂になっているものでもあった。

 中身は曰くつきの魔城に閉じ込められた男女数人が、城に潜むという殺人鬼の亡霊から逃れ、無事脱出を試みるという至って単純なシナリオだったが、その残虐描写の激しさや、上映中に不思議な現象が起こるという噂から上映中止となった代物である。それが現在復刻版としてDVD発売された事により、大ブームになっていた。

 今現在彼等が凝視しているスクリーンの中で展開しているソレは、面白いもの好きの城之内がブームに便乗して、本来の持ち主である獏良から借りてきたものだった。

「……煩いな」
「城之内は、怖いの本当は苦手なんだぜぃ。お化け屋敷で途中でひっくり返ったって言ってた」
「……ならば何故こんなものを観ている」
「あれ、兄サマ知らないの?このDVD、観ると不思議なことが起こるんだぜぃ」
「……例えば?」
「例えばぁ、オレが聞いた話だと……うわっ!!」
「どうしたモクバ」
「兄サマ……横、横見て」
「横…………?」

 きゃあ!!と女の絶叫が部屋中に木霊する。その声に合わせて、城之内の大げさな悲鳴も木霊する。

 しかし、モクバが震える指で指し示した場所に、瀬人が恐る恐る視線を向けると、そこには既に意識を失って、倒れている城之内の姿。

「な?!海馬!!怖いだろ?!」
 

 ── では、この横にいる、大騒ぎをしている人物は誰だろう?
 

 二人は、一人悲鳴を上げている『城之内』からゆっくりと目を離し、未だ不気味な映像を流し続けるスクリーンに釘付けになった。

城海:ホラーなんかも面白いよね ▲

【10】 説教する -- 08.03.20


「お前はどうしてオレのいう事が聞けないわけ?ダメだって言ったじゃん」
「……あ、あれは、オレの所為じゃ……」
「お黙んなさい。お前ね、自分では完璧だと思ってるかもしんねぇけど、実際物凄くガード甘いんだから。付け込まれんの。そこんとこどうして分かんねぇかなぁ」
「オレのどこがガードが甘いと……!」
「大体、ああいう所に一人で行くなよ。狙ってる奴いるんだから」
「トイレに一人で行くなとはどういう了見だ」
「ああいえばこういう!可愛くないですね。問題はそこじゃねぇの。そんな事いって、実際個室に放り込まれたろ」
「………………」
「後、酔ってる人間は力の加減とかわかんないからたまに全力で掛ってくる事があんの。いい加減分かれよ。何年ジジイの相手してんだ」
「男は関係ないだろうが」
「へー。じゃあなんで海馬くんは酔っ払ったオジさんに『男子トイレ』の中で襲われそうになったんですか」
「知らん、そんな事」
「それもこれもどれもみーんなオレが今の事を何回も口をすっぱく言っているのに、なかなか改善が見られないからですよねー?」
「煩いな」
「煩いじゃないの。言う事聞け。トイレには一人でいかない、幾ら大事な取引先相手でも我慢しない。商売女じゃねぇんだから酒は注がない。以上三つ、分かった?」
「分かるか!!」
「分かりましたか?返事は?」
「……どうしようもない時だってあるだろうが!」
「あ、口答えするんだ?言っても分からないなら身体に教えますよ」
「…………分かりました」
「素直でよろしい」

城海:凡骨の説教のターン!……たまにはね ▲


【11】 眼鏡をかける -- 08.03.27


「あれ、お前目が悪いっけ?」
「いや、別に」
「じゃ、なんでソレかけてんの?」
「長時間ディスプレイを見続けていると目が疲れるだろう。それの予防だ。レンズに特殊加工がしてある」
「へー。そういうのがあんのか」
「というか、貴様何をしに来た」
「うん?暇だったから遊びに来た」
「オレは暇ではない。邪魔だ。帰れ」
「あ、ひでぇ。そんなにべもなく追い返す真似しなくてもいーじゃん、社長」
「社長はやめろ」

 その日、城之内がいつものようにKC本社の社長室へと足を踏み入れると、その部屋の主は常と同じく重厚な社長机に向かい仕事に没頭している最中だった。

 一応来訪は伝えられているはずだし、入室前に声かけもしたのだから、室内に城之内の姿がある事は知っているはずなのに、海馬は視線すら上げ様としない。そんな彼の態度にそれも何時もの事かと肩を竦めた程度でさらりと流した城之内は、特に何も言わずにゆっくりとした歩みで海馬の元へと近づいていく。

 ふとその時、俯き加減の見慣れた顔に違和感を感じて城之内は声を上げた。静かな部屋に暢気な響きが木霊する。

 その声に漸く顔を上げて答えを返した海馬は、右手の人差し指で件の眼鏡を押し上げ、直ぐ近くまでやって来た城之内を睨みあげる。

 常に至近距離で見つめている白い顔と、その中で一際目立つ綺麗な二つの青の瞳。今はクリアブルーのレンズに覆われたそれは微かに色を増し、城之内を映している。フレームのないシンプルなデザインの眼鏡は、元々整った彼の顔に知的な色を加え、その印象を僅かに変えていた。

「……眼鏡一つで結構かわるもんなんだな。お前、すっげー頭良さそうに見える」
「失礼な。オレは元々頭がいい」
「うわ、自分で言っちゃってるし。でも似合ってるぜ」
「それはどうも」
「な、オレもかけたら頭良く見えっかな?ちょっと貸して」
「変わらないと思うが」
「いーから!」

 全面硝子張りの背後から差し込む赤い夕日に照らされてきらりと光るそれに、妙な憧れを感じて城之内は海馬の眼鏡へと手を伸ばす。程なくして無理矢理海馬から奪い取ったそれをかけた城之内は、鼻の高さの関係で上手く収まらない事に少しだけ苛立ちを感じながら、中心を指先で押えつつ、「どうよ」と海馬に向き直る。

「………………」
「ね、なんで無言なわけ?似合う?」
「似合うというか……そこの鏡を見てみればいい」
「なんだよー勿体ぶった言い方しやがって……って、あー……」
「どうだ?」
「うん、凄く微妙。でもちょっとは頭良く見えない?」
「眼鏡くらいで印象なぞ変わるか」
「そこでどうして「見える」って言えないのかねお前は。可愛くねーの」

 どこをどうみても知的には見えない鏡の中の自分に溜息を吐きながら、城之内はさっさと眼鏡を外してしまうと、再び海馬へと向き直る。そんな彼に海馬はそれを早く返せと言わんばかりに右手を突き出し、小馬鹿にしたような笑みを見せていた。

 その顔を見た瞬間城之内は片手に持っていた眼鏡を両手で持ち直し、恭しく海馬へと掲げてみせる。そして海馬の右手を完全に無視する形で、自らそっとその顔にかけてやる。耳に触れた指にさらりとした髪が触れる。その感触に、城之内はそのまま両手を頬に沿え、覗き込む様に海馬の顔を凝視した。

「オレさ、眼鏡の女ってあんまり好きじゃねぇけど……お前だと、なんかいいなぁと思っちまった」
「……どう言う意味だ?」
「好きって事だよ」
「……結局それか」
「うん、それです。だからキスしていいですか?」
「許可しなくても勝手にするだろうが」
「まぁ、するけどよ」

 言いながら、城之内は上体を倒して眼下の彼にキスをした。唇に触れ合う直前、こつんと額に眼鏡が当たってほんの少しだけ邪魔だと思い、折角かけたそれを外してしまう。

 海馬の口から溜息のような声が漏れる。

 仕事は、暫く中断する事になるだろう。

城海:城之内くん眼鏡萌え。ちなみに私は眼鏡女です(笑) ▲

【12】 ほっぺたを抓る -- 08.03.27


「だ、だからそれは……っていててて!抓るなよ!」
「何が『つい口を滑らせた』だ?!貴様はつい口を滑らせて己の赤裸々な性生活を他人に全て語って聞かせるのか!」
「ちょ、マジ!マジでいひゃい……ひっひゃんなよ!」
「顔の形が変わるまでやってやる!!貴様のお友達のオレを見る目が死ぬほど気持ち悪いわ!この馬鹿が!!」
「ぎゃー!!ごめんなさい!!謝るから手を離して!!」
「絶対に許さん!!」
「痛いって!!赤くなってるし!!おたふく風邪みたいになるっ!」
「なればいいだろう」
「だ、だってよ。聞かれたら答えなきゃ悪いだろ?!」
「オレが腹を立ててるのは答えた事ではないわ!貴様は事実を誇張した挙句、ある事ない事全部吹聴しただろうが!!」
「や、話は面白い方がいいと思っ……いででででで!」
「何が面白いだ!!『自分が何をした』という話ならともかく『オレがこれをした』という話をメインにしただろう!ふざけるなよ!いつオレが貴様にそんな卑猥な真似をした?!」
「……卑猥って、別に卑猥な事言ってな……あ、ところてんの話?……って結構詳しいじゃねぇか。……本田の野郎、しゃべったな!」
「しゃべったのは貴様だ!!馬鹿が!!大体なんだそれは!!」
「痛い痛い!なんだって、言ったら怒るだろうが!!つかほんっと痛いから!!お前の指の力半端ねぇって!!」
「もう十分怒ってるわ!!……ああもういい!馬鹿と話をしていると疲れる!!では、一回だけは許してやるから、今後余計な事は一切吹聴しないと約束できるか?」
「する!!するから離して!!」
「……信用できんな」
「マジで!!絶対言いません!!」
「言ったら今度はこれ位では済まさないぞ」
「わかったって!!早く離して!!」
「……絶対だな。では解放してやる」
「……うー……いってぇ……本当に顔の形変わったんですけど。両方いっぺんに抓る事無いだろ!!」
「口は災いの元だ」
「……別にいーじゃん、猥談くらいさぁ。じゃあ脚色になんないように、実践してみる?」
「死ね凡骨!!」
「うわっ!!ごめんなさい!!!」

城海:城之内は多分得意げに社長とのエロ話を語って聞かせたんですよ。 ▲

【13】 夜這い -- 08.03.31


「馬鹿!お前っ!暗闇の中でいきなりカード投げんな!顔切れただろうが!」
「やかましい!この犯罪者が!銃で撃たれなかっただけマシだと思え!」
「べ、別になんか悪さしに来たわけじゃねーだろ!過剰防衛で人を殺す気か!」
「夜這いの何処が『悪さじゃない』だ!」
「だってしょーがないだろ、したくなったんだから」
「何がしょうがないだ!ふざけるな!」
「いいからヤラせろ!」
「貴様は馬鹿か?!」

 目を覚ましたら、暗闇の中で動く影があった。時刻は深夜二時。そんな時間に誰もいない室内でそんな怪しい影を発見したら、迂闊に近づく前にモノを投げて確認するのが当然だ。攻撃は最大の防御である。

 ……そんな己の数多ある防衛マニュアルに則って、海馬は部屋の片隅で抜き足差し足近づいてくるそれこそ『怪しい影』に、常に手元に置いてあるカードを一枚『影を寸断するつもりで』投げつけた。

 その瞬間「いでっ!」と聞き慣れた間抜けな声が聞こえ、影が城之内になる。否、慌てた相手が二次攻撃を恐れて、ベッドに半身を起こした海馬に飛び掛り、取り押さえたのだ。思わず強く切り握り締めた彼の手には案の定次のカードがしっかりとセットされていた。危機一髪である。

「だってもう限界だろ?3日間だぜ?」
「……『まだ』3日だと思うのだが」
「お前本当に17歳?若いのに元気ねーな!」
「元気とかそういう問題じゃないわ!オレは明日も早い!いいから退け!いい加減にしないと蹴りあげるぞ!」
「折角ここまで来て帰るかよ!お前こそ諦め……ぎゃあああ!!……マ……マジ……か、よっ!」
「だから蹴ると言ったろうが」
「いっ……てぇ……本気で……蹴る事……ねぇ、だろ!!使い物になんなくなったらどうすんだ!困るのはお前だろ!」
「泣くな、鬱陶しい」
「お前が蹴るからだろーが!いてーよ!」
「だから姑息な真似をするなと言っている」

 フン、といつもの勝ち誇った声を頭上に聞きながら、城之内は思い切り蹴り上げられた股間の痛みに涙目になりつつも、掴んだ海馬の手を離さずに粘る姿勢を見せる。ギリギリと締め上げてくる諦めの悪い日に焼けた手に、海馬は深い溜息を吐きつつふっと身体の力を抜いた。途端にどさりと二人の身体がベッドに沈む。

「おっ?もしかして、やる気になってくれた?」
「手が痛い。離せ」
「じゃーもう蹴らねぇ?」
「その前に、貴様がこういう真似をしないと約束しろ」
「うん、するする」
「だからどうしてそう軽い返事を……」
「だって、重く返事したって一緒じゃん?今度はちゃんとアポ取るから」
「………………」
「ね?」
「……それよりも耐久性を身に付けろ」
「それは無理」
「……話にならんな」
「じゃー善処します」
「………………」
「なんで黙んの」
「結局こうなるのだな、と思って」
「愛だろ、愛」
「何が愛だっ!!」
「いでっ!お前ッ!蹴るなっつっただろ!!勃たなくなるっ!!」
「その方が好都合だ!馬鹿が!」

 とかなんとか言いつつ、そのまま済し崩しに何時もの時間を過ごしてしまった二人は、翌朝仲良く寄り添った状態で目を覚ますのだ。
 

 ちなみにこれに味を占めた城之内が、後に数回海馬のカードで重症を負う事になるのだが……またそれは別の話である。

城海:夜這い大成功!防犯はしっかりね、社長! ▲

【14】 足の指を舐める -- 08.03.31


「オレいっつも思うんだけど、良くSMプレイの一環で足舐めとかあるじゃん?」
「……それを昼食の話題に持ってくる貴様の神経を疑うんだが」
「まぁ、いいから。んで、それって所謂屈辱的、とかそういう意味があると思うんだけど」
「だからなんだ」
「今更足舐めるぐらいどうって事ないよなーって。だってお前考えてみろよどこ舐めてると思う?ケツの穴とかさー!だろ?」
「……ぶっ」
「だから今更足舐めろとか、プレイにもなんないよなーって」
「やめんかっ!食べる気がなくなったわ!!」
「あ、じゃあ残りの時間、ヤる?オレ食い終わったし」
「相変わらず最ッ低だな!」
「ひざまづいて足舐めてやろうか、女王様?」
「……もしかして、それをやりたいのか、貴様」
「うん。今ふっと思った」
「変態め」
「変態言うな。いいじゃん、ぞくぞくすんだろ?」
「するか!」
「やってみないと分かんねぇよ。だからー」
「残りは30分だぞ」
「OK。午後の授業には遅れないように頑張る」
「……頑張る事か」
「いいから。はい、目を閉じて」

城海:多分屋上か何かで。学校で何の話をしてるんですか ▲

【15】 髪を切る -- 08.04.07


「……髪が邪魔だ。鬱陶しい」
「んだよ、いきなり。しょーがないじゃん、切り行く暇も金もねーんだからよ」
「染める暇と金はあってもか」
「……お前って嫌味な奴だよな。自分がきちんとしてるからって人にそれを強制するのはどーかと思うぜ」
「別に、強制はしていない。邪魔だと思ったからそう口にしただけだ」
「お前だって前髪長過ぎるだろ」
「特に視界を遮るでもなし、他人に迷惑をかけているわけでもないから関係ないだろう」
「オレだって迷惑かけてないじゃん」
「オレの目にたまに入る。さっきも入った」
「顔近づけたら目を閉じればいいだろ。大体お前キスするときオレの目ガン見とかおかしいだろうがよ」
「そんなものはオレの勝手だ」
「じゃー髪が鬱陶しいのだってオレの勝手じゃねぇか。うるせぇな」

 夕暮れの社長室。常と同じ様に学生服姿の城之内が帰宅途中にプリント届けという名目で顔を出したのは、日が少々傾きかけた時刻だった。春になり、日照時間が大分長くなった所為で、時刻に反してまだ明るい空に、城之内はついつい時間を誤りがちになる。この後7時からバイトが入っているから長居は出来ない、と言いつつも、彼がこの部屋に居座り始めて1時間が経過していた。

 そんな二人が、海馬の目線がPCから離れない所為で途切れがちの会話を交わし、それに焦れた城之内が強引に海馬の膝に乗り上げてキスをしたのが数秒前。その後、濡れた唇を拭いもせずに海馬が発したのが冒頭の一言だった。

 城之内に取っては大いに余計な一言に、彼は至近距離に顔を据えたままむっとした表情で海馬を睨むと、膨れたように口を閉ざす。そんな相手の顔を見返して、暫しこちらも黙っていた海馬は、不意に思いついたように机の上についたままだった右手を彼に伸ばした。そして徐に指先に件の金髪を絡ませ、至極あっさりとこう言った。

「切ってやろうか?」
「はい?」
「だから、金も暇もないのなら、オレが今ここでその髪を切ってやろうか、と言っている」
「へ?お前が切るって……オレの髪を?!」
「ああ。これでも昔から美術系の成績はトップだ。それにモクバの頭はオレがやっている」
「嫌だ!絶対失敗する!そして丸刈りにしなきゃいけなくなる!つか、美術の成績とか絶対にあてになんねぇもん!それにモクバの頭って!あれ一応弄ってるのかよ?!」
「大丈夫だ。任せろ」
「ちょ、待てって!怖ぇよ!!つか何そのカッター!」
「オレは鋏は使わない主義だ」

 すっかりやる気の海馬の手には、何時の間にか銀色のカッターナイフが握られていた。チキチキと音を立てて出し入れされるステンレス製の刃先に、城之内の不安は最大限に高まってしまう。慌てて膝の上から逃げようとする腰を片腕でがっちりと捕まえて、海馬は至極鮮やかな笑みを見せた。

「ここだと散らかるからな。奥の部屋に行くぞ」
「マジでやんのかよ!」
「どうせ暇だろう。まだ時間もあるし」
「そういう問題じゃなくってさぁ!」
「このオレから髪を切って貰えるのだ。光栄に思え」
「別に望んでねぇし!って!腕ひっぱんな!」

 「ぎゃあ!」とか「オレよりも先にモクバの頭をなんとかしろよ!」とか、社長室には似つかわしくない叫び声を最後に、二人の姿は奥の部屋に消えた。その後城之内の怯える声が断続的に響き、やがて静かになる。
 

 そして、一時間後。
 

「お、城之内髪切ったのか。すげー!なかなかいいじゃん。どこ行ってきた?」
「……ヘアサロンKC」
「何処だよそれ」
「ノーコメント」

 何処からどう見ても「カットに行ってきました」な小ざっぱりした髪になった城之内がそこにはいた。店のトイレにある鏡の中に映る己の姿を見て城之内は一言。

「海馬ってすげぇ」

 と溜息を漏らし、また一つ彼に対する好意を増やしたという。

城海:カリスマ美容師瀬人。……社長はなんでも上手な気がする ▲

【16】 買い物 -- 08.04.07


「ねぇ兄サマ、カプモンガム買って。一個でいいから」
「却下だな。お前、中身だけとってガムをそのままにしてあるだろう」
「今度はちゃんと食べるから!お願い。今月から新シリーズになったんだよ。ガムが駄目ならあそこのガチャポンでもいい」
「時間がないから今度にしろ」
「あ!」
「なんだ。オレは行くぞ」
「M&Wチョコの新しいのが出てる!新シリーズからはアルティメットドラゴンが入るんだぜぃ!ストラップつきだよ兄サマ!」
「何?!」
「限定だから今買わないとなくなっちゃうかもよ?どうする?」
「箱買いだ!決まっているだろう!」
「オレのカプモンもいい?」
「好きにしろ!」
「やったぁ!じゃ、ガチャポンは?」
「これをやる。気が済むまでしてこい!」
「わ、財布ごと?!さんきゅー!じゃあ行ってくるー!」
「直ぐに帰って来い。オレは生鮮食品売り場にいる」
「はーい!」(兄サマ丸め込むのなんて簡単だぜぃ!)

モク瀬人:パラレル的なお買い物。仲良し兄弟大好き ▲

【17】 髪を洗う -- 08.04.12


 ぱしゃりと小さな音がして、暖かな湯が跳ねる。それに僅かに顔を歪めて、口元に飛んだ泡を乱暴に腕で拭うと、海馬は断続的に細かい動きを続けていた指先に力を込めた。途端に暖かな湯気が充満する浴室内に城之内の叫び声が響き渡る。

「痛い痛い!ちょ、力入れすぎだって!」
「煩い!今わざとやっただろう!」
「やってねぇって!お前指の力半端ねぇからちょっとでも力入れるとやべぇんだってば!優しくお願いします!」
「では、絶対に動くなよ。その手もちゃんと腹の上に乗せておけ」
「はーい」
「やる気のない返事を出すな!」
「もー怒るなよ」
「怒るわ!大体、何故オレがこんな事をしなければならない!頭の色如きどうでもいいだろう!」
「根元だけ色が違ってたらかっこ悪いだろ。お前結構器用だしさ。あ、ちゃんと手袋してやっただろうな?アレ手が荒れるんだぜ?」
「そうなのか?面倒だから素手でやったが」
「えぇ?!面倒くさがるなよそういうのはっ!」
「煩いな。いいから黙って動くな」

 そういうと、城之内の頭部にある細い指先は、先程までの乱雑な動きをやめて、優しく頭皮をマッサージするような動きに変わる。それはくるくると器用に頭全体を行き来して、丹念に塗付されていた染色剤がシャンプーの泡と共に綺麗に落とされていく。いつもよりも少し高価な、トリートメント効果が高いと噂された薬剤を使用した所為か、いつも感じる髪が引き連れるような痛みは殆ど感じなかった。

 彼が、こうして城之内の頭を洗ってやっているのには訳がある。

 つい先日、バイト先で手に怪我をしてしまった城之内が、近所のスーパーで購入してきた脱色剤を手に海馬邸を訪れたのが事の始まりだった。何でも髪が伸びてしまって、根元との色の違いが酷くみっともないから染め直したいと言う事らしい。そろそろやり時かと思っていた頃に起きてしまった思わぬ事故に城之内は自分でそれを実行する事を諦めて、海馬にして貰おうという結論に至ったらしい。

 勿論海馬はその話を聞いた途端「手が治るまで我慢すればいいだろう」と素っ気無く断ったのだが、一度やると決めた事をやらずに済ますのは自分の性にあわない、と独自の論理でその拒絶を更に拒絶し、結果的に『海馬に頭を染めさせる』という至極珍しい経験をさせる事に成功したのだった。

 そして今、工程の全てを終了し、仕上げの洗髪の段階だった。その間、城之内は真剣な海馬に茶々を入れたり、怪我のない手であらぬところに触れたりして何度か痛い思いをしたものの、総合的に至極気持ちのいい時間を過ごしていた。手先の器用な恋人は、こんな場面でもその優秀さを如何なく発揮し、プロ顔負けの出来栄えに仕上がったからである。

「ね、『どこか痒いところありませんかー?』とか聞かないの?」
「……貴様ふざけているのか?」
「いや、至って真面目だけど。お前ってなんでも上手いのな。すっげぇ気持ちいいんだけど」
「頭なら、よくモクバのを洗ってやっている」
「あ、なるほど。あの頭すげー洗い甲斐がありそう。今度オレもお前の頭洗ってやるよ」
「結構だ」
「そう言うなって。人に頭洗って貰うってすげー気持ちいいんだぜ。なんていうか……セックスしてる時に気持ちよさに似てるっていうか。お前的に言えば『感じる』っていうの?」
「死ね!……熱湯に切り替えてやる!」
「うわっ!タンマッ!!嘘ッ!!」
「……終わったぞ。後は勝手にやれ」
「最後まで面倒みてくんないのかよ」
「一人で風呂に入れるのなら、後は手伝わなくてもいいだろうが」

 きゅ、とコックを捻る音がして、優しい湯の流れと、心地よさを生み出していた指先が抜き取られる。途端に頭の重みでガクンと下がる位置を慌てて直しながら、城之内は本当に素っ気無く背を向けて去っていこうとするその腕を捕まえた。

「脳みそが詰まってて頭が重い〜。せめて拭くまでしてくれよ」
「貴様の脳は筋肉で出来ているのではなかったか」
「あ、ひっでぇ。んなわけねーだろ!なーお願いー」
「ったく手間のかかるっ!!」

 そう言いつつも、濡れた掌はしっかりタオルを掴んでいて。乱暴な仕草ではあったが、きちんと最後まで面倒を見てくれるのだ。

 がしがしとタオルがらみ頭を行き来する大きな掌に、城之内はにっこりと微笑んで、怪我のない左手を重ね合わせた。そして動きを留めるように力を込めて、掴んでしまう。

「たまには手を怪我するのもいいかも。明日も洗って」
「甘えるな。鬱陶しい」

 そんな事を言うけれど、きっと、明日も同じ事を繰り返すのだ。

 『怪我の功名』。彼がその言葉を知っていたら、多分喜々として口に出すだろう。
 

 そんな日も、たまにはいい。

城海:社長は迷惑だろうけどね! ▲

【18】 慰める -- 08.04.12


「……えっと、その……海馬くんは、運が悪かったんだよ、きっと」
「貴様、これを運と言い切るのか」
「ああえっと、そういう意味じゃなくって、今回はたまたま……」
「たまたま?!たまたまでそう何度も負けてたまるか!!」
「あ!じゃあ、逆で!もう一人の僕の引きがたまたまよくって……!」
「だから!!たまたまでオレは負けているのかと言っている!」
「ああもう……じゃあなんて言ったら君は満足するの……?」
「頼むから黙っててくれ。貴様が何か言う度に落ち込んでいく」
「折角慰めようとしているのに……もう一人の僕はずるいよ、いっつも勝ち逃げするんだもん。後始末をするのは僕なんだからね……」
「何か言ったか?」
「ううん。何にも言ってないよ!今回は残念だったね海馬くん。次は絶対に勝てるよ!」
「……その根拠は何処にあるのだ」
「大丈夫!僕が海馬くんにも勝てるデッキを組んであ……うわっ!!」
「貴ッ様ー!!ふざけるな!!」
「ごめんっ!嘘だよ!!ズルはしないって約束だもんね?!」
「貴様にとってはそれはズルなのか!!」
「……あああ、泥沼だよ。助けて……もう一人の僕」
「遊戯!今度は貴様と勝負だ!絶対にオレが勝つ!!」
「えっ、あっ?僕と?!」
「ああ!行くぞ!デュエル!!」
 

「………………」
「………………」
「僕が、勝ったね」
「………………」
「海馬くん、今日は運が悪いんだよ……」
「運の所為にするなぁっ!!もういいっ!!」

表海:表君と社長さん。この人達は多分いつもこんな感じ ▲

【19】 贈り物をする -- 08.04.16


「……なんだこれは」
「プレゼント。お前もたまには履けよジーパン」
「……で、何処で貰った?」
「……バイト先」
「何故自分で履かないのだ」
「……ウエストがきつくて丈が長過ぎるから。オレ、そんなにスリムで足長く見えんのかな」
「良かったな」
「嬉しくねぇよ。実際そうじゃなかったって事じゃん」
「で、オレに寄越す、と」
「だってお前しか思い浮かばなかったんだもん。貰わなくていいから履いてみて」
「今すぐか?」
「うん。一回見てみたいし」
「……少し待ってろ」
(大体どういう考え方をしたら男でウエスト64pとかになるんだよ。気持ち悪いほど細いっての。これだから女の考える事って分かんねぇ。それに何あの丈の長さ。余裕で引きずるっつーの)
「おい、凡骨」
「うん?履けた?」
「ウエストが余って丈が短いんだが。ほら」
「………ナニソレ。ぶかぶかでつんつるてんってか」
「どうした?」
「お前、むかつく」
「何が?!」
「すげーむかつく!!」
「人に履けと強制しておいてその言い草か!」
「それ、お前にやる」
「いらんわこんなもの!!」

城海:でも多分社長はそれがコンプレックス ▲

【20】 寝言 -- 08.04.18


「……朝から何を怒っている」
「別に。怒ってねぇ」
「怒ってるだろうが。何かあったのか」
「………………」

 むすっとしたまま口をきかなくなってしまった隣の男を眺めながら、海馬は密かに溜息を吐く。

 早朝の海馬邸。昨夜、バイト帰りにひょっこりと現れた隣の男……城之内は、現れた当初は酷く機嫌が良く、何時もよりも大分口数が多かった。そんな彼と普段通りの夜を過ごし、素肌のまま眠りについたのが日付も変わった午前2時。そして午前7時の今、特に寝坊もする事無く起床した。

 常ならば体内時計が正確な海馬の方が先に起き出し、身支度を整えモーニング珈琲まで用意したところで寝台に懐く城之内を起こすのが彼らの朝の風景だったが、今日は何故か城之内の方が早く起床し、特に行動する事もなくじっと目の前に眠る海馬を見つめていたらしい。その刺すような視線に海馬は起こされたと言ってもいい。何故なら今の時刻は普段の起床時間よりも一時間程早いからだ。

 起きて早々、未だよく目も開かない内に不機嫌な顔をドアップで見てしまい、声をかける間もなくふいっと反らされれば何かあったのかと気にするのも当たり前で、特に考えもせずどうかしたのかと訊ねてみれば、返ってくる声すら怒りを含んだ低いトーンで。城之内が怒る心当たりが全くない海馬は非常に困惑していた。昨夜の機嫌の良さがある分、余計に。
 

「……お前さ、何の夢見てた?」
「?……夢?」
 

 二人が僅かな隙間を挟んで寝転びながら向かい合って数分後。城之内の不機嫌なだんまりの所為で長い沈黙が続き、いい加減海馬も気分を害し、そっちがその態度ならこちらだって考えがある!と言おうとしたその時だった。不意に些か表情を改めた城之内が、トーンは変わらないまま意外な事を訊ねてくる。

 全く考えもしなかったその質問に、海馬は一瞬藪から棒になんの事かと驚いたが、とりあえず腹立たしさはあるもののこれ以上事態を悪化させるのも得策ではないと思い直し、ここは素直にその問いに答えてやった。

「知らん。見たかも知れないが、記憶にない」
「マジで?」
「嘘を言ってどうする」
「ほんっとうに覚えてないのかよ」
「しつこいな。覚えていないと言ったらいない。何なのだ一体!」

 隠してんじゃねぇだろうな、とか、絶対だな、とか、何故か幾度も口にする城之内についに海馬の堪忍袋の緒が切れて、つい叫んでしまう。そんな海馬に未だ不機嫌顔を崩さないまま疑いの目までプラスして、城之内は海馬を睨む。その視線のあまりの鬱陶しさに、既に大分ささくれ立っている神経を更に逆撫でされて本格的にキレてやろうかと海馬が思ったその時だった。城之内が、これまでの言動の遥か上を行く予想外の事を叫んだのである。

「だってお前、寝言で他人の名前ばっかり呼んでたじゃん!」
「…………は?」
「『遊戯』とか『モクバ』とか、しまいにゃ『本田』まで!!」
「………………」
「更に!『好きだ』って言ってた!!そいつらに言ってたのかは分かんねぇけど!」
「……それで……何なのだ?」
「何なのだって!悲しいだろ?!」
「……何が?」
「寝言でオレの名前が出ないって!!どうして呼んでくれねぇんだ!!仲間外れかよ?!」
「……いや、まて。貴様、もしやそれに怒っているのか?」
「あったり前だろ!!お前の夢に出なかったって事じゃん!お前、隠れてそいつらの事好きだとか思ってるんじゃねぇだろうな?モクバは別として!!」
「………………」

 一体何を言ってるんだこの馬鹿は。

 そう素で口にしようとして、海馬は寸でのところでその言葉を飲み込んだ。城之内が一人で大騒ぎしているのは自分の寝言の事だった。その事実に、海馬の中では呆れと馬鹿馬鹿しさがない交ぜになり、酷い脱力感に襲われる。

「何を朝から大騒ぎしていると思えば……寝言くらいで……」
「『くらいで』じゃねぇ!夢でだってオレはお前と一緒に居たい!」
「現実に隣で寝ているのにか」
「そんなん関係ねーだろ!何時だって、どこでだって……!」
「貴様は子供か」
「なんて言われたって構わねぇ」
「………………」

 そんな事を言いながら城之内は手を伸ばし、元々至近距離にあった海馬の背を包み込む。それにほんの少し力を込めてリーチの分だけ引き寄せれば、自然と捕らえた身体は城之内の腕の中に納まってしまう。素肌が触れ合う感覚。丁度首元に摺り寄せる事となった海馬の髪から香る自身と同じシャンプーの香り。急に熱を持つ身体を一先ず気にしないフリをして、城之内はぎゅ、と彼を抱き締める。

「苦しいぞ、凡骨」
「……実はさ、夢を見たんだ」
「夢?今度は貴様の夢の話か」
「……お前が、オレを捨てる夢」
「……だからたかが夢の話で……」
「分かってる!でも、その夢を見た瞬間、ちゃんと夢だって分かってたのにすげぇビビッて飛び起きてさ。あぁ、夢で良かった、と思ったら……お前、寝言で人の名前ばっか呼んでるんだぜ。酷すぎるだろ。もうムカついてさ、どうしようもなくて」
「………………」
「夢の中でもさ、オレと一緒にいてくれよ。たまにすげー不安になるんだからさ」

 それはとても難しい話だ。

 城之内の話をその腕の中で聞きながら海馬はそう思ったが、敢えて口には出さなかった。己を抱く手の力が、余りにも強過ぎて痛みすら感じる。その痛みは城之内の感じる痛みでもあるのだろう。過去に何があったのかは知らないが、彼は常に手放される事を恐れている。勿論今のところ海馬に彼を手放す気はない。だからその感情は全て城之内の独りよがりなのだが、それもここまでくると酷く滑稽で笑い飛ばしたくなる。

 けれど、その真剣さに悪い気はしなかった。誰でも、そんな風に愛されれば、愛しくなる。

 夢の中でも共にと望むのなら、とりあえず「そうだな」と答えて置こう。夢は所詮夢だし、何を見ているかなんて自分にしか分からない。だから、そう伝えてやる事でこの騒ぎが収まるのなら容易い事だ。そう思い、海馬はそれまで感じていた怒りも呆れも馬鹿馬鹿しさも全て胸の中に押し込めて、必死に自分を抱きしめてくるその男に、望む言葉を返してやる。
 

 そして。

 その証拠と、不安げな表情を和らげてやる為に、顔を上げて小さなキスを一つ落してやった。

城海:寂しがり城之内。たまには甘やかしてやりましょう ▲