After the birthday

「お前は愛が薄いッ!」

 突然笑顔から一転ふくれっ面へと変化した城之内は、座っていたソファーから立ち上がり、デスクで常と同じ様に仕事していた海馬を睨んだ。

 それまで実に機嫌よくこちらが聞いていようがいまいが勝手に話を続けていた相手の突然の豹変に、慣れている事とは言え大いに面食らった海馬は、ずっと見つめていたディスプレイから目を離し、一人いきり立つ城之内を見た。

 その顔には疑問半分、呆れ半分の気持ちが見え隠れしている。

「……突然なんだ。やかましいぞ凡骨」
「だってお前これ見ろよ!半分以上自慢だけど!」
「見たが、それがどうした」
「お前これ見て、何も感じねぇ?」
「感じるとは?別に何も思う所はないが」
「っかー!これだから金持ちの朴念仁は!」
「というか、その前にそれはなんだ?」
「……お前、オレの話全っ然聞いてなかっただろ!?そういう所が愛が薄いって言ってんだ!」
「………………」

 途端に「面倒臭い」と表情のみならず態度全部でそう表した海馬をキッ!と睨み、城之内は些かトーンを落とした声で「とりあえずキーボードから手を離せ」とやけに真剣にそう言った。

 従わないと実力行使に出られそうな気配に、海馬は仕方なく溜息を吐きつつ言う通りにこの1時間同じ場所から全く動かさなかった指先を、片方はデスク上に、もう片方は自分の顔を支えるべく左頬へと滑らせる。完全にやる気の無い態度だったが、それでも他に意識を集中させたまま聞かれるよりはいいと思った城之内は、真っ直ぐに向けられた海馬の目線に満足げに頷くと、何時の間にか物で埋め尽くされたガラス製の大テーブルの上を指差した。

「これさ、昨日の誕生日にダチとかから貰ったプレゼントなんだ」
「ほう」
「順に紹介していくと、これが静香から貰った手編みのマフラー、これが遊戯から貰ったレッドアイズの組み立て式キーホルダー……あ、これKC製だ。まあそれはどうでもよく。んで、こっちが本田から貰った手作りカレー弁当の空箱、そいで最後にこっちは杏子から貰った編みぐるみとケーキ。ケーキはもう食っちまったからローソクの燃え残りだけど」
「……?あぁ」
「で、これは御伽からの自作ゲームで、こっちは獏良から無理矢理押し付けられたお前のフィギュア、そんでもって最後にモクバから貰ったプラモデル!すげぇだろ?」
「……確かに、凄いな。というかなんだそのオレのフィギュアとか言うのは」
「すげー似てるだろ?稼動式なんだぜ?ってそんなのはおいておいて……で、これを説明した上でもう一回聞くけど、何も感じねぇ?」
「全然」
「……あのなぁ」
「分からんものは分からん」
「そっかぁ……まぁ、そうだろうとは思ったけどよ」
「言いたい事があるならはっきり言え凡骨」

 わざとらしく項垂れてはぁっ、と肩まで落とす盛大な溜息を吐いて見せた城之内は、未ださっぱり分かりません、と顔に書いてある海馬に向かって妙な笑み見せるとやけに勿体ぶって口を開いた。

「これさ、みーんな手作りだろ?確かに高いもんでもないし、既製品みてぇに、とまではいかないけど、凄く心こもってると思わねぇ?」
「それはそうだな。……あぁ、なるほど。貴様はオレからのプレゼントが気に入らなかったと、そういう訳だな」
「違う違う、そうじゃねぇの。お前から貰った自転車と腕時計とレトルトカレー一年分はすげー嬉しいよ!嬉しかったけど、オレ、本当はこういうプレゼントが凄く好きなんだ」
「……オレに弁当やケーキや編みぐるみやキーホルダーを作れと言うのか」
「だから……うーんと、そうなんだけど、本質はそうじゃないんだって。モノの話をしてるんじゃねぇの」
「じゃあなんだ」
「何でもいいから金で買ったんじゃなくって、お前自身が手をかけたなんかが欲しいなぁって。ただそれだけの話。お前最近冷たいし。愛が欲しいんです、オレ」
「オレ自身から?」
「うん」
「………………」
「……あ、でもあの、今年はもう貰ったから、来年から考えて欲しいなぁって事!」

 城之内が言葉を紡ぐに連れて段々と小難しい顔になって行く海馬に、城之内は先程までの勢いを幾分緩めてやや逃げ腰になりつつそう言った。今の話をきちんと飲み込めない海馬が、自分の言葉を曲解して機嫌を損ねたら困るからだ。

 何も自分は海馬を責めているわけでも、貰ったプレゼントが嬉しくなかった訳でもない。ただ、プレゼントそのもの価値や量より気持ちを込めて欲しいと思っただけだ。勿論件のプレゼントだって海馬が一生懸命考えてくれた結果だろうしそれは凄く感謝している。

 だけど、もう少しだけ。もう過ぎてしまったけれど、誕生日位は我侭を言ってもいいだろうと、そう思って。

「そうか。わかった」

 約数分の沈黙の後、酷く静かな声でそう言った海馬は、不意にデスクの引き出しに手をかけ中を探ると何かを取り出し、ペン立てからペンを一本抜き取るとさらさらと書き始めた。パソコンのモニタが邪魔になってその一連の動作の詳細を知る事が出来ない城之内は、ただ黙って憮然とした顔で手を動かす海馬の事を見ているしかなかった。

 ヤバイ、オレもしかして海馬の事怒らせた?

 少し長い沈黙に城之内がやや焦りを感じ始めたその時、ずっと視線を落としていた海馬が緩やかに顔を上げ、右手を無造作に差し出した。

 その手には、小さな名刺大のカードが一枚。

 心底驚いた顔をしてそれを受け取る為に立ち上がった城之内は、ずい、と差し出されたそれを両手で恭しく受け取ると、じっと見つめる。白地に周囲には金の縁取りがしてあるものの、それはどこからどうみてもただのカードで、そこに記された文字は見事な英文。

「……ナニコレ。オレ英語読めないんだけど」
「『今から24時間以内に一つだけ貴様の言う事を聞いてやる』と書いてある」
「えっ?俗に言う『なんでもいう事を聞く券』的なもの?」
「まぁそういう事になるだろうな」
「ちょ、お前それ母の日とかじゃないんだからさ!」
「不満か」
「や、すんごく嬉しいけど。意外すぎてどう反応したらいいのか……」
「心を込めて直筆してやっただろう」
「あ、そっち?!」
「そっち?」
「あ、いやいやうん。そうだな。これも立派な手作りだもんな。サンキュ!」
「使う使わないは貴様の自由だ」
「勿論使うに決まってんじゃん!ちょっと待って、考えるから」

 これで文句は言わせない、とばかりにやや上体を反らして偉そうに言う海馬に心底嬉しさを感じて満面の笑みを見せた城之内は、未だ両手で大事に持っているカードと共にソファーへと戻り、真っ白なそれを見つめながら必死に考えた。

 その様を幾分興味深げに眺めていた海馬だったが、たまに伺う様にこちらを見る城之内の視線に些かバツの悪さを感じて視線を反らし、誤魔化す為か再び仕事を開始してしまう。部屋に再度響き始めたカタカタという音を意識のどこかで捕らえながら、城之内はうーん、と小さく唸って眉を寄せる。

 折角『なんでも』の権利を貰ったのだから、普段は絶対して貰えないような事をして貰いたい。なんだかんだ言って我侭な奴だから自分の気が乗らない時はマジなんにもしないし、ベッドの中ではマグロだし。ここはいっその事大サービスして貰おうか……などなど考えれば考える程深みにはまっていく気がする。

 けれど、沢山の事柄を思い出すに連れて、城之内の中で尤も強く願っていたある一つの願いが浮かびあがった。そうだ、これだ。オレはこいつにこれをして貰いたかったんだ。城之内はぱっと閃いたその願いと、今自分が手にしているカードを天秤にかけ、どちらがより重いか吟味し始める。

 一方、その様子をさり気なく見ていた海馬も、僅かに眉を寄せて考えていた。この場の思いつきであんな事を言い出したものの、こちらが躊躇するようなとんでもない要求をされたらどうしようかと。あの城之内の事だから遣りかねない。まぁ大体内容など予想がつく。大方隣の部屋に行って服を脱いだ上であれをしろこれをしろといわれるのだろう。

 ……と海馬が勝手な予想をたて、一人小さな溜息を吐いたその時だった。悩み顔から一転、ぱっと明るくなった表情を跳ね上げて、城之内が心底楽しそうな声で口を開く。

 どうやら彼は究極の二択から、より重要な方を選び取ったらしかった。

「よし、決めた!かーいば、ちょっとこっちに来て。これ使うから」
「なんだ、今直ぐか?」
「うん、今直ぐ」
「……移動するのか?」
「何警戒してんだよ。まだ何も言ってねーじゃん。いいからここに来いよ」

 こっちこっち、オレのとこ。

 そう言って機嫌よく笑う城之内に手招かれてその前までやって来た海馬は、緩みまくってしまりの無いその口が次に何を言い出すか無意識に構えていた。

 一体どんな要求が突きつけられるのだろう、こんな表情をするからには余程の事を考えたに違いない。まさかこの場で脱げとか言わないよな。そんな全く不必要な緊張の所為でどこか落ち着かない気持ちになった海馬が「いいから勿体ぶってないでさっさと言わんか!」とキレそうになったその刹那。

 笑顔の城之内が彼に突きつけたのは、なんとも他愛のない要求だった。

「ここに座って、思いっきり抱き締めた後で、キスして欲しい」
「は?」
「なんだよ。してくれねぇの?」
「いや……それだけか?」
「うん」
「本当に、それだけでいいのか?」
「いいって言ってるじゃん、早くしろよ」

 何お前オレの欲しいものに文句あんの?そう言って少しだけ拗ねた様に口を尖らせる城之内を半ば呆然と見返しながら、完全に拍子抜けしてしまった海馬はまるで脱力する様に城之内の言う通りソファーに乗りあげると、座っている城之内の足を跨ぐ様に膝を付き、丁度向かい合わせの形になる。それだけで既に満足気な笑みを見せる彼を心底不思議そうな顔で見下ろして、海馬は相手の望むままに両手で優しくその肩を抱き締めた。

 回した腕にゆっくりと力を込めていく海馬の顔を仰ぎ見ながら、城之内は自らも目の前の身体に腕を回して、こうぽつりと呟いた。

「あー、さっきまでちょっと薄いなって思ってたけど、今すげー愛を感じる。このあったかさと同じ位」
「安いな」
「そう言うけど、知ってた?お前がオレにこうやってくれんのって初めてなんだぜ?」
「そうだったか?」
「うん。このプレゼント気にいったから、来年も同じのでいーや」
「オレは代わり映えのないものは嫌いだ」
「手軽でいいだろ。ペンと紙さえあればいーんだからさ」

 な?

 そう言って笑う、昨日誕生日を迎えたばかりの男を何気なく見下ろして、海馬は口元に薄らと笑みを吐くと、彼のもう一つの要求を叶えるべく、静かに白い顔を近づけた。

 唇が重なる瞬間、海馬はおまけとばかりに小さくこんな言葉を呟いた。
 

「好きだ、城之内。誕生日、おめでとう」
 

 ── たった一枚の白いカードに、ありったけの気持ちを込めて。