カリスマ Act1

「んーそうだなぁ。三上さんはちょっと髪が多いから全体的に薄くして緩くウェーブかけようか。それとも嫌じゃなければインレイヤーでショートカットでも似合うと思うけど」
「克也さんはどっちがいいですか?好みの髪型とかあります?」
「え?オレ?……好みって言われると……ロングよりもショートかなぁ」
「ショート……ボーイッシュな方が好きなんですか?」
「あーうん、そういう訳でもないんだけど……付き合ってる奴がそれしかしないっつーか、出来ないもんだから自然とそれが好きになったというか」
「彼女、いるんですか?!」
「……まぁ、一応」
「超残念〜ショックー」
「あはは。オレなんかやめといた方がいいよ。馬鹿で甲斐性がなくて碌でもないから」
「え、酷い!誰がそんな事を言うんですか?」
「うん?オレの彼女。ひっでーの、もう言いたい放題」
「……そんな事言われて嫌じゃないんですか?」
「良くはないけど事実だから何とも。相手が超天才で甲斐性ありまくりで、顔もスタイルも凄く良くって。そんな奴と付き合わせて貰ってるだけでも幸せだから、何も言えないんだ、オレ」
「………………」
「ああ、ごめん。惚気ちゃった。えと、で、どうする?髪型」
「……長さはこのままで、少し薄くしてロッドで巻いて下さい」
「了解しました」

 オレがそう言ってシザーを手に取り、霧吹きを取る為に身を屈めると、目の前の彼女はあからさまに落胆して、大きな溜息を一つ吐いた。これでまた一人指名が減っちゃったかな。そんな事を思いながら仕方がないと苦笑する。美容師ってモテるって聞いたけどこれは想像以上だ。今日だってこれが初めてじゃない。トータルで考えたらもう人数なんて思い出せない程だ。

 オレがこのヘアサロンに勤めたのは丁度一年前の初夏だった。

 高校時代とある店で洗髪のバイトをしたのがきっかけで、そこの店長に筋がいいと言われたのを鵜呑みにして、卒業と同時に専門学校に通ったオレはそのまま特に苦も無く美容師になる事が出来た。

 問題は金だったけど、一応この道を選ぶ事を応援してくれた彼女……もとい、海馬に必ず返すという約束付きで借り受けて、今現在月に返せるだけ返している状態だ。

 海馬はそんなものは要らない、と毎回突っぱねるんだけど、やっぱこういう事はちゃんとしたいからオレは現金は渡さずにそれ専用の口座を作ってそこに振り込んでいる。通帳は奴のデスクの引き出しの中に強引に突っ込んで来た。

 この間確認したらちゃんと他の大事なものと一緒に鍵付きの引き出しに移してくれたらしい。あいつの事だから手を付けるなんて事は一生しないんだろうけど(金額も海馬にしたら小遣いにもならない程度の額だし)、受け取ってくれればそれで良かった。
 

『貴様確かに洗髪は上手いな。向いているのではないか?』
 

 オレが職業に美容師を選んだ理由。それは確かにバイト先の店長に認められたという事もあったけれど、それ以上に練習台になって貰った海馬にそう言われたのが最大の原因だった。それまで貶されるばかりで滅多に褒めて貰えるなんて事は無かったから、その一言がオレにとってはかなり衝撃だったらしい。

 結局、単純思考が幸いしてホイホイと自分の人生を決めちまった訳だけど、勿論全く後悔はしていない。客商売は元から得意だし、やってみると相当面白いし、何より可愛い女の子相手に結構稼げるのが美味しい。あ、でも浮気はしてねーぞ。オレは海馬くん一筋なんで。マジで。

 でもほんと、職業で得する事って凄くあるよな。今までは顔を顰められるばかりだった金髪も美容業界ではそれでもまだ大人しめな方で、ちょっとシザーやレザーの扱いが手慣れているだけで「カッコイイ!」と言われてしまう。そこに来て留めで洗髪が上手いと来たらもう最強だ。

 お陰で勤めているヘアサロン内では腕はそんなに大した事ないのに指名率ナンバーワンだ。これで技術もナンバーワンならゆくゆくはカリスマ美容師になれるかも。……ってなんだそりゃ、ホストクラブじゃないっての。

 けど、単純にモテるのは悪い気がしないので、それはそれで幸せだ。告白されていちいち断らないといけないのが面倒だけどね。つか、皆美容師に夢見過ぎ。カッコよくみえるのはきっと店の中だけだと思う。……海馬もそう言ってたし。

「克也くん、三上さんが終わったらあっちお願いね。カット、指名来てるわよ」
「はーい。誰のご指名ですか?三上さん、後はドライヤーとセットだけなんで店長お願いします」
「そう?じゃあ交代するわ。こっちはいつもの彼よ。海馬さん。副社長さんの方かしら?」
「ゲッ、モクバかよ。あいつこないだ来たばっかりじゃん。もう弄るとこ無いっての」
「おい克也!お前お客様に対して態度悪いぞ!兄サマに言いつけてやるからな!」
「うわ、聞いてるし。克也って言うな!城之内さんと呼べ!」
「相変わらず仲がいいのね。じゃあ、お願いね」
「へいへい」

 そう言うとオレはそれまでの客だった彼女へと軽く挨拶をして、モクバが待つ男性用カットコーナーへ歩いて行く。コイツがここに来るのは大半が冷やかしだったりするんだけど、勿論金払いはいいから上客と言ったら上客だ。

 今年大学に入ったばかりのモクバは海馬遺伝子の影響か偉く身長が伸びてそれに比例して態度も頗るデカくなった。そっちは海馬に似なかったのかがっしりとした身体つきは、ただでさえいい顔で目立つのにそれを余計に引き立たせ、学校では物凄くモテるらしい。そのお陰でミスユニバースに目を付けられて付き合ってるらしいとか。男の目から見ては嫌な奴の代名詞だ。まぁ、嫌な奴ではないからモテるんだろうけどさ。

 なんとなく溜息を吐きながら慣れた手つきで席へと誘い、じゃー今日はどうしますー?なんて気の無い声を上げたら、モクバは少し浅黒い顔を僅かに上向けてオレを睨んだ。おお、上からみてもいい男。

「……なんだよお前やる気ないなぁ。いい事教えてやろうと思ったのにさ」
「お前のいい事ってあんまいい事じゃねーんだもん」
「へぇ?兄サマ情報でも?」
「えっ?」
「兄サマ、今日こっちに帰ってくるんだぜ。今夜予約取っておけって言われてオレ、来たんだけど?」
「マジで?!」
「でもお前にやる気がないんなら駄目だよなーやっぱ今夜はオレと外で食事かな」
「ぎゃー!あるある!やる気ありまくり!!両手広げてお待ちしてますって言っといて!!」
「えー」
「お願いっ、サービスするからッ!トリートメント付けちゃう」
「しょーがないなー」
「よし、俄然やる気出て来た!後半日頑張ろう!」
「ゲンキンな奴。じゃ、宜しく頼むな。大分鬱陶しくなったから短くしてくれよ」
「前みたく伸ばせばいいのに。お前長髪似合うじゃん」
「彼女が嫌だって言うんだ。しょうがないだろ」
「うあーむかつくぅー」

 何が彼女だよこの野郎お前生意気!そう言って少し乱暴に霧吹きで水をぶっかけてやったら「店長!克也が客に乱暴してるよ!」と告げ口された。ちくしょう、マジ可愛くねぇ!でも、時折こうして店に来て、今はアメリカを拠点として活動をしている海馬の事をちゃんと報告してくれるんだから、心の広いオレとしては大らかな心を持って受け止めてやらなきゃならないんだよな(まぁ、受け入れられてるのはオレの方かもしんないけど)

 それにしても最後に海馬と会ってから二ヶ月か。前髪とか大分伸びてるんだろうな。オレが美容師になってからというものあいつの頭はオレしか触ってないから(というか触らせないらしい)オレが手を付けてないって事はそのまんまって事で。人よりも伸びるのが少し遅いと言ってもそれなりに邪魔になってるんだろうなぁと思う。
 

 だからオレはあいつに言うんだ。

 「髪が邪魔にならない内に帰って来いよ」って。
 

 いつ触っても見事なまでにボリュームとコシのある黒髪にコームを入れながら、オレはつい笑みをこぼしてしまう。

 それを鏡越しに見ていたらしいモクバにすかさずにやにやすんな、と言われたけれど、オレの幸せな薄笑いはずっと消える事はなかった。