Act0 こうして同居は始まった(Side.城之内)

「とりあえず、一週間か。それ位ならなんとかしてやる。場所は大須駅から徒歩10分のワンルームマンションだ」

 ばさり、と海馬の手から数種の書類と、マンションのパンフレット(ネットからダウンロードしたもんっぽい)が投げ出された。ついで頭上から投げつけられた言葉にオレは一瞬絶句した。……一緒に住む、とか。マンション、とか、何言っちゃってんのこいつ。

「えぇ?!ちょ、ちょっと待て!一緒に住むのか!」
「別にオレの家に貴様が来てもいいが」
「いやっ、それはちょっと……お前んち、どうも敷居が高いし、人一杯で居心地悪いし……」
「ならば決まりだ」
「や、で、でもよ……急にそんな事言われても」
「嫌なら嫌で構わん。貴様はその辺でのたれ死ねばいい」

 オレの反応は世間一般の常識と照らし合わせれば至極当然のものだと思う。だってそうだろ、前フリ一切なしで、いきなりマンションの契約書を投げつけて「じゃー明日から一緒に住もう!」なんていう馬鹿がどこにいんだよ。つか、お前とそういう話をしてたんじゃないだろ。

 そもそもの事の始まりは、オレがいつもの如くオヤジと大喧嘩をして、怒り心頭のままアポも取らずにKC本社に押しかけて、仕事をしている海馬の横を陣取り「あのクソ野郎とは当分顔も合わせたくねぇ!」と延々と愚痴ったのがきっかけだった。

 オレは勿論それはただの愚痴のつもりだったし、そんな事は日常茶飯事だったから今回だけが特別ってわけじゃなかったんだけど、奴は一体何を考えたのか暫く無言でパソコンを弄っていたと思ったら……プリンターから吐き出された紙一式をオレに突きつけ、それこそ「今日はどうする?泊まっていくか?」な調子で「なら、丁度いい機会だから一週間くらい家出して、オレと住め」とのたまった。

 ……何が丁度いい機会なのかさっぱりだ。即座に断ったらすぐ不機嫌な顔したし。……おいおいちょっと待てよ。

 お前それってかなり変だぞ。説教してやるからそこ座れ!なんて言える立場でもなく、オレはただ呆然と思わず放られたパンフレットを意味もなくガン見して、恐ろしく綺麗な内装とマジで一つしかない部屋に仰天しつつここにオレと海馬が揃って存在する様を思い浮かべようと必死に努力してみた。……うーん、イマイチピンとこねぇ。ここに同居、こいつと、同居かぁ。

「どうする凡骨。早く決めろ」
「早く決めろったってなぁ。心の準備ってもんが。大体お前このマンションどーしたのよ」
「今買った。なんだ、不服か?」
「全部?!」
「いや?別に全部屋はいらんだろうからとりあえず『普通に』一部屋だが?全部欲しいのか」
「うわっ!馬鹿っ!違う!!買うな!!金の無駄遣い禁止!!」
「無駄遣いとはなんだ」
「無駄遣いだろうが!!お前の金銭感覚ほんとおかしいから!ついてけねぇって!」
「……ついていけない?」
「いや!あの!そういうついていけないじゃなくってですね?!やっぱりあの、お金は有効に使わないと駄目というかっ!」
「これが有効な使い方ではないというのか。貴様はオレが間違っているとでも?」
「間違ってるっつーか、極端なんだよお前はっ!……ま、まあこの件はちょっとそっちに置いておいて……買っちまったもんはしょうがないよな。うん」
「では、住むのか」
「それとこれとは」
「やっぱり嫌なのか。『オレと住む』のは」
「嫌じゃねぇって!つか、嫌なのはそこじゃないって!」
「では何が不満だ」
「展開が不満だ!ちょっと話が飛びすぎる!」
「………………」

 社長椅子に座りオレを見下していた海馬に、オレは思いっきり立ち上がってびしっ!とその顔に指をつきつけた。こうでもしないとこの唯我独尊自画自賛男は全くもって自分の意見がズレているとかおかしいとか全然思わないから。

 けど、余り強く否定したりすると、すぐ臍を曲げるのも特徴だ。臍を曲げるくらいならまだしも、即座に「貴様はオレが嫌いなのか」となる。こいつの無駄な自信満々スタイルってもしかしたら自信のなさの裏打ちなんだろか。結構やっかいなタイプなんだよな。そこがまたいいわけだけど。

 案の定オレに強く指摘されてしまった海馬はいつもの女王様然とした態度はどこへやら、なんか捨てられる寸前の猫みたいな、偉くしおたれた顔してしまう。あーだからさー別にお前の事を否定したいわけじゃないんだってば。どうしてこう何もかも極端なのかねこの人は。

「もういい」

 何時まで経ってもオレがそのポーズを崩さないでいると、海馬はふいっと横を向いてしまった。……拗ねたよ。拗ねちゃったよ。何お前そんなにオレと暮らしたいわけ?いつもは寄るな触るな会社に来るな鬱陶しい、を繰り返す癖に?……そういえば今日はその手の事一切言わなかったな。なんかあったのか?いや今はそんなのはどうでもいいんだけどよ。

「あのさぁ、海馬」
「………………」
「あーもう黙るなって」
「………………」

 駄目だこりゃ。完全無視の体制入ってら。……こいつと言い争いすると直ぐこのパターンなんだよな。それで結局……結局オレが折れるわけなんだけど。……オレが、折れる。
 

 ……あ〜もうわかったよ!!!わかったわかった!!結局オレが首を縦にふりゃ丸くおさまんだろ!!
 

「分かった!分かりました!一週間な?!その代わりっ!生活水準はオレに合わせる事!!それなら一緒に住んでやる……じゃない!住もう!!」
 

 ……こんな経緯を経て、オレと海馬の一週間限定の同居生活が始まる事となった。今日今から、ではなく、ギリギリの交渉の結果、明後日の日曜日からって事にした。やっぱ心の準備とか色々あるしな、うん。今日はこのまま海馬の家に泊まって、モクバに色々と相談して、明日は遊戯の家にいって、これまた色々相談して……考えると心の準備イコール事前対策みたいなもんだけど、まあなるべく穏便に過ごしたいんだから当然だよな。
 

 ── これから一週間、オレ達は上手くやれるんだろうか?