Act1 寝癖ついてる(Side.城之内)

 頭上でけたたましい電子音が聞こえる。あーうるせぇ、なんだこの目覚まし。音変じゃねぇ?こんな音する奴オレ持ってたかな……とにかく煩くて眠れやしねぇから思いっきり手を伸ばしてそれを止めようとする。……が、その瞬間オレはぴたっと動きを止めた。

 ……右腕が物凄く重いんですけど。

 ていうか、なんか生暖かい風が首元に……。そういえば電子音だけじゃなくって、今寝てるこのベッドの寝心地もどっか違うような……。

 そこまで考えて、オレははたと気づいた。そしてなるべく身動きしないまま、そっと……そうっと目を開ける。徐々に開かれる視界の中に飛び込んできたのは、余りにも見慣れた顔のアップ。そして全く見慣れない部屋の内装だった。

「………………」

 数秒間絶句した後、オレの口から朝には不似合いな大きな溜息が零れ落ちてしまう。

 そう、そうなのだ。今日はオレと海馬が同居を始めて第一日目の朝。昨日の夜に海馬が買ったっていうこの大須のマンションに引っ越して(引っ越すって程大掛かりなもんじゃねぇけど。荷物服しかねぇし)とりあえず昨日は喧嘩もしないで無難に夜を過ごして、じゃー明日から宜しくって言って寝たんだっけ。

 慣れない環境にオレがなかなか寝付けないでいたら、海馬がそれを察してくれたのか自分がしたかったのかは分かんねぇけど、珍しく誘ってきたりなんかして、なかなか美味しい思いをしたのはまぁいいんだけど……。

「……夢じゃないんだよなぁ、これって」

 二つ目の溜息が出る。なーんかどうにも現実味が薄いんだよな。だって意味がわかんないだろ。オヤジと喧嘩して、家出して、そのついでに海馬と同居とか。新築のピッカピカのワンルームマンションで誰の手も借りずに生活とかさ。

 まあ海馬はオレの条件をちゃんと聞いてくれて、使用人は置かず生活は全て自分達でする事や、内装も家具も一般的なものにする事。食べるものも近所のスーパーやコンビニで手に入るもので留める事。っていうのは全部守ると約束してくれた。常に人の手を介して生活してるこいつにそれができんのか?と思ったけど、別に期待はしていないしオレが全部やるハメになってもしょうがないだろうな、とは思った。……それ位は別にいいんだ。慣れてっし。

 実際部屋の内装はそれこそちょっとだけセンスのいい、ドラマに出てくるようなシンプルな感じに纏まってたし、海馬の部屋のような馬鹿でかいダブルベッドとか超高級ソファーとか、シロクマの敷物とか、シャンデリアとか、そんなのもない。普通の、その辺のホームセンターで売ってるような家具ばっかりだ。テレビの前にはオレのたっての希望でコタツと蜜柑がある。冬はこのセットだろ、どう考えても。やっぱオレはこういうのが落ち着くから、単純に嬉しかった。

 それにしても……。

 オレの右腕を枕にしてすやすやと寝こけている海馬の顔を見てると、なんていうか今までには感じることが出来なかった、甘ったるい幸せな気分に浸ってしまう。別にこういう朝を迎えたことが始めてって訳じゃ全然ないんだけど、どっかのホテルで、とか、海馬邸で、とか、そういうのとはまた全然違う感じがするから。ここはオレ達二人の部屋って意識があるからかね。そういう設定って大事なんだろうなぁ。……設定じゃねぇけど、現実だけど。

 ああちくしょう。未だわけわかんないけど幸せだぜ!こーなったらさっさと現実を受け入れてこの状況を楽しむっきゃない!一週間だもんな、大事にしないとな!

 そう開き直ったオレは、とりあえずこの朝の幸福を心行くまで噛み締めようと身じろいだ所為でちょっとだけ肌蹴てしまった上かけをかけ直し、ついでに海馬を抱えなおして二度寝を決めた。

 昨日遅くまでオレに付き合って多分めちゃくちゃ疲れてるだろう海馬は、オレの動きに全く反応しないで眠り続けている。真冬に何も着ないで寝ちまうのもどうかと思ったけど、ベッドの下に放られているパジャマを取りに行くのも面倒だから二人とも素っ裸だった。余計に気持ちいいんだけど。どうしよう。

 首筋に掛る息がくすぐったくってついキスなんかしちゃったりして。オレは思う存分この時間を楽しんだ。あーなんかマジ眠くなってきた……もうちょっとだけ、後5分だけ、このままでいよう。

 ── あと、5分だけ。
「凡骨!起きろ!!起きろと言っている!!」
「へぁ?」
「へぁ?ではない!9時だぞ?!貴様何故目覚ましを止めた!!」
「はぁ?!9時って……9時?!」
「9時は9時だ!!バイトは7時からではなかったのか!」
「そうだよ!!やべぇ、大遅刻!!」

 幸せ気分に浸る事5分間……だったはずが、次に目を覚ましたら何故か時計の針が二時間半進んでた。慌ててがばりと起きたオレを見下してくる海馬の顔。こっちも寝起きは寝起きなんだろう、格好が室内着だけど前髪がちょっとだけ跳ねてる。アノ部分ってたしかオレの肩にくっつけてたとこだよな。なんかすげー可愛いな。って!いやいやそんな事に浸ってる場合じゃなくてね?!

「貴様の携帯がさっきから鳴りっ放しなんだが」
「あーきっとバイト先からだ。すぐいかねぇと!お前は?!」
「今週は会社はそう忙しくないようにしてある。大学優先だ。3時限目の心理学から出る」
「えぇ?!大学に行くのかよ!!ずりぃ!オレも行く!一緒に行きてぇ!」
「貴様はバイトがあるんだろう。今月で何回目の遅刻だ?オレなら速攻クビだな」
「……うう、ちくしょう。明日は絶対休み取る!」
「いいから早く行って来い。その前に顔と頭を……」
「時間ない!このまま行く!そこの上着とジーパン投げて!携帯も!」
「おい」
「早く!!」

 海馬が物凄く何か言いたげな顔をしてたけど、9時10分を過ぎてるし、とにかく速攻バイト先にいかねぇとマジクビになるから、オレは焦ってそう叫んだ。その剣幕にビビッたのか、海馬はそれ以上何も言わず、ドタバタと着替えて部屋を出て行くオレを黙って見送った。続きのキッチンの方から珈琲のすげぇいい香りがしたけれど、そんなもの飲んでる暇はねぇし……ああもう!明日は絶対早起きしてやる!

「じゃ、行ってくる!オレも午後から大学に行くから!」
「午後からは会社だ」
「えー!一日いろよ!」
「無茶を言うな。それよりも凡骨、そのあ……」
「行ってくる!!後でメールする!」
「おいっ!」

 なんだよすれ違いかよ!!楽しくねぇなちくしょう!

 腹立ち紛れにまた海馬の言葉を無視してオレは思いっきり音を立てて扉を閉めた。電子ロックの音がガチャリと響いて、なんだか締め出しをくった気分だ。……くそ、こんなはずじゃなかったのになぁ。大体海馬が悪いんだろ、朝からあんなに幸せそうに寝こけてるから!オレまでつられちまったじゃねぇか!クビになったら責任取れよ!!

 ……と、そんな事をずーっと考えながら、オレは全速力でバイト先へと疾走した。途中なんか色んな人に振り向かれた気がするけど、そんな事を気にしてはいられなかった。全く、朝からなんだってんだ!

 大分急いだ所為かいつもの半分の時間でバイト先に辿りつき、社員専用の通用口からそうっと入り込んだオレは、怒鳴られるのを覚悟の上で上司の待つ事務室へと心持ち静かに歩いていった。その途中すれ違った顔なじみの兄ちゃんから盛大な爆笑と共に告げられた言葉で、オレは何故海馬があんなに必死にオレを呼び止めようとしたか、そして朝から多数の人間に注目されたのか、その理由を知ることとなった。
 

「うははははは!!!城之内!!お前、なんだその寝癖!!スーパーサイヤ人みたいになってっぞ!」
 

 その頭の所為で、上司には怒られずに済んだ、という事をここに追記しておく。