Act2 玉子特売忘れるなよ(Side.海馬)

『あー海馬?お前4時頃時間ある?今日はもう会社いかねぇんだろ』
「ああ、大学だ。時間も……取れなくもないが、それがどうした」
『今バイト先で広告見てたらさーKCマートで玉子の時限特売やってんだよね。4時から』
「はぁ?特売?」
『そうそう。一人二パック限定でさ。お前、悪いけど買ってきてくんない?一人じゃなんだから遊戯にでも付き合って貰ってさ』
「ちょ、ちょっと待てKCマートに行けというのか、オレに!」
『たまには視察もいーじゃん。な、社長。バレないように変装していけよ』
「無茶言うな!大体特売だかタイムサービスだか何だが知らんが、たかが50円や60円の値引き如きに必死になる事はないだろうが!」
『お前何言ってんだ。その50円60円に命救われんだぞ?!庶民の辛さってのを分かってねー奴はこれだから困るぜ』
「………………」
『玉子さえ買ってくれりゃー後はオレが買って帰るから。な?……お、休憩終わっちまう。じゃ、頼んだぞ。忘れんなよ!』

 ツーツー……と唐突に切れてしまった携帯を片手にオレは暫し呆然とその場に佇んでいた。ざわざわと騒がしい周囲の喧騒が耳に入りながらも、オレの脳内には今城之内から言い聞かせられた「特売」と「玉子」の二文字がぐるぐると回り、危うく眩暈を起こしそうだった。幸いな事にここは大学の食堂で、きちんとテーブルについていた為、無様に倒れる事はなかったが。

「どうしたの海馬くん?今の電話、城之内くんから?」
「……ああ、まぁ」
「城之内くんとの生活はどう?まだ二日目だから、喧嘩とかはしてないよね?」
「喧嘩するほど時間を共用していないからな」
「あー、そっかぁ。でも一週間なんてあっという間だよ?折角の二人暮らしなんだもん、思いっきり楽しまないとね。海馬くんだって今週の為に仕事一生懸命前倒ししたんでしょ?そういうの、ちゃんと言わないと城之内くん絶対わかんないと思うよ」

 ね?とオレの顔を見ながら、注文した天麩羅うどんを頬張る遊戯の顔を眺めつつ、オレは深い深い溜息を吐いていた。遊戯の言う事は確かに当たっている。オレは今週一週間という時間を確保する為に、年末年始返上で今月一杯という期限付きの仕事を全て終わらせ、なんとかこの時間を獲得したのだ。

 何故、と聞かれると少々答えに窮するが……数日後に迫った城之内の……まあ、少しだけ大掛かりな誕生日プレゼントと言ったところか。本人が喜ぶか喜ばないかはこの際どうでもいい。オレがしたいからしている。ただそれだけだ。物や金だと奴は猛反発するし、今更オレが特別に何かをしてやれることもない。故にあえてこの形にしてみた。やはり文句は言われたが、まあしょうがない。

 これは贈り物だ。そういう意識が念頭にあるからこそ、オレは全てにおいて城之内の意見を聞いてやった。生活の中においてもなるべく奴のいう事を聞いている。今の所それはそれほど苦ではない。たかが一週間だ。それさえ過ぎればまた元に戻る。その時に存分に借りを返して貰う。それはそれで凄く楽しみだ。

 ……しかし、オレがこうやって大人しくいう事を聞けば聞くほど、事情を知らないあの男は調子づいて段々図に乗ってきた。どれも至極些細な事だが、いちいちカチンと来る。

 昨日など「お前、最近凄い従順で可愛いな。今日も言えばしてくれんの?」などとヘラヘラしながら言いやが……じゃない。言い。上に乗れだの、飲んでだの、もう一回を繰り返してロングスパンで三ラウンドだの、やりたい放題だ。お陰で硬い講堂の椅子に座るのが辛い。まだ二日目だぞ。何を考えてるんだあのスーパーサイヤ人(昨日、モクバ曰く)が。

「海馬くん?……海馬くんってば!」
「な、何か言ったか?」
「もうっ、僕の話全然聞いてないでしょ!海馬くん、さっき特売とか玉子とか言ってたけど、城之内くんから何を頼まれたのって聞いてるの!……って、なんで顔が赤いの?暑い?ここ暖房効き過ぎだよね」
「……そうだな、少し。……電話の事だが、あの馬鹿が今日の4時からKCマートで玉子が特売だから買って来いと」
「あ、そうそう。今日母さんも言ってた。僕も二つ買って来いって言われたんだ。一緒に行く?」
「貴様もか」
「こういう時って人海戦術っていうのかな、家族全員が買いに行かされるんだよね。うちは4人家族だから8パック買えるんだ。結構お得でしょ」
「……よく、わからんが」
「でもKCマートって海馬くんのとこのスーパーだし、社長が玉子の特売に行くってのはちょっと……ねぇ?」

 良く言った遊戯!!そう!問題はそこなのだ!

 何故オレがわざわざ子会社の特売に張り切っていかなければならないのか、だ!オレは仮にも社長だぞ?その社長が玉子2パックの為に変装までして何故に行かなければならない!大体130円の玉子が80円になった所でたかだか50円安だろう!そこに電車だの車だのバスだので乗り付けて買いに行くのは馬鹿のやる事だ!この大学から件のKCマートまでは電車で6駅。乗車料金で言えば往復700円だ。馬鹿馬鹿しい!

「全くだな。オレはそんなところには行かない」
「でもさ、確かに玉子80円は安いと思うんだ」
「……は?」
「だから、やっぱりお買い得だよ。行かなくちゃ!ね?」
「ね……って言われても……」

 ……おかしい。おかしいぞ遊戯。貴様つい数秒前まで何と言っていた?オレがKCマートに行くのはおかしいと、そう言っていなかったか?なぁ?なのに何故貴様は「行く」方向で意見を纏めているのだ。それは矛盾だ。大学生にもなってそんな矛盾にすら気づかないのか貴様。おい、何を笑っている!

「今城之内くんからメール来てさ、海馬くんを連れてけって言われちゃった。変装すれば大丈夫だって。何に変装する?」
「いやだからオレはいかないと」
「そういえば、杏子の友達が練習台探してるって言ってたっけ。大学の直ぐ近くのヘアサロンなんだけど。近々大会があるからモデル連れてきてって言われてたんだ。ちょっと待ってて」
「何?!ちょっと待て!遊戯!電話をかけるなぁ!」
「……あ、もしもし杏子?オレ、遊戯。あのさ、この間話してたモデルなんだけど……そうそう。ショートカットでもいい?ついでに言えば海馬くんなんだけど。うん、うん。え?何?エクステ?何それ。へぇ〜じゃあ問題ないよね。うーんと今から連れてく。じゃあね!……OK貰ったよ!服も貸してくれるって!」
「きっさまー!オレの意思を確認せんか!この馬鹿が!!」
「だって海馬くん変装しないと玉子買いにいけないじゃない」
「だからってそこまでする必要がどこにある!!というか変装イコール女装ではない!!」
「もう電話しちゃったんだから行くしかないよ。モデル代って結構割いいんだよ。お金も入るし、海馬くんの面白い姿見れるし一石二鳥だよね!」
「オレが問題にしているのはそこじゃない!!というか面白い?!貴様完全にふざけているのではないか!」
「やだなぁ、僕は凄く真面目だよ。さ、早く早く」

 にっこりと、本当ににっこりと満面の笑みを浮かべた遊戯が席を立ちつつオレの腕を掴んで立ち上がらせる。遅い成長期がやってきたのか最近随分と視線が近くなった奴の笑顔は、妙な迫力があってなんというか……不気味だ。逆らえない何かを感じる。

 くっ……玉子2パックのお陰で人生最大の屈辱を味わうのかオレはッ!

「出来たら一枚だけ写メ撮らせてね。いいって言われなくても撮るけどさ」

 何をさらりと恐ろしいことを言ってるんだこいつは。わけがわからん。抵抗しようとしたが昨晩の無理が祟って腰に力が入らない!ぼ、凡骨め絶対許さん。今晩帰ってきたら買った玉子をその顔に投げつけてやる。絶対だ!!

 そう誓ったオレは遊戯に殆ど引きずられる形で遊戯が言ったヘアサロンとやらに無理矢理拉致され……その後の事は思い出したくないので割愛する。社員にはバレずに済んだとだけ言っておこう。……いいのか?それでいいのか?オレ?!
「うっは、何コレ海馬!?お前すげぇな!全然分かんねぇぞ!!」
 

 その晩、にやにやしながら携帯を掲げて帰宅した城之内の顔に、予告どおり1パック80円の玉子を投げつけてやった。後は、その携帯に入っている遊戯が送信した悪質な画像を奴が寝ている間に消すだけだ。

 余りにも腹が立ったから今日はその鳩尾に一発食らわせて強制的に眠らせてやった。いい気味だ。そのまま死ね。

 二日目は、凄く静かな夜だった。