Act1 叩く(Side.城之内)

「ってぇ……お前今マジで殴ったろ」
「当然だ。下らん事ばかり口にして人の神経を逆撫でして。それ以上何か言ってみろ、今度は平手ではなく拳で殴ってやる」
「そうやって自分の分が悪くなると暴力に訴えるのやめろよ」
「なんだと?!」
「だってそうだろ。口喧嘩で勝てる自信がないから手ぇ出すんだろうが。ダッセーの」
「この……ッ!」

 そうオレがにやりとした笑み付きで言ってやった瞬間、ひゅっと空を切る音がした。今度は予想の範疇だったから、その音の正体がオレの顔に届く前になんなく受け止めてやる。けれど勢いは抑えられないから、バシッという凄い音と共にオレの右手がジンと痺れた。

 くそ、こいつ渾身の力で振るってきやがる。一度目は思い切り真正面から叩き付けられた所為で物凄く鼻が熱い。未だ酷い痛みを訴えるそこをなんとか気力で堪えつつ、オレは一応大人しくしていた左手も使って、奴のほぼ凶器になっている両手を拘束した。ギリギリと力を込めて握り締める。

「っ!……離せ!!」
「はっ!そう何回もやられてたまるかってね。気安くバンバン叩きやがって、結構痛ぇんだぞ」
「やかましい!」
「オレは別に悪い事言ってねーじゃん。てめーが勝手にムカついてんだろ。いきなり手ぇ出すとか頭おかしいんじゃねぇの」
「貴様が下世話な事を口にするからだろうが!!」
「下世話ぁ?ああ、さっきの事?別に変な事言ってないだろ、褒めたつもりだぜオレは」
「それが腹が立つと言うのだ!」
「なんでだよ。だって自分でもそう思うだろ?今日だって凄かったじゃん」
「き、気にしているのに貴様と言う奴は……!」
「うん?」
「いいから手を離せ!痛い!」
「やだ。離したら殴るじゃん。オレ、さっきのマジ怒ってるんだからな。形のいい鼻がひんまがったらどうしてくれんだよ」
「知った事か!粉砕してくれるわ!」
「へーまだそういう可愛くない事言うんだ。ムカつくー。今日はもうやめてやろうと思ったけど、もう一回やってやっぞコラァ!!」

 オレの何が気に入らないのか未だ物凄い顔をして睨んで来る海馬を見下ろしながら、オレは内心呆れた溜息を吐く。ったく、こいつの怒りのスイッチってほんっとどこにあるか分かんねぇ。オレは別に怒らせる事を言ったつもりないんだけど。

 さっきエッチした時、余りにも海馬がデッカイ声出すもんだから「お前、喘ぎ声煩い。最近敏感になったんじゃねぇの」って言っただけなのに。

 まぁ確かに言い方がキツかったかもしんないけど、別に非難するつもりじゃなくってそのまんまの感想を述べただけ。感じやすくなるのは悪い事じゃないし、声が煩いのも外でするのにちょっと支障があるかなー位の問題で、室内でするには問題ないし……なのになんでこいつこんなに怒ってんだ?わけ分かんねぇ。

 そんな事をまだ懲りずに抵抗してくる手を押さえつけながら思っていたら、段々と面倒くさくなって来た。幾ら体力馬鹿のオレでも、その辺の男よりは強い力を押さえつけるのは疲れるし、かといって今手を抜いたら絶対に殴られるし。ほんとやっかいだな。こうなったらもう一回突っ込んで黙らせようか?そう考えて実行に移そうとしたら……今度は足が出た。

 ドスッと鈍い音がして、オレの脇腹に奴の脛がクリティカルヒットする。

「いってっ…!!てめ!」

 体勢の所為で避ける間もなく三回喰らったところで何かがプチンと切れる音がした。へー。お前そんなにオレを怒らせたいんだ?いい根性してんじゃん。つーかマジキレたんですけど。

「足癖悪いな!お前いい加減にしろよ!!」
「離せと言っている!この馬鹿が!」
「もう怒った!そういう悪い子はおしおきしてやる!」
「はぁ?!」
「覚悟しろよ!泣かせてやる!!」

 余りにもやまない傍若無人な暴力の数々に、完全に怒髪天を突いたオレは、奴の抵抗をもろともせずにその身体をひっくり返し、全身を使って暴れる体を押さえつけると、うさばらしとばかりに奴の尻をひっぱたき、本当に『お仕置き』してやった。

 奴がごめんなさいを素直に言うまでしつこく繰り返したら手が痛くなったけど、なんか新しい世界が広がりそうな感じだった。
 

 ……これってヤバイ?