どんな時も

 オレの腕の中で花開け、じゃねーけど。男にはロマンってものがあるだろ。女よりも男の方が夢見がちと言うけれど、オレはどうやらその夢見がちな男の部類に入るらしい。けれど付き合ってる相手と言えば、確かに夢見がちではあるんだけど、その方向性が全然違う。オレが求める部分では呆れるほど現実的な男だった。

 高校の、今は誰もいない図書室の片隅でなんとなくそんな気になったオレは海馬に何気なくここでヤんない?と聞いてみた。返事は聞くまでもなく即OK。というか、海馬は公衆の面前でなければ大抵どこでも嫌がらない。オレがいつも水を向ける方だし、それに応えてくれるってのはすっげー幸せな事なんだけど。でもなんか、こう…それでいいのか?と思う時がある。思うだけで、特にどうする事もないんだけど。

「……っていうかさ。お前、こういう時位その態度どうにかなんねーの?」
「何がだ」
「いや、普通さ。しおらしくなんねぇ?しおらしくならないまでも、ちょっとは大人しくなるとかさ」
「何故しおらしくする必要がある」
「だってやっぱりムードってもんがさ。折角スリルを楽しんでるのにお前があんまり堂々としてるから、なんか悪い事してる気がしねぇんだけど」
「ムードなんてものが必要ないのは貴様だろう。この万年発情期が。それにこれは悪い事なのか」
「うーん。やってる事は悪くねぇけど」
「なら、別に問題はないだろう」

 いや、そうなんだけどさ。でもやっぱりこう、なんてーの?公共の場所でこんな事をする後ろめたさとか、恥じらいゆえの抵抗とか、そういうのに男って燃えるもんでしょ。そう耳元に囁いてみても人の膝の上にいるのにも関わらず、相変わらず尊大な態度でフン、と鼻を鳴らす相手にはまるで通じない。しょうがねぇよな。『あの』海馬だもんな。むしろこいつが変に恥じらいを見せたりしたらそれはそれでキモ……いや、やっぱ見てみたいかも。

 そんな事を事後のぼーっとした頭で考えていると、海馬はさっさとオレの膝から下りてしまい後始末もそこそこに素早く身繕いを終えてしまう。首元の第一ボタンまでしっかりと締めてしまうと、すっかり優等生に戻っている。……まあ、オレの上にいた時も余り変わらなかったけど。

「なんだかなーお前が変わる時ってあんのかな」
「先程からぶつぶつとなんだ。気色悪い」
「まーセックスした位じゃ変わんねぇか」
「変わって欲しいのか」
「いや、別に」
「わけがわからん」
「オレもわからん」

 なんだそれは、と海馬が言い、なんだろうな、とオレが応える。そのまま自然と顔が近づく。表情一つ変えないでキスをする。遠くで、チャイムの鳴る音がした。

「あ、やべ。昼休みだ。人が来るぞ。早く行こうぜ」
「疲れた」
「嘘吐けよ。お前偉そうに座ってただけじゃん。オレは社長椅子じゃねーっての」
「椅子ほど座り心地もよくない癖に、偉そうな口を叩くな」
「うっわー、ムカつくなぁ!お前、マジ可愛くねぇ!」
「別に貴様に好かれなくとも構わん」
「あーそうですか。なんかお前ってオレが死んでもその態度でいそうだよな」
「………………」

 売り言葉に買い言葉で、ついそんな事を口にしてしまう。別に他意はなかったれど、海馬が急に不機嫌な顔をして黙り込んだからそれは失言だったんだろう。でも、今までの経緯を見るとそう思われるのも無理ないだろ。全くの無関係だった時も、気になった時も、こういう関係になった後もその態度は変わらない。ここまで変化がないと、このまま一生変わらないんじゃないかという気持ちになるのは自然の事だと思うぜ。そうだろ?

 ざわざわと、休みを利用してここに来たらしい生徒の話声が聞こえる。相変わらず海馬は無言だ。顰め面をして動こうともしない。…なんだよ。オレそんなに悪い事言ったかよ。暗い事言って悪かったよ。……そう言おうとして口を開きかけたその時、目の前の渋面が無表情になってこう言った。

「安心しろ。そんな人でなしな事はしない。貴様が死んだら、気の済むまで高笑いしてやるわ」
「やっぱり人でなしじゃねーか」
「笑って笑って、笑いすぎて……涙が出る位に、笑ってやる」
「…………え?」
「下らん事を言ってないでもう行くぞ。オレはこのまま帰るがな」
「……もう、帰るのかよ」
「午後からは忙しい」

 素っ気無くそう言うと海馬はくるりと背を向け、一人でさっさと先に行く。遠ざかるその背はいつもと同じくぴんと伸びていて、歩く歩調も人よりも若干早く、瞬く間に視界から消えてしまう。一人取り残されたオレは、なんだか妙な寂しさに襲われて座ったまま立つ事も出来なかった。いつもと同じ。変わり映えのない光景。未だ身体に残る中途半端な温もりだけが生々しい。

 もし、オレが死んだら。

 きっとお前は言葉通り高笑いでもするんだろう。凡骨が死んで清々した、ぐらいは言うかも知れない。いや、多分言う。きっと言う。そして……笑いながら、泣くんだろうか。無表情なあの顔が、にこりともしないで笑い声を上げて、涙を流す。その様子を想像して、寂しさが倍増した。なんだか、とても悲しくなった。

 やっぱり、いつでもどんな時でもあいつはそのままでいて欲しい。オレが死んでも、ダメージ一つ受けないで飄々としていて欲しい。奴には付け上がるなと言われるかもしれないけれど、その方が安心できる。……そしてオレもこのままでありたいと、そう思った。

「あーあ。午後はかったりーよな!」

 胸に溜まった重苦しいもの全てを吹き飛ばすように無駄な気合を一つ入れて、オレは一人足早に教室へと歩き出した。