スクールライフ

「なーなー来月の体育祭、お前何に出る〜?オレと一緒にバスケにしねぇ?」
「オレはバスケよりサッカーの方が得意だ」
「え?海馬くんドッジボールじゃないの?!去年優勝したじゃない」
「ゲッ!お前がドッジとか。ボール当てたら殺されそう」
「あれは疲れるからもうしない。標的にされて散々な目にあったからな」
「デカイと当てやすいもんな」
「城之内くん、それって嫌み?」
「へ?ち、違う違うっ!誰もお前が小さくて当て難いなんて思ってないって!」
「酷い!」
「……正直な馬鹿だな、貴様」
「おいお前らダラダラ喋ってるんじゃないぞ!とっとと種目を決めてチームごとに別れろ!」
「うるっせーなー優勝旗目指して真剣に取り組んでるのに邪魔すんじゃねーよ!……イデッ!」
「馬鹿が生意気な事を言うな。よし、行くぞ。遊戯はどうする?」
「あー僕はバトミントンにするよ。杏子と一緒に」
「お前はほんとに杏子主体だよなー」

 言いながら、ガタガタと席を移動し始めた三人は、種目別に分かれている他のクラスメイトの元にさっさと歩いて行く。城之内と海馬はバスケチームに、そして遊戯はバトミントンのチームへそれぞれ腰を落ち着けて、既に騒いでいた数人と顔を突き合わせて打ち合わせに入る。

「え、お前ら二人ともバスケかよ?!やっりー今年は優勝狙えっかもな!」
「おうよ。この城之内様に任せておけってんだ」
「お前はドリブルはすげーんだけどシュートがなー……」
「シュートならここに楽勝でダンク出来る奴がいるじゃん。な、海馬?」
「ダンクは禁止ではなかったのか?」
「んなもん無視無視。できねー奴等の僻みって奴だよ」
「くそーこれで大野がいれば完璧だったのになーあいつ何やってんだ」
「こないだ部活で足首やっちまったんだろ。見学だな、見学」
「まーいいや。じゃあポジション決めようぜ」

 とりあえず海馬はセンターな、シュート専門。つかセンターフォワードで頼む。城之内はポイントガード兼スモールフォワードで敵を引っかきまわして……などなど即座に具体的な作戦に入った他のメンバーを些か下に眺めながら、城之内はふと顔を上げて同じように顔を上げた海馬ににこりと笑う。そして口だけで「体育祭までお前ん家のリング貸してくれ」と呟いた。それに目くばせだけで了承の意を示すと、再び互いに顔を伏せてしまう。

 そんな二人の気配を感じているのか否か、他のメンツは「よそ見をすんな!」とぐぃ、とその首を捕まえてしまうと強引に輪の中に引き入れてしまう。そして額を寄せた彼等はいつの間にかキャプテンになったらしいバレー部の主将である織田の指示の元、適当に話を纏めて解散した。

「じゃー今日の放課後中庭のコートで練習なー」
「あっこは他のクラスも使うんじゃねぇ?予約しとけよ予約」
「許可誰に貰うんだっけ?」
「え、ゴリじゃねぇ?オレいかねぇぞ。キャプテン行けよ」
「無理。オレ、あいつに目ぇ付けられてんもん。なー城之内ぃ」
「てめーが無理ならオレだって無理だろ。喫煙でケツバットだもんよ」
「……貴様また見つかったのか。懲りない男だな」
「だあってさぁ……って、そーだ。この重要な役はお前に任すぜ、海馬。お前なんだかんだ言ってゴリと仲いいもんな」
「仲は良くない」
「そうかぁ?ま、あいつは基本的にイケメンと美女にはやさしーかんな。よし、オレも一緒に行ってやるから今すぐ行こうぜー」
「授業中だぞ。奴もいないだろう」
「あ、そっか。じゃー後で」

 意外に纏まりの早かったバスケチームは、そのまま自由時間に入ってしまいこれ幸いとばかりに寝る者や、他のチームに首を突っ込む者。さっさと外へ逃亡する者などやりたい放題だ。城之内と海馬も自席は他のチームに塞がれているので、その場に留まりだらだらとした時を過していた。

「それにしても体育祭とかだりぃよなー。まぁ、団体戦がないだけいいけどよ」
「去年と意見が違う様に思うが。去年は何故うちの学校には騎馬戦がないのかとボヤいていたではないか」
「それだけ大人になったって事なんですぅ〜」
「何が大人だ」
「大人と言えばさ、最近大人の夜を過ごしてなくない?今日オレバイトも無いし、どうでしょう?」
「別に構わんが、モクバがいるぞ」
「だぁいじょうぶ。お子様は早く寝るって」
「貴様も12時まで持たないがな」
「今日は頑張るから。あ、じゃ、今の内に体力を温存しておこうっと!」
「おい」

 そう言うが早いがガバリとその場に顔を伏せて完全に沈黙してしまった城之内を見下ろして、辛うじて見える旋毛を思い切りぐりぐりと押してやると、「いてーよ。邪魔すんな」と文句が飛んで来る。それに肩を竦めて溜息を吐くと、海馬は席を立ってロッカーの中に常備している本を取り出すと元の席に戻って読み始めた。ぱらりと頁を捲る音は周囲の喧騒に紛れて聞こえない。

 そんな彼に目を付けたらしい近くの席にいた杏子と遊戯が、自分達のチームの相談が終わったかのか、笑顔で近づいて話しかけてくる。

「海馬くん達もう終わったんだ?さすがに早いわねぇ。今回バスケは戴きね!」
「どうだろうな。D組に元バスケ部がいるらしいからな」
「あー知ってる。秋元君!でもあいつトラブってバスケ部止めたのよ。あんな奴に負けるはず無いわ」
「……詳しいね、杏子」
「女の情報力をナメて貰っちゃ困るわね。それはそうと海馬くん?ラブレターのお返事はまだかしら。私がせっつかれてるんですけど」
「知らん。返事をしないと言う事はどういう事か、空気を読めと言っておけ」
「相変わらず女の子には優しくないわねー」
「男には優しいみたいな言い方はするな」
「しょうがないよね。城之内くんがいるんだし」
「あれは飼い犬だ。関係ない」
「ご主人様の手を噛みまくってる駄目なわんこだけどね。はいはい、じゃあ脈は無いって伝えておくわ」
「と言うか受け取りを拒否したい場合はどうすればいいのだ」
「……ロッカーというロッカーを封印するしかないんじゃないの」

 全く贅沢な話よね。そう呟く杏子に「何処が贅沢な話なのだ」とすかさず毒づいた海馬は、違う方向から名を呼ばれる声に静かに振り向く。するとそこには獏良を筆頭とした数人がたむろって何かの問題集を広げていた。その状態で熱心にこちらをみている事から要するに教えろ、と言う事なのだろう。

「海馬くんお願いしまーす」
「……チッ」
「なんでそこで舌打ちなのよ。素直に教えてあげなさいよ」
「あ、そう言えば僕も英文の宿題まだだった!助けて杏子!」
「宿題は自分でやる事。私だって暇じゃないのよ」
「ここで油売ってる癖に」
「あんたこそさっさと席に帰ってやんなさいよ。ほら、海馬くんも。あいつらしつこいから来るまでずっと呼び続けるわよ」

 半ば苦笑いを漏らしながらそう呟く杏子に、海馬は仕方なくいかにも面倒臭いという溜息を一つ吐くと、徐に席を立った。ガタリという音に重なる様に授業終了のチャイムが鳴り響く。次は漸く昼休みだ。途端に「今日は絶対カツサンドをゲットするんだった!」と叫びながら跳ね起きた城之内が大騒ぎで海馬の制服の裾を掴む

「おい、行くぞ海馬ッ!」
「あ、ダメだよ城之内くん!」
「ちょ、何をしている貴様っ!そんなもの一人で買って来い!」
「駄目なのはこっちだっつーの。てめーら勉強は自分の力でやるんだな!」
「お前にだけは言われたくねーぞ城之内!」
「うるせぇ!」

 結局食欲に突き動かされた城之内に力で勝てる筈も無く、海馬は敢え無く引きずられる形で教室から連れ出される事になる。しかしその甲斐無く、僅かに遅れを取ってしまった城之内はカツサンドをゲットする事は出来なかった。
 

 

「ちぇ、まーた焼きそばパンかよ。お前の所為だぞ海馬。バツとして弁当半分寄こせ」
「知るかそんな事。どうでもいいわ」
「馬鹿お前、あのカツサンドの美味さを知らないからそーゆー事が平気で言えるんだよ。ったく男のロマンが分からねぇ奴だなぁ!」
「何がロマンだ」

 くっそー明日こそ絶対カツサンドを奪取してやっからな!

 フェンスを背に焼きそばパンを片手にそういきり立つ城之内の、誰に向かって言っているのか全く分からない叫び声が広い空の下に響き渡る。

 その声を殆ど呆れて耳に入れながら、海馬は膝の上の弁当箱からおかずの幾つかとご飯の半分を裏返した蓋の上に取り分けてやった。それを見た城之内も持っていたパンの端っこを切り取って海馬の弁当の中にいれてやる。紅ショウガは嫌いだと言うので、ご丁寧にもそこだけ器用によけながら。

「バスケ、絶対優勝しような!」
「脈絡のない事を言うな」
「いいじゃん、今思いついたんだからさ。よーし、今日から猛特訓だ!」
「貴様は少し落ち着けばいいのだ。やみくもに投げるのが悪い」
「や、ボールを見るとつい興奮しちゃって」
「そういう所が犬だと言うのだ」
「犬言うな」
 

 眩しい位に晴れ渡った青空と、分けあった昼食と、明るい笑顔。何でもない事だけどそれが凄く幸せだ。青春って素晴らしい。
 

 明日も明後日も、こんな毎日が続けばいい。
 

 そんな些細な願い事を心の中に抱きながら、城之内は差し出された卵焼きを口の中に放り込み、広がる甘く優しい味に幸せを更に噛みしめながら、空を仰いで思い切り伸びをした。午後からは体育が待っている。今日はバレーの練習試合だ。絶対に負けられない。
 

「全部の授業が体育だったらオレめちゃくちゃ成績いいのにな」
「バスケのシュートは入らないがな」
「うるせぇ」
 

 高校二年の夏は、こうして鮮やかに過ぎて行く。