Act1 あるていどのきけんをかくごしましょう

「いてっ!!なんで頭突きするんだよ!!」
「貴様が妙な真似をするからだろうがッ!」
「妙な真似って……!オレは親切心でだなぁ!」
「嘘を吐け!!親切心が聞いて呆れるわ!」
「ほ、ほんとだって!余りにもお前が苦しそうだったからっ!」
「だからって口をつける奴があるかっ!」
「おかーさんは良く赤ちゃんにやるんだぜ!」
「貴様はオレの母親か!!ええいもう近づくなッ!」
「ぎゃっ!お前、引っ掻く事ないだろ?!」
「やかましいわこの変態がッ!」

 バキッ!と激しい音がして、つい今しがたの頭突き&引っ掻き攻撃にジンジンヒリヒリとした痛みを齎していた額から鼻にかけての部位に第三次の衝撃が炸裂する。いってー!マジいてぇ!こいつグーで殴りやがった!どうしてそう何でもすぐ暴力に訴えようとするんだよ!ほんっとにこいつは手に負えねぇ!

 余りの激しい攻撃にオレが顔を押さえてその場に蹲ると、そんなオレの背中を思い切り足蹴にした海馬は近間のデスクにとって返してティッシュを二三枚掴んで顔を伏せた。オレがこの部屋に来てからもう何十回も繰り返されたその動作に、最初は面白がって眺めていたオレも段々可哀想に思えて来て、根本から治す事は勿論出来ないだろうからちょっとでも苦しさを取り除いてやれたらなーなんていう本当に純粋な気持ちで、ついさっき海馬に自分の顔を近づけたんだ。

 何をするためかっつーと……お食事中の人がいると悪いんで、おいおいしていく説明で察してください。まぁとにかくそういう理由で一応オレの傍に座ってくれた海馬の肩をガシッと掴んで唇をその目的の場所に近づけようとした瞬間、物凄い反撃にあったと、そういう訳。

「全く、貴様は信じられん阿呆だ」

 もう何枚目かのティッシュを屑籠に放り投げ、痛いのか手の甲で鼻を押さえてそう言った海馬は普段の無表情からは考えられない程カワイイ顔をしていた。や、別に海馬は意図的にそんな顔をして見せてるんじゃなくって、結果的にそういう顔になっちまっただけなんだけど。真っ赤になった鼻や目元とか、今にも泣きそうな表情とか、普段なら絶対に拝めないだろ。これでオレに萌えるなとか無理だから。うん、無理。

「しかしさー。突然どうしたの?お前、去年までなんともなかったじゃん」
「知らんわ!オレが聞きたい位だ!全く忌々しい!」
「あ、腹いせに世界中の杉の木引っこ抜くとか、そういう事はやめて下さいね。自然破壊ですから」
「喧しい!……う」

 そんな可愛い顔をしつつも考えもしなかった事態に怒り心頭なのか、オレに八つ当たりするように元気に怒鳴り散らしていた海馬くんだけど、直ぐにティッシュを掴んで蹲ってしまう。これって相当重症なんじゃねぇの?オレの周囲にも花粉症の奴いるけど、ここまで酷いのは見た事無い。こいつ案外アレルギー体質なのかもな。まぁ、なんだかんだ言って繊細なコですから、よく今まで持ったって感じですか?

「だから、そんなに苦しいなら舐めてやろうかって」
「やめんか気持悪い!!」
「愛情表現の一種なんだけどなぁ」
「そんな愛情の示し方はしなくていい!」
「……じゃーせめてその一杯になった屑籠捨てて来てやろうか。そのうち溢れるぞ」
「…………頼む」
「お前、そうしてるとすんごく可愛いぞ。もうずっと花粉症でいればいいのに」
「他人ごとだと思って勝手を言うな!噛み付くぞ!」
「その動物的な威嚇の仕方やめてくんねぇかなぁ、もう」

 ま、最初から動物で例えれば猛獣に分類される奴だって分かってて手を出したんですけれど。ちょっと弱ってるからって油断大敵。気を抜くと食べられちゃうかも。それにしても……これはたまらん。花粉症様様です。

 今しがた口にした言葉を実行する為にデスクへと近づいたオレは、また新しいティッシュを片手にぐずぐずと鼻を啜る奴の顔に唇を近づけて、鼻は嫌がられたから、今度は赤くなっている目元にちゅ、と小さくキスをした。

 それに再び白い掌が振り上げられベシッといい音がしたけれど、この位の衝撃なら、まぁ、甘噛みみたいなもんですよ。


 引っ掻かれた鼻の頭はまだ少しだけ痛いけれど。