Act2 じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう

「お前、本当にいい加減にしろよ?」

 バシッという今日何度目かのクリーンヒットの後、流石に堪忍袋の緒が切れたオレは、そう言って目の前の身体を壁に強く押しつけた。オレが持っていた珈琲のパックと奴が持っていた小難しい本が結構な音を立ててその場に落ちる。

 昼休みの屋上で、二人で昼飯を食いながらのんびりしていた最中の出来事。余りにも静か過ぎる時間に暇を持てあましたオレが、じっと本に集中して身動きもしない海馬にちょっかいをかけた事から始まった。最初は当然嫌がられ、「やめろ馬鹿邪魔するな凡骨」と抑揚のない声であしらわれながら、その度に手や足でガンガン殴り付けたり蹴飛ばしたりして来た海馬に、オレが全身で反撃した、とこういう訳。

 大分中身が残っていたらしいオレの珈琲パックは、ストローが刺さったままドボドボとその場に茶色い染みを広げている。制服についたらヤバいかなと思うけど、その場所とは大分距離があるから問題ない。海馬の本も運良くちゃんと表紙を下にして落ちてくれた。革張りの表紙の結構高そうな本だからさ、汚したら流石に悪い。こっちも少し遠くに落ちたから凶器として使用される事もない。我ながらなかなか守備は上々だ。


 さぁてこいつをどうしてくれよう。躾の為にお仕置きでもしちゃおうかな。

「……何の真似だ」

 ずっ、と小さな音がして、冷たいコンクリートに押しつけた白い両手に力が入る。けれど海馬の抵抗は予め予測済みだったから、オレはぐっと手に力を込めてそれを封じると、物凄く不快そうな表情で低い唸り声をあげる奴の顔にわざと顔を近づけて、ちょっとだけ凄んで見せた。

「余りにもお前が横暴だから、ちょっと思い出させてやろうと思って」
「何がだ」
「オレとお前、どっちが力的に上かって事をだよ」
「は?何を寝ぼけた事を言っている凡骨が!」
「現にお前、跳ね除けられないだろ?やってみろよ」
「貴っ様!ふざけるな!」

 手だけを押さえていても、コイツにはまだ強力な武器になる長い足が残っているから、すかさずそこに乗り上げて、オレは挑発する様にフフン、と鼻先で笑ってやる。そんなオレの態度に海馬は怒りを露にして反抗しようとするけど、こっちが油断しなければこんなのはただのじゃれ合いだ。

 そう、オレが今海馬に言った事はハッタリでも揶揄でもなく正真正銘の真実だ。ただし、言い方にはちょっと語弊がある。オレが言う「力」っていうのは純粋な腕っ節の強さで、総合的な面からみれば勿論海馬の方が上だ。その辺はオレだって分かってる。まぁ、いちいち弁解すんのも面倒だからどう理解されてもいいんだけど(多分海馬は後者の意味に取って怒ってるんだと思う)

 海馬も周りの人間もなんか綺麗さっぱり忘れちまってるみたいだけど、オレは腐っても元ヤンだ。現役時代は外を歩くだけでビビられた、その筋ではなかなか知名度のある奴なんです。本気を出せばそれなりに強いって事をお忘れなく。……自分で言うのもなんだけど。

 だからよ、その元ヤン捕まえて馬鹿だの犬だの凡骨だの変態だのと好き放題罵って、まるでサンドバックであるかの如くガンガン殴るこいつの態度に腹が立つ。オレにだってプライドはあるんだぞ。……それ以上に、大事にしてくれないと拗ねるんだからな。分かってんのかおい。

「離せ」
「嫌だね」
「手が痛い」
「お前に殴られたオレの頭も痛いんですけど」
「嘘吐け。鈍くて丈夫なだけが貴様の取り柄だろうが」
「普段はね。でもたまにリミットブレイクするんです。まあお前みたいに元からリミッター付いてない奴には分んないかも知れねーけど」
「退けッ!」
「騒いでも退かないってば。その体制で頑張ってみれば?」
「…………くっ!」

 あーあー、悔しそうな事で。お前そうやってると首根っこ掴まれてんのに暴れてる猫みたいだぞ。態度も身体もでっかい癖に意外にこいつ弱いんだよなー。ま、こんなにほっそい、どこに肉が付いてんのか分からない身体じゃー肉体労働専門のオレにかなう訳ないんだけど。

 なら普段ならこうしてればいい、ってのはまた別な話。基本的にオレは動物には甘いから、力でねじ伏せるって事はしたくねぇんだ。それに、海馬はそういう奴をすんごく嫌うしね。だから、普段はやられっ放しのサンドバックでもいい。でも、時たま思い出させてやる事は必要で。

「降参する?ごめんなさいって言えば放してやるぜ」
「誰がだ!」
「あ、まだ反抗するんだ?言う事聞かない悪い子にはトドメを刺しますよ?まだ後30分あるし、昼休み」
「何?!」
「だあって、お前が自分の立場を自覚するにはコレが一番手っ取り早いし?」
「っ!やめろ馬鹿!」
「やめろと言われてやめるほどオレ素直じゃないですからぁ〜」

 そう言うと、オレは押さえていた両手を奴の頭の上に一纏めにして、左手一本で押さえ付けると、きっちり締めてあっても少しだけ余裕のある学ランの首元に右手の人差し指を突っ込んで、ホックを素早く外してしまう。あーはいはい暴れない暴れない。暴れたってどっちみち逃げる事は出来ないんだから、疲れるだけだぜ。

 唇を首元に近づけて、襟で隠れるギリギリの所に思いっきり吸い付いてやると、力の入っていた身体がビクッと硬直して大人しくなる。こうなるともう後はオレの思うがままだ。思う存分お仕置きして(というかこの場合可愛がって、の方が近いのかね)あげますか。

 心底怒りを露にしてオレを睨みつけて来る海馬の目ははっきり言って凄かった。だけど半分潤んでるから、怖さ的にはそうでもない。
 

 とりあえず、多分まだ文句を言うだろう口を塞いで大人しくさせますか。