Act3 せをむけてはいけません

「ぎゃっ!!」

 くるりと背を向けた瞬間、物凄い衝撃と共にオレの身体は広いベッドの上をゴロゴロと転がって淵にしがみ付く間もなく一緒に巻き込んだブランケットごと床の上に落下した。素っ裸だったもんだから床に思い切り素肌が叩きつけられベシャッ!という情けない音が響く。ちょ、なんかオレカエルみたいなんだけど。

 そういや、こういう話童話で見たな。カエルの王子様だっけか。王女様の金の毬を拾ってやったカエルが王女様と同じベッドに寝かせてくれって頼んで、思いっきり壁に叩きつけられるアレ。……まぁ、童話はそこでカエルは王子様になる訳だけど、オレはどんなに壁や床に叩きつけられようが何かに変わる訳はなく、強打した腰と背中を摩りながら涙目で抗議するしかない訳だ。

 ベッドの上の王女様……じゃない!海馬くんに。

「いってぇ〜……お前、何すんだよ!いきなり蹴り出すとかありえねぇだろ?!」
「煩い凡骨!貴様はいっぺん死ね!」
「何だよ。別に悪い事してねぇだろ!お前だってなんだかんだ言って……!」
「黙れ変態!下半身男!性欲魔人!!」
「……ちょ、何その妙なネーミングの連呼!」
「早く出ていけ!」
「出ていかねーし。だってオレの寝る場所ここしかねーし!」
「この家にどれだけ部屋があると思っているのだ!好きな所に行け!というかむしろ床で寝ろ!」
「何で床で寝なくちゃいけねーんだよ!」
「反省しろ馬鹿犬!!」
「反省する内容がわかんねーし!」
「自分の胸に聞いてみろ!」

 トドメに部屋中を震わせるような声を上げて頭からすっぽりかけ布団を被った海馬は「これ以上オレに話しかけるな!」と言うと、それきりじっと黙っちまった。広い天涯付のベッドの上に、もそっと存在するひょろ長い小山。

 奴が被ってるのがふわふわの羽根布団だからその様子はなんだかとっても微笑ましい……っていやいや、そんなとこで和んでる場合じゃねぇ。背中と腰は痛いし、マッパに薄いブランケット一枚じゃー寒いしで、なんとかこの状況を打破しないと悲しい事この上ない。

「なー海馬ー」
「煩い」

 努めて惨めったらしい声を出してみても取りつく島がない。……もー何怒ってんだコイツ、訳わかんねぇ。オレ、特に何もしてないぜ?何時もの通りベッドに入って、いつもの通りエッチして、そんでもっていつもの通り……ってああ!入れる時ゴム付けてなかったや、めんどくさくて。

 まあそん時ちょっと(いや、大分……かな)嫌がられたけどゴム無しでやる事だってたまにあるし、別に後始末後でしてやるからいーじゃん、っつってそのまま強行したんだった。……それに怒ってんのかなー……でもイマイチパンチが足りないよな。……うーんと、じゃあ、抜かずの二発がマズかったのか?けどこれだって別に珍しい事じゃないしー。

 あ、それとも事後に「この場でかきだしてやろうか」って言ったのが問題?……いやこれだって……以下略。まぁそれにしたって、布団かける為に背を向けた瞬間蹴り出す事はないだろうよ。
 

 ……うーやっぱり分かんねぇ。意味不明。なぁ、お前、なんで怒ってんの?
 

「海馬」
「………………」
「思い当たる事はあるんだけど、どれが悪いのかわかんね」
「………………」
「な、今後気をつけるから何に怒ってるかだけ教えてくれよ」
「………………」
「なーなー瀬人ちゃん」

 オレはそんな事を言いながらゆっくりと床から立ち上がりベッドによじ登ると、ゆっくりと羽根布団の山の麓ににじり寄った。けれど気配を感じている癖にこっちの問いかけに全く答える気はないのか、完全無視状態の海馬は微動だにせずに沈黙を守ったままだ。お前は石か。

 しょーがないからオレは少し考えて海馬を布団から出す事は諦めて、自分がその上に乗ってやろうと大きく身を伸ばして、布団の山の上に伸し掛かった。柔らかな羽がばふっ、と小さな音を立ててオレの形に凹んでいく。石の上にも三年って言うから、オレも粘り強く海馬の上で待ってみようと思って。

 そしたら、相当重かったのか数十秒も経たない内に、海馬が自分から布団を剥いで、上に乗ってるオレの事を怒鳴り付けた。

「重いわ!!乗るな!!」
「だってお前が無視するんだもん。謝ってるのに」
「今の態度の何処に謝罪の態度が含まれている!?」
「全部に」
「一ミリも感じないわ!」
「それはオレが悪いんじゃなくってお前が鈍いんだろ?身体は敏感な癖に中身の方はニブ……いでっ!」
「今度こそ本気で死ね!!」
「殴るなよ!」
「殴られる様な事をしたのだ貴様は!!」
「だから理由が分んないんだって!」
「分からない事に腹が立つのだ!!ああもういい!顔も見たくない!!」

 そう言って再び布団に潜ろうとした海馬を、今度はガッチリと捕まえてオレは「まぁまぁ」なんて言いながらその両手を捕まえた。やっぱり全然理由が分んないけど、謝った所で許してなんか貰えないから、ここは一つうやむやにしちまおうと思った。最低?何とでも言って下さい。

「オレが悪かったです。許して下さい」
「これが人に謝る態度か!」
「いやぁ、ペットに対する主人の謝り方ってこんなもんだろ。よしよしごめんなって」
「だから誰が主人で誰がペットだ!!」
「そんなん言わなくても分かってるじゃーん。いいから仲直りしよ」
「貴様とは喧嘩してるんじゃないわ!!」

 その後海馬くんはまるで噛み付くような勢いで暴れるわ喚くわで大変だったけれど、オレが布団の上に乗っかって押さえ付けてる状況じゃなんともしようがなく、結局はこっちの目論見通りうやむやにされてしまいましたとさ。
 

 今度は背中を見せないで、ぎゅっとその身体を抱き締めておこう。

 そうしないと、即座にベッドから蹴りだされるだろうから。