Act4 あまやかしすぎはいけません

「はい海馬、口開けて?あーん」

 テーブルの上にずらりと並べられた大小様々な皿の上からなるべく食べてくれそうなものをチョイスして微動だにしない隣の口元へと持って行く。

 「ほれ」と小さく声をかけると、少しだけ開かれた口の中に、手にしたそれを突っ込んだ。さくっとレタスが千切れる音がする。次いでゆっくりと咀嚼する様を眺めながら「おー偉い偉い」なんて思わず口にしたオレは、次は何にしようかなーと再び視線をテーブルに戻す。

 うん、サンドイッチの次はスープかな。温かいのと冷製のどっちがいいかなぁ。

「な、海馬。コーンスープとイモスープ、どっちがいい?」
「ヴィシソワーズだ」
「あ、そうだっけ。まぁなんでもいいけど。どっち?」
「コーンスープ」
「了解。大分冷たくなってるからこのままでいいかなぁ。はい」
「ん」
「あ、お前ちゃんと口開けろよ。零れるだろ!」
「貴様のやり方が下手なんだろうが」
「そういう事言うし。んじゃもう一回。あー……」

 そう言いながらオレがスープスプーンにコーンスープを掬ってカップごと海馬の口元に持っていこうとしたその時だった。いきなりバンッ!と開けられる扉の音と同時にとんでもない怒鳴り声が響いた。

「コラッ!城之内ッ!お前、そうやって兄サマを甘やかすなって言ってんだろッ!!」
「うわっ!び、びっくりしたー。何だよモクバ、ビビらせんなよ!スープひっくり返すとこだっただろ!」
「知るかよ!いいから兄サマから離れろ!」
「えー」
「えーじゃないッ!」

 ったくもうちょっと目を離すとこれなんだからな!!油断も隙もないぜぃ!

 そう言いながら、部屋中の空気を震わせるほどの大きな音を立てた帳本人であるモクバは、ここに飛び込んで来た勢いそのままにズカズカとオレ達の座る場所まで歩いて来ると、オレからスープカップとスプーンを奪い取ってその場にドドンと仁王立ちする。ナリは小さい癖に流石海馬の弟なだけあって、怒り顔は結構怖い。ッチ!今日モクバ家にいたのかよ。ったく邪魔だよなーオレの楽しみを邪魔すんなっての。つまみだすぞこんにゃろ。

 オレは口を尖らせて内心ブツブツとそんな事を呟いていると、ちゃーんとそれを察知したのか、モクバはさらにぐっと眉間の皺を寄せてオレをキッと睨みつけて来た。うっわすげー顔。これは鬼だね。小鬼ちゃん。これが漫画なら頭から湯気出てるな、絶対。

「城之内」
「何」
「お前がいっつもそうやって兄サマに構うから、日常生活に大分支障が出てるって、オレこの間言ったよな?」
「は、はい。聞きました」
「なのにどーしてオレの目を盗んでこういう事する訳?馬鹿なの?」
「馬鹿って言うな!こ、これは一種のコミュニケーションの一つで〜……」
「兄サマは赤ちゃんじゃないんだからお前に食べさせて貰う必要なんてこれっぽっちもないだろ!!」
「そ、そりゃそうだけど!でも海馬が嫌がってないんだからいーじゃん!」
「兄サマが嫌がる訳ないだろ!楽出来ていいばっかりだよ!」
「……あ、はい。そうですね」
「もー!お前のせいで兄サマ、お前がいないと『面倒くさい』って言ってご飯食べたがらなくなっちゃったんだぞ!どうしてくれるんだよ!」
「えぇ?!マジかよ!?」
「オレが嘘言う訳ないだろ!他にもお風呂とか、着替えとか……とにかくぜーんぶお前が悪いんだ!」
「……はあ」
「責任を持ってちゃんと元に戻せよ!馬鹿犬!」
「だから馬鹿ってゆーな!!」

 オレとモクバが顔を突き合わせてギャンギャン怒鳴り合っているその横で、話題の中心になっている海馬くんはどこ吹く風で平然と書類を捲っている。ちょ、おい!お前の事で喧嘩になってんだぞコラ!ちょっとは気にしろよ!なぁ!

 とオレがちょっと思って海馬に何か言おうと口を開いたその時、喧嘩相手であるモクバも同じ事を思ったのか、オレよりも先に怒りの矛先を海馬に向けると、手にした書類をパンッと叩いて勢い込んでこう言った。

「ちょっと兄サマっ!聞いてるの?!兄サマにも言ってるんだよ、オレはッ!」
「なんだモクバ。邪魔をするな、聞いている」
「聞いていても直そうとしないじゃない!」

 思わぬモクバの攻撃にも全く意に介して無い海馬は、仕事を邪魔された事に怒るでもなく、至って冷静にそんな事を言う。……あー今の海馬くんは平静モードなんですね。ぶっちゃけ機能停止状態。だから何を言われても全く堪えないというか、聞いてない。こいつってほんと、喜怒哀楽や平静な状態との差が激しいよな。もっとこう平均的になれよ。平均的に。

「分かった。今度から気を付ける」
「嘘。その言葉何回目?」
「では次から気を付ける」
「次からじゃなくって、今から気を付けてよ!!残りはちゃんと自分で食べて!ね?城之内、その食べかけのサンドイッチ貸して!」
「え、あ、はい」
「はい!兄サマ!自分で持って!書類を置いて!」
「……面倒だな」
「面倒じゃないの!!もう、城之内!!」
「な、なんでオレが怒られるんだよ」
「お前の所為だからだろ!」

 ったくやってらんないよ!

 そう言うと海馬にサンドイッチを無理矢理持たせたモクバは、奴がそれを最後まで食べるのを見届ける事もせず、肩を怒らせたまま部屋を出て行っちまった。あいつも案外ツメが甘いんだよな。そういう事するから一向に改善しないんだぜ。ってオレが言えた義理じゃないんだけど。

「モクバに怒られちゃったなー」
「そうだな」
「で、どうすんのお兄ちゃん?」
「…………ん」
「……改める気ないんですね」
「便利に使えるものを使って何が悪い」
「その通りです」

 結局、海馬はモクバに持たされたサンドイッチをオレに預け直し、また両手を塞いで作業を再開してしまった。それにオレが文句を言う事は勿論ない。だって、最初にコレやり出したのオレの方だし。

 海馬ってさーモノ食ってる時は大人しいんだよな、異様に。だから餌付け出来るかなーって思ったのが始まりで。そっからオレがいる時はこんな風に『食べさせて』やってんだけど。……これがそこまで定着しちゃってたとは知らなかった。案外甘ったれだなこいつ。

「なぁ」
「何だ」
「お前、意外に可愛いのな」
「『意外』は余計だ」
「……じゃあ、海馬くんはやっぱり可愛かったんですね」
「どうでもいいが、手が止まってるぞ」
「要求するなよ。次は何」
「サラダ」
「はいはい」

 ごめん、モクバ、やっぱ改善無理だわ。だってこんな楽しい事やめられねぇもん。

 オレはドレッシングがたっぷりかかったサラダを上手くフォークで折り畳んで突き刺しながら雛鳥宜しく口を開けて待っている、外見上は余り可愛くない恋人兼ペットの元へと運んでやった。
 

 うーん。これってやっぱ甘やかしなのかな?