Act1 甘えたで気まぐれな貴方

「……つーかさぁ、お前、さっきオレの事ぶん殴って触るな!って言ってなかった?」
「さっきはさっき、今は今だ」
「そりゃそーだけどさぁ。余りにも酷過ぎんだろこれは。普通に出来ないのかよ」
「貴様の言う普通がどんなものかは知らんが、オレの普通はこんなものだ」
「はぁ?!普通じゃねぇよ!」
「どこがだ」
「それをいちいちオレに説明させんのかお前はッ!」
「分からないものを分からないから尋ねる事の何が悪い」
「ちょ、何その偉そうな態度」
「いいからごちゃごちゃ言わずに場所を空けんか」
「……空けてもいいけど、何されても怒んなよ?」
「何かしたら殴る」
「理不尽すぎんだろ!!何なんだ一体!」

 まるで漫画の様に「キーッ!!」と本当に叫んでしまったオレは、膝の上に無理矢理座り込んでくる目の前の物体(いや、実際は海馬なんだけど、あえて物体と言わせて貰う)を押しのけようと手を伸ばした。けれどソレはオレの抵抗なんてお構いなしに、伸ばした手をさっさと後ろ手に捕まえると、全体重及び勢いまで付けてドスン、という効果音付きでその場所へと座り込んでしまう。

 っくー!!いってぇ〜〜!!!つーかてめぇケツにほとんど肉がないんだから骨刺さるっつーの加減しろ!!

 そう声には出さず(余りの衝撃に出せなかった)、目線で思い切り訴えてやると、ソレは「フン」とやけに可愛げのない声を出して、けれども表情は満足そうにオレの膝だけではなく上半身全てに体重をかけるべく体を倒し、持って来た本を広げて読み始めた。
 

 繰り返し言うけど、『オレの膝の上』で。
 

 もっと『分かりやすく』言えば、オレは『海馬の椅子』になってる状態だ。誓って言うけどこの部屋に椅子がない訳でも、海馬の座るスペースがない訳でもねぇぞ。

 オレが座ってるソファーは海馬邸の海馬の私室にあるものだから、当然大の大人が三人座ってもまだ余裕ありまくりだし、人の太ももに骨食い込ませて満足気にしているこいつはつい数秒前まですんごい居心地のいい革の椅子に座ってたんだ。しかも、オレが暇で遊んでーと近づいたら「仕事中だから」ってぶん殴りやがった。

 ……それなのに、だ。

 なんで何の前触れもなくいきなり無表情で人の目の前に来て「膝に乗せろ」とか言う訳?!  

 馬鹿なの?!ツンモードとデレモードの違いが激し過ぎですから!!

「あのさぁ、海馬くん?」
「煩い。椅子が喋るな」
「お前さ、もーちょっとこう可愛いっつーか、常識的な甘え方出来ない訳?なんでいっつも突然で極端なんだよ?」
「さっきから煩いな。なんなのだ」
「なんなのだじゃねーっての。こっちから近づいたら殴った癖に、自分が甘えたい時はいきなり傍に寄って来て無理矢理膝に乗るなっつってんの」
「嫌なのか」
「嫌じゃねぇけど」
「ならいいだろう」
「だからぁ」
「嫌ならやめる」
「あーもうっ!話にならねぇ!!」

 そうじゃねぇんだってば!分かんねー奴だなぁもうっ!!

 そうオレが足は殆ど動かないから腕だけを大げさに振るって叫んでも、結局膝の上の気紛れな恋人は、顔を動かしもせずに実にリラックスしてぱらりとまた一枚ページをめくった。その様子を成す術もなく見ている事しか出来ないオレは、時間が経つにつれて段々どうでも良くなってくる。

 そして数分後には、既にお決まりの文句になってる「しょうがないか。いつもの事だし」と、心の中で呟いて、仕方なく二人分の温みで大分温かくなった、目の前の身体を抱く事しか出来なくなるんだ。

「なー。キスさせて」
「椅子にそんな権利は無い」
「そういう事言ってっと悪戯するぞ」
「してみろ。泣く事になるぞ」
「じゃー本読み終わったらしてもいい?」
「オレの気が変わらなければな」
「……期待できなさそ」

 まぁでも、気が変わってもしちゃうけどね、今度は。

 そんな事を声に出さずに呟きながら、オレは口の中で海馬に聞こえないように「早く読み終われー」と唱えながら、今は腕の中にいる細くて薄い背中に顔を押し当てて、口元だけでにやりと笑った。

 ネコ科の恋人を持つと大変だ。