世界で一番幸福な

「まさか今日お前とこんな事をする羽目になるとはね……」
「同感だ」
「もしかしてお前、人生で初めての経験?」
「当り前だろうが」
「楽しい?」
「……楽しいと思うか?」
「オレは楽しいけど」
「では一人でやれ!そんなに楽しいのならな!オレは帰るぞ!」
「キレんなよ。掃除が楽しいんじゃないの」
「ではなんだ!」
「お前と一緒に、こうやって二人っきりで居られるのが凄くうれ……イテッ!」
「殺すぞ貴様!」
「なんでだよっ!つーかバケツ投げんな!プラスチックじゃねぇんだぞこれ!」
「分かって投げているのだ!」

 そう言ってもう一つのバケツも片手で持ち上げる海馬に、オレは必死に頭を下げて「待って!タンマ!すいませんでした!」を繰り返す。投げつけられた一つ目のバケツはオレの頭に当たって落ちた際に打ち所が悪かったのか、妙な形に拉げて薄汚い床の上に転がった。

 ステンレス製の超ボロバケツだったから先生に怒られる事はないと思うけど、ちゃんとクラス名がマジックで書いてあるから問題だ。学校の備品壊しちゃダメだろ、と窘めてみたけど、勿論海馬が聞く耳を持つ訳がない。

 そうしている内に、窓の外は徐々に日が傾いて綺麗な夕焼け空になっていた。昼間はどんよりとした曇り空だったからこんなに綺麗な夕空が見えるとは思わなかった。

 あー放課後デートしたら凄く楽しかっただろうなー。なのになんでこんな事になっちまったんだろ。

「おい凡骨何を呆けている。さっさと机を動かさんか!」
「うぇっ?!オレがやんのかよ!」
「当然の事を口にするな。この時間だけでも憤懣ものなのだぞ。貴様に受けた屈辱は三乗にして返してやるから覚悟をしておけ!」
「そう怒鳴んなよ。悪いのはオレだけじゃねぇだろ。大体センセイだって喧嘩両成敗って……」
「喧しいわっ!」

 うわこっわ。眦を釣り上げて本気になって怒ってる海馬ほど怖いもんはないね、マジで。こいつよっぽど頭に来てんだろうな。そりゃそうだよなぁ。天下の海馬コーポレーションの社長ともあろうものが、授業妨害をやらかして先生に叱られた挙句の罰掃除だもんな。渋い顔で教室用のボロモップ持ってるとか超ウケる。

 ……ってウケちゃいけないんだけど。

「はいはい分かりましたよ。しっかり反省させて頂きます」
「当たり前だ!」
「いちいち怒るなよもう……」

 いつの間にかちゃっかりと窓際に腰掛けて、いかにも偉そうにふんぞり返る海馬は未だ学校指定のジャージのままだ。何故なら今日の最後の授業が体育で、ついさっきまでオレ達は体育館で白熱したバスケの試合に熱中していたからだ。

 まあ、それがどうしてコレに繋がるのかって言うと、その試合の途中、ちょっとしたオレのラフプレーから大喧嘩になり、試合を中断しちまった挙句、止めに入った連中をも巻き込んだ所為で二人で大目玉を食らって教室の掃除を命じられたと、そういう訳。だからこれはさっきも言った通り罰掃除って訳だ。……担任が体育教師ってこれだから嫌なんだよな。なんでも罰を与えればいいと思ってよ。

 しっかし先生も凄ぇよなー。オレはまぁいつもの事だから気にしねぇけど、海馬引っぱたくってありえねぇだろ。後日海馬の部下の黒服達に報復されないかが心配だ。あいつら社長命だからな。海馬に手を上げたなんて知ったら何やらかすか分かんねぇ。

 ……尤も、今回の場合は海馬も無罪って訳じゃないし、やられた事がやられた事だから奴も口にはしないだろうけど。だって恥ずかしいじゃん。喧嘩して先生に叱られました、とかさ。

 ともあれ無言でこっちの動向を眺めている海馬の視線を嫌って程受けながら、オレは一人黙々と四十人分の机を後ろに寄せると箒で掃き、さっき海馬が投げ付けて来たバケツに水を汲んで雑巾を絞った。そして薄汚れた床をちゃんとした雑巾がけスタイルで拭き始める。

 オレのその様を如何にも愉快だ、と言わんばかりに笑いながら見ている海馬はなんだか凄く楽しそうだ。あー四つん這いのワンワンスタイルがお気に召した訳ね。ふざけんなよこのドS。

「なかなか手慣れているな、凡骨。その格好がやはり貴様にはよく似合っている」
「うるせー。本当はお前もやんなきゃ駄目なんだぞ!こんな雑巾がけ中坊以来だっつーの」
「ふん、誰のお陰で不自由を強いられていると思っているのだ。慰謝料を請求してやるぞ犬め。勿論担任教師にやられた分も含めてな」
「あいつマジ度胸あるよなぁ。見境ないっつーか。お前にケツビンタとか絶対伝説になるね。あれ痛かっただろ。まだバットじゃないだけマシなんだぜ。今日は野球じゃなくて良かったよなぁ」
「暴力教師め。絶対に許さん」
「お前に対しては暴力っつーよりセクハラだけどな」
「ほう、それは先程の貴様の事か」
「なんでオレだよ。ちげーよ」
「貴様の言葉は全面的に信用しない」

 ふんっ、と盛大な鼻息と共に慎重に窓辺から降り立った海馬は、ゆっくりとした動作で片隅に掛けてあったモップを手に取ると、オレが拭いた後をなぞる様に動かしていく。なんだかんだ言いつつ多少は手伝う気があるんだな、とちょっと感心した矢先、奴はそれでオレの事を突きながら「早くしろ!」と急かして来た。

 ……前言撤回。こいつはマジ可愛くねぇ。まぁ、視界の端に映った海馬の足首に白い包帯が巻かれる事になったのは確かにオレの所為だし、反省しなくちゃならないけど。

 ……オレに足払いを掛けられてすっ転んだ拍子に捻って捻挫、全治一週間。

 そんな大げさなもんかよ、と思ってたらどんどん腫れて、今は綺麗な踝辺りのラインが台無しだ。 流石にこれはヤバいと思ったね。まあ謝る前に先生に怒鳴られて保健室に追い立てられたからまだごめんの一言も言ってない訳だけど。それにしたってセクハラはねーだろセクハラは。

 引っぱたかれたケツが痛いかなーと思ってちょっと撫でてやっただけじゃん。親切心だぜ?

「……なぁ、痛い?」
「痛いに決まってるだろうが」
「オレ、謝った方がいい?」
「百万回謝れ。オレは今日ほど学校に来た事を後悔した日はないわ。明日から過密スケジュールを組んでいたというのに全て台無しだ!この馬鹿が!」
「馬鹿って言うなよ!……んでも今日のアレで体育の評価下がったかもな。シビアだからよ、アイツ」
「オレの完璧な成績に一点の染みでも付けてみろ。貴様を氷の張った極寒のプールに叩き込んでやるからな」
「恐ろしい事言うなよ。大丈夫だって、全教科満点の海馬君?」

 教室の半分を綺麗に拭き終えて、オレはすっと立ち上がる。それに続く様に海馬もモップを動かし終えて、再び窓辺へと戻って行った。四十人分の机はホント厄介だ。後ろに動かした後は前にも動かさなきゃならない。こんな時ばかりは広い教室が恨めしい。

「くっそー。半分だけで良くね?後ろなんて誰も見ねぇし」
「そういう適当な事ばかりしているから貴様は駄目なのだ。やれと言われたら最後までやれ」
「えっらそうに。覚えてろよ。つーかさぁ、何でオレが今日に限ってこんな事やんなきゃいけないんだよー……」
「自業自得だ。オレの貴重な一日を浪費したのが運の尽きだな。諦めろ」
「だってさぁ。やっぱ誕生日位は一緒にいたいじゃんか」
「願いは叶っただろうが。文句を言うな」
「でも喧嘩に罰掃除はねぇよ」
「仕掛けたのはそっちだろうが。貴様の所為でオレのイメージが崩壊したのだぞ。責任を取れ」
「イメージも何もお前はそう言う奴だろ。今時テレビ観てない奴なんていねーし、心配しなくても大丈夫だって」
「そういう問題では無い!」
「そういう問題だって。つか、何お前?学校ではあの社長節を封印して、一般生徒気取るつもりだったの?無理無理、もう手遅れだって」
「煩いぞ凡骨!もう一度殴られたいか!」
「いや、もう喧嘩は懲りたんでいいです。ごめんなさい」

 はぁ、と小さな溜息を吐いてオレは仕方なしに自分で後ろに纏めた机を今度は前へと運んで行く。面倒臭くなってずるずると引き摺ろうとしたら、持ち上げた机の上にモップの柄が落とされて、同時に海馬の雷も落とされた。なんだよもうお前何時から掃除する側から、掃除を監視する側になったんだよ。ほんっとに可愛くねぇな!
 

「一つ年を取ったのだろう?ならば子供の様な真似をするな」
 

 尤も、喧嘩をする事自体子供じみた事だがな。

 そう言って意地悪気に笑う海馬も、オレよりも大暴れした事を忘れてる大バカだ。お前みたいなやつが大人なら、オレだって立派な大人だぜ。そう口を尖らして言ってやったら、今度は柄がオレの頭を直撃した。……物凄く痛い。頭をさすりながらまた一つ机を持って前へ運ぶ。その時偶然黒板の右端が視界に入って、オレは再び溜息を吐いた。

 その場所に書かれていた日付は一月二十五日。

 そう、今日はオレの十七歳の誕生日だった。その事を意外にもしっかりと覚えていた海馬が「誕生日プレゼントは何が欲しい?何でも言え」、といつもの居丈高な調子で聞いて来たのは年が明けて一番始めに顔を合わせた夜の事で、突然そんな事を言われたオレは敢えて物は欲しがらずに、学校の時間も含めて一日一緒に過ごして欲しいと言ってみた。

 本当は欲しい物もして貰いたい事も一杯あったんだけど、その時は「そう言えば海馬最近学校来てねぇなぁ」、と思ってたし、奇跡的に同じクラスに所属しているのに一緒の高校生活を全然満喫出来てない事に寂しさを感じていた所だったから、素直にその願いを口したんだ。

 だって折角の青春時代だぜ?勿体ないじゃん。
 高校生は今しかできないんだし。

 そんなオレの答えに海馬は「無欲な奴だな……」なんて言いながらちょっと不満そうな顔をしたけれど、結局約束を守る形で今日きちんと学校に来てくれた。それもいつもの様な重役出勤じゃなく、朝八時二十分に登校し、その時点で沢山の生徒に囲まれて物を貰ったり写真を撮られたりするのをじっと我慢して(海馬はそう言う鬱陶しい事が大嫌いだったけど、敢えて何も言わずに耐えていた。そういう所はちょっと偉いと思う)退屈な授業も全部受けてこうして放課後までいてくれた。

 最後のハプニングは全く以て予想外の事だったけど、ああいう喧嘩も久しぶりだったからオレ的には悪くなかった。まぁ、こんなオマケが付いて来たのは残念だったけど。

「本当はさ、帰りは寄り道したかったんだけど、その足じゃ無理かな」
「無理に決まってるだろうが」
「あーあ。ケーキ奢って貰いたかったんだけどなー」
「男二人で制服のままケーキを食うだと?馬鹿も休み休み言え」
「そう言うなよ。オレはお前と高校生らしい事がしてみたいだけなんだって」
「その結果が『これ』か。実に高校生らしい光景だな」
「いや、これは予想外。つかお前の過剰反応が悪いだろ、よく考えれば」
「色々と鬱憤が溜まっていたから、ついな」
「あ、そうなん?」
「当たり前だろうが。大体オレは学校が余り好きではないのだ。面倒臭くて鬱陶しいからな」
「そんでも、今日は来てくれたんだ?」
「約束だからな。まさか怪我をするとは思わなかったが」
「それはごめんてば」
「まあいい。貴様がオレの足になれば済む事だ。分かったらその下らん掃除をとっとと済ませろ」
「ドサクサに紛れて本格的に罰掃除放棄してるよこの人」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでも。もうちょっとお待ち頂けますか」
「十分で済ませろ。それ以上は待たないからな」
「ジャージで威張んな。暇なら着替えてろよ」
「それもそうか」

 ガタガタとオレが机を動かす音に紛れて、海馬は素直に自分のロッカーへと向かって几帳面にもきちっと畳んであった制服を取り出すと、それを持って教室を出て行こうとする。手伝おうか?って声を掛けたら物凄い顔で睨まれた。なんだよ。女じゃねぇんだから何もわざわざ別室で着替える事ないじゃんな。オレの所為で足捻ったんだし、トレパンとか脱ぐ時大変だから気を遣ってやったのに。

 ……尤も、『何もしないでただ手伝う』なんて事オレが出来る訳ないけどさ。

 それにしても今日は一日面白かった。授業の合間に交わした会話も、昼飯の時に連れだって行った購買も、理科の実験で同じ班になった事も、最後の授業で喧嘩した事さえ楽しかった。青春ってこういうのを言うんだよな。最高だ。

 後足りない要素と言えば、イチャイチャとラブラブ位だけど、それは別に学校でしなくても帰って存分にすればいい。何せ今日はオレの誕生日で、海馬はちょっと足が不自由だ。これって結構なチャンスじゃね?もしかしたら神様がおまけしてくれたのかも。そうだとすれば最高のプレゼントだ。

 そう考えたら最後、オレは急にやる気十分になって急いで残りの掃除工程を終わらせると、何処まで遠出したのか分からない海馬の事を待っていた。やっぱりあの怪我の所為で不自由してんのかな。どっかでまたコケてたりして。

 なかなか帰って来ない海馬に段々焦れて来てそろそろ探しに行くべきかと思っていたその時、奴は不機嫌な顔をしてひょっこり姿を現した。その手には学ランの代わりに畳まれたジャージと、持って行った事すら知らなかった愛用の携帯電話が握られている。

「遅かったじゃん。何してたんだよ」
「着替えついでに家に電話をしていた。モクバが気にしていたのでな」
「お前の足の事?」
「は?モクバが知る訳ないだろう。そうではなくて、貴様の事だ。今日家に来るのなら準備があると言ってな」
「準備?何の?」
「……何を言っている。貴様の誕生日のだろうが」

 貴様は阿呆か、と言いたげに肩を竦めた海馬の顔を思い切り凝視して、オレは思わず「マジで?!」と叫んでしまった。

 いや、期待していなかったと言えば嘘になるけど、『プレゼント』はもう貰った訳だし、改まって祝って貰えるなんて思わなかったから。元々御馳走しかない海馬邸の夕食が特別仕様になったらどれだけ豪華な事になるんだろう。そう素直に口に出して呟けば、海馬がますます呆れた顔で溜息を吐く。

「本当に安い男だな。これしきの事で喜ぶとは」

 いや、全然安くないし。普通に考えたら凄い事だろ?

 だって『この』海馬瀬人が、オレの為にわざわざ好きでもない学校に来てくれて、我慢して授業を受けて、喧嘩をして怒られて、罰掃除まで付き合った挙句に誕生日を祝ってくれる。どこの世界にこんなに幸せな思いを味わえる奴がいるんだよ。

「何をニヤニヤしている」
「そりゃニヤニヤもするでしょ。嬉しいし」
「嬉しいのか」
「嬉しいに決まってるだろ。オレ、お前を好きになって良かったなぁ」
「その割には扱いが粗雑な様だが」
「……このタイミングで蒸し返すなよ」
「冗談だ。なかなか愉快な見物だったぞ」
「お気に召して頂けた様でなによりです。なんなら毎日見に来てもいいんだぜ?」
「暇があればな」

 オレの尋常じゃない喜び方が海馬の機嫌をかなり回復させたのか、目の前の顔が取り付く島もない仏頂面から一転して笑顔になる。学校指定の制服を寸分の乱れもなくきちっと着込み、予め名前がプリントされた白い上履きを履いているその姿は、ちゃんと十七歳の『少年』に見えて、なんだか酷く可愛らしい。

 ああ、やっぱり高校生って最高だ。
 青春って素晴らしい。

 大人になんか直ぐになれるけど、子供には返れない。……だから少しでも多く、少しでも長く。お前と一緒にこの場所で過ごしたいんだ。

「お前は学校が嫌いかもしんないけど、オレは学校が好きなんだ。そこにお前がいればもっと楽しい。だから今日は凄く嬉しかったし、楽しかった。これからもこんな日が沢山あればいいなぁって思ってる」
「………………」
「それにオレ、お前の制服姿大好きだし。いつも着てるスーツも勿論いいんだけど、やっぱ年相応に高校生らしくしてる方が可愛いぜ」
「別に可愛く無くても結構だ」
「そう言わずにさ。オレの誕生日だろ?ちょっと位肯定してくれたって罰は当たんねぇと思うけど」
「今日一日くれてやっただろうが。贅沢だぞ」
「うん。でもさ、いい思いをしちゃうと忘れられなくなるだろ?犬はもっともーっと欲しがるんだぜ」
「都合のいい時ばかり犬を持ち出すな」
「オレってそういう人間ですし」
「……それもそうだな」 

 全く下らない。そう小さく溜息を吐きながらも、海馬は笑顔を崩さずにオレの頭に手を伸ばすと、やっぱり偉そうな口調で「まぁ考えておいてやる」と言ってくれた。

 その声や顔が余りにも愛しくて、オレはついさっきまで心の中で思っていた『学校でイチャイチャしない』という言葉をあっさりと裏切ると、まるで飛び付く様に目の前の身体を捕まえて、小さく触れるだけのキスをした。

 そして恭しく白い右手を取り上げる。勿論、捻った海馬の片足の代わりになる為に。

「そういや、まだ言って貰ってなかったよなー」
「何を」
「何をって、勿論お祝いの言葉だよ」
「言って欲しいのか?」
「そりゃ言って欲しいに決まってるだろ。本当は日付が変わったと同時に言うもんなんだぜ、そういうのは」
「ずうずうしさもそこまで来ると表彰ものだな」
「なんとでも言って下さい。で?おめでとうは?」
「……言う気が無くなったわ。乞われると与えたくなくなるものだな」
「なんだよそれー」

 そうオレが拗ねて口を尖らせた瞬間、まるで不意打ちの様に海馬の口が動いて、欲しかった言葉が降って来た。けれどそれをしっかりと音で受け止める前に今度はオレの唇が塞がれたから、殆ど記憶に残らなかった。凄く残念だったけど、それ以上に嬉しいからまあ仕方がない。

 今日と言う日はまだ十分に残っているから、日付が変わるまでにもう一度言って貰うんだ。それが海馬の部屋でなのか、ベッドの中でなのかは、後のお楽しみだけれども。

 取り敢えず、オレは誕生日プレゼントであるその制服姿をもう一度強く抱き締めて「好きだぜ」と囁いた。

 夕焼けに染まる誰もいない教室はまるで異世界の様で。
 ここだけ永遠に時間が止まればいいのになんて、オレは馬鹿な事を考えた。
 

 ともあれ、オレは今……世界で一番幸せだ。
 

 17歳の、誕生日に寄せて。