Act1 オレ達結婚しました!

「ど、どういう事?!」
「どういう事もこういう事も……そのまんまだけど」
「だっ、だって!!結婚って、同居って……えぇ?!海馬くんはなんて言ってるの?!」
「んー?なんかこっちもみねぇで生返事してたからOKだと思ったけど」
「それ、多分全然話聞いてないと思うけど。で、でもさ。根本的な事を考えてさ……その、君達どっちも男でしょ。籍は入れられないと思うけど」
「あーそっかぁ。どうしよう」
「どうしようじゃないでしょ。あ、あのねぇ、城之内くん。結婚は人生を左右する大事なものなんだよ。それを……なんか『今日オレん家泊まりこねぇ?』的な気軽さで言っちゃ駄目だって」
「別に軽くなんて考えてないって。その後海馬から電話が掛かってきてさ『オレは城之内は嫌だぞ。貴様が海馬姓を名乗れ』って言って来たもん。よーするにあいつも乗り気って事だろ?」
「えっ?!」
「でもさー海馬克也ってダサくね?城之内瀬人のほうがしっくりくんだろ?」
「や、だから……っていうか人の話聞いてる……?」
「でも今は夫婦別姓ってのもありだし、拘らなくてもいっかー!」
「ちょ、城之内くん!!拘るのはそこじゃないでしょ?!っていうか……ああもう、どこからツッコめばいいか分かんないよ!!」
「あ、いっとくけど婚前交渉はしてねーぞ。オレら、清い交際してたから」
「嘘?!アレだけ仲良くしててまだヤッてなかったの?!って違う違うそこじゃないんだってばぁ!!」

 僕がその衝撃の告白を受けたのは、新学期が始まった4月の第一月曜日の登校直後の事だった。春休み中お互いに色々と忙しくて全然会ってなかった城之内くんと教室の扉の前で鉢合わせた僕は、そのまま一緒に中に入って、新学期故に出席番号順になっている席に鞄を置いて、普通に近況なんかを話し合った。

 僕は春休み中はずっと亀のゲーム屋でバイト……というか、じーちゃんの策略で『春休み中はデュエルキングとデュエルが出来る!』なんてベタな企画の片棒を担がされて、殆ど休む暇なくデュエルをしていた(実際やってくれたのはもう一人の僕なんだけどね)。それはそれで凄く楽しかったからいいんだけど、やっぱり友達と遊べないのは寂しいなぁ、なんて思って、学校が始まったら城之内くんとゲーセンでも行こう、なんてウキウキしてたんだ。

 その流れの中で、城之内くんの春休みにも興味があった僕は「バイト三昧だったぜ」というお決まりの答えを想像しながらも、一応聞いてみた。そうしたら、帰ってきたのは物凄く突拍子もない「海馬と結婚して一緒に住むことになった」の言葉。……僕はビックリを通り越してポカンとしてしまって、暫く二の句が告げなかった。

 だって、だってさ。何がどうなったらつい昨日まで一緒に下らないことで笑い合ってた友達同士が『結婚』とかになるわけ?!そりゃ、海馬くんと城之内くんがそういう意味で仲良しだってのは知ってたよ(あ、でもまだ『ヤッて』ないんだって。意外に奥手だよね二人とも)。

 確か去年のクリスマスあたりに城之内くんが告白して、海馬くんが良いとも悪いとも言ってないのに勝手にOKフラグ立てて、バレンタインのチョコレートを強請って強引に貰って、ホワイトデーにはちゃんとキャンデーのお返しをしたりしてたのを全部『目の前』で見てたから……っていうかなんであの二人、僕の前でそういう事してたんだろう。見られると燃えるタイプなの?意味わかんない。僕、完全に空気じゃん。一体何?

 まあ、それはともかく。その位ラブラブな二人だったから、恋人とかそういうのは言われれば納得する。……けど!夫婦って名称には激しく違和感。無理。無理だよ絶対。だからどうしていきなり結婚まで話が飛んじゃったんだろ。ああもう、春休みは僕がいなくて、ツッコミ役が不在だったからスゴイ勢いで突っ走っちゃったんだろうけど……そんな苗字をどっちにするかまで話合うって事は多分真剣なんだろうね。

 全くもう、静香ちゃんやモクバくんは一体何をしてたんだろう!どうして誰も2人を止めないんだよ!……って、そうだ!周りの人間!これを指摘すればいいんだ!!

 そう思った僕は、早速神妙な顔をして、まだ結婚に関するあれこれを語っている城之内くんの言葉を遮る形で、勢い良く聞いてみた。

「あの、さ。城之内くん。結婚は置いておいてね?君の周囲の人の了解は取ってあるの?」
「周囲の人?」
「そう。例えば……静香ちゃんとか、モクバくんとかさ。だって結婚って二人で出来ないんだよ?周囲の理解がないとやっぱり駄目じゃない」
「あ、それは心配ない。静香は『お兄ちゃん逆玉じゃない!スゴイスゴイ!おめでとう!』って言ってくれたし、モクバは『兄サマを泣かせたらオレがお前を泣かせてやるからな!』って蹴りいれながらOKしてくれたもん」
「何その役に立たない妹と弟!!」
「役に立たないってなんだよー。祝福してくれたって事は、デキた奴等じゃねぇか。だから全く問題ねぇよ」

 へへっ、と何故か照れくさそうに鼻の下をこすった城之内くんは、そう言って僕の快心の一撃を一刀両断してくれた。……ああもう。駄目だ。駄目すぎる。これ、一体どうしたらいいの?

「あ、後で新居の住所教えてやるよ。お前の家から結構近いんだぜ」
「ああもう、話進めないで!海馬くんは何処?!海馬くんと話をさせて!」
「海馬?あいつ今日まで海外出張だけど……」
「あー!!そこを狙って勝手に引越しとかしたんでしょ?!」
「や、引越し手伝ったの磯野だし」
「磯野さんのアホたれー!!!」

 ここで既に僕のLPはゼロになってしまい、これ以上城之内くんと会話を続ける事は出来なかった。そして、それ以上その話に触れるのがイヤになり、総スルーを決めたんだ。だって、何か付き合ってらんないし。

 ……そうしたら。
 


『オレ達、結婚しました!』
 

 一週間後、いかにもな写真と共にわざわざ僕の家の郵便ポストに挨拶ハガキが入っていた。……嘘じゃなかったの?!

 心底青ざめた僕の掌から、はらりとハガキが落ちると同時にピンポーン、と不吉なチャイムが鳴り響いた。今日は家に誰もいないから、余り気乗りはしなかったけど、小さく返事をして僕は階段を駆け下りる。

 扉の向こうに待っていたのは、所謂「引越し蕎麦」を持った、余りにも見慣れたクラスメイト約二名。

 僕の意識が、そこで綺麗にフェードアウトしたのは言うまでも無い。