Act2 奥様は海馬瀬人

 ── プロポーズの台詞は?
 


『海馬!お前、オレの嫁になれッ!』
 

「ちょっと何そのプロポーズ、ありえないでしょ。それでよく海馬くんOKしたよね」
「面白そうだったからな」
「……ゲームじゃないんだけど。もう、城之内くんも海馬くんも結婚を軽くみすぎ!!結婚ってそういうもんじゃないでしょ。もっとこう……」
「貴様、結婚に対して何か理想でもあるのか」
「そりゃあるよ!だって一生を一緒に過ごす相手だよ?!失敗したら困るじゃん!」
「別に死ぬわけでもあるまいし、そんなに堅く考えなくてもいいと思うが」
「海馬くんが柔らか過ぎるの!」
「あぁ、でもデキ婚ではないぞ」
「デキ婚ってエッチしたしないじゃないから!!何か勘違いしてるでしょ!」
「細かいな。で、貴様はした事があるのか。どうだった?」
「僕が童貞だろうがなんだろうがどーでもいいでしょ?!なんで興味深々なのっ!!もうっ、誰かなんとかしてよ!」
「そうキレるな」
「キレるよっ!!」

 もうっ!何この割れ鍋に綴じ蓋夫婦っ!!海馬くんには期待してたのにッ!……って僕はまだ夫婦とか認めてないけど。うぅ、頭が痛い。僕もうこの人達の友達やめようかな……。そう思って、僕ががっくりと肩を落としてると海馬くんはなんか物珍しげな顔でこっちを見てる。

 場所は海馬コーポレーションの社長室。いつも凄く広くて静かで落ち着いたこの部屋に、僕の叫び声が木霊しても誰も責める事は出来ないと思う。だって!!一人で妙に突っ走ってるのが城之内くんだけって信じてたのに、海馬くんも大ボケかましてるんだもんッ!何この二人!!似た者同志じゃない!

 城之内くんのアレを聞いたその日。居ても立っても居られなくなった僕は海馬くんが帰国した、と聞くと下校する足で直ぐにKCに飛んで行って、許可も貰わないうちに社長室へと突撃した。そこでまだ荷物も降ろしていない海馬くんに向かって「城之内くんの言ってる事って本当なのっ?!」って問い詰めたんだけど、そんな僕の声に海馬くんは物凄くあっさりと首を縦に振った。そして彼に似合わないのんびりとした口調で「それが何か?」と逆に聞いてきたんだ。

 何かじゃないでしょ?なんなのそれっ!

 一瞬にして頭が沸騰してしまった僕は、即座に海馬くんをソファーに落ち着かせると、その前に仁王立ちになって城之内くんにしたのと同じように、海馬くんにもちょっとしたお説教まがいの事を言ってしまった。でも海馬くんったら何処吹く風で、気が付けばこっそりとメールなんか打ってて、ぜんっぜん僕の話なんて聞いてなかった。それにキレてしまった僕は、もう自分でも何を言ってるか分かんなくなって、何故かプロポーズとかの話になっていた。

 嫁になれってさぁ。ちょっと、余りにもセンスなくない?そのプロポーズ。大体海馬くん、どう頑張ってもお嫁さんになれないし。っていうか、この二人、海馬くんがお嫁さん側なんだ。逆だと思ってたのに。うーん人は見かけによらないなぁ……って!そんなどうでもいい感慨に浸ってる場合じゃなくてね?!

「僕、城之内くんが勝手に突っ走ってると思ってたのに……海馬くんまで……」
「ふん、オレが凡骨などに振り回されるか。未来へのロードは自分の足で歩むものだ」
「……そこは振り回されてただけだって言って欲しいんだけど……」
「しつこいな。貴様は何が気に入らないのだ」
「全部だよ!!君達の結婚が気に入らないっていってるの!」
「……貴様、もしや城之内が好きだったのか?ならばもっと早く言えば……」
「違うっ!!そういう意味じゃないよ!!僕を巻き込まないでよ!!」
「オレは残念ながら好きだと言われても貴様とは付き合えないぞ」
「だから違うって言ってるでしょ!君や城之内くんが好きだからじゃなくて、常識的に考えて可笑しいでしょって言ってるの!」
「……おかしいのか?」
「真顔で聞き返さないで!!」
「……剛三郎はその実男の嫁がいたが。男同士では子供ができんから、オレとモクバを養子にしたのだ。ちなみに、乃亜も養子だ」
「えええええええ!!!ちょ、何してんの剛三郎!!っていうかそんな情報いらないから!あ、あのね。そういう事情があるならこの結婚は君にとっての常識かも知れないけどね?世間ではそうはいかないから!例えばほらっ、KCの社員さん達とかにさ、どう説明するのさ。できないでしょ?」
「別に、普通に説明したが」
「したの?!」
「泣いた部下は結構いたが、反対する奴はいなかったな」
「KCも駄目じゃん!何それ?!皆馬鹿なの?!」
「失敬な。馬鹿とか言うな」
「僕は思ったままを口にしただけだよ!!」

 ……なんかここまで周囲の皆が徹底スルー(僕はスルーだって信じてる)してると、まるで僕の方が常識知らずなんじゃないかって真剣に考えちゃうよ。だって、周りが誰一人反対してないんだもん。キーキー騒いでるの僕だけじゃん。どうして?!日本の法律って何時の間にか変わったの?!それとも海馬くんがお金の力で変えてしまったの?そうなの?!助けて、もう一人の僕ッ!!

「遊戯」
「もう僕に話し掛けないで。すっごく疲れたから。今もう一人の僕と変わるから、そっちとどーぞ」
「?」

 この時点で既にげっそりしてしまった僕は、心底疲れた体と心を抱えて、今の言葉どおりに心の部屋に引っ込んだ。だってもう相手しきれないよ。話が通じないんだもん。海馬くんがこんなに……言葉は悪いけど常識知らずだなんて思わなかった。頭もいいし、社長だし、きっと誰よりもきっちりとした社会的常識を身につけてると思ってたのに……信じられない!!


『どうした相棒。海馬に苛められたのか?』

 そう僕が憤慨しながら足音も荒く心の部屋に入ろうとしたその時だった。多分今まで自室で爆睡してたらしいもう一人の僕が、目を擦りながら少しだけ扉を開けて、そう話しかけてきた。その顔をみるなり僕は待っていましたとばかりに飛びついて、今日あった出来事を脚色なしで全部彼に話して聞かせた。

 すると彼は神妙な顔をして頷きながら暫く何か考えるように目を瞑って黙ること数秒、その後直ぐにぱっと顔を上げると、僕の肩をぽんと叩いて、「オレに任せろ!」と言ってくれた。わぁ、さすが三千年前の若きファラオ!頼りがいがあるなぁ。こんなに自信満々なところをみると、きっと海馬くんにガツンと一言言ってくれるのかな。海馬くんも僕の話はあんまり聞かないけど、彼の話は結構よく聞いてくれるから、彼にきっちりとお説教をして貰えばきっと考えを改めるよね。

 期待してるよ、もう一人の僕!

 僕がそういって、意気揚々と表に出て行ったもう一人の僕の背中を見つめていた、その時だった。完全に僕の身体をのっとった彼が……凄く、すっごく余計な事を口にしてくれたんだ。

「よぉ、海馬。城之内くんと結婚するんだってな。オレは絶対反対だぜ!」
「いきなりなんだ。貴様はもう一人の遊戯か。あの遊戯は何処へいった」
「相棒はお前に呆れて心の部屋に引っ込んじまったぜ。ったく。お前には常識というものを一から叩き込んでやらなきゃならないな!」
「何が常識だ。貴様が常識を語るなど片腹痛いわ」
「まぁ聞けよ。何故オレがお前の結婚を反対するか、分かるか?」
「わからん」
「それはな、お前には忍耐というものがまるでないからさ」
「……忍耐?」
「嫉妬深いお前のことだから、城之内くんに第二夫人、第三夫人ができるの、我慢できないだろ?それじゃー結婚なんてできないぜ!」
「第二夫人、第三夫人……だと?」
「あぁ。オレの場合は……まぁ、貰って10人くらいで押さえておくつもりだが、城之内くんぐらいいい男だと、どうかな!」
「なにおう?!オレは浮気は許さん!!」
「それは浮気じゃないぜ、海馬。本気なんだ!」
「なお悪いわ!!貴様ァ!そこに直れ、撃ち殺してくれる!!」
「オレじゃない!城之内くんの話だぜ!」
「知った事か!ならば奴も撃ち殺す!」
「駄目だ、そんなことはさせない!城之内くんはオレの大切な友達だぜ!」
「貴様が余計な事を言うからだろうが!!」

 ちょっ……もう一人の僕?!それ君の世界の話でしょ?!三千年も前のエジプトの、しかも王様限定でしょ?!何いってんの?!しかもエジプトって一夫多妻制だっけ?何時の時代の常識それ?!っていうか海馬くんも、やってもいない事で銃取り出して怒らないでよ!結婚する前に未亡人になっちゃうよ!ああもう、駄目だ。もう一人の僕になんか任せてらんない。ちょっと引っ込んで!!

「うぉっ、どうしたんだ相棒!」
「何を訳の分からない事を言っている。いいからそこに直れ!」
「二人ともいい加減にしてよ!!日本はそんなこと許されてないから!城之内くんも浮気しないし!大丈夫だから銃をしまって!!」
「また入れ替わったのか。忙しないな。……で、何の話をしていたのだったか」
「君と城之内くんの結婚の話ですっ!!とにかくっ!もう一度よく考えて!!ね?!」

 銃を構えた海馬くんの目の前で、カッコ悪く震えながらそういった僕は、もう無我夢中で海馬くんの手から銃を奪うと、思い切り肩で息をしながらそう叫んだ。なんで僕がこんな風に必死になってるんだろう。そう思いつつも、ここでこんなわけの分からない事を見逃してしまったら、絶対に大変なことになる。そう思って、僕は本当に必死だった。

 そんな僕の剣幕に、海馬くんも少しだけ真面目な顔をしてくれて、また大人しくソファーに座って話を聞く体勢を取ってくれた。そんな彼に僕もほっと胸を撫で下ろして、今度はもっと冷静に、海馬くんの大好きな論理的に話せば少しは分かってくれるかもしれない、そう思って咳払いを一つして、再び真剣に話をしようとしたその時だった。

 何の予兆もなしにいきなり開いた自動ドアの向こうから、何やら可愛らしい表紙の分厚いカタログみたいな本を抱えたモクバくんがやって来た。モクバくんは海馬くんの目の前に僕がいる事にも気付かないで、凄くウキウキした様子でにっこりと笑いつつ、とんでもない事を言ったんだ。

「兄サマー!結婚式の衣装のデザイン画が届いたぜぃ!ウェディングドレス、どれにする?」

 ── ウェディングドレス?!何ソレ?!海馬くん、着るつもりなの?!

 余りに余りなその声に、僕は全力でそう絶叫しようと思ったけれど、もうそんな気力は残されていなかった。

「あ、遊戯いたんだ。兄サマ達、今度結婚するだろ?結婚式は、兄サマの誕生日の10月25日にしようと思ってるんだぜぃ。遊戯も絶対来てくれよな!」

 やや暫くたって、漸く僕の存在に気ついたらしいモクバくんは、本当に全開の笑顔で僕にそう言ってポン、と肩を叩いてきた。ああ、これって現実なんだ。目の前で繰り広げられるリアルな光景に僕はもう本当に……どうしたらいいか分からなくなってしまった。

「な。遊戯はどれがいいと思う?オレはこのブルーのドレスがいいと思うんだけどー」

 頭が真っ白になって、ただ呆然とそこに立ち尽くす僕の事なんかお構いなしに勝手にカタログを広げてそう話掛けて来たモクバくんに、僕はもうどうでもよくなって「……花嫁さんは純白って決まってるよ」なんて答えてしまった。

 これから約半年後に見られるだろう、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ海馬くんの姿を何気なく思い浮かべて、僕は大きな大きな溜息を一つついた。

 夢なら早く醒めて欲しい。心の底からそう強く願いながら。