Act1 突然の風邪

「38度5分。……確実に風邪だな」
「……違うッ」
「違わない。だからオレはきちっと髪を乾かして寝ろと言っただろう」
「……なら貴様の所為だ。責任を取れ」
「どうしてオレの責任なんだ。オレはむしろ具合が悪いならやめるか、と聞いただろう」
「嘘吐け!答える前にヤり始めた癖に!」
「そうだったか?まあ、どうでもいいが興奮するな。身体に障るぞ」
「……今更遅いわ!」

 ベッドサイドから呆れた声と共に伸ばされる手を思い切り振り払い、瀬人は盛大な咳をする。昨夜から……正直に言えば前日の朝から、週の頭から冬に逆戻りした春らしからぬ気温の低下に身体がついていかず、少々熱っぽいと思っていたのだが、元来己の体調を省みる性格ではない為、気にしない振りをして仕事に没頭していたのだ。

「お前、少し顔色が悪くないか?」

 瀬人の変化に最初に気づいたのは常に傍に付き纏う男だった。男はそう言って瀬人の額に手を当て、他人には分からない微妙な変化を触感にて確信しダイレクトに口に出してみたのだが、案の定瀬人は何でもないと突っぱねた。

 その態度が少々癪に障った事もあり、男は瀬人の体調が確実に崩れている事を知りながら、その晩常と同じ様に彼を抱いた。結果、翌朝見事に頬を薔薇色に染めた彼と対面する事になったのだ。
 

 

「まぁ、いいんじゃないか。これでゆっくり休めるだろう」
「……またこのパターンか」
「安心しろ。オレがしっかり看病してやる」
「……余計悪くなるから遠慮したいのだが」
「そう言うな」

 何故かやけに嬉しそうな笑顔を見せる男の顔を心底嫌そうに見あげると、瀬人は大きく溜息を吐いた。ある意味この事態を招いたのは自業自得だ、甘んじて受けるしかない。そう思いつつもうんざりする気持ちは抑えられない。

「そんなに嫌な顔をするな。とりあえず何か冷やすもの一式と、お前が今日休むという事を伝えるよう頼んでくる」
「……なるべくゆっくり頼む」
「そうはいかない。直ぐに帰ってくるから大人しく眠っていろ」

 そう言い残し部屋を出て行く男の背を睨みつけ、瀬人は観念したように瞳を閉じて熱い息を吐き出した。身体の向きを変え様とした途端喉奥から嫌な咳が出て、その振動で頭の奥が酷く痛む。昨夜の所為で全身のだるさも加わって最悪の状態だった。

 忌々しい、そうぽつりと呟いて瀬人は上かけを頭から被ってしまう。

 今日は、長い一日になりそうだった。