Act0 君に恋する夢を見る(Side.遊戯)

「…………は?」
「あれ?聞こえなかった?僕は、君を……」
「聞こえてはいる。オレが聞き返したのは貴様のその意味不明な台詞の意図だ」
「意図って。言葉通りだけど」
「何が目的だ」
「目的?うーんと最終的には手を握ったりキスしたいってとこかな。それ以上も勿論したいけど」
「誰が具体的にやりたい事を言えと言った!!……って!貴様はそんな事をやりたいのか!オレと!」
「うん」
「断る!!」
「なんで?」
「なんで?!嫌だからだ!」
「自分よりも身長が低い男はダメ?」
「はぁ?!問題は身長なぞよりももっと根本的なところにあるだろうが!」
「えっ……どこだろう?」
「………………」
「あっ、分かった!」
「……漸く分かったか。ならば今の発言はなかった事にしてやる。とっとと教室に戻……」
「海馬くんって自分よりもデュエルが強い男はダメとか!」
「きっさまー!!!ふざけるな!!」

 ベシッ、と小気味いい音と共に、僕の額を白い指がはたきつける。……音の割に当たり所がいいから結構痛い。……酷いなぁ、海馬くん。何も叩かなくてもいいじゃないか。ズキズキと痛む額を右手で押えながら僕は思わず目元に滲んでしまった涙をそのままに海馬くんを睨んでしまう。

 けれど海馬くんはそんな僕を痛くも痒くもないと飄々とした顔で見下ろしてくる。暖かな春の風が栗色の髪をふわりと揺らして吹き抜けていく。さらさらと靡くそれは太陽の光に透けてキラキラ光って凄く綺麗だ。

 ……って、今は見とれてる場合じゃないんだけどね。

「酷いよー」
「馬鹿者!本当はその顔を殴りつけてやりたい位だ。この程度で抑えているのはオレの良心だと思って欲しいものだな」
「殴られるような事言ってないじゃないか。ただ、海馬くんが好きだよって言ってるのに」
「貴様まだ寝ぼけた事を言っているのか?!大体、その告白……だかなんだか知らんが、それに喧嘩を売るような台詞を付け足して、よくもまぁ色よい返事を期待できるものだ。馬鹿もそこまでくれば立派な長所だな」
「……結構気にしてるんだ?僕にももう一人の僕にも勝てなかった事。ごめんごめん」
「やかましいわ!」

 ベチッ、と折角痛みが治まりかけた所にもう一発。今度はさっきより大分力を込めてくれて、すっごく痛い。オデコ赤くなったらどうしてくれるの?もうすぐ授業が始まっちゃうのに。

 早く痛みが散るようにと一生懸命指先で熱を持ったそこを擦りながら、僕は次の言葉を探して必死に考える。海馬くんが凄い顔でこっちを睨んでるけどいつもの事だからあんまり怖くない。むしろ僕はその顔が凄く好きだった。

 ── その顔だけじゃなくて……全部、好きなんだけど。
 

『好きだなぁ』
 

 そう思い始めたのは、いつからだったんだろう。

 最初は凄く意地が悪い、性格も最悪な……端的に言っちゃえば凄く嫌な奴!ってイメージだったんだけど、一緒に色んな経験をするうちにそんな第一印象もどこかに飛んじゃって(海馬くん自体も凄く変わったし)何時の間にか好きになっちゃったんだ。え?男?別にいいじゃん、男でも。杏子はもう一人の僕に取られちゃったし、そういう拘りって僕にはあんまり無いんだよね。自慢するような事じゃないけど。

 ……始めはやっぱり、大企業の社長さんとか、身長とか、僕と海馬くんなんて絶対つりあわないだろうな、なんて思って凄く落ち込んで諦めようと思ったけど、城之内くんとか本田くんに相談してみたら「馬鹿!好きっていわねぇうちに諦めるなんて弱虫のする事だぜ!お前、強くなったんだろ?!」……なんて励まされて(二人には相手が海馬くんって言ってないけどね)、僕は心に決めたんだ。

 とりあえず、気持ちだけは伝えようって。

 そんな訳で、新学期が始まる今日。最初の一週間は比較的マメに登校する海馬くんを捕まえて、適当に理由をつけて屋上まで引っ張って、思い切って「好きだよ」って言ってみた。……結果は、ご覧の通りなんだけど、もっと凄い拒絶とか罵倒をされると思ってたから全然平気だった。むしろこれって脈有りかも、と思ったくらい。

 海馬くんは相変わらず顰め面をして僕を睨んでるけど、怒って「帰る!」とか言わないからそんなに怒ってはいないのかも知れない。……でも、やっぱり嫌なのかな。気持ち悪いとか思ってるのかな。普通はそうだよね。分かってる。

 けれど、僕は諦められないんだ。
 

「……話と言うのはそれだけか」
「え?……うん」
「ならばもう用はないのだな。オレは教室に帰る」
「あっ、ま……待ってよ海馬くん!返事は?」
「断る、と言ったはずだが」
「……どうしても?」
「当たり前だ」
「…………そうかぁ」

 やっぱりダメかぁ。分かってはいたけど、こうもあっさりと却下されちゃうと、逆に諦めきれなくなる。ちょっとでも……ほんのちょっとでも、海馬くんと恋人になりたいなぁなんて、思ったらいけないのかな。夢みたいな話なのかな。でも、僕は。

 あ、そうだ!

「ねぇ、海馬くん」
「何だ?」
「一週間」
「何が?」
「一週間でいいから、僕と恋人になってくれない?」
「……だから何故オレが貴様と恋人にならなければならない。大体オレは貴様になど興味はない」
「うん、分かってる。だからお試し期間として、ね?」
「お試し?」
「そう。一週間あれば、お互いに色んな事、分かるでしょ?ゲームだと思ってさ、つきあってよ」
「……ゲームか」

 海馬くんがどういう言葉にぐらっと来るか、それ位は僕だって知ってるよ。特にデュエルを始めとするゲーム系には弱いって事がね。現にほら、後ろを向きかけた身体がくるりと返ってまた僕を見てる。顎に細い指を当てて、ちょっとだけ考える素振りをしてる。

「お願い、海馬くん」
「………………」

 そして、僕の「お願い」にも弱いんだよね。ほら、表情が変わった!

「……そこまで言うなら、貴様の茶番に付き合ってやろう。一週間だな?」
「うん。今日は土曜日だから、明日の日曜日から一週間。僕達は恋人同士ってことで」
「ああ、わかった」
「じゃ、明日海馬くんの家に遊びに行ってもいい?それとも会社?」
「明日はモクバとの約束で家にいる。来たければ来るがいい」
「そっか。じゃー家に行くよ!楽しみだなぁ」

 これで海馬くんの恋人ゲットだぜ!!

 僕は心の中で盛大なガッツポーズをしながら、へんな奴、といわんばかりに首を傾げてこっちを見る海馬くんに、にっこりと笑ってみせた。

 ねぇ、知ってる?海馬くん。一週間って結構長いって事。この7日間で、僕は絶対君を本気にさせてみせるよ。もう一人の僕と約束したんだ。強くなるって。絶対に負けないって!

 いつまで経っても動かない僕に痺れを切らして、先に行ってしまった海馬くんの背中を眺めながら、僕は大きく空を仰いだ。
 

 この大切な一週間が、上手くいきますようにって。