Act5 いい天気

「けど、本当にいい天気だよね。なんかすっごくラッキーって感じ」

 そう言いながらガタガタと激しく鳴る窓の向こう側を見ていた僕は、隣にいる大きな毛布の塊に向かって笑いかけた。

 そろそろ春も終りの4月の末。学校の四大行事の一つである林間学校に参加していた僕達は、とある山中の頂上付近で、日程の中に組み込まれたスコアオリエンテーリングの最中突然の雷雨に見舞われて、慌てて偶然見つけたこの山小屋に中に避難した。

 凄くマイナーな山だから登山者も余りいないみたいで、殆ど使われた形跡のないその場所はそれでも最低限の物はきちんと揃えてあって、頭の先からつま先までずぶ濡れになってしまった僕達は、雨が止むまでここで大人しくしている事にした。

 随分と酷い目にあったけど、こんな風に二人きりになるチャンスを作ってくれた嵐に、僕は凄く感謝していた。その気持ちが素直に口に出てしまった結果が、一番初めに呟いた一言だった。確かに、この天気は『いい天気』とは言い難いけど、僕にとってはいい天気だ。

 僕等がいる少しだけ古い木のベッドから少し離れた場所には、煙突が長く伸びた薪式のストーブが赤々とした火を湛えていて、すっかり濡れてぽたぽたと滴を垂らしている二人分の濃紺のジャージや、その上に羽織っていた分厚いジャケット、そして下着や持ち物の果てまで乾かそうと懸命に燃え盛っていた。

 雨の為に湿って冷たい空気も今は少し和らいでいて、最初ここに来た時は寒くて震えていた僕達の身体も大分温かくなっていた。尤もそれはストーブの火の力だけじゃなくって、温かくなるような事をした所為なんだけどね。

 冷たい春の雨にすっかり冷え切ってしまった身体はちょっとやそっとじゃ元に戻らない。それに、なんにもない部屋で二人でじっとしているのも凄く退屈だったから、僕は身体を温めるって口実をつけて海馬くんにエッチしようよ、って誘ってみた。雨に降られて辿り着いた山小屋でエッチするなんて、なんだかよく出来たドラマや漫画みたいな話だけど、現に今そういう状態なんだから、これをフイにするなんて勿体ないよね。

 最初は嫌だって渋っていた海馬くんも、結局はその提案にノッてくれて、僕達は約二週間ぶりに抱き合ったんだ。なんで二週間ぶりだったかっていうと、海馬くんが仕事で忙しくて会ってくれなかったから。

 そんな事もあって、僕は自分でも結構しつこいなぁと思う位に、海馬くんをぎゅっと抱きしめたんだ。

 けど、本当にラッキーだったなぁ。こんな時間が持てるなんて思ってなかったし。三日間も傍にいて、キス一つするのに物凄く気を使うって正直疲れちゃう。……学校行事なんだから、常に集団で行動しなくちゃいけないのはしょうがないって言えば、しょうがないんだけど……。

 そんな事を考えながら、僕が改めて隣の塊……もとい、海馬くんを見ようとした瞬間、重なった毛布の隙間から突然白い手がにゅっと出てきて、いきなり僕のほっぺたを摘み上げた。しかも思いっきり。

「いたっ!何するのさ海馬くん!」
「やかましい!貴様、この最低最悪な窓の外を見てよくもぬけぬけとそんな台詞が吐けるものだな!」
「え?なんかおかしい?僕、『いい晴れの日だね』っては言ってないじゃん。ただいい天気だって言っただけで」
「屁理屈を言うな!寒くて死にそうだわ!」
「今温まったばっかりでしょ。もう一回する?」
「誰がするか!」
「もーそんなに怒らないでよ。焦らなくたって山の天気はすぐに変わるし、もうちょっと待ってれば雨も止むよ」
「くそっ。全部貴様の所為だ!」
「うん、それはそうだね。ごめんね。……でも、本当にそのままじゃ寒そうだから、僕、くっついてあげようか?」
「何もしないと約束出来るならな」
「うーん、それは難しいかも」
「………………」

 僕がそう答えると、海馬くんは酷くうんざりした顔をして、それでもくるなとは言わずにこっちを見る。だってしょうがないじゃん、君は今裸なんだし。大好きな人の裸を見て興奮するな、何もするなって言われてもちょっと無理な話だよ。僕だってこう見えても健全な男子高校生なんだしさ。

 そう心の中で呟きながら僕はそっと隣の海馬くんににじり寄り、外に出した所為ですぐに冷たくなった手をそっと握りしめると「ね、僕も一緒にその毛布に入れて?」と囁いてみる。

 そう言われた海馬くんは、最初やっぱり嫌な顔をして、「嫌だ。近寄るな」なーんて言ってたんだけど、やっぱり寒いのかその身体が少し震えていたのを見て取った僕は、もう強引に彼が必死に掴んでいた毛布の合わせ目をえいっと開いて、その隙間から素早く中に潜り込んでしまう。

 そして無理矢理その素肌に触れてみると、案の定折角温めて上げた筈の白い身体は、既にひんやりと冷たくなっていた。「寒い?」と聞くと、不機嫌な声で「さっきからそう言っている」と低く唸った。

 仕方がないから今まで自分が身体に巻きつけていた毛布も手元に引き寄せて、海馬くんの背中にふわりとかけてあげた。それでも、やっぱり彼の震えは収まらない。このままじゃ風邪をひいてしまうと思った僕は、より一層身体を海馬くんに押し付けた。向かい合わせで、ぎゅっと抱きしめる形で。

 その瞬間、僕等の間でとあるモノが軽く擦れる。ぬるりと温かな粘液で濡れたそれは、その衝撃に少しだけ堅くなった。……ただし、僕のモノだけ。

「っ……きさまっ!何故勃てている!」
「そ、そんな事言ったって、この状況で興奮するなって方が無理だと思わない?!」
「やかましいわ!何回やったと思っているのだ!」
「うーんと、忘れちゃった。だってすっごく久しぶりだったんだもん。近くにいたのに全然触れなかったしさ、海馬くんてば無防備に裸見せるし」
「集団で風呂に入るのに脱ぐなというのか貴様は」
「そう!それだよ!僕しか知らなかった海馬くんの裸、皆に見せちゃったんだよね。今思うと信じられない!酷いよ!!」
「馬鹿か!そっちの話をしているんじゃない!」
「あーもう。林間学校になんて誘わなきゃよかった。海馬くんもどうして休まなかったのさ!」
「理不尽極まりない事を言うな!貴様が強引に連れて来たんだろうが!」
「……そうなんだよね……ごめん。僕の馬鹿っ!」
「馬鹿は最初から分かっているからどうでもいいわ。とにかく、ソレを収めろ!」
「無理な事いわないでよ。気にしなければいいでしょ」
「どう頑張っても気になるわ!」
「気になると言えば、僕もすっごく気になるんだよね。ほらここ、シーツ濡れちゃってる。出て来ちゃった?一杯出しちゃったから苦しいでしょ」
「下世話な事を言うな!誰のモノだと思っている!」
「早く出さないと、お腹壊しちゃうね」
「ひっ!さ、触るな馬鹿!余計な世話だ!」
「舐めてあげよっか?掻き出した方がいいんじゃない?」
「いい加減にしろ変態!」

 その言葉と一緒にべしっ!と大きな音が響いて、僕の頭にジンジンとした痛みが広がる。毛布の中に入り込んだ僕の手が、確かめるように海馬くんがしきりに気にするモノに触れて、そのもっと奥、さっきまで『ソレ』が『入っていた』場所まで潜り込んで軽く撫で上げた所為だった。

 まだ熱を持って柔らかく濡れているそこは、僕が触れた瞬間ひくりと動いて、体内に溜めこんでいる精液をとろりと溢れさせている。直接見ているわけじゃなくても触覚だけで十分に感じられるその光景を想像するだけで僕のアレはまた一際堅くなった。海馬くんの咎める声がより一層大きくなる。あ、でも海馬くんもちょっと勃ってきてるじゃない。なんだかんだ言って、煽られると弱いんだから。

「海馬くんも堅くなってる癖に」
「う、うるさいな」
「まだ鳥肌立ってるよ。寒いんでしょ?あったまろうよ」
「べ、別にセックスしなくてもいいだろうが。黙ってじっとしていれば寒くなどないわ」
「へー。海馬くん、我慢できるの?」
「……何が?」
「こうやってくっついてて、じっとしてるだけ、なんてさ」

 僕は無理だなー。だって海馬くん、エッチ過ぎるんだもん。

 そう言うと、僕は後ろに触れていた指を中にゆっくりと入れてしまう。さっきまで散々僕を受け入れさせられたそこは酷く熱くて、僕自身が出したモノが奥から流れ落ちて来てくちゅりといやらしい音を立てる。その瞬間、海馬くんの身体が寒さとは違った理由でぶるりと震えた。感じてる?そう聞くまでもなく、ぎゅっと目をつぶって睫毛を震わせているその顔を見れば、一目瞭然で。くっと強く噛み締めているその唇は出そうになる声を堪えるだけで精一杯って感じだ。

 うぅ、可愛いなぁ。僕が言うのも変だけど、すっごく可愛いよ海馬くん。ああもう、このままずっと雨なんか止まなければいいのに。そしたら、もっと長い時間君とこうしていられるのに。

 少し背伸びをしてあいている手で海馬くんの頬に触れて、軽く撫でる。雨で濡れた所為か、さっきの行為で汗をかいた所為かは分からないけど、しっとりと湿った前髪がぱさりと落ちてくる。それを気にする事無く、僕はちょっと無理なその体勢のまま、海馬くんにキスをした。少しでもその体温が上がる様に、深く甘く舌を絡ませる。上下から聞こえる粘ついた水音は、少し穏やかになって来た雨音に交じって空に消える。

 硝子を叩く雨粒が、大分小さくなってきた。もうすぐ雨も上がってしまう。

「ね。今夜はいい天気かな?夜の天体観測、楽しみだね」
「……この、調子なら……あ、雨に決まっているだろうが……っ!」
「そうかなぁ。まぁ、プラネタリウム観賞でもいいんだけどね。席、隣に座ろうね」
「だ、誰が貴様の様な変態と、暗がりの中で隣に座るかっ!」
「あ、分かる?でも、今日はもう大丈夫だよ。今ここでもう一回させてくれるならね」
「……んっ……あ…っ!」
「あれ?うっすらと晴れて来たよ。この分だと夜は晴れみたい」

 窓の向こうが少しだけ明るくなってきた。多分雨雲の合間から顔を覗かせた太陽の光なんだろう。

 やっぱり、山の天気は気まぐれだ。
 

 もう一回だけ、君の事をぎゅっと抱きしめたら、多分心配しているだろう先生や友達が探しに来る前に、集合場所に急いで戻ろう。そして、皆と同じように「酷い目に会っちゃったよ」って口にするんだ。口元が緩まないように、今からちゃんと気を張っておこう。そうしないと、最近僕達の事についてなんとなく感づいてる城之内くん達に怪しまれると悪いから。

「やっぱり今日は、いい天気だったね、海馬くん。入れていい?」
「ふ、ふざけるな貴様ぁ!」
 

 なんだかんだとわめきながらも結局僕の手に陥落した海馬くんにもう一回キスをして、僕は心の中でこう呟いた。
 

 山の神様、気まぐれな嵐を呼んでくれて、本当にありがとうって。