VS!

「大体さ、海馬くんが悪いんだよ。はっきりしないから!」
「馬鹿だなー遊戯。海馬は気を使ってんだろ。お前を傷つけないようにって」
「なんで僕が傷つくのさ。傷つくのは城之内くんの方だぜ」
「はっ!随分な自信のようで。ちんちくりんのお前がオレに勝てると思ってんの?」
「男は体格じゃないよ!ハートだよ!」
「……むしろ貴様等が付き合ったらどうだ」
「海馬くんは黙ってて!」
「そうだ!そこに座って仕事でもしてろ!これはオレと遊戯の問題だ!」

 貴様等の問題なら、貴様等のテリトリーでやらんかこの馬鹿共が!!

 ……そう怒鳴りつけてやりたい所だが、この調子ではきっと聞く耳を持たないだろう。海馬は一人ふつふつと湧き上がる怒りを必死に抑えながら、その為に僅かに震えだした指を叱咤して必死に仕事に向き合おうと努力した。しかし集中力が削がれて少しも捗らない。そこはタブではないエンターだ。0が一つ多い。Kaiba satoとは誰の事だ。ああもう、煩い。しかも醜い。百害あって一利なしのこの虫ケラどもを外に放り出さない事には仕事はちっとも進まないだろう。本当に、本当にいい加減にしろよ貴様ら!

「やかましいわっ!とっとと出て行け!!」

 バン!!と派手な音を立ててついに切れた海馬が立ち上がり、未だ争いを続ける二人を睨みつけた。一瞬静まり返る室内にエラーを伝える電子音が小さく響く。

「……あの、パソコンエラーってますけど、社長」
「海馬くん。珈琲も零れてるよ?」
「煩い!そんな事はどうでもいい!一刻も早くここから出て行け。先程から下らない事をギャーギャーわめき散らして、恥を知れ!」
「下らない事って、ひでぇなぁ。真剣な話なんだぜ」
「そうだよ。大体話題の中心になってるのは海馬く……」
「だからオレの前でそういう事を口にするな!!何故ここでその話をする!!ここは貴様等の遊び場ではない。海馬コーポレーションの社長室だ!!」

 ぜいぜいと肩で息をつきながら一気にそう叫んだ海馬は、余りの興奮に酸欠になり、くらり、と眩暈を起こす。それを咄嗟に支えようとした二人が同時に足を一歩踏み出すと、海馬は気力で体制を立て直し、ギロリと音がしそうな鋭さで彼等を見据えた。
 

 

『ねぇ、海馬くん。海馬くんは、僕と城之内くん。どっちが好き?』
 

 

 事の切欠は、遊戯の至極軽い一言で始まった。

 学校の帰りなんの気紛れか二人連れ添ってKC本社までやって来た彼等は、最近また学校に顔を見せなくなった海馬に、近況や噂話などを面白可笑しく話して聞かせていた。その様子を仕事をする手は止めないもののなんとなく聞いていた海馬だったが、途中から急遽舞い込んできたライバル会社の情報に夢中になってしまい、耳に入らなくなってしまった。

 その間にどういう経路を辿ったのか、二人の話題は学校の話から妙な方向へと向かっていたのだ。海馬がきちんとその話に耳を傾けていたら、その流れに行く前に阻止する事が出来たのだが、いかんせんそれ所ではなかったのだ。ひとしきり情報を整理し各社員に指示を出したところで漸く意識を目の前に戻した海馬の耳に飛び込んできたのは、遊戯のそのとんでもない台詞だったのだ。

「……なんの話だ?」
「なんの話って。だから、僕と城之内くんのどっちが好きって聞いてるんだけど」
「下らん。貴様等など眼中にも入ってないわ」
「眼中に入ってなくてもいいから、どっちなの?」
「そんな低い次元でどっちと言われても」
「どっち!?」
「………………」

 何故か鬼気迫る表情で、そう問い詰めてくる遊戯の顔を、海馬は暫し無表情で見つめていた。遊戯と城之内、この二人が自分に好意を持っている事を海馬は知っていた。いや、知りたくなかったのだが、無理矢理知らされてしまったのだ。どちらも同じ位の真剣さで、「好きだ」とのたまい、「キスさせて」と迫ってくる。冗談じゃないふざけるな、と退けても一向に引く気配はなく、この間ついに強引に奪われてしまった。どちらにもだ。

 未だ海馬にはこの二人の事を好きと言う感情はない。どちらがより、というのはもっとない。敢えて言うならどちらも遠慮をしたいというのが本音だった。とりあえず、まず男だというのが頂けない。現実的に無理がある。海馬とてかなりおかしな人生を送ってきてはいるものの、ごく普通の高校男子だ。男になど興味はない。むしろあってたまるか、な考えの持ち主だった。なのに何故、こんな事態に陥っているのだろう。

 そんな事を遊戯の問いに答えられないまま考えていると、そこに今まで黙っていた城之内が割り込んできて、諍いが始まったのだ。海馬はオレのもんだ、お前には渡さねぇ。違うよ、僕のもんだよ。じゃーどっちがより海馬の事を好きか勝負しようじゃねぇか。望む所だぜ!……そんな事を言いながら当事者である海馬を放って争いを始めてしまったのだ。これではどうしようもない。

「海馬はな、セクシーな男が好きなんだぜ。お前のようなガキんちょには興味ねぇって」

 何時、誰がそんな事を言った。そもそも男には興味がない。

「違うよ。海馬くんは、モクバくんみたいな可愛い子が好きなんだよ。だから城之内くんは問題外だね」

 モクバは弟だからこそ愛しているのであって、小さいガキなど興味あるか。

「口がへらねぇな。遊戯!」
「城之内くんこそ!」
「じゃ、今度はどっちがより海馬くんの事を知ってるか、演説勝負しようよ」
「オレに口で勝とうなんざ、100年早いぜ!」

 ……こんな風に勝手にヒートアップした二人がこれでもかと、海馬の容姿や長所を褒めまくった結果、今に至るのである。
 

 

「お、オレは、どちらにも興味はない!というか、貴様等男だろう!ふざけるな!」

 何時の間にかすっかり疲労困憊になってしまった海馬は、やっとの事で搾り出した声を張り上げてそう言い切った。これでも分からないから、こいつ等は馬鹿だ。いや、馬鹿なのは分かっているから、やっぱり虫ケラ以下としかいいようがない。どうでもいいから早くここから立ち去って欲しい、居たたまれない。そんな気持ちを隠しもせずに、改めて彼等の顔を見遣った瞬間、海馬の顔は驚愕に凍りついた。

「か、カッコいい〜惚れるぜ海馬くん!」
「男が惚れる男だよな、うん!お前サイコー」
「……なっ……なんだと?!」

 頬を赤く染め、うっとりとこちらを見つめる二つの顔。この瞬間、海馬は絶望感に襲われた。……こ、これはもう駄目かもしれない。さすがのオレも、太刀打ちできない。海馬はそのままがっくりと力が抜けて、背後にある椅子にへたり込んでしまう。

 そんな彼にはお構いなしに、目の前の二人は俄然湧いたやる気で瞳を輝かせ、海馬にとって尤も恐ろしい一言を口にした。

「やっぱりここはちゃんとしておかないと駄目だね。城之内くん、デュエルで勝負だ!勝った方が海馬くんを貰うって事で」
「よし!絶対負けねぇからな!!」

 眼前で始まる壮絶なデュエルはもう海馬の目には入ってこなかった。いつもは静けさに満たされ、整然と整えられた社長室はもはや見る影もなく荒らされ、まるで強盗か何かに押し入られたかのような惨状だった。

 そして、数時間後。
 運命の女神は遊戯の方へ微笑んで、二人は笑いながら健闘を讃え合う。

「遊戯、お前、やっぱ強いよ。オレ、見直したぜ」
「城之内くんもさすがだね」
「……悔しいけど、海馬はお前に……」

 待て待て待て待て!!ちょっと待て!

 殆ど放心状態だった海馬が今度は運良くその会話を聞き取って、即座に阻止しようとしたその時だった。遊戯は、この騒動に火をつけた時と同じ口調で、にっこりと微笑みながらこう言ったのだ。

「やっぱり、二人で半分こしよう!」
「えっ、いいのかよ」
「うん。僕と城之内くんは親友だぜ!!」

 へへっ、と鼻の下をこすりあげる遊戯に、もう怖いものは何もなかった。

「き、貴様ぁ!!物理的にも倫理的にも無理な事を平気で言うな!!」
「三人で仲良くやろうよ海馬くん!」
「嫌だ。死んでも断る!というか死ね!」
「遊戯、こいつたまにトカレフ出すから、早いうちに押さえ込んでおいたほうがいいぜ。そっちに廻れよ」
「オッケー。早速仲良くしようか海馬くん?」
「やめ……やめんかこの変態が!」
「変態って酷いなぁ」
「そうだぞ社長、遊戯に謝れ」
「別にいいけどね。変態でも。その代わりその名にふさわしい事しちゃうけど」

 完璧な防音設備が施されているこの部屋でも、多少の音漏れはあるようで、大きく響いた海馬の謎の悲鳴は第三者の耳にも入る事となる。

 その後三人がどうなったのかは、誰も知らない。