迷惑争い

「海馬くん、今日は僕と帰ろう?」
「いーや!今日はバイトが無いオレが優先。大体お前こないだ一緒に帰ったろうがよ」
「一緒に帰ったけど校門までだったよ。あんなの全然『帰った』って言わないよ!」
「屁理屈言うな!ちょっとでも帰ったら帰った事になんの!今度はオレの番!」
「順番制にするなんて誰が決めたのさ!」
「オレ!」
「じゃあ却下!!」

 目の前で身長差は大分あるもののやけに顔を近づけて大騒ぎしている二人を眺めながら、海馬は一人とことん呆れた溜息を吐いていた。時刻は午後四時を少し回った所で、珍しく最後まで授業を受け、課された課題を淡々とこなしてさぁ帰ろうかと席を立とうとしたら、突然この言い争いが勃発したのだ。ちなみに、海馬にとっては全く持って寝耳に水な話である。尤も、全く予想出来ない訳では無かったが。

 城之内克也と武藤遊戯。

 この二名は先日海馬に突然『付き合え』と迫って来た頭のおかしいクラスメイトだ。DETH-Tの1件ではかなりの煮え湯を飲ませたつもりだったが、彼等にとってそんな事は過去の出来事として綺麗さっぱり片付けられ、それどころか何故かそれが彼等の気持ちに火を点ける結果になってしまった。この1点だけを考えてもイカれてるとしか思えない。そもそも男が男に迫る事自体有り得ない事態だが。

 現代の日本に変態を取り締まる法がないのはつくづく残念だ。未だ喧々囂々と言い争いをし続けている男達の顔を睨みつけ、海馬はひっそりと帰宅の準備を始める。大体、何故オレなのだ。世の中には奴等の好みそうな人間が腐る程いる筈なのに、その中からどうして自分が選出されてしまったのだろう。

 最初は単なる嫌がらせを疑ったが、嫌がらせで男にキス出来るとは思えない。と、言う事はやはり奴等は本気で、真剣に自分に求愛しているのだ。これを史上最悪の事態と言わずしてなんと言えばいいのだろうか。

 そんな海馬の気持ちをよそに、ますますヒートアップしてしまった二人は不倶戴天の仇の如く、睨みあいを続けていた。しかしそれも長くは続かず、ついに矛先がこちらに向けられてしまう。

「あー!埒があかねぇ!!海馬に決めて貰おうぜ!それが一番公平だろ!」
「OK。望むところだよ!」
「よっし。つーわけで海馬、オレと!」
「僕と!」
「どっちと帰る?!」

 互いに顔を見合わせていた状態から一転、眼前の机にバン!と勢いよく手を着いて綺麗にハモリながらそう言った二人に、その机の持ち主である海馬は再び数センチ程仰け反って思い切り嫌な顔をした。そして即座に「断る!」と声をあげる。

「なんでだよ?」
「なんで?」
「何でも何もないわ!貴様らオレの意思を確認せず勝手に盛り上がりおって!誰が貴様らとなんか一緒に帰るか!そもそもオレは今日も車だ!ふざけるな!」
「えー」
「えーじゃない!オレは帰る!」

 全く馬鹿の相手をするとこちらまで馬鹿になる気がする。心なしか頭痛がし始めた事に眉を顰めて海馬は二人を無視する形で素早く席を立って、この場から逃げ出そうとした。が、彼等もそう簡単に諦めるタマではない。二人とも咄嗟に立ち上がろうとした海馬の腕を両側から掴んだ。まさかそう来るとは思わなかった海馬はかわす間もなく捕まってしまう。

「何をしているっ」
「だってお前逃げようとするじゃん」
「当たり前だ!!離せっ!」
「あ、なんかこれ見た事ある。大岡捌きだね!」
「なんだよその大岡裁きって」
「あれ?知らない?二人の母親が一人の子を自分の子だって言って取り合いをした時に、大岡越前が二人にその子の右腕と左腕を取らせて、引っ張らせたんだ。それで最後まで離さなかった方が母親って事にしたんだよ」
「へー!それいいな!じゃ、そういう事で、せーの!」
「……ちょっと待て、遊戯。その話はそこでは終わってないぞ!というかやめろ馬鹿共!」
「よーし、勝負だ!城之内くん!」

 遊戯の中途半端な提案に即座に乗ってしまった城之内は、やる気満々で取った海馬の左腕を掴むと思い切り引く体制に入る。それを見た遊戯も負けじと取った海馬の左腕をしっかりと握りしめた。このままでは両側から引かれて大変な目に合う。そう思った海馬は持ち前の馬鹿力を生かして取られた腕を取り返す為に強く自分の方に引き寄せた。勿論腕を掴んでいた二人の身体ごと。

 瞬間、ゴツッと激しい音がして、二人の妙な悲鳴が上がる。

「いったぁ〜!酷いよ海馬くん」
「ぎゃー死ぬっ!いってぇ」
「ふざけるな!!むしろ死ね!」
「そ、そんなに怒らなくったって」
「なぁ?」
「怒るわ!!」

 馬鹿に勝手に帰宅方法を決められた挙句、両側から身体を二分する勢いで引かれても尚怒るなというのか!!

 そう思ったままを素直に怒鳴り声にして吐き出すと、海馬は今度こそ憤然と立ち上がり二人が再び捕まえる間もなくさっさと教室を飛び出した。力任せに閉められた扉が派手な音を立てるのをほぼ茫然と眺めながら、こうなった犯人である二人は静かに顔を見合わせて肩を竦めた。その心中は「何故に海馬が怒っているのかさっぱりわからない」である。

「海馬くん、帰っちゃったね。もうっ、城之内くんが酷い事するからっ」
「なんでオレの所為だよ。最初に言い出したのはお前だろ」
「僕の所為にする訳?!」
「だってそうだろ?!」
「……でも、どっちにしてももう海馬くん居ないから意味ないよね」
「それもそうだな。帰るか」
「うん。次こそは負けないからね!」
「オレだって!」

 本人の意思を完全無視した争奪戦はまだまだ終息には至らないようである。

 海馬瀬人の受難は続く。


-- To be continued...? --