Cross over Act6

「………………」

 結局、促されるままに紅茶を口にし、あまつさえ振舞われた菓子まで完食してしまった瀬人は、やや自己嫌悪に陥っていた。その横では相変わらず平和ボケそのものの様相でクラヴィスとリュミエールがのんびりと世間話に興じている。全く、こんなにいい加減で訳の分からない男達が宇宙の創造を担っている等冗談にも程がある。というか、あの女子高生の中でも馬鹿がつくような軽いノリの女が女王と言う点でもこの世界は終わっている。夢でも信じられん。

 もう既に溜息も尽き果てたと、瀬人がカップをソーサーに戻したその時だった。突然静けさに満たされていた室内に嬌声と騒がしい足音が聞こえて来る。一体なんだ?そう瀬人が思う前に、分厚い扉が外側から力任せに開かれた。同時に数人の男達が部屋になだれ込んで来る。

「クラヴィス様お邪魔しまーす!あ、リュミエール様だ!こんにちは!」
「お茶会をなさってたんですか?いいなぁ、僕もリュミエール様のお茶、飲みたかったですぅ」
「相変わらず薄ぐれー部屋だな。なんも見えねーじゃん。で、宇宙的な迷子になってるっつー馬鹿は何処にいるんだ?」
「あー。突然お邪魔して申し訳ないですねー、クラヴィス、リュミエール。先程ジュリアスからお話を伺いまして、何かお力になれればと思って参上したんですよー」
「僕達はオリヴィエ様から!『ちょー可愛い子が遊びにきてたよん♪』って言われたからつい」

 部屋に入って早々、口々にそう騒ぎ出す『お子様集団』(約一名除く)に思い切り面喰った瀬人は、声を発する事も忘れてそれぞれの人物を凝視し、後に問う様にクラヴィスとリュミエールを見た。しかし、彼等はこの突然降って沸いた喧騒にも特に動揺する事なく、リュミエールに至っては「皆さん良くいらして下さいました」等と歓迎する意向まで見せている。

 一体なんだこれは、こんな事もこの世界では日常茶飯事なのか。ますますうんざりする気持ちを抱えて、いい加減逃げ出したくなって来た瀬人だったが、クラヴィスに無言のまま制されて身じろぐ事はしなかった。その代わり、早く説明しろと相変わらず表情の薄いその顔を睨めつける。

「……静かにしてくれないか。お前達の声は少々耳障りだ。これとて、突然そのような事を言われても困惑するだろう」

 困惑はしないが不愉快だ。そう口の中でごちる瀬人の声は勿論周囲には届かない。

「確かに、この者は異世界からの迷い子だ。どうやってこの地にやって来たのか当人にも分からぬらしい」
「次の守護聖……という訳でもないですよね?まだどのサクリアにも衰えの気配はありませんし……。陛下もそれは否定なさいました」
「……ああ、今のところサクリアとは無縁の様だな」
「しかし、彼がこの地に現れたと思しき時間帯にわたくしはサクリアの揺らぎを感じました。皆さんもそうではありませんか?」

 先刻の己の言葉通り、てきぱきと追加された人数分のティーカップを用意しながらリュミエールはそういって目線だけで周囲を見回す。そんな彼の言葉にその場にいた全員が「そう言えば……」とか「僕も」「俺も」等と呟いていた。

 また、自分には分からない話をしている。瀬人はティーカップを持つ指先に力を入れつつ、辟易とした気持ちで眉間に深い皺を寄せていた。どれだけ人数を集めようが事態に進展が見られなければ無駄なだけだ。どいつもこいつも役に立たない。というか、一体なんなのだこいつらは。

 そう心の中で吐き捨てて、今度こそこの暗がりと人数に紛れてこの部屋を抜けだそうと考え始めたその時だった。不意に新しく増えた仲間の一人……連中の中では年が若く、暗闇でも一際目立つプラチナブロンドと赤い瞳が印象的な少年が、自分に訝しげな視線を寄越している事を知る。余りにも無遠慮なそれは座る自身の全身をくまなく観察した後、ある一点に熱心に注がれていた。

 疑問に思い瀬人もその視線を追ってみると、そこには装着したままのデュエルディスクがあった。今は邪魔にならない様に収納されたそれは、一見して何の装置か分からないだろう。妙なものに興味を持つのだな、と些か感心していると、当の本人がつかつかと目の前までやって来て、見た目の小生意気さそのものの態度で「おい、オメー」と声を掛けて来た。

「オメーのその腕に着けてる機械、そりゃなんだ?」
「ちょっとゼフェル!」
「聖地では見慣れないもんだからよ。気になって」

 ゼフェル、と言う名を聞いた瞬間、瀬人の中でピンとひらめくものがあった。同時に物凄い不快感が彼を襲う。

『して、気になったのだがそなたの星ではその様な珍妙な服装が流行りなのか?ゼフェル辺りが喜びそうだが』
『まぁ、ゼフェルみたい。かわいいっ!』
『どうもそなたはゼフェルタイプの様だからな』

(この男が『ゼフェル』か。こんな男とオレは同一視されていたのか?)

 どう言う訳か上から目線で人を見下ろして来る不遜な態度や、乱雑な言葉遣い、神経質そうな口元、そして何よりいち早くデュエルディスクに目を付ける様な所まで。……確かに、要素は似ている様な気がしないでもない。だが、断固として同列に扱われたくはない人種だった。尤も、瀬人のみならず相手も同じ感想を抱くだろうと分かってはいたが。

 瀬人は相変わらずジロジロとデュエルディスクを凝視しているゼフェルにこっそり心の中で溜息を吐くと、無言のまま手首から外して差し出してやる。そして相手が意外そうな顔をした瞬間「この世界では役に立たない代物だ」と告げてやった。すると何時の間にかゼフェルの両側に佇んでいた二人の少年の方がはしゃいだ様に手を伸ばして来る。

「え、それってどういう意味?僕も触ってみていいかなぁ?」
「本当に何をする機械なんだろうな?ゼフェル、お前分かるのか?」
「うるせー!お前等ベタベタ俺に触るんじゃねぇ!!あっち行ってろ!!」
「貴方達、人様のものを乱暴に扱ってはいけませんよー。でも本当に珍しい機械ですねぇ。それは、どういうものですか?」

 目の前でわぁわぁと騒ぎ立てる少年達の後方ですっかり影が薄くなっていた、こちらもまだ青年と言えるべき年齢の男が、おっとりとした口調そう問いかけて来る。この男は今の今まで目の前で交わされていた会話を全く聞いてはいなかったからしい。全く、どいつもこいつもボケた奴ばっかりだ。何度同じ質問をすれば気が済むのだこの馬鹿共は、と心の中で悪態を吐きながら、瀬人はゼフェルに負けじと劣らない仏頂面で端的に答えてやった。

「それは端的に言えばカードバトルマシンだ。そのプレート部分にカードをセットすればセットしたカードをソリットヴィジョンと言う立体映像として出現させる事が出来る。だが、それはM&Wのカードと我が社のデュエルリンクサーバー、そして投影プログラムがあってこそのシステムだ。その何れも存在しないこの世界ではただのガラクタと言う訳だな」
「……??へ、へー。良く分からないけど、凄いんだね!」
「ランディ、今の彼の言葉、一単語も理解してないでしょ」
「うっ……じゃあ、マルセルは分かったのかい?」
「全然わかんない。ゼフェルは?」
「………………」

 勿論ゼフェルにさえ到底理解出来るものでは無かったらしい。当たり前だ、カード自体を知らない世界の人間がこのシステムの事など分かる筈もない。それを知っていて、敢えて瀬人は噛み砕いた言い方をしなかった。溜まりに溜まったストレスを解消する為の些細な意趣返しのつもりだったが、余り彼等には効かない様だった。

 だが、約一名ピクリと眉を動かして瀬人を睨みつけた男がいた。
 勿論、一番最初にディスクに目を付けたゼフェルである。

「へー。おもしれぇじゃん。アンタの世界ではこういう高価な遊び道具が流行ってるって言う訳か」
「遊び道具だと?」
「遊び道具だろ?カードバトルっつー位だからカードを使ったゲームみたいなもんだろ」
「まぁ、ゲームには違いないな。ただし、単なる遊びでは無い。大人から子供まで、命を掛けて臨む者もいる。その位価値のあるものだ」
「テメーの世界には暇な奴が多いんだな。羨ましいぜ」
「フン。欲しいならくれてやらんでもない。それは最新型のテスト機だ。全宇宙にたった一つのプレミアものだぞ」

 尤も、設計図は頭に入っている為、一号機を取られた所でなんの支障もないのだが。それに幾ら高性能であってもガラクタはガラクタだ。なんの価値もない。

 瀬人は心の中でそう呟くと、ぞんざいな態度とは裏腹に扱く興味深げにディスクを見遣っているゼフェルを見上げてやる。まぁ、この男の性格からすれば、こんなガラクタはいらないとつっ返して来るだろうと待ちかまえていたが、意外な事に彼はディスクから手を離そうとはせず、逆に挑発的な笑みを見せて瀬人の瞳を見返して来た。その眼差しを鷹揚に受け止めて、瀬人は特に興味もないとばかりにさらりと告げる。

「バラしちまってもいいのかよ?」
「好きにすればいい。作ろうと思えば材料さえ手配出来れば何時でも作れる」
「え?!これって君が作ったのかい?!凄いなぁ!」
「……世の中には凄い人が沢山いるんだねー。ゼフェルと気が合いそう」

 その言葉にゼフェルの顔がより一層輝いた様な気がしたが、それを確認する前に両隣の少年達が騒ぎ出したので結局良くは分からなかった。しかし、こいつらは余りにも煩さ過ぎる。なんとかならないものかと、瀬人が先程から部外者を決め込んで、のんびりと茶を楽しんでいるクラヴィスの方へ視線を送ると、彼は直ぐにそのサインに気付き、近場に座っていたどこからどう見ても愚鈍そうな青年に何事かを話し掛けた。

 すると彼はのっそり、という単語そのままの緩慢な動作で立ち上がり、未だデュエルディスクで盛り上がっている少年達を軽く諌めた。尤も、あまり効果が無い様ではあったが。

「あー貴方達。玩具で騒ぐのはそれ位にして……」
「玩具ではないわ!貴様、先程から人の話を全く聞いていないだろう!」
「そうですか?それは失礼しました。……とにかく、セト、でしたかね。貴方と少しお話がしたいのですが……」
「話だと?……今度は何だ」
「あー。ここではなんですので、私の執務室へと案内しますよ。クラヴィス、少しだけこの子をお借りしても構いませんか?」
「……別に構わぬ。これは私が預かった者故、後で私邸へと連れてゆく。用が済んだらここに戻してくれ」
「承知しました」

 また人を物扱いか!と瀬人は内心憤ったが、既に突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなり、口をへの字に曲げる程度で留まった。本当はもうこれ以上の面倒事は御免だったが、このままでは永遠に元の世界に戻れそうにない。ならば、多少の気苦労を堪えてでも早く解決策を見出した方が良い、と瀬人は思った。そもそもじっと機を待つ事等彼が一番不得意とする事だった。

「ああ、申し遅れましたが、私は地の守護聖でルヴァといいます。あちらの三人は右から鋼・風・緑の守護聖で、ゼフェル、ランディ、マルセル。貴方は16歳と窺ってます。年齢的にはこちらの彼等と同年代ですね。仲良くして下さると嬉しいですねー」

「「「16歳!?」」」
「同年代だと?!」

 ニコニコと微笑みながらのんびりとそんな事を言う地の守護聖の声に若者4人の声がハミングする。そんな彼等の状態など気にも留めず、大人達は微笑まし気にその様子を見守っていた。

 その後、ルヴァに促され渋々立ち上がった瀬人を見て、ゼフェルが「このデカブツが!」とかなんとか言いながら急に敵意を剥き出しにして来た事に辟易しつつ、彼は喧騒のるつぼと化した闇の執務室を抜け出した。

 前を行くルヴァのゆったりとした足取りが、何故か蓄積された疲労を倍に感じさせた。