Cross over Act7

「はー。そうですかー。貴方としては、その『実験』とやらの最中に何らかのトラブルが発生し、その衝撃でこの世界に飛ばされてきた、という説が濃厚なのですね」

「全く持って信じ難い話だが、それしか考えられない」
「ですが、そうなるべき事態には陥っていないのでしょう?」
「オレが記憶する限りではな。システムの暴走や、ましてや爆発等の事故があった訳でもない」
「不思議ですねぇ……余程の事が無い限り次元の歪み等は発生しない筈なんですよ。ましてや強力なシールドで覆われた聖地へ飛ばされるなど、前例が無い事です。例え現役の守護聖であってもそんな真似は出来ない筈なんですけどねー」
「そんな事、オレが知るか!いい迷惑だ!何でもいいから早く元の世界へ返せ!」
「そう言われましても……貴方の出身惑星である『ちきゅう』という星自体が我々の宇宙には存在しないのですよ。……もしかしたら、名前が違うのかも知れませんが。とにかく、それも含めて調査に時間を頂かなくてはなりませんねー。もし、宇宙自体が違うのだとすればかなり大規模な捜索になるかも知れませんが」
「……どれ位かかるのだ」
「はっきりとはお約束出来ませんが、最低でもひと月位はみて頂かないと」
「ひと月だと?!そんなに待っていられるか!!貴様等に任せていたのでは永遠に帰れない気がして来たわ!」
「申し訳ありませんねー。私達もお役目がある以上、一つの事柄にずっとかかりきりではいられないのですよ」
「だからオレ自身が解決法を見出してやると言っているだろう!貴様も守護聖の端くれなら許可を出せ!」
「困りましたねぇ……」

 言いながら、ルヴァは然程困ってない顔で天を仰ぎながら深々とした溜息を吐いた。そんな目の前の青年の頼りない仕草に瀬人の苛々はもう爆発寸前だった。これまで、数人の守護聖と相対してきたが、この地の守護聖のテンポの遅さはせっかちが服を着ている様な瀬人にとって不愉快を通り越して絶望的だった。

 まず話し方が気に入らない。一々あーだのえーだの文頭に間延びした意味のない音を付け加える話し方は、瀬人が尤も嫌悪するものだった。そして口を動かすスピードが遅い上に話す内容も廻りくどすぎて何を言っているのか分からない。これで苛々するなという方が無理である。

 それでもなんとかこの男ならば少しはマシな方向に事態が動くだろうと我慢してみれば、結果的には『処置なし』である。その瞬間目の前の地球儀(多分『宇宙儀』だろうが)を投げ飛ばしてやろうかと思った位だ。どうしてこう、この世界のお偉方は揃いも揃って役に立たない男だらけなのだろうか。これでよく宇宙の創造を担うとか言っていられるものだ。こんな奴等が関わっている世界など碌なモノに違いない。

 其処まで考えて、瀬人はその余りの不毛さに溜息を吐くのも馬鹿馬鹿しくなり、ぐったりと勧められるままに座したソファーの背に身体を凭れさせた。疲れた。本当に疲れた。まだこの地に滞在して一日経っていないのに、何日も徹夜をした後の様な疲労感が襲って来る気がする。

「大丈夫ですかー?お茶でもお淹れしましょうかー?」

 そんな瀬人の様子をおろおろと眺めながら、ルヴァが気遣う様にそんな事を言って来る。それに無言のまま目を閉じていると、程なくして人の動き回る気配がし、幾分耳慣れた茶器を用意する音が聞こえて来た。全く、この世界の人間は二言目にはお茶にしましょうか?と来る。そう言えば余り業績の良くない取引先の企業でも、話下手な人間に限ってやけに茶だの菓子だのを勧めて来た事を思い出す。ついでに和菓子に拘りぬいていた狒々爺が率いる大手不動産会社が先日倒産した事まで思い出した。

 前々からあの会社を吸収して、ずっと欲しかった島を手に入れる事が数多ある目標の一つだった。今ある初代の海馬ランドは都会の中心にあり、多機能型アミューズメントパークとしては少々手狭になりかけていた所だったから、あの島を買い取り、島そのものを海馬ランドに出来ればまた一つ飛躍出来る。ともあれ、何をするにも時間が勝負だった。こんな訳の分からない所で立ち往生などして居られない。

 そう思った瞬間、瀬人は勢い良くソファーの背もたれから身体を離すと、「帰る!」と一言口にして地の執務室から辞そうと立ち上がる素振りを見せる。が、それは視界に入って来たルヴァの姿を見た途端、思い切り固まってしまった。何故なら、彼が持っていた木製の盆の上には至極見慣れたものが小奇麗に収まっていたからだ。

「!!…………」
「まぁまぁ、そんなに慌てなくても。貴方の世界は逃げては行きませんよー?ジュリアス辺りから聞いてないですか?ここの一日は貴方の世界の数秒にも満たないと……おや、どうしました?」
「貴様……それは何だ?」
「はい?」
「貴様が持っているそれの事だ!!」
「え?ああ、『これ』ですか?ゼフェル辺りからはジジ臭い等といわれますけれど、私は大好きでお茶はいつも『これ』なんですよー。セトも始めて見るものですかね?『これ』はー」
「緑茶と煎餅だろう!知っている!というか、何故貴様が日本の茶と菓子を持っているのだ?!」
「えぇ?知ってるんですか?!」
「知っているも何も、それはオレの世界のものだ!それを何処で手に入れている?!」
「そ、そうなんですかー。それは驚きましたねぇ……まさかセトが緑茶と御煎餅をご存じとは思わなかったので……えぇっと、これの入手先ですか?昔はどこか辺境の星から伝わってきたものらしいのですが、今は主星で取り扱っているものなので、詳しくは……」
「では、その『辺境の星』とやらが地球の可能性があるのだな」
「貴方の言う事が正しいのでしたら、そうかもしれません。けれど……大分昔の話ですからねー……」
「昔とは、どれ位だ」
「旧宇宙の頃ですから、年数では言い表せませんね。それに、旧宇宙から新宇宙へ転移する時に消滅した惑星も沢山ありましたから……」
「なんだと?」
「それも調査してみないと分かりませんが。それにしても、これはセトの世界の食べ物だったのですねー。あ、では『ねぎととうふのおみそしる』も知っていますか?『和食』と呼ばれる辺境料理の一種なのですが」
「……オレの住んでいた国は日本という。その日本の伝統料理が和食と呼ばれているものだ」
「なんと!!偶然ってあるものなんですねー!!セトは和食は作れますかー?私、一度でいいから和食のフルコースを食べてみたかったんですよー!」
「呑気に料理の話をしている場合か!!ふざけるな!!」
「あー。楽しみが増えましたねー!あ、冷めてしまわない内にどうぞ」

 怒りが倍になった瀬人の事など全く見向きもせずに、すっかり和食の話にシフトしてしまったルヴァは、如何に豆腐の味噌汁が素晴らしいかを語りだす。その姿に今度こそ心底あきれ果てた瀬人は、差し出された緑茶を一息に飲み干すとうっとりとした眼差しで口を動かし続けるルヴァを置いてさっさと部屋を出て行った。

 地の守護聖は役立たず、との烙印を押しながら。
「……して、どうだったのだ?」
「どうもこうもあるか。あの男、全く頼りにならんわ」
「……そう言ってやるな。ああ見えて奴は聖地の知恵袋なのだ。愚鈍そうに見えてその実なかなか頭が切れる」
「全然そのようには見えなかったが」

 地の執務室を辞してから数分後再び暗闇の部屋に戻ってきた瀬人は、薄笑いを浮かべて結果を聞きたがる部屋の主に冷たい一瞥をくれてやりながら、大分覚えた家具の配置を頼りに最初横になった寝椅子へと腰を下ろした。あれから大分時間が経っていた所為か、闇の執務室内にはクラヴィス以外の人の気配はなく、妙な静けさが二人を包む。時折秒針が時を刻む音と、室内を照らす蝋燭が燃える音が微かに聞こえて来るだけだった。

 穏やかな闇と静寂に、蓄積された疲労が倍になる気がする。それらを逃そうと大きく息を吐こうとして瀬人が顔を上げた刹那、丁度こちらを見ていたらしいクラヴィスが静かに立ち上がりながらこう言った。

「ともあれ、今日はもう終いにするとしよう。大分日も落ちた」
「何だと?!貴様は呑気すぎるのだ!」
「何、事を急いても良い結果は得られぬ。先程仮眠を取ったと言えど疲れただろう。早めに休め。これから私の屋敷に連れてゆく」
「……オレの身元引受人はジュリアスとやらではなかったのか」
「……別にお前がジュリアスの方が良いと言うなら構わぬが。あちらに行くと気苦労の方が多いぞ。食事の時は正装で、が常だからな。それに多少なりとも危険もある」
「危険?」
「まだお前が顔を合わせていない男が一人いる。出来れば、このまま会わせたくはないものだな」
「その男とジュリアスとなんの関係があるのだ」
「大いにある。奴はジュリアスの腹心の部下だからな」

 吐息と共に漏らした笑いを空気に溶かしながら「行くぞ」と短く告げた後、クラヴィスは先に立って歩き出す。瀬人はその背中を仕方なしに追いながら、大分薄暗くなって来た回廊へと一歩足を踏み出した。その時だった。なんの偶然か、瀬人は隣の部屋から見慣れない男が一人深々と頭を下げながら退出している姿を目撃してしまう。

「失礼致します、ジュリアス様」

 そう言ってそつなく扉を閉めたその人物は、中世時代の甲冑をモチーフにした衣装を身に纏い、薄暗がりの中でも良く分かる燃えるようなフレアレッドの髪を逆立てた、横から見ても精悍と言える顔つきをしている男だった。瀬人にとっては美術館でしかお目に掛れない様な長剣を腰に下げたその姿に思わず足を止めて凝視していると、それに気付いたクラヴィスが彼にしてはかなり強引な動作で瀬人の胴体に腕を回し、己の影に隠そうと思い切り引こうとした。が、時既に遅し。その空気は元より他人の気配に敏感な赤毛の男に伝わってしまった様だった。

 踵を返し反対方向へと歩き出そうとしていた男が不意に思い付いた様に足を止め、こちらへと振り返る。

 そして図らずも、思い切り目が合ってしまった。

「!!…………」
「……少し遅かったようだな」

 クラヴィスがそう呟くより早く赤毛の男が歩み寄ってくる。こうなるとクラヴィスも隠しても無駄だと思ったのか、諦めて瀬人を離すと自分が男との間に立ちはだかる様に身体を寄せて前を見た。瞬間、視界の端に目線をこちらに固定した男の顔が写り込む。

「クラヴィス様」
「オスカーか。何用だ?」
「いや、貴方にというより、貴方の後ろに隠れている坊やに興味がありましてね。そいつがジュリアス様が話しておられた迷子ですか?」
「……そういう事になるな」
「ゼフェルに似ているとの事でしたが……なかなかどうして。可愛い顔立ちをしているじゃないですか」
「お前には関係のない事だ。我等はこれから屋敷に帰る。予め言い伝えておくが、くれぐれも妙な気を起こさぬようにな」
「ジュリアス様にも耳にタコが出来る程言い聞かされましたよ。貴方がたは俺をなんだと思ってるんですか」
「……なんだも何もお前が思っている通りだ。誤解されたくなくば少しは慎むのだな」
「失敬な!最近はそんなに遊んではいませんよ!」
「故に心配なのだ。わからぬのか。……まぁいい、行くぞ、セト」

 瀬人の事などお構いなしに勝手に言葉を交わしたクラヴィスは、未だ何か言いたげなオスカーを遮る様にさっさと逆方向へと歩き出す。その際、しっかりと腕を掴まれてしまった所為で自然と瀬人も後を追う形となった。瀬人自身オスカーと呼ばれる男に特に興味もなかったので、それきり振り返る真似もしなかったが、背後で何かブツブツとつぶやく声だけは聞こえていた。それに何となく嫌な予感がしつつも、取り敢えず放置する事にした。今はとにかく疲弊した主に精神を休めたかったからだ。

「……今のがジュリアスの部下である炎の守護聖オスカーだ。あの物腰から分かる様に大層な色男で、それ故あちこちで浮名を流している。そしてあの男に見境などという言葉はない。不用意に近づかぬ事だな。危険度的にはオリヴィエに匹敵する」
「何故その様な男を野放しにする」
「やる事はやっているのだ。仕方あるまい」
「まるで無法地帯だな」
「……否定はしない。ともあれ、自己保身だけは怠るなよ」

 言葉とは裏腹のやる気のない気だるそうなクラヴィスの声にそう注意されても、少しも瀬人の心に響かなかった。まぁ何かあったとしても、自分は人よりも力も運動神経も有る方だし、問題なく対処出来る自信はあったし、またそうしても来た。特に心配する事はないだろう。尤もその『対処法』がここで通用するかどうかは甚だ疑問だったが。

 せめて銃でもあれば良かったと、そんな物騒な事を思いながら瀬人は促されるまま灯りが灯り始めた回廊を歩き続けた。