Act1 意外な一面(Side.海馬)

「……えーっと。場所っつっても三部屋しかねぇからなぁ。オヤジの部屋は……うわ、これは駄目だカオス過ぎる」

 不意に覗いた部屋の何故か見る影もなくボロボロの引き戸をバシッと乱雑に閉ざすと、城之内はペタペタと素足のまま狭い廊下を進んで、多分この家で言う居間なのだろう場所にオレを通した。

 玄関からこの場所に着くまで奴は「これが風呂。洗濯物置き場はこっち。隣トイレ。その横は物置だから触んな」等、ぶっきらぼうだが分かり易く説明し、お陰でオレは城之内宅に上がり込んで数分の内にこの家の構造と説明された場所と見たものは全て記憶した。後覚えるものと言ったら現在背後にあるキッチンとこの居間の隣にあるらしい奴の部屋の中位だ。

 常日頃からオレの家を訪ねて来ては「お前んちはめちゃくちゃ綺麗で羨ましい、それに比べてオレの家の汚さと言ったらまるで御殿とブタ小屋だね」等と愚痴を零していたのでどんな惨状が待ち受けていると思いきや、想像よりも大分マシだったのである意味拍子抜けをした。……そう言えばこいつはだらしない面もあるが、男の中ではまともな方だった。尤も、本当はどうなのかは知らないが。

「まーその辺に適当に座ってろよ。って、でもその前に荷物なんとかしねぇとな。なんなのあの引っ越しでもしそうな荷物。お前、常にあんな大荷物抱えて移動してんの?女かよ」

 そんな奴の言葉を背後に聞きながら、オレは持って来たスーツケースを三つどかりと置いて、中を開けて見せた。内二つは仕事用品なのでノートパソコンや書籍、書類の束だったが、それを見た城之内は呆れた風に肩を竦めて「意味分かんねぇ」と一言で切り捨てた。そうは言われても、これが無いと話にならないんでな。と言ってやると、妙な顔になり頷くか頷かないかの微妙な仕草をしていた。そしてぽつりと「急に部屋が狭くなった気がする」と呟いた。

「ま、何でもいーけど。いるもんは表に出して、そのスーツケース預かっていいか?なんか妙な威圧感があってヤだ。何日滞在すんのか知らねぇけど、客扱いしたくねーし。場所が必要なら収納ボックス貸してやっから」

 そう言うが早いが城之内はさっさと隣の部屋に入って行き、ガチャガチャと妙な音を立てた後、三段に重なった引き出し式のクリアボックスを抱えて帰って来た。中に何を入れていたのか傷だらけのそれは、それでも汚れは無く大きさも十分だったのでオレは遠慮なくその中に持って来た荷物を詰め込んだ。

 書類やファイルをしまい込む時は特に興味なさそうにしていたが、衣類を詰め込む時だけ妙に近づいて来て、その一つ一つを眺めながら「お前、意外に地味なんだな。オレの服貸してやろうか」等と余計な事を言っていた。下着は専用のケースに入れたままだったのでそれをそのままとり出したら何故か酷く残念そうな顔をされた。
 

 ……何故そこで肩を落とすんだ。全く訳が分からない。
 

『え?お前の誕生日って10月25日なの?日にち一緒じゃん。オレ、1月25日だし。ついでに言うとオレん家1025号室なんだよね。10階だからさ。なんかちょっと運命感じねぇ?……あれ、感じないですか。そうですか』

『プレゼント〜?オレ人に何かやるのは好きだけど、貰うのあんま慣れてねぇから特にいらねぇ。強いて言えば一緒にいられたらいいなー位?あ、お前とまったりしてみたい。お前ん家以外で。え?別にヤじゃねぇけど、お屋敷って慣れないからなーんか落ち着かないんだよなぁ。ほら、オレ庶民ですから』

『どっか行くってのも無理だろうからお前がオレん家来ればいーんじゃね?オヤジ居ない時なら何時でもいいし。たまにダチも泊りに来るから問題ないぜ』
 

 きっかけは三ヶ月前のオレの誕生日前の事だった。

 付き合う、という事になってから初めて共に下校した日だったと思う。当時は互いに相手の事を何も知らない状態で、会話と言えば基本的な情報交換位しかなかったが、その中で自然と誕生日の話が出たのだと記憶している。

 その時は特にどうとも思わなかったが、後にオレの誕生日に奴がプレゼントの様なものを寄こした時に(そのモノについては今は敢えて触れずにおく。想像は自由にすればいい)、ふとこの会話が脳裏に過ぎり、オレはそれからずっとこの事について考えていた。

 そして今日……正確に言えば1月19日にオレは奴への『プレゼント』を敢行した。何も長期滞在する必要はないとは思ったが、仕事の区切り的に生活環境を変えるのなら今しかなかったし、オレの方もこいつの家に興味があったから早めに来てしまったと言う訳だ。当の本人は切っかけとなったあの会話を綺麗さっぱり忘れているようだが、贈られる側が覚えている必要はないので、まぁその辺はどうでもいい。

 この事に関してモクバにはあらかじめきちんと話をし、「かれこれこう言う訳だから一週間ほど家を留守にする」と言い置いてきた。

 城之内との事ははっきりとは告げていなかったが雰囲気で察していたらしく、モクバは特に反対する事もなくあっさりと頷いて、「火事と風邪には気を付けて。後兄サマは一応居候になるんだから、あんまり威張っちゃ駄目だよ」とか、「ヘンな事して城之内を挑発しないでね。あいつ、エロイから危ないよ」と妙なアドバイスまでしてくれた。

 前者は分からなくもないが、後者はどういう意味なのか未だに良く分からない(エロイとはなんだ?)喧嘩を吹っかけるなという事なのだろうか?
 

 ……ともあれ、他にも沢山の人間の理解と協力を得て、オレはまんまとこの家に居座る事に成功したのだ。
 

「全部収納したぞ。これをどこに置いておけばいいのだ」
「あ?その辺の隅の方に寄せとけば?机っつーかコタツっつーか、とにかく作業台っつーとここしかねぇから、パソコン使って作業すんならこの部屋でしか出来ねぇだろ。そういやオレん家ネットとか引いてねぇけど大丈夫なのか?」
「問題ない」
「あ、そ。んじゃま、そういう事で。えーっと後は……」
「貴様の部屋は」
「え?オレの部屋?!」
「まだ見ていないが。大体オレは何処で寝るのだ」
「うぉっ、そういえばそうだよな。肝心な事を忘れてたぜ。ちなみにこの家、布団一組しかねーんだよな。オヤジが自分の持ってっちゃって。夏ならどうとでもなんだけど、今冬だろ?コタツって訳にもいかねーし、それどうすっかなぁ」
「貴様の布団はそんなに狭いのか」
「うぇ?オレの布団?や、オレ寝相悪いから一応セミダブルで、ちっとは余裕あるけど……」
「なら問題ないだろう」
「な、何が?」
「布団が一つしかなくとも、だ」
「えぇ?!そ、それって、一緒に寝るって事?!」

 そんなに狭くないのなら何も無理して寝床を探さなくても、一つの布団で共に寝ればいいだけの事だろうが。

 オレは特に何も考えず極自然に提案しただけだったが、それの何に驚いたのか城之内は妙な叫び声を上げて後ろに思い切り仰け反っていた。……一体なんなのだこいつは。人の事を好きだなんだと抜かしていてその実嫌なのではないだろうな。「いや!でもっ、まだっ、こ、心の準備が!」などと大騒ぎしている所がますます怪しい。

「嫌なのか」
「オレは嫌じゃねぇよ。っつーかお前が嫌じゃねぇのかよ」
「別に。共寝ならモクバとしている」
「あ、なーる。……って!!モクバと一緒に寝るのとは訳が違うんだよ!」
「どう違う?」
「どうって……その、何て言うか……あーもーメンドくせぇ!!分かった分かった!お前がいいんなら一緒に寝ようぜ!」
「最初から素直に同意すればいいのだ」
「……くっそー。どうなったって知らねぇからな!」
「…………?」

 たかが一緒に寝るだけで何がどうなると言うのだろうか。モクバに負けじと劣らずこいつも訳が分からない。オレがその気持ちを素直に顔に出し、首を傾げていると城之内は疲れた様に肩を落とし、魂までも抜け出るかの様な深い溜息を吐いていた。なんだそのあからさまな態度は。

 荷物をも片付き、一段落したオレ達は(城之内はただ見ていただけだったが)その後一息つく為に城之内が淹れた、ただ湯を注ぐだけのインスタントコーヒーを飲みながら、少しの間ゆったりしていた。その際、オレはふと生活費の事を思い出し、コタツに額を付けて既にぐったりしている城之内に、「そういえば……」、と前置きして取り上げられて物置行きになりかけていたスーツケースの中から持参した茶封筒を取り出して手渡した。

「何、これ」
「これから世話になるからな。タダでとはいかないだろう。オレの生活費だ」
「え?あー、うん」
「とりあえず一週間を目処に五百万だけ持参したのだが、これでいいか?」
「ご、五百万?!」
「なんだ、不満か。足りないのなら明日……」
「……お前はアホかぁ!!うっわ一気に眠気覚めた!!おい、ちょっとそこに座れ。正座だぞ!!一体何処の世界に一週間で五百万円生活をする『庶民』がいるんだよ?!いいか、世の中には……」

 どうやら城之内はオレが提示した金額には大いに不満だったらしい。奴は頭を抱えながらオレに30分説教をし、「実費でいい!!」と一言言うと茶封筒を突っ返して来た。そして更にまた30分、今度は「庶民たるもの……」と至極真面目に演説していた。オレは全部右から左に聞き流していたが、奴の言いたい事は大体分かった様な気がする。あくまで気がするだけだったが。
 

「……お前って、なんつーか、面白いよな。すげー意外」
 

 最後に妙な薄笑いを浮かべながらぐったりした様子でそう口にした城之内は、再びコタツに身を伏せて何事かを呻いていた。それでも直ぐに出て行けと言わない辺り、順応性はあるのだろうな。それこそ意外だ。こいつはもっと、面倒事は投げるタイプに見えたから。
 

 が、しかし。
 

「ま、世間知らずのお坊ちゃまはいい機会だからここで社会勉強していけばいいんじゃね?色々教えてやっからよ」
 

 ここまで言われる筋合いはないぞ。この凡骨が。