Top Secret! Act3

「うっわー。めちゃくちゃ広いぜぃ!見て見て兄サマ!この部屋うちのリビング位あるよ!」
「………………」
「とにかくセキュリティ重視で物件を選別させて頂きました。何かあってからでは遅いですから。尤もこのクラスの物件でないと空きが見つからなかった、という事もありますけど」
「オレは凄く気に入ったよ!ここにしようよ!」

 まるで小さな子供の様に部屋中を駆け回りながら満面の笑みを浮かべてそう叫ぶモクバを見ながら瀬人は元から刻まれていた眉間の皺を更に深めた。その眼前に広がるのは物がない所為で余計に広々とした開放的なリビングダイニング。その奥には簡単な料理を作るのが申し訳ないと思える規模のキッチンや、何故か二つあるバスルーム。そしてこれまた広すぎる四つの部屋に屋上の庭園へと続く豪奢なテラス。外観から既にそうだったが、中身は想像を遥かに超えていた。高級マンション暮らしを夢見る庶民にとってはまさに理想ともいえる部屋である。

 ……凄い。確かに凄いのだが、この部屋は瀬人の想像していたものとはまるで違っていた。否、正反対と言ってもいい。だからこそ彼はこの物件に訪れた途端に顔を曇らせ、こうして場にそぐわない溜息を吐いているのである。

「……磯野」
「はい?」
「貴様はオレの言った条件を聞いてはいなかったのか」

 たっぷり数分は無言を貫いた後、瀬人は兄弟の横で誇らしげに物件の説明をしていた磯野にごく控えめにそう言った。彼は用心の為にとかけてきた伊達眼鏡を外しながら、いつの間にか外に飛び出し庭園の中央にある噴水で遊ぶモクバを呼んだ。だが、興奮している弟の耳には届かない。再び溜息をつく瀬人に磯野は生真面目な顔で問われた事への答えをすらすらと口にした。

「童実野小の学区内で比較的駅に近く、出来るなら目立たない場所にある3LDKとおっしゃいました」
「大まかなところで言えばそうだ。で、この物件がその条件にあっていると?」
「は。まぁ……少々ご要望とは異なる個所もございますが……」
「少々?貴様はこの差異が少々とでも言うのか?!大体、一番肝心なところが抜けているわ馬鹿め!オレは声を大にして貴様に言った筈だ『一般庶民が暮らす部屋を用意しろ』と!これのどこが一般庶民の住まいだ、言ってみろ!」
「ですが瀬人様、例え仮にでも瀬人様とモクバ様がお暮しになる場所です。海馬邸のレストルーム程の広さしかないお部屋など考えられません。それに、通常のマンションのセキュリティなどあってないようなもの。この磯野、断じてその様なところには……」
「貴様のいう事など聞く耳持たんわ!いいか、もう一度言う。貴様に命じたのは『如月瀬人とモクバ』の自宅だ。分かるか?金持ちでも有名人でもましてや要人でもなんでもない、一般人の家だ。大体この家を用意する目的は、おせっかいな教師どもにオレ達の事を怪しまれない様にする事と、モクバが家でも友人と遊べるようにする事だ!そこを頭に入れた上で選びなおせ!」
「お言葉ですが瀬人様。貴方が仰られた事は全て頭に入っております。その上でこちらが一番いいと判断したのです」
「なんだと」
「お部屋のグレード以外は全て条件にあっております。問題は無い筈です。それにほら、モクバ様も気に入っておられるようですし」

 だからその部屋のグレードが問題なのだ!と瀬人は再度叫びたかったが、目の前の男には分かっては貰えないのだろう。瀬人の腹心の部下であるこの男はあらゆる面で頼りにはなるのだが、兄弟に対して過保護気味なのが玉に瑕だ。今回の仮住まいの件も本人の言う通り「瀬人のやりたい事が分かった上で」敢えてこんな場所を選んだのだろう。

 元々磯野は瀬人が『如月瀬人』として学校生活を送る事自体余りいい顔をしていない。この度の事は体のいい嫌がらせと言ってもいいだろう。この部屋に住むのが嫌なら、そんな遊びなどやめてしまえと彼は言外に言っているのだ。

「……貴様に命じたのが間違いだったわ」
「他の誰にやらせても結果は同じだと思いますよ。そもそも瀬人様はご自分でマンションをお買いになる事は出来ないでしょう?最終決定権は『大人』にあるわけですから」
「チッ」

 そう、幾ら財力があっても成人していなければ出来ない事など山ほどあるのだ。それは例え海馬瀬人であっても同じ事である。若さが有利な点は沢山あったが、肝心なところで枷になる現実に瀬人は歯噛みするしかなかった。

「それに、先程も言いましたがこの辺のマンションにもう空きなどありませんよ。激戦区ですからね。あ、ちなみに一つ下の階に私も越して来る事に致しましたのでご安心下さい」
「は?!」
「ここなら社にも近いですし、改めてセキュリティを雇う必要もなくなります。何かございましたら直ぐに対処も出来ますから」
「……本気で言っているのか」
「勿論本気です」

 サングラスを押さえながらあからさまににっこりと笑う磯野に、瀬人は最大限の渋面を見せた挙句盛大に肩を落とした。この男は最初からそれを狙っていたに違いない。海馬瀬人における不自由さを如月瀬人で解消しようと思っていたのにこれでは余り意味がないではないか。まさか表だって目立つ真似はしないだろうが、鬱陶しい事に変わりはない。

「……仮住まいなどほとんど使用しないというのにご苦労な事だ」
「念には念をという事です。最近、瀬人様は『そのお姿で』いることが多いようですので」

 見えない目線が瀬人の黒く染めた髪に集中しているのが分かる。あくまで穏やかに、けれど確実に嫌味を含んでいるその言葉に瀬人はもううんざりだと言うように一旦外した眼鏡をかけて、モクバがいる庭園の方へと歩んでいった。事実上の降参宣言である。その後姿を見遣りながら磯野は早々にスマートフォンを取り出すと購入決定の意思を伝えて速やかに居住環境を整えるように言づけた。これで明日にでもこの部屋で暮らす事が出来るようになるだろう。

「これだけ大きい部屋ならフィギュアとゲーム全部持ってきても入っちゃうね、兄サマ!」
「……そうだな」
「でも、友達も先生もきっとビックリするよな。それはそれで面白いけど……また新しい言い訳考えておかなくちゃね!」

 別人に成りすますのも大変だぜぃ!とちっとも大変そうじゃない笑顔を見せながらそう言うモクバに、瀬人は苦笑いを浮かべながら同意した。まぁ、でもなんとかなるだろう。ほんの少し装っただけでここまで誤魔化せているのだ。これからもきっとあの連中なら騙されてくれる筈だ。この部屋も自分の理想とは違っていたが、そもそも瀬人は自宅に他人を呼ぶことなど想定していなかった。他人に知られることがなければ内装などどうでもいいのかもしれない。モクバの件については確かにまた色々と対策を練る必要がありそうだが、適当に言い繕えばいいのだ。

「親が相当の資産を持っていた、とかか?」
「嘘じゃないよね、実際」
「確かに嘘ではないな」
「でも、もっと突っ込まれて何やってたかって聞かれたら?」
「社長とでも言っておけ。嘘ではない」
「あはは。そうだね!ねー兄サマ、いつお泊り会する?オレ、すぐにでもここに住みたいぜぃ!」
「家でも大した変わりはないだろうが。しかし、お前がここをそんなに気に入るとは思わなかったな」
「んー。部屋の大きさとかはなんでもいいんだけど、秘密基地って楽しいじゃん?」
「……そういうカテゴリーに属するのか」

 秘密基地!秘密基地!と再び騒ぎ始めたモクバを尻目に、瀬人はこの部屋がいつまで『秘密基地』であり続けるのかをふと思い、何を下らない事を、と一蹴した。そう簡単にこの自由を手放すわけにはいかないのだ。自らの心の平穏を維持するためにも『息抜き』は必要なのだから。

「瀬人様、そろそろお時間です」

 不意に開け放たれた硝子扉の向こうでこちらの様子を眺めていた磯野が予定がびっしり表示されたタブレットを片手にそう声を掛けてきた。今日は土曜日で世間一般では休日だったが、『海馬瀬人』の業務に休みなどない。現在は昼前だったが、午後からはそれこそ秒単位でスケジュールが組まれている。それが嫌な訳ではなかったが(大半は自分が入れた予定である)ほんの少しだけ億劫に思うのだった。

 

 それから直ぐに部屋を後にした三人は、近隣に待機させている車に乗り込む為にエントランスホールまで降りてきた。そこには同じマンションの住民らしい女性数人が世間話に花を咲かせていた。如何にも金持ちの奥様らしい身なりと話しぶりに余り関わり合いになりたくないと素通りする瀬人だったが、運悪く磯野が声を掛けられてしまい、よせばいいのに挨拶などをし始めた。

 全身黒で固めたスーツ姿にサングラスと言った余り堅気には見えない風体に反して愛想よく問いかけに応じるその姿に好感をもたれたのかすっかり取り囲まれてしまっている。その背中を呆れた風に見遣りながら「急げと言ったのは誰だ」と内心微妙にイラついていた瀬人だったが、次の瞬間思いきり固まってしまう。

 何故なら厳重に閉された認証式のエントランスドアの向こう側、各部屋に通じているインターフォンの前に見知った顔を発見してしまったからだ。多分宅配のバイトか何かなのだろう、瀬人は知らない制服に身を包み小脇に荷物を抱えてインターフォンに何事かを話しかけているその男は、間違いなく城之内克也である。

 咄嗟に身を隠そうにもこの広々とした場所には物陰などなく、瀬人はなす術もなく鼻歌を歌いながら開く扉をすり抜けてくる城之内を見ている他なかった。
「あれ、瀬人とモクバ?お前等どうしてこんな所にいるんだよ」
「あ!お前はえーっと……城之内!お前こそどうしたんだよ」
「年上に向かってお前とか言うなっつーの。可愛くねーガキだな。オレは配達のバイトで来たの。このシロネコ様が目に入らぬか!」
「そうなんだ。なかなか似合ってるぜぃ」
「それ褒め言葉かよ。っつか、おいコラそこの兄サマ。てめぇ無視してんじゃねぇぞ。仲良しのクラスメイトが話しかけてんだから挨拶位しやがれ。ほんっと協調性ねぇよな」
「誰が仲良しだ。気色悪い」
「やっとこっち見やがったか。つーかさぁ、お前顔合わせる度に睨むのやめろよな。なんでそう愛想がねぇんだよ」
「男が男に愛想を振りまいてなんになる」
「あはは。兄サマは誰に対してもこんな感じだぜぃ」
「それはそれで問題だろー」

 とにかく笑顔笑顔!……などと言いながらずかずかと兄弟の前に歩み寄ってきた城之内は配達の事などそっちのけで足を留め、二人をじろじろと眺めている。結局逃げる事も無視する事も出来なかった瀬人は最後の抵抗とばかりに思い切り睨み付ける形になってしまったのだが、既に慣れている城之内には露程の効果もなく、逆に窘められてしまった。全く腹立たしい限りである。

「で。なにやってんだ?」
「何が?」
「だから、ここで何してんのって聞いてんだよ。まさかお前等このマンションに住んでるのか?ここ、童実野一高級なマンションなんだぜ?」
「そんな事はお前には関係ないだろう」

 そんな瀬人の不機嫌な眼差しなど今更全く気にも留めない城之内は、即座に己の疑問を口にした。勿論瀬人はそんな事に応えてやるつもりなど毛頭なかったが、幸か不幸かこの場にはモクバがいたのだ。兄の内心や計画など全く頓着しない彼は実に素直にその問いに答えてやる。今度は瀬人が口を塞ぐ間もなかった。

「えっ、そうなの?オレ達、近々引っ越す予定でさ、今部屋を選んでたとこなんだ」
「おいモクバ……!」
「そうなのって……ここを候補に入れるなんてよっぽどだぜ。前々からなんとなく思ってたけど、瀬人ってお坊ちゃんなんだな。他の奴らとも話してたんだぜ。あいつは絶対金持ちだって。そういえば尾瀬呂行ってたんだもんなぁ」
「あそこは私立だもんね」
「ばっか私立は私立でも超お坊ちゃま学校だっつーの。並の金持ちじゃ入れないんだぜ。あの如何にもな白ランみりゃわかんだろ?」
「ふーん」
「反応うすっ……つか、同じ兄弟でもお前はあんまりそうは見えねぇな」
「別に見えなくてもいいし、大体金持ちじゃないぜぃ。別に普通だもん」
「だから普通の人間はこういうところに来ねぇんだよ」
「いい加減にしたらどうだ。そもそもお前は今配達中なのだろうが。サボっていないでさっさと済ませて来い」

 余りに余りな会話についぞ黙っていられなくなった瀬人は、さり気なくモクバを引き寄せつつトーンを一段下げた声でそう言った。全く、遊戯を中心とするこのお気楽メンバーはとかく個人の事情に首を突っ込んできて鬱陶しい。

「おーこわっ。でもお仕事は真面目にやんなきゃな。配達してこよ。あ、なぁなぁもしこのマンションに決めたら遊びに来てもいい?オレ、一回こういうとこに来てみたかったんだ。別にここじゃなくてもいーけど」
「断る」
「そう言うなって。遊戯も連れて来てやるからさ。な、モクバ。皆と一緒に遊ぼうぜ」
「うん、オレは別に構わないけど。お前等って兄サマの友達なの?」
「ちがっ……」
「勿論友達だぜ!」
「そっか。なら良かったー!一杯遊びに来て欲しいぜぃ」
「よっしゃ。任せとけ!」
「……………………」

 オレがこいつらと友達だと?!冗談じゃない!即座にそう怒鳴りつけてやろうと口を開きかけたが、モクバが余りにも無邪気に「良かったね兄サマ」などというものだから瀬人は二の句が継げなくなってしまった。どうしてこういう展開になるのだろうか、訳が分からない。

 知らずがっくりと肩を落とす瀬人に、城之内は満面の笑みを見せながら「じゃ、オレこれ届けてくる」と言い残し、さっさとエレベーターホールの方へ歩いていく。その後姿を眺めながら、瀬人は余計な事を言いまくったモクバを叱る気にもなれず、とにかくこの場から立ち去ろうとこの事態の元凶である磯野を振り返った。が、彼は未だ奥様方と仲良く歓談中である。あの調子では己の職務の事などすっかり忘れているのだろう。

「……モクバ」
「何?っていうか、兄サマにもちゃんと友達できたんだね!見た目はちょっとアレだけどいい奴じゃん、城之内。この間の遊戯もチビだけど優しそうだし、オレ、安心したぜぃ」
「いや、だからそれは……この間も説明したと思うが、奴らは……」
「後は彼女でも出来れば完璧だね!誰かいないの?兄サマはその姿でも絶対モテてるだろうから大変そうだねー」
「……もういい。とにかく、磯野を呼んで来い。スケジュールが押している」
「あ、もうこんな時間だ。早くしないと遅れちゃうね。っていうか磯野めちゃくちゃ楽しそうじゃん。もー仕方ないなー」

 その口調とは裏腹に至極嬉しそうな顔を見せたモクバは「あいつもあんなに馴染んでるならやっぱりここに決まりだね!」とはしゃぎながら、普通の子供さながらに磯野の元に駆けていく。そして磯野を取り囲む奥様群の中へと突入し、わざとらしく磯野の腰のあたりにしがみ付いた。途端に周囲から嬌声が上がり、話題の中心がモクバへと移っていく。

 ……まずい、これではミイラ取りがミイラになりかねない。それどころか残された自分にまで彼女らの興味が移ったら面倒な事になる。そう思った瀬人は一瞬だけこちらを振り返ったモクバに、視線で早くしろ、と訴えた。敏いモクバは兄が何を言わんとしているか直ぐに理解し、うん、と小さく頷くととても可愛らしい声でとある呼び名を口にした。それは、瀬人もそして磯野も、全く予想外の一言だった。

「早く行こう、お父さん!」

 それは大の大人を呼び捨てにすることも出来なかったし、さん付けするのも違う気がすると思ったモクバの気遣いではあったのだろうが、時と場合が悪すぎた。何故なら瀬人の背後で妙な声が上がったからだ。余りにも聞き慣れたその声に瀬人が慌てて振り返ると、そこには言葉通り配達を終え、押印済みの伝票を携えた城之内が驚いた顔をして立っていたのだ。しまった、と後悔してももう遅い。

「うえっ、あの人お前の親父なわけ?似てねぇなぁ!つか、若すぎねぇか?」

 ……磯野はまだ三十路前だ!と怒鳴ろうとして出来なかった。今の自分は如月瀬人なのだ。不用意に大声を上げて万が一にも身バレをしてしまうのが恐ろしい。瀬人はとっさに深呼吸を繰り返し、己を落ち着かせると「違う」とだけ口にした。

「奴……じゃない、『あの人』は保護者ではあるが、親ではない」
「えー、でもモクバが」
「……の、様なもの、という意味でたまにそう呼ぶことがある」
「そうなん?つか、お前の親は?保護者会の時も見た事ないよなぁ」

 結局、城之内に余計な疑問を抱かせる羽目になり、瀬人の疲労は倍になったのだが、これも仕方がないと諦めた。

 帰ったら早速今後の対応をどうするか兄弟プラス磯野で話し合わなければならないと思いながら、瀬人は目を輝かせて己に詰め寄る城之内を眺めながらこっそりと溜息を吐いたのだった。
「えっ?!瀬人くんの家が分かったってホント?」
「ああ、マジマジ。駅からちょっとのとこに馬鹿でかい高級マンションあんじゃん?こないだバイト中にそこに配達に行ったら偶然鉢合わせてよ、事情よく分かんねーけど引っ越し先探してるとか言ってたからその後どうなったんかなーって思ってたけど、昨日同じとこに配達に行ったら入居したって教えて貰った」
「誰に」
「ん?顔なじみのおばちゃん」
「城之内くんってほんっと誰とでも仲良くなれるよね」
「愛想で生きてっからなーオレ。色んな物貰ったりもするんだぜ。めっちゃ助かってる」
「……でもさ、同じマンションって言ったって誰が入居したとか、居なくなったりとか、そんな事簡単に広まるものなの?」
「普通のマンションならそんな事気にしねぇんだろうけど、あそこには金持ちの暇人奥様しかいないからなー。それに上層階に越して来たって言うから噂になったんだろ。珍しいだろうしな」
「どういう事?」
「ああいうマンションってのは当たり前だけど上の階に行くほどお高いわけよ。そこにポンと入れるって事は……わかんだろ?」
「……瀬人くんがお金持ちって事?そういえば尾瀬呂高にいたんだもんね」
「そ。あと、これは本人からちゃんと聞いた話だけど、あいつ親いねぇらしいんだわ。だから余計に奥様方の詮索魂に火がついたみてぇ。親のいない兄弟二人が億ションに簡単に入れるって確かに珍しい事だしな。どっから金出てんだって話だろ」
「城之内くん、そんな事まで瀬人くんから聞き出したの?」
「話の流れでちょろっと聞いたらふつーに答えてくれたぜ?」

 瀬人って普段自分からは全然話さねーけど、聞けば答えてくれるのな。そう言いながら両手に持ったパンと牛乳を交互に口にする城之内を眺めつつ、遊戯は少しだけ暗い気持ちで最後まで残していたハンバーグの欠片を口にした。

 遊戯が瀬人と最後に顔を合わせてから既に二週間が経過していた。10月の終わりまでは比較的まめに学校に顔を出していたのだが、寒さが厳しくなると共に姿を見せなくなっていた。心配はしていたのだが、彼と繋がる手段を持っている人間は誰もいなかったし、この個人情報厳守の世の中では担任に掛け合っても電話番号さえ知る事が出来なかった。

 それに彼とはあの『海馬社長』の一件以来まともに相手をして貰えていなかったので余計もやもやを引きずってしまっているのだ。顔を合わせる度に何度か謝罪はしたものの、通じているのかどうか分からない。尤も無視をされている時点で答えは明白だったのだが。

 そこに来て城之内から齎されたこの情報に遊戯は瀬人の居場所が分かったとか、そういう事よりも瀬人と親しく(あくまで想像だが)そんな話をした城之内に嫉妬めいた感情を覚えたのだ。よくよく考えてみれば城之内も何かと理由をつけては瀬人に纏わりついて鬱陶しいと撥ね付けられていた。本人が言うには「頭のいい奴は利用したい」とか「普段いない奴が来ると珍しくてつい構いたくなる」とか「新しいデュエル仲間が欲しい」という正当な理由がある様だが、それにしては絡む回数が尋常ではないのでつい邪推したくもなるのだ。

 彼が自分と同じように瀬人に対して恋愛感情を抱いてるとは思わないが、友人として気に入っているのは言葉の端々から伝わってくる。いつもだったらこんな事は良かったと思いこそすれ全く問題にもならないのだが、自分が瀬人とうまくいっていない所為で妙に穿った見方をしてしまうのだ。

 そんな事を思いつつ知らず小さな溜息を吐く遊戯に、城之内は既にゴミになってしまったパンの袋と空になった牛乳パックをコンビニの袋に突っ込むとぎゅ、と持ち手を結んで机上に放る。そして心持ち体を前に傾けるとほんのわずかに声を潜めてこう言った。

「何溜息なんか吐いてんだよ。オレはお前の為に情報持ってきてやったのに」
「え?」
「あれから瀬人とまともに話もしてねぇんだろ?あいつも学校来てねぇし、いい加減なんとかしようぜ。最近のお前、暗すぎるぞ」
「城之内くん……」
「お前の事情知ってんの、今のところオレだけなんだろ?だったら出来る事はしてやんねーとな。ま、瀬人の家を突き止めたのは単なる偶然なんだけどよ」
「ありがとう。ごめん、心配かけて」
「で、どうする?何時行く?」
「何時行くって?瀬人くんの家に行こうって事?」
「そうだけど。家が分かったんなら突撃するっきゃねーだろ」

 まるで内緒話をしているような体勢から一転してだらしなく引いた椅子の背もたれに思いきりふんぞり返った城之内は如何にも面白そうだと言わんばかりに目を輝かせてそんな事を口にする。その瞬間遊戯の心に芽生えた城之内に対する感謝の気持ちは半分程度になってしまった。多分、彼がこの行動を起こした理由の大半は自分を口実にした彼自身の為だった事に気づいたからだ。まぁでも、城之内は元からそういう男なので特に腹を立てる事でもなかったが。

「突撃って……瀬人くんは学校を休んでるんだよ?それだけ具合が悪いって事じゃん」
「だからさ、お見舞いって事で。プリントも大分溜まってっし、届けてやろうぜ」
「うーん……迷惑じゃないかなぁ……」

 妙にはしゃぐ城之内の態度とは裏腹に遊戯は先程よりも更に意気消沈していた。そう、冷静に考えれば瀬人にとっては至極迷惑な話なのだ。いくらクラスメイトだからと言って元々誰にも教える気がなかったであろう自宅を勝手に突き止められてアポもなしで押しかけられたら、如何に温厚な性格の持ち主であっても(瀬人が温厚な性格かどうかは置いておいて)嫌がるに決まっている。ましてや、自分は瀬人に避けられているのだ。余計に会いたくなどないだろう。

「大体、瀬人くんが家に居るなんて限らないじゃない。もしかしたら入院とかしてるのかもしれないし」
「あー、そこまでは考えてなかったわ。そういう事もあるかも知れないよな」
「だから家まで行くのはやめた方が……」

 そんな遊戯の発言に至極真面目に耳を傾けた城之内は、数秒前のキラキラした笑顔から一転して眉間に皺を寄せ「うーん」と唸った。流石の彼も病人の家に断りもなく突撃する事への非常識さは理解出来るらしい。一人しきりに「そうだよなぁ」と繰り返している。その様子を眺めながら、遊戯は内心ほっと胸を撫で下ろした。余計な真似をしてこれ以上瀬人の気分を害する事はしたくなかったからだ。謝罪はまた彼が学校に来た時にしよう。なんとなく落ち着かない気持ちを持て余しながら、遊戯が一人で頷こうとしたその時だった。

 パチン、と景気よく指を鳴らしながら再び好奇心丸出しの顔に戻った城之内がこんな事を言い出した。

「じゃ、モクバにアポとれば良くね?覚えてんだろ?瀬人の弟の如月モクバ」
「え?!覚えてるけどさ、なんで急にモクバく……」
「あそこのマンションに住んで、この間あの場所で会ったっつー事はあいつの通ってる小学校って童実野小だな、間違いない」
「えっ、まさか、モクバくんに会いに行くつもり?」
「うん。兄貴の情報掴むには弟に聞くのが一番だろ?モクバに会って、瀬人がどこにいるか確かめてから会いに行けばいーじゃん」
「そこまでする必要ある?」
「逆にお前はそこまでする気ねーのかよ。喧嘩ってのは間があけばあくほど拗れるんだぜ?会うチャンスがあるなら積極的に行動しねぇと解決するもんもしなくなるっての。それに、瀬人がぶっ続けで二週間も休むって事も初めてじゃねーか。喧嘩抜きにしたって心配じゃないのかよ」
「そ、それは、確かに凄く心配してるけど……でも……」

 これ以上変な事をして怒らせたくないし……と段々と小さくなる声と共に俯く遊戯に城之内は一瞬呆れた様な仕草を見せると、これ見よがしに溜息を吐いて先程放ったゴミを手に立ち上がった。そこに丁度良く午後の授業開始五分前の予鈴が鳴る。

「ま、そんなに嫌なら無理強いはしねーよ。オレは一人で行っても構わないし。明日はバイト休みだから早速行ってこようかな」
「ちょ、ちょっと待ってよ、本気なの?」
「当たり前だろ。善は急げって言うしな。個人的に瀬人にもモクバにも会いたいしー」
「………………」
「どうせ行くの明日だし、一日待ってやるよ」

 そう言ってさっさと席を離れていく城之内の背を見つめながら、遊戯は暫く無言のまま微動だにしなかった。城之内はやると言ったら必ず実行するし、彼が行動する事によってまた一歩先んじられてしまうのだ。自分の知らないところで瀬人と城之内の距離が縮んでいくのは、少し……否、かなり面白くない。それに比べたら瀬人に無視され続ける事などどうでも良く思えてきた。

 よく考えれば既に十分怒らせているのだ、更に何か仕出かしたとしても対応はこれ以上悪くはならないだろう。それに絶対嫌がられると決まったわけでもない。こちらから家に訪ねて行き誠心誠意謝罪すれば許して貰えるかもしれないのだ。可能性はゼロじゃない。

「城之内くん!」

 数秒後遊戯は自席に戻って欠伸を噛み殺していた城之内の名を思わず大声で叫んでしまった。その声に間髪入れずに振り向いた彼の顔には意地悪気な笑みが浮かんでいた。「なんだよ?」とぶっきらぼうに答える声も笑っている。

「僕も明日一緒に行くよ!」
「んなデカい声出さなくても聞こえるっての。分かったよ。つか、行くなら最初から行くって言えよなぁ」

 じゃ、後でその話詰めようぜ。と口にして前に向き直った城之内の後頭部を近くにいた獏良がのんびりとつつきながら「ねぇねぇ二人でなんの話してるの?面白い事なら僕も混ぜてよー」と絡んでくる。それを微妙な微笑で誤魔化して、遊戯は漸く弁当の空箱を片付けて授業の準備をするべく机の中に手を突っ込んだ。

 けれど、頭の中は既に明日の事で一杯で、全く勉強する気になどなれなかった。


-- To be continued... --