Top Secret! Act5

「……は?」

 海馬邸に戻り出張帰りの細々としたものを片付けた後、リビングで漸く一息ついている所に齎された『その話』をモクバから聞いた瞬間、瀬人は思わず重低音な声を発してしまった。

 今、彼は何と言っただろうか。明日、マンションの方に友達がやってくると言っていなかっただろうか。友達とは誰の友達なのか、そもそも誰が許可したのだろうか。言いたい事は山ほどあったが、それ故に瀬人の思考はフリーズしてまともに言葉が紡げない。

「だから、遊戯と城之内が如月くんにどうしても会いたいんだって。わざわざオレの事を待ち伏せしてさ、熱心に言うもんだから。そんなに会いたかったら会いにくればいいじゃんって言ったんだ」
「何を勝手に話を進めているのだ。大体誰が……」
「あいつら凄くしつこくてさ、あのまま放置してたらマンションに直接突撃してくるかもしれないよ。まぁ、あそこはセキュリティがきっちりしてるから中には入れないけど、エントランスで騒がれでもしたら大変でしょ。特に城之内なんてよくあそこに来てるみたいだし、住人の誰かに色々聞かれでもしたらさ」
「それはそうかもしれないが、だからと言ってオレに相談もせずに勝手に決める奴があるか」
「だって兄サマに話したらダメって言うじゃん、絶対。今もダメだって言いたいんでしょ」
「当たり前だろうが!誰が好き好んであんな奴らを家に入れたいと思う?!」
「何が家だよ。一回も来た事ない癖に。大体自分の家とか言うんならちゃんと通って部屋を整える位したらどう?ほったらかしで家の奴に丸投げの癖に、兄サマにそんな事言う権利ないからね!」
「……何だと?」
「大体、兄サマが如月くんになる為にあのマンションを用意したんでしょ?元々の発端は兄サマじゃないか。如月くんとして高校生活を楽しんでみたいって言ったのは自分でしょ。だったら多少めんどくさくても如月くんとして友達の相手をする位当たり前なの!っていうか、そもそもあいつらがオレの所に押し掛けたのだって兄サマが学校に来ないから心配して来たみたいだし。ぜーんぶ好意じゃないか!」  

 言いながら興奮したのだろう、徐にソファーから立ち上がったモクバは、バン!とテーブルに両手をついて身を乗り出して来る。中身が入ったままのマグカップが大きく揺れて中のココアが零れるのも構わずに、彼は言葉の勢いそのままに向かいに座る兄を睨みつけた。勿論これは演技であってその内心は楽しくてたまらなかった。

 自分は何一つ間違った事は言っていないし、己の要望も包み隠さず伝えている。裏も何もない。だからこそ対面に座る瀬人は勢いに押された形でぐっと眉を寄せて不機嫌な顔をする位しか対抗できない。こうなると勝利はもう手にしたようなものだった。後は瀬人にいかに速やかに行動をさせるかにかかっている。

「何も大々的に招いてホームパーティをしろって言うんじゃないんだからさぁ。ちょっと家に呼ぶ位いいじゃん。それで満足するんならさ。なんなら、オレがメインで相手をしてやってもいいんだし」
「………………」
「そう言えば、オレの友達もそのうち来たいって言ってるんだ。その為にオレ、自分の部屋を『ちゃんと作った』よ。めちゃくちゃ理想の凄い部屋になったんだ。兄サマにも見て貰いたいなぁ」  

 睨み顔から一転、ほんの少しだけあざとさを滲ませた上目遣いの視線と甘えた声を出しながら、モクバはじっと瀬人を見る。その態度がどれほど兄に効果があるか分かっての行動だった。それまでの少し緊張を孕んだ空気が変わっていく。ややあって酷く疲れたように深い溜息をついた瀬人は、まるで降参とばかりに項垂れると額に手を当てながら小さく口を開いた。

「……オレにどうしろというのだ」

 この瞬間、モクバは心の中で盛大なガッツポーズをする。そして弾んだ声でこう言った。

「今から如月くんの部屋を作りに行こうよ。それで、今日はあっちに泊まろう?少しでも生活感だしとかないと変に思われるし、兄サマだってあそこに慣れておきたいでしょ?」

 

 

「オレの部屋、と言ってもな……取り立てて変えたいとは思わないが」
「こんなモデルルームみたいな部屋じゃ駄目だよ。何にもないじゃん!如月くんの設定を思い出してよ!」
「設定とか言うな」

 あの後多少のいざこざはあったものの瀬人を屋敷から連れ出す事に成功したモクバは速やかにマンションを訪れて、例の部屋に瀬人を押し込んで「なんとかして」と口を尖らせた。シックな壁紙に最低限の机やベッドがあるその空間は改めてみるとホテルの部屋よりも整っていて、人が住んでいる気配が全くしなかった(実際住んではいないのだから当たり前なのだが)。

 更に言えばインテリアが落ち着きすぎていてとても高校生の部屋とは思えない。取り敢えず持ち込んだ学用品を置いてはみたものの、そぐわない事この上ない。もっとも、本来の瀬人の部屋はこんなものなので彼本人が違和感を感じないのはある意味仕方ない事だった。

「例えばさ、如月くんは何が得意なの?兄サマと言えばPC系とかデュエルとかだけど」
「考えた事はなかったが、学校では読書一辺倒だな。ネットには疎い事になっている」
「じゃあ大きな本棚がいるね。デジタルに興味ないんならその逆のアナログに特化しちゃえばいいんじゃないかな。文学少年で行こう!」
「文学少年……」
「あと、兄サマはピアノとか出来るじゃん?ピアノもいいと思うんだ。本や音楽や芸術に傾倒してれば、世間の事に興味なくても変じゃないし。病気がちの人の趣味としてはピッタリだよ」
「そういうものか」
「そういうもの!……えーとじゃあここには本棚を置いて、中身は……恋愛小説とかにする?」
「絶対に嫌だ。読んだこともない」
「えー。恋に憧れる青少年面白いのにぃ!ま、中身は好きに選んでもらって、あっちの趣味部屋にはもう一つ本棚とピアノ……グランドピアノ入るかなぁ」
「普通のでいい。普通ので。やたらと拘るのはやめろ」
「あっ、でっかいスクリーンで映画が観たい!!」
「結局お前の趣味になるのではないか」
「いいじゃん。兄サマそんなに拘りたくないんでしょ。じゃ、早速手配しよっと。それはそうとさぁ、今日の晩御飯どうしよう。兄サマ何が食べたい?」
「何でもいい、お前に任せる」
「ほんと?!じゃあオレが決めちゃうよ!絶対文句言わないでね!」

 そう言ってスマホを片手にうきうきと部屋を出て行くモクバを見送りながら、瀬人は深い藍色のカバーが掛かったベッドの上に身を投げ出した。そして見慣れない空間と知らない匂いに包まれて、今日何度目か知れない溜息を吐いたのだった。


-- To be continued... --