Act2 瀬人様のご学友

「武藤様他数名が来訪されました。瀬人様にお会いしたいと……」
「武藤?ああ、『武藤遊戯様』か。他はアレだろう?『城之内克也様』とか、『獏良了様』とか、その辺り」
「はい」
「………………」

 その名字を聞いた瞬間、オレは反射的に深い溜息を吐いてしまった。同時に面倒臭い、と出かかる言葉を飲み込んで伺いを立てるべくオレの顔を見つめて来るメイドを軽く見返す。

「……瀬人様はまだお戻りなっていないんだが、それは?」
「真っ先にお伝えしました。ですが、是非お会いしたいと言って……」
「どうせ夕食目当てだろ」
「いえ、それよりも浜崎さん目当ての様ですわ」
「は?」
「海馬くんが居ないなら浜崎さんは?って目を輝かせておりましたし」

 そう言って何故か楽しそうに笑い始めたメイドをやや呆れて見返しながら、オレは今度こそ容赦なく「面倒臭い」と口にした。なんでオレをご指名してくれちゃってんだよ。オレは関係無いだろ。あーやっぱあん時学校になんか行くんじゃなかった。本当に失策だった。尤も、オレが幾ら拒否ろうとも瀬人が「来い」と命じれば行くしかないんだけどさーあーもー。

 あ、そうそう、敬称付けるのはややこしくなるからやめました。どうでもいい事だけど。

「どうします?」
「……どうもこうも、お相手するしかないだろう?一応瀬人様の指示を貰うけれど」
「では、居間にお通ししておきますね」
「あ、そう言えばモクバ様はどうしてる?モクバ様に相手をして貰えば……」
「まだお帰りになっておりません。今日はクラブ活動の日ですので」
「タイミング悪いな」
「と言うより、敢えて今日いらしたのかもしれませんね。モクバ様はご自分のご予定を包み隠さずお話になりますもの」

 いや、それはないだろう、と言いたかったけれど、『あの』武藤遊戯達の事だから、案外その考えは当たっている。好奇心の固まりみたいな集団らしいからなー奴等は。あーあ。変な事聞かれなきゃいいけど。オレ、結構素直だからなんでもうっかり話しちまうんだよな。失言したら瀬人に殴られそうだ。くわばらくわばら。

 そんな事を思いつつ、そそくさと部屋を出て行くメイドの姿を見送りながら、オレは携帯を取り出して、まず磯野さんへコールした。この時間は確か企画会議の真っ最中だからだ。何回目かの呼び出し音の後、いつもと同じ生真面目な声が聞こえて来たから「瀬人様に至急連絡をお願いします」とだけ伝えて通話を切る。まぁ、別に至急でも何でもねぇけど、そう言わないと奴はスルーするからな。どうなんだそれって。

 ……オレはあくまで「海馬邸の執事」だからKCの事に関してはまるで分からない。オレのフォロー範囲は海馬兄弟のプライベートが主で、何か届け物をしたり運転手不在の時に奴等を車で送迎する時以外は、滅多に社内へと足を踏み入れる事も無かった。あちらの管轄は磯野さんを主体とした黒服達の仕事だし、ぶっちゃけ社長としての海馬瀬人まで面倒をみるのは御免だからだ。

 でも、ゆくゆくは磯野さんポジションにもならなきゃいけないんだろうか。望まれれば応えるしかないけれど、できれば今の立場が一番いい。断然こっちの方が面白いし。

 ……って、珍しく早く連絡が来たな。暇なのか?こいつ。

『何の用だ』

 派手に明滅する画面をタッチして緩慢にスマホを耳に当てると、素っ気ない声が聞こえて来た。休憩中なのか周りがガヤガヤと喧しい。「今平気ですか?」と声をかけると『大丈夫だから連絡をした』と至極尤もな答えが返ってきた。それはそーか。

「では簡潔に。先程からお友達が数名いらっしゃってますけど」
『オトモダチ?』
「お前が遊戯ィ!とか凡骨が!とか言ってる連中だよ」
『奴等が何をしに来たのだ。即刻叩き出せ』
「用件も聞かない内からそれはナイだろ、常識的に。どーしても海馬くんに会いたいー!って事らしいですよ」
『フン、馬鹿馬鹿しい。どうせ夕食の無心だろうが。表立った用件は下らんプリント届けか、もしくは勉強を見ろ、だろう。確か週末に試験があるからな。見え透いている』
「オレもそう思う。で、どうします?マジで」
『適当に相手をしておけ。もう少しで戻る』
「一応会うつもりではいるんですねー」
『しつこいからな。では、頼んだぞ』

 意外にあっさりと了解されてしまった事に溜息を吐きながら、オレはスマホをポケットに戻すと覚悟を決めて『瀬人様のご学友』がいる居間へと向かった。完全防音の筈なのに、廊下にまで聞こえる賑やかな声に改めてげんなりしつつ、意を決して扉に手を伸ばす。

 軽くノックを二回した後名前を告げると、大歓声が聞こえて来た。

 ……一体何なんだ?
『えっ、この人が海馬くんの新しい執事さん?!僕達と同じ位に見えるけど』
『二つ三つ上か。大して変わらん』
『へー。また随分と思い切った事をやったもんだなー。何お前、ジジイにもう飽きたとか?』
『黙れ凡骨。気色の悪い言い方をするな』
『えー?なになに〜?海馬くんってジジ専だったの〜?意外ー』
『まぁそれにしてもわざわざ制服まで着てこんな所にまで出張して来るとか御苦労なこって』

 オレのさっきの後悔は数ヶ月前に遡る。

 それはまだ夏が始まったばかりの蒸し暑い日、突然瀬人から連絡があって『今日中に提出しなければならない課題を置き忘れて来たから届けに来い』と一方的に言いつけられたオレは、『目立たない様に制服を着ろ』、とのお達しの通り久しぶりに糊の効いたカッターシャツと、見慣れてはいるけれど着た事は勿論ない童実野校の指定ズボンを身に纏い(当然瀬人のだ)、仰せの通りに瀬人のクラスまで届け物をしに行った。

 なんでわざわざ制服なんだとかなり不満だったけれど、瀬人は校内で目立つのを極端に嫌っていた。だから最初にオレが「校門の所まで出て頂けませんか」というお願いを即時に却下し、制服を着て教室まで届けに来る事を命じて来た。何もしていなくてもただ其処にいるだけで注目を浴びてしまうから(殆どは自業自得な気がするけど)、色んな輩にストーカーの如く付け狙われていて、かなり行動が制限されてしまっているらしい。

 だったらそれこそ自分で取りに帰って来いよ!……とはまだ言えず(新人だったからな)渋々随分と久しぶりな気がする高校へと足を踏み入れた。まぁ、オレだって去年までは一応学生だったし、顔立ちはどちらかと言えばガキ臭い方だったから、特に不審がられる事もなく、瀬人が所属する教室まで辿り着いた。そして、入口付近の女子生徒に頼んで瀬人を呼びだすと、いきなり屋上に連れ去られた。何故か複数の外野つきで。

 そして、成り行き上外野……武藤遊戯一派に紹介されて今に至る。

 今考えてもなんであんな方法でオレと「ご学友」達を対面させたのか良く分からない。けれど、そいつ等が良く屋敷に来る事だけは前の執事からも聞いていたから、瀬人なりに一応は目通りさせておこうと思ったんだろうか。それにしたってシチュエーションが謎過ぎる。まぁ、あいつの事だから『普通』とか『常識』で考えちゃいけないんだろうけどな。

 ……兎に角、その時は特に親しくしたつもりもないし、それきり会う機会もなかったからオレ的には余り関係無いと思っていた。だから今更ご指名を頂いた事が全く不思議でしょうがない。尤も、主人の学校に主人の制服を着て颯爽と登場した年の近い新人執事、っていう強烈なインパクトは残したけれど。よく覚えちゃいないけど色々弄られた気もするし。

 なんだか、凄く面倒臭い。こんな事を言っちゃいけないんだけどな。
「お待たせ致しました。瀬人様は……」
「浜崎さんこんにちは!お久しぶり!」
「あ、今日は『瀬人様』はあんま関係ねーからその辺宜しくー!」

 オレが入室して早々出された菓子を盛大に食べ散らかしながら、女子高生宜しくお喋りに興じていた二人……武藤遊戯と城之内克也が揃ってオレの顔を見ると、こっちへ来いと言わんばかりに手招きをして来た。さっきの歓声といい、この歓待ぶりといい一体何なんだ?と思いつつ素直に近くに寄ってみると、武藤遊戯の方がじっとオレの事を凝視していきなり「僕達とお喋りしようよ!」と言って来た。

「は?」
「僕達、一回浜崎さんとお喋りしてみたかったんだー!ね、城之内くん?」
「オレはそんなでもないけどな。暇だったし」

 余りに突然の事で大いに面喰うオレの事なんか完全無視で、何時の間にかソファーの空いた場所に座らされた挙句手まで勝手に握られてしまい、逃げるタイミングを逃してしまう。いや、オレはこんな事をしている暇は……と言おうと思ったけど、よく考えたら瀬人に相手をしておけと言われたんだっけ。仕方なくこっそりと溜息を吐きつつ武藤遊戯に向き直る。あ、とりあえずは猫被っておかないとな。

「……で、私としたいお話とは?」
「浜崎さんて、海馬くんの所に来てからどれ位になるの?」
「丁度半年位になりますね。高校を卒業してすぐに必要な資格を取った後、こちらにお世話になっておりますので」
「じゃあ、オレ達と会った時はまだ執事になりたてって事か」
「あの時ですか?確か、就任して直ぐでしたね」
「そう言えば浜崎さん、童実野校の制服、凄く良く似合ってたよね。でも面白いよね、海馬くん今まで誰にもそんな事させなかったのに」
「え?」
「そういやそうだな。コスプレまがいの事させるとか始めてだよな。だってよ、最初の頃なんてアイツ磯野を同伴してきたんだぜ。あんな如何にもボディガードです!みたいなヤツ校内に入れるとか頭おかしいだろ」
「……ちょっと待って下さい。瀬人様は校内で目立つのはお嫌いでは……?」
「好きじゃないみたいだけど、ヘリで屋上に乗り付けたりとか平気してたし……」
「それどころかこの間、新デュエルディスクの宣伝で校内放送ジャックしてただろ。ヤツが目立たない様に行動するなんて無理無理。頭の先から足の先まで目立つように出来てんだからよ。バカだし。……つかお前、まさか海馬に適当な理由つけられて言いくるめられたりしてた訳?素直だねー!」

 つー事は何か?あの時のオレは奴のコスプレ趣味(?)に付き合わされたって事か?!ぜんっぜんそんな必要もないのにわざわざ制服を着て?こんな奴等に紹介されて?はぁ?!

 あの野郎ふざけんなよ!!

 ケラケラ笑う城之内克也の声を聞きながら、オレは内心ブチ切れていた。奴風に言えば「おのれ、絶対に許さん!」状態だ。後で徹底的に問い詰めてやる。神を怒らせたらどうなるか思い知らせてやるからな!

 目の前にコイツ等が居なかったら思いっきり悪態を吐いてやる所だけど、今は一応『お相手』の最中だからぐっと拳を握り締める程度で我慢する。ガキだガキだと思ってたけど、ほんっとうにどうしようもねぇなあのご主人様は。今度ケツでもひっぱたいてやろうかな。

 と、オレは一人復讐に燃えていたけれど、どこ吹く風の二名は未だヘラヘラと笑いながらあーでもないこーでもないと瀬人の事を言い合っていた。それを呆れながら聞いていたら、突然矛先がこちらに向かって来る。

「やーでも最後にそんだけ新人執事さんが海馬に気に入られてんだなって遊戯と言い合って、だから実際どんな奴か観に行こうって話になった訳だ。今後何かとお世話になるかもだし?」
「うん。最近海馬くんなんか楽しそうだし、良くきみの事を話してたから。年が近いから友達になれたらなーって」
「と、友達?!私がですか?」
「僕達、磯野さんとも結構仲がいいんだよ。良くメールのやりとりとかしてるし。その磯野さんが『その事は浜崎にお聞き下さった方が早いです』って、最近言う様になったから」
「……はぁ」

 なんなんだそれは。オレの知らない所で一体何が起こってるんだ?つか、なんで瀬人様の交友関係にオレを巻き込もうとするんだ磯野さん。それはアナタの仕事じゃないですか?もしかして、押し付けられてる?

「…………………」
「そんなに嫌な顔すんなよ。別にオレ達海馬に危害加えたりしねーぜ?むしろ加えられてる方で」
「モクバくんも浜崎さんの事凄くいい人だって言ってたし、駄目かなぁ」
「いや、駄目も何も、私はあくまで瀬人様にお仕えしているので……」
「ダチになるのにそんなん関係あんのかよ、おカタイなー」
「じゃあ、海馬くんがいいっていえばいい?」

 ……お前等瀬人になんて言うつもりだよ。オレと友達になっていいかどうか聞くつもりなのか?つか、オレと友達になるメリットってなんだよ、訳わかんねーよ。

 まぁ実際問題オレの処遇は瀬人に一任しているから(ある意味丸投げとも言う)瀬人がそうしろって言うんなら別に異議を唱える気なんかないんだけど。しらねーぞ、下手に気安い関係を作ったらあんな事やこんな事が漏れるかもしれないのに。ま、何でもいーか。

 武藤遊戯の人懐こい大きな瞳に見つめられつつ、オレは口から漏れ出そうになる溜息を飲み込んで、型通りの答えを返すしかなかった。

「……瀬人様がいいと仰るのなら」
「ほんとに?!やったー!」
「何故そんなに喜べるのか心底分かりませんが」
「オレも遊戯のテンションにはついていけねーけど、面白そうだから一応喜んどくわ。やっぱ色々興味あるじゃん」
「興味?」
「そ。海馬の私生活とか面白そうじゃん。お前だって興味ねぇ?アイツが学校で何してるのとかさ。さっきみたくダマされてる事多いかもしんねぇぞ」
「海馬くん、人をからかって遊ぶの好きだから……」
「それにしたってコスプレはねーけどな。案外アイツ、本気でお前に学校に来て欲しかったんじゃねーの。これからも気が向いたら来いよ、な?」

 いきなり立ち上がり、なれなれしく人の肩を叩いて来た城之内克也の話を物凄く好意的に解釈すれば、あの時から瀬人はオレの事をちょっとは特別視してくれてたって事なんだろうか。いや、でもアイツ馬鹿だからな。本当にただからかっただけかもしんないし、油断は禁物だ。今となっちゃーどうでもいい事だけどさ。

 でもしっかりと確認だけはしてやる。これからもコスプレ趣味に付き合わされたらたまんねーし。
 

 ……はっ、もしかしたら、オレを執事にしたのもコスプレ趣味が根本だったりして?!そうだったらもうなんて言ったらいいかわかんねーな!!
 

 そんなとんでもない方向に飛躍した思考に一人悶々としていると、勝手に友達許可を取っちまったらしい二人は全開の笑顔で「じゃあこれからはさん付けじゃ可笑しいよね」と語り合いつつ、思わぬボールを投げて来た。
 

「そう言えば、ずっと気になってたんだけど、浜崎さんの下の名前って何て言うの?」
「瀬人お前〜!!オレあん時制服着る意味無かったんじゃねーかよ!!何で着せたんだよ!!」
「何の話だ?」
「奴等に最初に会った日の話だよ!!制服着て来いっつったろーが!」
「ああ、そう言えば言ったな」
「お前って彼氏にコスプレさせる趣味あんの?制服萌え?なんなの?」
「何がだ」
「必要もないのに訳のわからん事させんなって言ってんだよ!!」

 それから数時間後。程なしくて帰って来た瀬人とモクバと夕食を囲んだあいつ等は、その場で本当にオレと友達になるという宣言をして、瀬人に大いに煙たがられた挙句好きにしろと追い払われ、嬉しそうに帰って行った。類は友を呼ぶっていうけど、瀬人の周りにいる人間は大概変わっている。

 ついさっき、オレのメールボックスに二人から簡単なメールが入っていた。メアドの交換もしたんだっけ……ああもう面倒臭い。なんだこれ。適当に返信して、スマホは自室に置いて来た。そんなに頻繁にやり取りする気もねーし。

 その後何時も通り瀬人の面倒を一通り見て、ソファーの上に投げ捨てられていたスーツを手に取った瞬間思い出したのが『あの事』だった。だからオレは即座にパジャマを着てすっかり寛ぎモードの瀬人の所へすっ飛んで行って真意を確かめるべく問い質した。すると、帰って来たのは何とも気の抜けた一言だった。

「自慢だ」
「はい?」
「単純に、自慢がしたかった。それだけだ。女子がそういう会話をしていたのでな」
「……自慢って、誰に?何を?」
「奴等に、貴様を」

 意味わかんねぇえええええ!!

 なんか凄く得意満面な顔で言っちゃってますよこの人……しかも女子がなんだって?お前に女の話を聞く耳なんてあったのかよ意外だな。つか、オレを奴等に自慢したかったってなんだそりゃ。彼氏自慢か?そうなのか?まだその時彼氏でも何でもなかったけど自慢ですか、そうですか。ほんっと馬鹿だなコイツ。

 まーでも……コスプレ趣味じゃなかっただけいいか!……いいのか?!

「不満そうだな。素直に喜べ」
「普通の人は素直に喜べませんから、こういう事は。もうオレ、制服着たりしねーからな」
「何故だ。物凄く馴染んでいたぞ。凡骨達もまた来いと言っていただろうが」
「馴染む馴染まないの問題じゃねーし、行きません。学生は卒業しました」
「まぁ、貴様はその格好が一番似合ってはいるがな」
「オレは全然似合うって思ってないけど。お前の趣味ってわかんねー」

 相変わらず楽しそうに笑うガキ丸出しのご主人様を眺めながら、オレは深々と溜息を吐いた後、緩く弧を描くその唇にキスをした。

 途端に胸元に伸びて来た指先が、漆黒のタイを弄ぶ。やっぱり、コイツは衣装萌えの気があるに違いない。まぁ、そんな所も面白いからいいんだけど。

「ベッドに行きますか?ご主人様」

 つられる様に笑いながら大真面目にこんな事を言うオレも、大概どうかしているんだ。