短編集 NO33〜N042

【33】 ○○の時間 -- 08.11.10


「だからなんでオレの気持ちを分かってくれねぇんだよ!」
「オレは貴様の立場に立った事などない。だから推し量りようも無い」
「そういう問題じゃねぇだろ?!想像しろって言ってんだ!」
「そういわれても、無理なものは無理だ。諦めろ」
「諦めない!」
「我侭言うな」
「お前こそ我侭言うな!大体お前は冷たいし素っ気無いし最低だ!本当に人間か!」
「まごう事無き人間だ。その点は間違いない」
「だったら分かるだろ?!この気持ちが!」
「さっぱり分からん」
「……くそっ。もういい!お前となんか別れてやる!今すぐに!!」
「ほう。そんな思い切りのよさが貴様にあったとはな。褒めてやろう」
「うるせぇ!後で吠え面かくなよ!」
「貴様がな」
「……チッ。涼しい顔しやがって。泣いたって知らねぇからな!見てろよ。お前の目の前でやってやるからな!」
「別に。既に関係のない男に目の前で何をやられようが痛くも痒くもないわ。むしろ相手の神経を疑うだけだ。」
「っかー!!ふざけんなよ!!表へ出ろ海馬ぁ!!」
「誰が貴様と二人っきりで表に出るか。死んでもここから動かんわ」
「いや!駄目だ!表に出ろ!」
「一人で出て行け」
「お前いい加減にしろよ!!」

 そんな城之内の声が、広い空間中に幾重にも木霊する。その声に重なったのは鋭く響くホイッスルの音。

「いい加減にするのはお前だ城之内!!お前等は授業中に何を言ってるんだ!!」
「だぁって先生ージャージだぜジャージ。一回やってみたかったんだよなージャージ着たまんまでさー」
「まっ昼間っからふざけた事を言うなこのエロガキが!!お前は一人でグラウンド100周してこい!!」
「やなこった。連帯責任でこいつも一緒なら考えてもいーけど」
「なんでオレもだ。断る」
「どうでもいいが試合を始めるぞ。出席番号順に4チームな!」
「バスケかったりーオレやんねぇ」
「お前はグラウンド100周だといってるだろ。早く行って来い!」
「ちぇ。あー面倒くせぇなー」

 あーあ、といいながらダラダラと広い体育館の東側入り口に歩いていくその後姿を眺めながら、すっかり傍観者と化していた、言い争いをしていた彼等の『隣』にいた遊戯がぽつりとつぶやいた。

「……海馬くんさ……一回プライベートでジャージ着てあげたら?君が来ると城之内くん、まともに体育の授業受けて無いじゃない。いっつもグラウンド100周で」
「知った事か。あの男のマニアックな心を満たしてやる義理はない」
「でも体育の時間ごとにあの騒ぎはちょっと困るよー。ていうか授業中にそういう話はやめてよね」
「オレに言うな。お友達である貴様が教育してやれ」
「えー無理」
「ならば無理なのだろう。諦めろ」
「……城之内くん、絶対エロゲーのやりすぎだよ」
「貴様が貸したんだろうが」
「ぼ、僕じゃないよ!もう一人の僕が!」
(『オレは関係ないぜ、相棒!』)
 

 ── 童実野高校の体育の時間は今日も平和です。

城海:ジャージエッチは男のロマン……じゃねぇ ▲

【34】 先見の明 -- 08.11.10


「なぁなぁ海馬〜!オレ、すげぇもん見っけたんだ!」

 そう言って、バイト帰りの不法侵入者及び高校のクラスメイト及び現恋人であるらしい男は、デスクに座って仕事をしているオレの元へとやって来て、一冊の少し黄ばんだ小冊子をポン、と机上に投げ捨てた。表紙であるらしい薄紫色の安っぽい毛羽立った紙にデカデカと書かれていたのは『童実野第3小学校卒業文集』の文字。

 ……なるほど、卒業記念の文集か。そう言えばどの学校でも漏れなくやるものだよな、等と思いながらペラペラと捲っていると、それをさっと取り上げた城之内が何故か目をキラキラさせて、オレに見せたい頁があるんだ、と声を弾ませた。

 他人の卒業文集に関わる事等何一つ思い浮かばないオレは疑問に思いつつ、中断してしまった仕事に向き直り、ヤツがその頁を探し出すのを待とうとキーボードに指を置いた、その時だった。

「あ、あった!これこれ、これ見ろよ!」
「どれだ」
「ほら、ここ。これオレが書いたんだ」
「……貴様、小学6年の頃から字が変わってないな。というか昔の方がまだ読める字だぞ」
「うるせぇ。そんな事はどうでもいいんだよ。重要なのは中身!」
「中身って……何が……」

 至極自慢気に胸を張りながら、城之内の骨ばった指先がびっしりと字の書かれた頁の中央を指し示す。そこには確かに『城之内克也』の名前と共に、汚い字で色々と書いてあった。よくよく読んでみるとその頁は誰かが作った下らない質問にクラス全員が一人一人答えていく、という趣旨のもので、なるほど印刷された質問に全員が直筆で回答を記していた。

 これの何が……そう思いオレは比較的熱心に城之内の指先の示す場所をじっと凝視した。そこには、こんな事が書いてあった。

『Q2:将来、恋人にしたい女の子(男の子)のタイプは?』
『栗色の髪でナイスバディの、目が青い、ガイジンみたいな女の子!(城之内かつや)』

 ── え?

 オレは一瞬首を傾げた。そして瞬時に「だからなんだ」と隣に立つ城之内に素っ気無く返してやろうと口を開きかけた。が、その言葉は、ヤツの眩しい程の笑顔に喉奥に引っ込んでしまう。

「な。これってお前のことじゃねぇ?オレってばアノ頃から、お前とこーなる運命だったんだなーって!」

 ── はぁ?

 やっぱり、オレの首はナナメ45度に傾いたままだ。こいつが何を言っているのか理解できない。いや、言いたい事は分かる。分かるがオレは盛大にツッコミを入れたかった。

 貴様、この文章を100万回読んで見ろ。自分で書いた文章なら読めるだろう。ここには何て書いてある?……と。

「凡骨。貴様、何か変だと思わないか?」
「え?なんで?全然変じゃねぇよ。そんなことより、オレってセンケンノメイがあると思わねぇ?思うだろ?」
「いや、だから」
「あの頃のオレに会えたら『お前すげぇぞ!』って言ってやんのに!あんまり吃驚したんで、お前に自慢したくってさーわざわざ持って来たんだぜ」
「………………」

 へへっ、とやっぱり自慢気に笑いながら、懐かしそうにその頁を見ている城之内の顔を眺めながら、オレはもう一度だけ、心の中で問題の部分を盛大にツッコんだ。
 

 ── 誰が、『女の子』なんだ?

城海:細かいところを気にしたら負けなんです。 ▲

【35】 魔法の手 -- 08.11.11


「今日もいつものお願いします」

 そう言って、背後から抱き締める形で人の背を包み込んだ無遠慮な男は傷だらけの荒れた掌をゆっくりと彼の前で組んで見せた。男が進んでやっている過酷な労働と、最近急激にやって来た冬の乾いた冷気の所為でガサガサにひび割れてしまった脆い皮膚は、触れるとまるでささくれ立った木の肌のような感触がする。

 その指先で素肌を辿られると存外痛い事を知っている彼は、まるで女の様だと思いながらも、男の為に手荒れ用のクリームを用意し、男がここに来る度に彼自身の荒れ知らずの綺麗な両手で見た目にも酷いその指先を念入りに手入れする。それが、ここ最近の彼らの日課だった。

 今夜もまた、本業がどちらか分からないほど勉学よりも労働に勤しんだ男は、最後の締めとばかりに巨大な彼の屋敷にやって来て、年の割には妙に大人びて見える彼のプライベートな時間を共有していた。最初はソファーの端と端に居たはずなのに、何時の間にかその距離は縮まって、最後にはゼロになる。これもいつもの事だった。

 男の甘えた声と、甘えた体が容赦なく彼の体と心を侵略する。が、その前に、とばかりに伸ばされた腕と指先に、彼は何気ない風を装って、その実手の届く場所においてあったクリームを取り出して、その指先を握り締めた。

 重なり合う二つの手。同じ男のものなのに、色も細さも感触もまるで違う二つの指先は、それでも……否、それこそがいいのだと言わんばかりに、熱心に絡まりあう。「なんかエロイ」男の口から、うっとりとした吐息と共にそんな言葉が零れ落ちると、彼は興味なさそうに「何故そうなる」と呆れた溜息を一つ吐いた。

 どうせこれから、男が口にしたような行為をやる癖にこんな事で何を言っている。彼が口に出さずに心で呟いたその言葉を、まるで超能力者の如く読み取った男は、「直接的な刺激よりもこういうのがエロイって感じるものなんだぜ」と得意気に言って胸を張った。

 布越しに触れ合う体温。互いの頬に感じる相手の髪の感触。本来の目的は終了した筈なのに何故か離れようとしない両手の指先。確かに、直に抱き合うよりも、ほんの少しだけ甘ったるい気持ちになる。

「オレ、冬って好き。無条件でこうしてられるから」
「季節関係なくしているだろうが」
「あ、そうだっけ?でも、今はトクベツ。お前、優しいし。手が痛くっても全然ヘーキ。お前の手って魔法の手みたい」
「オレの手ではなく、この薬が優秀なんだ」
「うん。でもさ、やっぱお前の力もあると思うぜ」

 この優しい指先が触れる度に、本当に、痛みなんて消えてなくなるんだ。

 そう言って、男は自分の指先ごと彼のそれを引き寄せて、その魔法の指先に、小さな口づけを一つ落とした。指先だけではなく、その頬にも、そして、唇にも。

 彼等の冬の夜は、そうしてゆっくりと更けていく。

城海:雰囲気的にラブラブを目指すとこうなる。 ▲

【36】 冬の帰り道 -- 08.11.12


「海馬くん寒くない?」
「別に」
「僕、凄くいい物持ってるよ。あげようか?」
「いい物?」
「うん。はい。ホッカイロ!」
「……なんだこれは」
「だから、ホッカイロ。知らない?こうして袋を破って、軽く振ると……ほら、あったかくなってきたでしょ?いつも母さんがくれるんだー」
「ほう、なんだこれは。鉄を酸化させて熱を出すのか。単純な割に良く出来てるな。袋を貸せ。中身は……鉄粉とバーミキュライトと活性炭か」
「……君はまずそういう所に目が行っちゃうんだねー」
「ふん、偉大なる発想とは何にでも興味を持つ事から始まるんだ」
「僕、科学と物理嫌いだもん」
「そういう問題ではない。と言うか、これは貴様の分ではないのか。オレに渡してどうする」
「大丈夫。僕もう一個持ってるから!」

 ほら、と言って高校二年生のものとしては大分小さな手が掲げたのは、海馬が無理矢理持たされたものと全く同じ形状のホッカイロだった。

 大分引低い位置にある首には柔らかな毛糸のマフラーが三重に巻かれており、手には見た目にも暖かそうな手袋を嵌めた完全防備のその姿に更なる暖かさを手に入れようというのか、既にほんのりと紅くなっている頬を眺めながら、海馬はやや呆れた様子で隣で歩く遊戯を見ていた。

 冬の帰り道。今日は兼ねてからの約束で、共に遊戯の家に向かう事となった二人は、珍しく徒歩で帰路についていた。歩幅の違う二人だからどちらか一方に速度を合わせると早いか遅いかの二択になってしまい、結果海馬が譲歩する形で、遊戯の本人はそれなりに早足なのだが海馬的にはゆったりした歩みに合わせて足を進める事となったのだ。

 冷たい冬の木枯らしが容赦なく吹き抜けていく中、厚着の遊戯とは対照的に学ランに上質のカシミヤのマフラーを巻いただけの海馬は、その薄い身体も相まって至極寒そうで、本人は何気ない涼やかな顔をしているものの、指先をポケットにいれたまま出さない所や常に血色の悪い頬が僅かに赤く染まっている事から、遊戯は「海馬くん、なんだか寒そう」と感じたのだ。

 そして、彼は自分のコートのポケットに常に忍ばせているある物を思い出し、即座に彼に差し出した。それが、件のホッカイロである。

 海馬は遊戯からホッカイロを受け取ってすぐ、いつもの通り中身よりも外袋を吟味した後、じっくりとそのモノを観察し、その間に徐々に温まって来たそれを漸く両手の中に握り込んだ。まだ時間の経過が足りない所為か温い、と感じる程度の温度だったが、それでも氷の様に冷たくなり悴んでいた手には救いとなったのか、僅かに強張っていた指先の動きが滑らかになる。

 そんな彼の様子を満足気に眺めていた遊戯は、自分のホッカイロも自らの手ごと海馬の上着の中に突っ込んだ。途端に「何をしている」と驚いたような声が頭上から降ってきたが、特に返事をしないでそのまま歩き続けた。

「こうしてるとあったかいでしょ。僕もあったかいし」
「それ以上暖かくする必要があるのか。着膨れしているではないか。貴様は小学生か」
「あ、酷いなぁ。寒いんだから暖かい格好をするのは当たり前でしょ。海馬くんこそ寒い癖にそんな格好してるなんて変だよ」
「オレは別に不都合は無い。暖をとる方法など幾らでもあるしな」
「え?」
「このホッカイロとやらも確かに暖かいが、オレはこちらの方がいい」
「何が……ってうわっ!!」

 そういうが早いが、海馬は表情は崩さずにひょいと空いた手を遊戯のマフラーの中に突っ込んだ。暖かな毛糸に包まれているその下は、もちろん素肌があるわけで……。

「つめたっ!冷たいよ海馬くん!!そんな手で首触らないでよッ!!」

 当然冷たさに飛び上がった遊戯は海馬の手を引き抜こうと躍起になるが、勿論腕力では叶うはずもなく……結局海馬の指先が遊戯の体温と同じになるまでその手は遊戯の襟元に収まったままだった。

「酷いよ海馬くん。僕は猫じゃないんだよ?首根っこ掴むとか反則でしょ」
「丁度いい位置にあるのが悪い。それにしても貴様は体温が高いな。熱いくらいだ」
「あのねぇ、僕だって一応男の子なんだから、好きな子からそういうことされたら熱くもなるの。君、そういう事ちゃんと考えてる?」
「頬を膨らませて言われてもな」
「あ、そういう意地悪言うんだ。もう、家に帰ったら仕返ししてあげるからね!」
「ふん、精々この寒さを忘れる程度には頑張って欲しいものだ」
「……わああ!本気で返さないでよ!恥ずかしいでしょ!」
「貴様こそ真面目に取るな」

 そう言いながら茹蛸の様に紅くなった遊戯の顔を面白そうに見下ろしながら、海馬は差し入れた手はそのままに、再びゆっくりと歩き出した。ちなみに遊戯の手は海馬のポケットにはいったまま、少々不自然な体勢で歩いていく。

 寒い冬の帰り道。

 けれどこの二人にとっては、そんな寒さも忘れるほど酷く暖かな一時だった。

表海:こういう悪戯は良くやりますよね。 ▲

【37】 出来ない約束 -- 08.11.16


「ありゃ、雨降って来た。どーしよう傘持ってきてねぇ」
「……だから早く帰ろうと言ったんだ。貴様の所為だ」
「だってさー。あーせめて雪になってくれないかなー雨だと寒くって」
「雪とて一緒だろうが。馬鹿か」
「あ、馬鹿とか言うし。それにしても寒いなぁ。4時過ぎたから暖房切られちまった。寒い?」
「寒いに決まってるだろうが」
「怒らない怒らない。今コートとか持ってくるから服ちゃんとしろ」
「貴様よくもぬけぬけと!」
「え?ちゅーがしたい?」
「死ね!」
「酷いなーもう」

 まぁでも怒らせたのはオレの所為だし、ここは甘んじてその言葉を受け止めておきますか。

 そんな殊勝な考えを自分で小さく笑い飛ばして、オレは未だ膝の上に乗せていた海馬を出来るだけ優しく床に降ろしてやると、かけ声と共に立ち上がった。手には使用済みの濡れたコンドーム二つ。それを丁寧にティッシュに包んで、更にいらないプリントでぐしゃぐしゃに丸めると、正体不明の紙ごみに変身させたそれを教室の隅にあるゴミ箱に放り込む。最悪な事にゴミ箱のチェックなんて事をするんです。この学校は。

 昔はそうでもなかったけど、最近は朝礼でコンドームを配り「セーフセックスの重要性」や「校内での行為の全面禁止」なんて教師の口から言われちまうほど、皆さん若いからお盛んで。休み時間や放課後の度に、人気がないところでは結構皆楽しんでる。

 その中に率先して入り込んでるオレ等もいつもは死角になっている図書館の視聴コーナーや、校長室横の余り使う人間がいない女トイレなんかを良く使うけれど、今日は移動するのも面倒だったからそのまま教卓の陰でやった。なんで教卓の陰かというとその近くには暖房があったからだ。それに、そこは廊下から覗いても直ぐには見えない。なかなかの穴場だった。

 海馬は早く帰りたいって言ったんだけど、オレがどうにも我慢出来なくて、一回だけ!ってお願いしてやり始めたら、結局三回位やっちまった。どうせ今日は一緒に帰るし、帰ったら帰ったでまたやるんだろうけど、なんとなく学校でしたい、と思ったんだ。

 だって、こんな事をこの場所で出来るのも後数ヶ月。オレ等は今三年で、後少しで卒業だから学生生活の思い出は少しでも多い方がいい。学校に滅多に来ない海馬となら尚更だ。だからと言って何もセックスする事はないとは思うけど、それ以外に楽しく過ごせる事も思いつかなくて、結局はこうなってしまう。何を言われても止める気はさらさら無かった。

 ちなみに、今日使ったゴムは学校から貰ったもの。安物で、最後は先っぽがちょっとだけ破けちまった。……相手が女だったらマズイだろ。どうせ配るならちゃんとしたものを配れよ中途半端な。ほんと、中途半端なんだよ何もかも。

 そんな事を思いながらロッカーを開けて、教科書雪崩の起きそうな中から朝着て来たジャケットとマフラー、そしてそれだけがかなり質の違うなめし皮の手袋を取り出して小脇に抱える。そしてそこから少し移動して、廊下側の一番端のロッカーから同じ様にコートとマフラー、手袋を取り出した。

 ちなみにこの手袋とマフラーはオレとお揃い。去年のクリスマスにオレがマフラーを、海馬が手袋をそれぞれプレゼントとして贈ったから、どちらもお互いに気に入ってる。値段の差はまぁ、言わずもがなだけど。

 それ以外はそこは空っぽ。海馬は学校にモノを置くという事はしない。「なんで?」と聞いたらいつでも学校から居なくなれるようになるべく身軽にしてるんだそうだ。……なんだよそれ。
 

 じゃあお前、何しに学校に来てるんだ?

 そう言ったオレに、海馬は「セックスじゃないのか?」としれっとした顔で答えていた。

 おい優等生。そんな答えじゃ駄目だろ。基本的に。

 間違っちゃーいないけどさ。
 

 ふう、と小さな溜息が一つ落ちる。段々と暗くなっていく室内。雨が降っている所為で暗くなるのが凄く早い。電気を付けようかとちら、と海馬の様子を見ると、あいつ横着してまだ身支度しないでやんの。寒いんならとっとと脱いだズボンのチャック上げてシャツのボタンしめろっての。お前オレを挑発してんのか。そう思った瞬間、思いっきり目が合った。

「なんだ?」
「なんだじゃねーよ早く着ろ。電気つけるぞ」
「つければいいだろう」
「丸見えなんですけど、海馬くん」
「どうせ貴様しかいないだろうが」
「一番見られて困るのはオレにじゃないんですか」
「別に」
「あ、そ。でももうゴムないからしないけどね」
「ふん」

 オレの答えに何か思うことがあったのか、海馬は即座に手際よく身支度を整えて立ち上がった。……いや、立ち上がろうとした。流石に対面座位で1時間もやりあった所為で腰に力が入らないのか、海馬はふらりとよろけて教卓にしがみつく。ガタンという音がやけに大きく響き渡った。

「何してんだろうなーオレ達」

 その姿に駆け寄って何気なく手を伸ばしながら、オレは本当にそう思って闇に沈んでいく外の景色を眺めた。これが雪なら結構いい感じなのに、雨だとなんだか凄く鬱陶しい。濡れると寒いし、冷たいし。いい事が無い。

 来年の今頃は、どこで何をしているだろう。

 こんな風に教室で抱き合う事はまずありえない。だってもうオレ達は学生じゃなくなるから。同じ空間を共有出来なくなるから。片や会社社長、片や貧乏苦学生。あからさまに違う立場、けれど今はクラスメイトとして繋がっている。恋人として、繋がっている。

 けれどどちらも、余りにも頼りなくて。
 

「はいコート。お前相変わらずうっすいのしか着ないのな。寒くねーの?」
「見た目で判断するな。貴様の安物のジャケットよりは暖かい」
「そーですか。んでも確かにこの手袋は見かけの割にすげぇ暖かいもんな」
「だろう?」
「お前が威張んな。とりあえず、帰ろうぜ。車呼ぶ?」
「傘が無いからな」
「そっか」
 

 雨音が、ガランとした教室に静かに響く。それ以上言葉もなく、薄暗いこの空間で、オレ達はどちらともなくキスをした。きゅ、と皮の手袋が擦れる音が、なんだか妙におかしくて。
 

「次は何時?」
「さぁ。雪が降る頃だろう?」
「今夜は雨から雪に変わるでしょうって天気予報が言ってた」
「では明日だ」
「嘘吐け」
「約束は出来ない」
「分かってるよ」
 

 その言葉は、きっと登校日だけを指しているんじゃないと分かってたけれど。オレはそれ以上つっこむ事は出来なくて、ただ黙って歩き出した。
 

 薄暗い校内に、最後のチャイムが響き渡る。

 この音を、後何回二人で聞けるんだろうと、そう……思ったら。
 

 ── ほんの少しだけ、泣きたくなった。

城海:たまにはシリアスに。 ▲

【38】 凸凹 -- 08.11.17


「皆、でこぼこって言うんだ」
「何が?」
「僕と海馬くん」
「……言い得て妙だな。なかなか上手い事を言う」
「あ、笑ってるし!そんな事言われて嫌じゃない?」
「別に。事実なのだからいいではないか」
「でもさ、凸凹って酷いよね。身長とか考えれば、そんなの分かってるけどさ」
「身長?何故、身長になる?」
「だって。出っ張っているのとへこんでいるのでしょ」
「貴様はよほどそこにコンプレックスを持っているのだな」
「普通持つよ。だってそこそこの差ならいいけど、僕と海馬くん30センチ以上違うじゃん」
「何か問題があるのか」
「色々あるでしょ。一番はカッコ悪いって事だけど」
「そんな事を言ってもな。どうしようもない問題だしな」
「せめて城之内くんとか本田くん位なら良かったのになぁ」
「これから努力するか、潔く諦めるのだな。『男は二十歳の朝飯前』までと言うだろうが」
「……うーん。余り期待できないなぁ」
「オレは構わん。そう気にする事もない」
「そりゃ、海馬くんは大きい方だから気にならないだろうけどね……結構悲しいんだよ。キスする時にしゃがんで貰うとかさー」
「別に貴様が困る事ではないだろうが」
「でも、嫌じゃない?」
「嫌なら最初から相手になどするか」
「あ、そっか。そうだよね」
「オレは身長よりもその頭の回転の鈍さをなんとかして貰いたいがな」
「酷いなぁ。それだって海馬くんの回転が良すぎるんだよー」
「こっちは努力でなんとかなるレベルだろう」
「うー」
「それで、先程の凹凸の話だが……」
「おうとつ?ああ、でこぼこの事?」
「本来は確かに優劣の差やつりあいが取れていないという意味を現す言葉だが、それは並べるから問題なのだ」
「えっ、どういう事?」
「それを漢字にして重ねてみろ。ぴったりとした四角になるだろうが」
「……あ、う、うん」
「似たような形状のものを二つ重ねるより、凹凸があるほうがきっちりと噛み合って、何があってもズレがなくていいだろう?」
「……へ?」
「つまりは、そういう事だ」
「……え?あの、意味が良く分かんないんだけど」
「考えろ」
「えー。答え教えてよ」
「要は多少の差があった方がしっくりくる、という事だ」
「……海馬くんて」
「なんだ」
「凄く、ポジティブなんだね」
「貴様がネガティブ過ぎるのだ」
「そっか。やっぱり凸凹だね」
「だから言い得て妙だと言っただろう」
「うん。じゃあ、これからも宜しくね!」
「余り宜しくされたくは無いがな」
「もう、やっぱり酷いよ」
「それを承知の上で付き合って居る癖に」
「そうだけどね」
「まぁ、今度そう言われたら、今の話をして開き直ってやれ」
「うん、そうする」

表海:個人的に凸凹コンビ大好きです。 ▲

【39】 占い -- 08.11.20


「……気持ち悪いな、なんだその顔は」
「それが開口一番にコイビトに言う台詞ですか」
「ならばまともな顔をして入って来い」
「お前ってほんっと気遣いとか優しさ持って無いよな。普通さ、こんな顔してたら「どうした?」位言わない?」
「別に興味ない」
「そうでしょうとも」
「分かってるなら言うな」
「分かってるけどさー。とりあえず聞いてよ」
「何だ」
「今日さ、オレの運勢最悪だったの。ホラ、毎日テレビでやってるだろ?星座占いとか、血液型占いとかさ。そのどっちも最悪で」
「……下らんな。貴様、そんなものをマメにチェックしているのか」
「何事も気の持ちようって言うじゃん」
「で、今日は『最悪』だったから、そんな最悪な顔をしているのだな」
「最悪な顔とか言うな。それが聞いてくれよ、その占いが悉く当たってさぁ。今日は朝から寝坊するわ、弁当忘れるわ、チャリでコケて小銭ドブに落として、昨日コンビニで貰った100円引きの券も行方不明。トドメはKCに行ったらお前はもう退社してて、時間無駄にしまくったんだぜ」
「ほう」
「何にやにやしてんだよ」
「いや、それは愉快な一日だったな、と思って」
「ちなみに、お前は今日どうだった?」
「オレか?今日は良かったぞ。我が社の株は急上昇し、提携を渋っていた企業からは合意の返事が来て、気に食わないライバル社の専務が不祥事で書類送検された。どうだ、なかなかだろう」
「……いいのか悪いのかさっぱり分かんねぇ。お前の『最高』ってそんなもんなの。あーそう」
「何か文句があるのか。で、それがどうした」
「お前はさ、今日最高だったの。占い」
「ふぅん」
「よく当たるだろ?怖い位にあたるんだよこれが」
「で、貴様の話はその占いの精度における結果報告だったのか?かなりどうでもいいんだが」
「ちげーよ。ってか違わねーけど。オレが凹んでるのは今日の占いが当たった事じゃねーの」
「ではなんだ」
「今日さ、丁度杏子達がやってたから、もう一つだけ占いを見たんだよ」
「貴様は女に混ざって何をやっているのだ」
「まぁいいから。それはさ、今日の運勢とかじゃなくって、相性占いだったんだ」
「……相性占い?」
「ほら、女の子がよく好きな男との相性……お互いが相手に合ってるかどうかってヤツ」
「?よく、わからんがそれがどうした」
「まぁいいや。その、相性占いをこっそりお前とオレでして貰ったんだよ」
「何故、貴様とオレでやるのだ?」
「そんな真剣な顔で言う事か。だってそういうのはフツー恋人同士がやったりするんだぜ……って今説明したじゃん!」
「好きな男がどうの、の部分か」
「そうそう。でさ、やったの!そしたらお前どんな結果が出たと思う?」
「さぁ?」
「最悪だったんだぜ、オレ達!!それも一番!!」
「当たっているではないか」
「えぇ?!」
「貴様もしやいいとでも思っていたのか?」
「そ、そりゃーまぁ……ちょっとはそうかなーとか思ってたけど……はっきり分かっちまうとなんていうかこう、悲しくない?それもさ、さそり座のA型の方がより反発度が高いとか書いてあってさ!!」
「………………」
「それですごーく落ち込んだわけ。まぁ、占いは所詮占いだけどさー、その占いもよく当たるって評判で、だから余計に凹んだっていうか」
「他にはどんな事が書いてあった?」
「他?えぇと、エッチの相性も絶望的だとか、別れるなら早い方がいいとか、そもそも相手はこっちに興味持ってないとか、とにかくロクな事書いてなかっ……」
「凡骨」
「何」
「その占いは外れだな」
「はい?」
「だから、占いは外れだ。そんな下らんモノに振り回されるな」
「え……あの……どういう意味?当たってないって…何が?」
「分からなければ別にいい」
「………………あ!分かった!!……って、えぇ?!それってマジで?!結果がはずれって事は全部逆って事?!やっべーなんか超嬉しいんだけど!オレもう占い信じるのやめようかなー!」
「呆れた馬鹿だな。というか最初からそんなものを鵜呑みにするな」
「そっかそっかー海馬くんはオレのこと大好きなんだー。エッチの相性もいいしー別れたくないしーむしろ興味津々?」
「誰もそんな事は言ってないわ!!」
「よっし、元気出た!!なんだ今日最高の日じゃん!さっきの占いもはずれだな!」
「……本当に馬鹿だな。呆れてモノも言えん」
「さーて、いい気分になったとこでとりあえずテレビ付けていい?明日の運勢の時間なんだー」
「貴様今信じるのをやめたと言ったろうが!」
「それはそれ。明日こそ最高の運勢ゲットするぜー!」
「……さすがはB型」
「何か言ったか?」
「別に。オレは占いなど信じないからな」
「お前なら運命変えられそうだもんな。……ってアナタ神様か何かですか?」
「海馬様だ」
「おみそれしました」

城海:城之内は結構そういうの信じると思う。 ▲

【40】 城之内くんは心配性 -- 08.12.09


「寝不足、頭痛、鼻声、咳、熱……風邪だろ」
「違う。勝手に決めるな」
「嘘吐け。じゃあ触らせてみろ」
「嫌だ。というか何しに来た」
「何しにって。何も用事がなけりゃー来ちゃいけないわけ?」
「当然だ」
「冷てぇの。……まぁいいや。こっち来いよ」
「嫌だと言っている。仕事の邪魔をするな、とっとと帰れ」
「お断りします。じゃーいいよ。オレがそっち行くから」
「来るなと言っている!」
「あれ、オレが近づいちゃ具合が悪い事でもあるんですかぁ?」
「しつこいぞ凡骨!帰れと言ったら帰れ!目障りだ!」
「あ、普通そこまで言う?機嫌が悪いって事は図星な訳ね。全くお前ってわっかり安いよなー……ってやっぱ熱あるじゃん。うお、結構熱いな。なんで仕事してんだよ」
「触るな!鬱陶しいわ!」
「はいはい。えーっと磯野さんに繋がる番号ってどれ?」
「教えるか馬鹿が!」
「じゃーいいよ。オレ携帯知ってるから。えっと何処だったかな、いそのいその……あーあったこれこれ」
「おい凡こ……んぐっ!」
「煩いなー電話聞こえないじゃん。あ、もしもし磯野さん?オレ、城之内だけど。なんかさー海馬熱あるから持って帰っていい?え?会議?そんなん延期すればいいじゃん。一日二日延ばしたって問題ないって。は?オレに難しい事言われても分かんねぇよ」
「!!……んー!んんっ!!」
「まー何でもいいから、そういう事で。うん、じゃーなー。これでよしっと。あ、息止まってた?ごめんごめん」
「ぶはっ……く、苦しいわ馬鹿!!!!貴様今何をしたッ!!」
「何をって。聞いてただろ?早く帰ろうぜ」
「誰が帰るか阿呆が!!これから重要な会議があるのだ!」
「そんなんいいって」
「良くないわ!」
「でももう磯野さんには海馬持って帰るって言っちゃったしー。しょうがないじゃん」
「しょうがなくない!」
「暴れると疲れるぜ?……ほら疲れた」
「……だ、誰の所為で」
「興奮した位で普通はバテないんだけどねーやっぱ具合悪いって事でしょ。はい、じゃーさっさとパソコン締めて帰り支度する」
「誰が帰るか!」
「早くしないと本当に『持って』帰りますよ?あ、ちなみに今日オレバイト休みだからここにいるんだからね?時間を見て追い出そうったって無駄ですから」
「たわけ!」
「あーもうしつこいなーってお前何椅子に噛りついてんだ。手ぇ離せ〜!……ってあー!!」
「今度はなんだ!!」
「手にしもやけできてるッ!お前これ何やったんだ!」
「は?ああ、これは一昨日海馬ランドの視察の際に、防寒着一式を忘れてだな……」
「はぁ?!お前っ!それが風邪の原因だろ!一昨日って確か最高気温マイナスだったじゃねぇか!」
「煩いな!たまたま忘れたんだッ!それに、そんなに長居をする予定もなかった!」
「でもそんなんなる位だから相当長く外にいたんだろ?!どーしてお前はオレの言う事聞けないかね?!手はデュエリストの命だろ?!」
「貴様には関係ないだろう!さっきからさも自分がオレの保護者みたいな態度でベラベラとと!!」
「あ?だってオレ、お前の保護者だもん」
「何?」
「だから、オレお前の保護者だから。管理責任があるんです」
「か、勝手な事を言うな!」
「だぁってお前、全然自分の身体大事にしねぇんだもん。お前が倒れたらオレが困るんですー」
「……な、何を言っている」
「エッチできないしー。今日もヤる気満々だったのに、あー残念!」
「そっちか!!この下半身男が!恥を知れ!!」
「ってのは嘘で。マジな話。オレ本気で心配してるんだぜ?最近ちょっと痩せたし、この間背中にニキビ出来てたし、溜まってたはずなのにアレの量は少ないしーお前は知らないかもしんないけど、オレ全部把握してるんだぜ」
「ちょ、そこまで来ると気持ち悪いわ!!変態か!」
「変態で結構。だから、な?ちゃんとオレの言う事聞けよ。絶対間違いないから。お前の分までオレが大事にしてあげる♪」
「気色悪い!!」
「ひっでぇ。まぁいいや。さ、帰宅帰宅!言う事聞かないと、仮眠室で運動コースに切り替えますよ」
「ふざけるな!!」
「素直じゃない子は痛い目見るんだってば。いい加減降参しろ」
「嫌だ」
「あっそ。そんなにエッチしたいんだ?」
「貴様今大事にすると言ったろうが!」
「優しくしてやっから」
「死ね!」
「可愛くねぇなぁ」

城海:海馬管理監督責任者城之内克也。 ▲

【41】 何でもない事なのに -- 08.12.10


「ね、海馬くん!雪!雪が降って来たよ!」

「見てみて、このたい焼き尻尾の先まであんこが入ってる!」

「さっき缶コーヒー買ったらさ、一本当たったんだー。ラッキーだよねー!」
 

 そう言ってオレの横に当然の様に居座っている小さな身の丈に合ったとても可愛らしい顔をした同い年の男は、オレの顔を見上げて来る。それに是とも否とも言えずに目線だけで答えてやると、そんな些細な反応で満足なのかヤツは嬉しそうに頷いて、そのたい焼きの半分や当たって手に入れたという二本目のコーヒーをオレに差し出してくるのだ。

「はい、海馬くんには美味しい方ね」

 同じものを二分割するのだから、どちらがより美味しい等という事は無いはずなのだが、その男……武藤遊戯はいつも決まってそんな台詞を口にする。そもそもそれは遊戯の意思で遊戯の金で買ったもので、オレは欲しいと口にした事はないしそんな素振りを見せてもいない。なのに奴はさも当然と言わんばかりに自分が口にするものは必ずオレに寄越すのだ。

 余りにも不可解なその行動に一度だけ疑問を口にした事がある。すると奴はにこりと笑って「だって、僕は海馬くんと食べたいんだもん」とのたまった。……やはり意味がよく分からなかった。

「……貴様はいつも楽しそうだな」
「そりゃそうだよ。大好きな人と一緒にいれば楽しいに決まってるじゃん」
「それに、何でも大げさに喜びすぎる」
「海馬くんにとってはどうでもいい事かもしれないけど、僕にとっては凄く嬉しい事なんだよ?」
「そういうものか?」
「そういうもんだよ」

 そう言われてみれば、特にどうという事がないものも、遊戯と共に見れば何か違う気はする。今頭上から落ちてくる、今夜から明日にかけて激しく降ると予報された憂鬱な雪も、ヤツの目には冬の風物詩としか映っていないらしく、しきりに綺麗だなんだと繰り返す。それを聞いていると、積もったら明日の交通手段が、とか、海馬ランドの閉園を早めなければ、とか現実的な心配が先に立ってしまう自分の考えが馬鹿みたいだ。

 けれど、不思議とそれに腹は立たない。その代わりにオレの気持ちを支配するのは、なんの変哲も無い細雪が綺麗に見え、手の中にある安い100円缶コーヒーの暖かさと甘みをとても美味しいと感じ、この寒い最中学校からただ一緒に帰っているだけなのに、それが至極楽しい事に思えるという謎の感情。普段のオレならば想像すら思いもしない事の数々。しかしその全てが幸せに思えてくる。

 ただ、遊戯が傍にいるだけで。世界すらも変わって見える。

「ほら見て海馬くん。もう直ぐクリスマスが近いからさ、街も凄く綺麗だね。あ、でも雪が積もったら折角のイルミネーションが隠れちゃって残念だな」
「片方を取れば、もう片方に支障が出るのは世の常だろう」
「そんな難しい言葉で言わなくってもいいじゃん。どっちも欲しいって思っちゃ駄目なの?」
「貴様は意外に欲張りだな。まぁ、一つ一つが余りにも些細だからどうって事はないがな」
「もー海馬くん、僕の事安い奴だって馬鹿にしてるでしょ」
「実際そうだろうが。雪だのたい焼きだの缶コーヒーだの」
「そうだけど。僕だってスゴイものを欲しがること、あるんだからね」
「ほう。何だ?言ってみろ。サンタクロースに会いたいとか、そういう下らん願いではないだろうな」
「それもあるけど。それよりももっと凄いものだよ」
「あるのか。……冗談だったんだが」

 17にもなって何がサンタクロースだ。こいつの言う事はやっぱり良く分からない。けれど十中八九それは本心に違いない。何故なら遊戯は何時だって真剣だからだ。それこそ、滑稽なほどに。そんなところも些細な事に大喜びするその姿勢と相まってオレに愉快な感情を与えていた。本当に安い奴だ。それなのに、至極面白い。一緒にいて……飽きないと思う。

 オレがそんな事を考えながらあからさまに笑いを含んだ眼差しでやはり真剣な表情でこちらを見ていた遊戯の顔を見下ろしていたその時だった。何を思ったか少し赤い顔で小さな咳払いを一つした奴は、徐に缶コーヒーを持っていない右手をオレの方に伸ばしてきた。

 そして、やけに真面目な声でこんな事を言う。

「僕、海馬くんと手を繋ぎたいなーってずっと思ってたんだ。繋いでもいい?」
「……は?」
「だから、手を繋ぎたいの。左手、貸して?」
「手、だけでいいのか?」
「うん。今日のところは。それだけで、もう幸せが溢れちゃいそうだから」
「………………」
「ね?僕だって凄いもの、欲しがるでしょ?」

 自分で言って自分で照れているのか、赤い顔をますます赤くしてえへへ、と小さく笑った遊戯は、オレが何気なく差し出した手を一瞬じっと見つめた後、ゆっくりと……本当にゆっくりと握り締めた。冷たい指先に感じる、暖かくて柔らかい手。その癖に握り締める力は存外強い。

 たかが手を繋いだだけで。

 けれど、そんな些細な事すら始めてだと気づいた途端、オレもなんだか酷く照れ臭くなる。自然と、頬の辺りが熱くなる。

「……やっぱり安いな。手だけでいいとは」
「そう?僕にとっては凄い事だよ。きっと僕のこと羨ましがる人いっぱいいると思うし」
「手の次はなんだ?」
「うーん。ほっぺたかな?次は触らせてね」
「その次は?」
「身体。ぎゅっと抱き締めてみたい」
「そうか」
「一歩ずつ、進んでいこうね」

 僕、なんでもゆっくりが好きなんだ。だってその方が、幸せを噛み締められるでしょ?

 そう言ってオレの手を満足げに握り締めながら笑う遊戯の顔。そんな顔などもう飽きるほど見慣れている筈なのに、その時は酷く新鮮なものを見た気になった。そして、らしくなく幸せだと思ったのだ。

 ただ、笑顔を見ているだけで。手を、繋いだだけで。こんな事は……
 

 本当に、何でもない事なのに。

表海:やっとデキた表海(笑)癒し癒され仲良くね! ▲

【42】 ハードグミな恋 -- 08.12.14


 恋は甘酸っぱいとか言うけれど、オレにとっての恋は今ハマってるこのハードグミだった。
 

 砂糖でガチガチにコーティングされた上に粒砂糖で着飾って、舌に乗せるとザラリと痛く、噛み締めるのに力がいる。そうして漸く甘い本体を堪能できたかな、と思った瞬間に襲い来る超酸っぱい果汁ペースト。これがまた舌に痛い。大抵一つ目で懲りるんだけど、段々とそれが癖になって、いつしか習慣になっちまった。
 

 だって似てるだろ?誰かさんに。
 

「なー海馬。グミ食べる?」
「グミ?なんだそれは」
「これこれ。最近ハマっててさーコンビニ行く度に買っちまうの。美味いよ」
「またそんな下らない無駄遣いをしているのか」
「オレの金なんだから別にいーじゃん」
「月末に泣きついてくる癖に良く言うわ」
「あ、それは言わないお約束。ね、一つ食ってみて。はい、あーん」
「いらない」
「そう言わずに」

 生真面目な顔で雑誌片手に姿勢よくソファーに納まっている海馬の膝を枕にダラダラと過ごしていた休日の昼。はっきりいって凄く無駄な時間の使い方なのに、不思議と勿体ないとも思わないし、つまらないとも思わない。やっぱり、好きな相手と一緒にいるって事が重要なのかな。恋って凄い。

 そんなオレを時たま雑誌から上げた顔で見下ろして、ハードグミな恋人はその見かけそのままのザラザラした言葉でオレをあしらう。けれどあんまり痛くない。砂糖だから口で転がしている内に溶けちゃうし。こいつも本気でオレを退けようとは思ってないから。ほら、諦めた。次は硬い砂糖コーティングを突破する番だ。

 プラスチック製の袋からグミを一個取り出して、上にある閉じたままの唇に当ててみた。ほれ早く、と急かすと海馬は鬱陶しそうに眉を潜め、凄く渋々と言った感じで口を開ける。そして舌で器用にオレが与えたグミを口の中に放り込んだ。一瞬にしてその顔が曇る。

「……なんだこれは。硬くて甘すぎる」
「だからグミだって」
「合成甘味料の味しかしないんだが……!!」
「あ、中身出た?酸っぱい?」
「………………」
「あはは。お前刺激物ほんと駄目だよな」
「んっ……分かってて押し付けたな貴様!」
「そんな意地悪しねぇよ。オレが美味しいなーって思うものを分けただけで」
「マズイわ!!」
「口直しが欲しい?」
「はぁ?」
「オレもそろそろ口直ししたいなーって思ってたんだ」

 辛いものや酸っぱいものが殊更駄目なこいつには、やっぱりこのレモン果汁ペーストは厳しかったみたい。まあオレでも口の中が唾液の海になるほど酸っぱいもんなこれ。連続で食べると味覚が麻痺するくらいに。

 グミにしてやられた海馬は何時の間にか雑誌を傍らに投げ捨てて、右手で口元を押さえて渋い顔をしてる。お、その身体をガッチリ覆う砂糖コーティングが取れた辺りかな?じゃあ今は一番甘い時だ。でもここで手を伸ばすと酸っぱいペーストよろしく痛い目に合う。これはお約束。

「いてっ!叩く事ないだろ!」
「やかましい!変なものを食べさせて!」
「怒るなよー。お前にグミ食べさせたのは嫌がらせじゃないんだって」
「じゃあなんだ?!」
「うん?オレがなんで最近これにハマってるか、説明しようと思って」
「下らん」
「もー突っぱねないで聞いて。このグミがさ、お前に似てるなーって思ったの」
「何?」
「ほら、口に入れるとザラザラして痛いし、表面硬くて噛むのに苦労するし、やっと柔らかくなった頃凄く甘くなるけど、油断してると物凄いカウンターパンチが飛んでくる。……な?」
「意味が分からん。妙なものに例えるな」
「分かんねぇの?まー自分では分かんねぇよなぁ。ほんとそっくりだぜ。コレとお前。だからいつも口に入れておきたくなるんだ」
「………………」
「でも流石に食べ過ぎて舌痛くなった。口直しさせて?本物で」

 飲み込んだ後もやっぱり残る強烈な酸味に小さな溜息を一つ吐いて、オレは何時の間にか近くに下りてきたその顔を捕まえると、強く引き寄せてそのまま深いキスをした。お互い同じものを食べた後だから、勿論甘くはならないけれど、それでも甘いと感じるのはどうしてなんだろうな。

 麻痺した舌を絡め合わせて、酸味の残る唾液を混ぜる。時折漏れる甘ったるい声が心地よくて、段々離れ難くなる。いつしかグミの味も無くなって、暖かさと感覚的な甘さしか残らなくなった頃、漸くオレは海馬の頬を開放した。さらりと額を掠めていく栗色の髪がくすぐったい。

 その後、何事も無かったように放った雑誌に手を伸ばす海馬を見ながら、オレも投げたグミの袋を再び掴んだ。あ、さっきの最後の一個だった。もうない。
 

「なー海馬ーグミ無くなったー」
「食べ過ぎだ。諦めろ」
「じゃー違うものちょうだい。あ、それよりもグミないとする事がないから遊ぼう。ベッドで」
「何が遊ぶだ」
「今度は普通のグミ買って来よう。ゼリーみたいに柔らかくって、最初から最後まで甘い奴」
 

 そう、丁度今のお前の唇のような奴を。
 

 そう言ってにこりと笑って見せたオレに、何時の間にかハードじゃなくなったグミに似た海馬は、仕方なさそうに肩を竦めた。
 

 さぁ、恋を始めよう。

城海:それは恋というよりメイクラブ。あっまあまです。 ▲

【43】 海馬くんも心配性? -- 08.12.15


「貴様、何か声がおかしいぞ」
「あーうん。一昨日辺りから鼻水が止まらなくて、昨日は腹痛。んで、今日の朝起きたらこんな声になってた」
「風邪だな」
「だろうね」
「薬は飲んだのか」
「オレんち薬とか置いてねーもん。あるとしたって二日酔いのと正露丸」
「馬鹿は風邪を引かないというが、近年の風邪は馬鹿から引くというのだからちゃんと薬を飲め」
「心配してくれてんの?」
「ああ、オレにうつる事をな。明日から年末商戦で忙しくて風邪を引いている場合ではないからな。傍に寄るなよ」
「ちょ、そっち?!それに傍に寄るなとか酷いんだけど!っていうかお忘れかもしれませんが、海馬くんは明日から死ぬほど忙しいから、今日はオレ海馬くんちにお泊りコースでって約束したはずなんですけど……」
「却下だな。風邪っぴきは家には入れん。オレはともかくモクバにうつったらどうする」
「えー!!マジで?!オレ思いっきりそのつもりだったんだけど!!今日家にオヤジいねーし!」
「風邪を引く方が悪い」
「海馬の意地悪!鬼!悪魔ッ!!」
「うるさい。傍に寄るな」
「まだ咳が出てねーから大丈夫だって。風邪って咳からうつるって言うだろ?」
「そういうレベルの話ではない、ウイルスを持っているという事自体が大問題なのだ」
「うつるような事しねぇからさー」
「そういえばさっき貴様オレに触ったな?」
「そんな過去の事を持ち出すなよ!触ったっつっても服越し手袋越しじゃん!!」
「……即クリーニングだな」
「ひでぇ!お前、もうちょっと優しさってもんは無いわけ?!お前がここでオレを見捨てて、明日死んでたらどーしてくれんだよ!」
「随分話が飛躍したな。まだ咳も熱も出てないんだろう?」
「あっ、なんかちょっと熱っぽいかもっ」
「嘘吐け!!」
「ほんとだってホラ!……ってお前手ぇ冷たっ!」」
「ドサクサに紛れて触るな!触らせるな!!風邪がうつるッ!!」
「そんな黴菌の塊みたいに言わなくても……凹むなぁ」
「………………」
「ありゃ、固まっちゃった。何、そんなに風邪菌触りたくなかった?」
「凡骨」
「はい?」
「確かに、熱があるな」
「え?ホント?冗談抜きでさっきからちょっと熱いかなーって思ってたんだ」
「……自分の状態もわからんとは本当に犬以下だな貴様」
「ねぇ、マジでオレの事見捨てて帰るの?お泊り駄目?」
「駄目だ。家に風邪菌は持ち込ませない」
「……そっかぁ」
「が、仕方ない。オレがそちらへ行ってやる。とにかく行くぞ」
「え?」
「だから貴様の家に行ってやると言ってるんだ。さっさとしろ!」
「ヤバイ、海馬くんが天使に見える!!これって熱の所為?!」
「熱で脳が溶けたのではないか」
「だから言う事が酷いって……まー、でもいっか。オレとしてはどっちでもいいし。来てくれるって事は勿論看病してくれるって事だろ?とりあえず薬は口移しでお願いします」
「調子に乗るな!!貴様には荒療治をしてやる!水風呂に入れ!一気に冷やせば熱も直ぐに消えるだろうからな!!」
「ちょ、死ぬって。それは死ぬ!」
「フン、下らんことを言うとオレの看病は要らないという風に取るぞ」
「嘘だってば。お願いします」
「最初から素直にそうしていればいいのだ」
「ったく病人相手に容赦ねぇの。ちゅーしてやる」
「それでオレにうつったら水風呂だからな」
「ごめんなさい」

城海:今度は城之内くんが風邪っぴき。超元気だけどね。 ▲