短編集 NO43〜N050

【44】 僕とオレと王様と -- 08.12.20


 それは、本当に些細な言い争いから始まった。

 ちょっとした感情の行き違いから、やや声を荒げた怒鳴り合いになってしまった遊戯と海馬は、現場である社長室中央にあるソファーの上で、隣同士に座ったまま一通りの罵詈雑言の応酬の後、じっと押し黙って睨み合いを続けていた。

 ……時間にして5分位だっただろうか。

 元々喧嘩の類が好きではなく、こんな言い争いに発展すると大半が負けを期してしまう遊戯が一瞬その睨み合いを放棄したと海馬が思った瞬間、目の前の表情がガラリと変わった。同時にニヤリとつり上がった口角と、紅い光を帯びた眼差しに直ぐ様『入れ替わり』を察知した海馬は、今までと違う声色で「遊戯!」と呼んだ。

 その声に応えたのは大方の予想通り、自信たっぷりの小憎らしい『あの』声。

「よぉ海馬。デュエル以外でお前と会うのは久しぶりだな」
「……何故貴様が出て来た?!ひっこめ!!」
「ご挨拶だな。お前が苛めるから相棒が引っ込んじまったんだ。ったく相棒もお前みたいな横暴なヤツの何処がいいんだろうな、オレには全く理解できないぜ。で、喧嘩の原因はなんだ?」
「やかましいわ!貴様には関係ないだろう!」
「ふん、大方お前が我侭を言って困らせたんだろう。相棒の優しさに付け込むなんて呆れるな」
「内容を知りもしない癖に勝手を言うな!いいから遊戯を出せと言っている!」
「嫌だね。お前がちゃんと謝るまで相棒には会わせない」
「なにぃ?!」
「当然だろう?何でもごり押しすれば相手が折れると思ったら大間違いだぜ!」
「…………!!」

 フン、とそう毒づいて、最初の体勢の所為で酷く近くにある顔を更にぐいっと近づけて、ワザと海馬を挑発するような態度を取るのがこの『遊戯』の特徴だった。彼は相棒の為、と殊更大きく口にするが、その実ただ単に海馬を怒らせて遊ぶのが好きなだけだった。

 普通ならすぐ暴力を振るう海馬に喧嘩を吹っかける命知らずな人間など殆ど存在しないが、『彼』には『遊戯の身体』という強みがあった。勿論口よりも手が早い海馬だったが、さすがに自分よりも体格の小さい恋人相手に手や足を出す訳には行かないと自制しているのか、『遊戯』がどんなに小憎らしい口を利いてもぐっと耐えるしかなかった。勿論『遊戯』はそれすらも遊びの材料として利用しているのだが。

 今もキーキー怒る海馬の様子に『遊戯』は更に悪戯心を擽られ、にやにや笑いを更に深めながらわざと耳元に顔を近づける。

「ホラホラ、顔が怖いぜ海馬くん。いつまでもそんな顔をしていないで誠意を見せろよ」
「何が誠意だ!というか、まず顔が近すぎるぞ貴様!」
「相棒は良くてオレが駄目とか我侭言うなよ」
「言うに決まってるわ!そこを退けッ!」
「嫌だね」
「ならば放り投げるまでだ!」
「へぇ?そんな事していいと思ってるのか?これは相棒の身体だぜ?ってうわっ!首根っこ掴むなよ!!」
「知った事か!そうされたくなかったら遊戯を出せ!」
「いたっ!本気かお前ッ!」
「オレは何時だって本気だ!」

 余りに余りな『遊戯』の攻撃にいい加減業堪忍袋の緒が切れ掛かったらしい海馬は、何時の間にか膝の上に圧し掛かって来た相手の首(正確には首にあるチョーカーだが)を掴んで思い切り引きあげる。必然的に頚部を締め上げられる事となり、流石の遊戯もこれには余裕ではいられなかったらしく、にやにや笑いをひっこめると反撃に出た。

「さぁ早くし……イッ……!」
「そっちがそのつもりならオレは容赦しないぜ!なんだお前案外頬柔らかいんだな」
「っつ!頬を抓るな卑怯者!!手を離さんか!」
「ならお前が先に手を離せ。早くしないと両方やるぜ?」
「離すか馬鹿!」
「ふん、もう大分力が抜けてるみたいだけどな。お前がやめないのらオレもやめない!」
「いッた!!き、貴様指の力が強すぎるぞッ!」
「まぁこれでも鍛えてるんでね。さぁとっとと謝りな。早くしないと顔の形が変わるぜ?!」
「し、死んでも謝るかッ!このッ」
「うぐっ!……強情張るなよ海馬!……って、あ?!」

 最後は互いに殆ど涙目になりながら、既に根競べ状態に突入したその時だった。海馬の頬を思い切り抓り上げていた『遊戯』の力がかくんと一瞬抜けたと思った刹那、同じ顔から悲鳴のような声があがった。反射的にこちらも手を離してしまった海馬は、急につりあがった眉を下げて大慌てで己の頬に手を添える相手の様子をただ呆然と凝視してしまう。

「か、海馬くん!!大丈夫っ?!」
「は?!」
「もうっ!もう一人の僕ったら信じられない!!痛かったでしょ。あー赤くなってる」
「ゆ、遊戯?貴様、拗ねていたのではなかったか?」
「え?……あ、うん。確かにさっきはすっごく怒ってたんだけど、もう一人の僕が海馬くんにあんまり酷い事するから強引に出て来ちゃった」
「………………」
「ごめんね。もう怒ってないから。その気持ち、どこかに行っちゃった」
「いや、その……オレも悪かった」
「うん。じゃあ仲直りしよっか?」
「なんだその仲直りとは」
「やっぱりここは……」

 ほっぺにちゅ、じゃないかなぁ。

 そんな事を呟きながら自主的に頬を赤く染めた遊戯は、先程の不機嫌は何処へやら小さくにこりと笑みを見せると、元々近くにあった顔を更にぐっと近づけた。見た目通りの柔らかなその唇が、『遊戯』によって抓られ血色が大分良くなった頬に触れる。ちゅ、と小さな音を立てて離れ行くそれを、お返しに海馬が今度は自らの唇で触れようとした瞬間……。

「おっと。オレはまだ許しちゃいないぜ!」

 と『遊戯』に変わった。

「きっさまぁああああ!!殺してやる!!」
「はっ!やってみるんだな!!……ってちょっといい加減にしてよもう一人の僕!!出て来ないで!!」
 

 王様は、単に混ざりたかっただけのようです。

表海+王様:王様がチャチャ入れる表海に最近ハマってます ▲

【45】 雪中の一人芝居 -- 08.12.21


「あはは!今のすっげー派手だったと思わねぇ?オレこんなの久々かも!」
「だろうな。だが、オレを巻き込む事はないだろう。物凄く痛いんだが」
「あ?どっかぶつけた?ごめんごめん。だってすぐ傍にいたからつい」
「大体、この雪の中をスニーカーで歩き回る馬鹿が何処に居る!?どうでもいいが、オレを離せ。ずぶ濡れになるだろうが」
「こんなに寒いと濡れる前に凍るかも。超寒い」
「だから!」
「でも、なんかこのまんまでいたい気分。たまにそういう気持ちにならない?」
「なるか!」
「そっかー。オレは結構あるよ。一人ぼっちでさ、雪山かなんかに行って、真っ白な綺麗な雪の上でこんな風に寝転んで、このまま眠るように死ねたら楽かなーとかさ」
「フン、下らん。貴様の死体なんぞで山を汚すな」
「あ、そっち?!」
「当たり前だ」
「ちぇ、オレが雪山で死ぬ事に関しては悲しんでくれないんだ?ちょっと寂しいんだけど」
「寂しいならそんな場所で死ぬな」
「そりゃーごもっとも」
 

 でもさぁ、そういうのってロマンだよなぁ。映画でもあるじゃん?
 

 のらりくらりとそんな話を口にしながら海馬を巻き込んで雪の中に盛大に転げ落ち、そのまま喜んでその下敷きになった迷惑男は、その雪塗れの顔で何故か楽しそうに一人笑っていた。しかし、その声が発する言葉は明るい響きとは裏腹の酷く重い内容で、そのアンバランスさが二人の間に妙な沈黙を連れて来る。

 夕闇が忍び寄る、夕方の住宅街裏の細い道。寒いから近道しよう、とその実ただ単に人が踏み荒らしていない雪の中を歩きたいだけだったらしい城之内は、嫌がる海馬を無理矢理つれて人気のないそこへと入って行った。

 昼間から突如降りだした大雪は今になっても少しも止む気配はなく、何時の間にか辺りを真っ白に染め上げて、少し丈の長いブーツなどすっかり埋もれさせてしまう程積もってしまった。その様を放課後の教室で眺めながら「今年一番の大雪かも」と嬉しそうに呟いて、城之内は酷くならないうちにさっさと車で帰ろうとした海馬の携帯を取り上げて勝手に「今日は歩いて帰るから」と連絡をしてしまい、今に至る。
 

「何故こんな雪の中を歩いて帰らなければならないのだ」
「今日はそういう気分なの。付き合えよ」
 

 即座にそう猛抗議した声など聞く耳を持たず、その携帯を持ったまま即座に歩き出した城之内の背を追う形で帰宅の途についた海馬だったが、さすがにこんな道ばかり歩かされてはうんざりとしてしまう。そこにとどめのように喰らってしまったのが、この巻き添え転倒だったのだ。

 頭や頬など剥き出しの部分についた雪が体温で水になる。変わらず上から降り続ける分も相まってこの時点で既にずぶ濡れだった。それなのに目の前の男は薄らと笑みを浮かべながらきっちりと背に回して来た腕を緩める気配がない。

 人気がないとは言え、ここはれっきとした公道だ。いつ人や車が来るか分かったものではない。そんな場所で雪塗れになった男二人が重なって倒れていれば、何か事件が起きたかと勘違いされてしまう。そう密かに懸念した海馬は、何時まで経ってもその姿勢を崩さない城之内を思い切り睨みつけつつ、腕を解くように促した。けれど、返事はない。

「凡骨、いい加減にしろ」
「……なんかさぁ」
「なんだ」
「すっごい辛い事があったとか、そういうんじゃないんだけど、いきなり超暗い気持ちになる事あるんだよね。それが今丁度来てるっていうか」
「何かあったのか?」
「別になんも。今言ったじゃん。あ、年末になると金欠ではあるけど。クリスマスとか正月ってムカつく」
「貴様の憂いのレベルがわからん」
「そりゃお前には分かんねぇだろうよ。この雪に埋もれたいって気持ちと一緒でさ」
「別に分かりたくもないがな。とにかくこんな所で寝転がるのはやめろ。オレは貴様と共に凍死や事故死など御免被りたいからな」
「お前ってやっぱり冷たいの。身体はこんなに暖かいのに」
「では暖めてやるから起きろ」
「え?」
「雪山になど行きたくなくなるような思いをさせてやる」
「………………」

 え、それって凄いサービスしてくれるって事?!

 それまでの態度とは一転して、そんな声を上げた城之内は現金にも直ぐに海馬の身体から手を外し、早く立ち上がれと促してくる。そんな相手の様子に心底呆れ果てつつ漸く雪の中から解放された海馬は、大分白くなってしまった灰色のコートを強く叩いて雪を落とし、同じ様に真っ白な雪に塗れた城之内のそれも叩いてやった。辺りはもうすっかり暗くなっていて、ぽつぽつ付きだした街灯の明かりがぼんやりと辺りを照らしている。

「冬ってなんか寂しいよな。町は結構賑やかだけどさ」
「とりあえず帰るぞ。話は家の中で聞いてやる」
「オレ別に話したい事なんてないんだけど」
「だが雪山に行きたくなるような気持ちなのだろう?」
「うん」

 何がどうとか、上手く言えないけど。冬が寒いとか、バイトがきついとか、補習が多すぎるとか考えると結構あるかな。でもそんな話聞いてもつまんないだろ?

 そう言いつつも、城之内は何時の間にか差し出されていた手を取った。手袋もしていないその指先はほんのり赤く濡れていて、握り締めると触れていた雪よりも冷たい気がした。その感触に、今更ながらほんの少しだけ罪悪感を感じて、彼は小さくぽつりと「巻き添えにして悪かったよ」と呟いた。その言葉に対する答えの代わりに、降ってきたのは溜息交じりの小さな笑み。

「オレさーやっぱり雪山に行くんだったら、一人で行きたくない」
「オレを巻き添えにするのはやめてもらおう。オレはまだ死にたくない」
「うーやっぱお前は映画と違うよな」
「映画は映画だ。妙な憧れを持つな。それに、凍死の死体は別に綺麗ではないぞ。時には……」
「あーもういい!ロマンが無くなる!」
「何がロマンだ」
「何かお前と話してると、全部馬鹿馬鹿しくなる」
「それは良かったな」
 

『この雪が、何もかもを全部覆い隠してくれるから。私の苦しみも、悲しみも。そして私自身さえ』
 

 不意に大分前に観た映画のワンフレーズが頭に浮かぶ。叶わぬ恋を知り、一人吹雪の中に飛び出していった女が、途中で力尽きて最後に呟く台詞だった。酷く綺麗で印象的なシーンだとばかり記憶していたが、思い返してみるとそうでもなかった。

 密かに憧れていた筈なのに、今は。
 

「早くしろ城之内!」
 

 静寂の中に大きく響き渡る海馬の声に、つい先程まで訪れていた重苦しい不安と共にその映画への思慕の念は、何時の間にか綺麗に消えていた。

 深々と降り積もる雪の中、城之内は握り締めた手に力を込めて歩む足の速さをほんの少しだけ早め始めた。

城海:ブルーな城之内。そんな日もあるよね。 ▲

【46】 12月23日の恋人達 -- 08.12.22


「なー海馬ー。今年のクリスマスは?」
「人に聞く前にまず自分の予定を上げたらどうだ」
「オレ?別にいつも通り。朝は交通整理のお兄さんやってー、その後ケーキ屋でサンタやってーって、時間がないッ!」
「心配するな。オレも無い」
「ちょ、いつやんだよオレ等のクリスマスッ!」
「やりたいのか?」
「やりたいに決まってんだろ!クリスマスにクリスマスしなくて何するんだよ?!」
「意味がわからん。が、意気込みはわかった」
「わかった?!じゃあ何時する?」
「25日の深夜なら空いていなくもない」
「深夜かー。うん、夜なら大丈夫。でも25日の深夜って事はもう26日って事?」
「そういう事になるな」
「そっかー。つまんねぇ。クリスマスは24日か25日がいいのに」
「貴様は毎年無駄なところに拘るな」
「オレは行事を大事にする男なの」
「ふぅん」
「めっちゃ興味なさ気だし。とりあえず経済新聞しまえ」
「何が行事を大事にする、だ。どうせやる事は一つだろうが」
「お前そういうムードない事言うなよ。お前みたいな雰囲気を全く無視する色気も素っ気もない男はモテねぇんだぞ」
「モテなくて結構だ。必要ない」
「とかなんとかいいつつモッテモテの癖に。お前、クリスマスパーティとかで言い寄られたりすんなよ!」
「知らん。言い寄る奴に言え」
「やっぱいるのかよ!」
「断定で話をしたのではなかったのか」
「想像です!」
「そうか」
「そうか、じゃねぇの!ちゃんとガードしろよ!なんか言われたらちゃんと「彼氏がいます」って断れ!」
「嫌だ」
「なんで?!」
「自分から恥部を話して回る趣味はない」
「ちょ、恥部とか言うな!オレの存在ってそんなに恥かしいか!」
「貴様がどうこうではなく、男がいる時点で恥部だろうが」
「……あ、そうだっけ?そういやそうだな。たまに忘れんだ」
「忘れるな」
「でも、オレはちゃんとそう言って断ったけど」
「誰を」
「うん?女の子を。これでもモテるんだぜ」
「ほう。サンタクロースに憧れを持ち、それ以上に飴や風船目当ての小学生にか」
「ちげーよ。ちゃんとした女子高生とか、大人のおねーさんとか!」
「で、何と返って来た?」
「『ホモなの?!信じられない!』」
「……貴様の方がよほどデリカシーがないではないか。そういう時は本当の事は言うな」
「んーだってさぁ。嘘吐けねぇし。オレお前のこと隠すのやだし」
「そういう場合は隠せ」
「じゃーお前はどうするんだよ、そういう場合」
「別に。興味ない、で済ませる」
「なんだそれ」
「実際女にも他の男にも興味がないしな」
「そのものズバリですね」
「不都合はないだろう。まぁ、そういう事を言うと興味を持たせてやる、とか始まるけどな」
「えぇ?!」
「時に凡骨」
「さり気なく話題変えんな!なんだよ」
「貴様、今年は騒がないが、アレはいいのか」
「へ?アレってなんだよ」
「分からないならいい」
「そういう言い方はズルイだろ、気になるじゃねぇか。何?何の事?!」
「変装した貴様がいつも抱えてるものだ」
「うん?……あー!!プレゼント!!忘れてた!!ってお前、くれる気満々?!」
「ああ。もう用意した」
「……マジで?!今年の海馬くん、なんか凄く輝いて見えるー!で、何くれんの?服?食い物?それともバイク?」
「いや、物品ではない。オレの一番大切なものだ」
「はい?……ちょ、なにその処女の女の子が上目遣いで勿体付けて言うみたいな台詞……オレ、海馬くんはもう全部頂きましたけど。あとしてない事あったっけ?」
「……貴様は何故すぐにそういう方向へと持って行きたがるのだ」
「お年頃ですから」
「まぁ、似て非なるものだ」
「うわー。ヤバイ、なんか涎出てきた」
「拭け」
「……で、何だよ。勿体つけてないで教えてくれよ」
「なんの事はない25日の深夜から26日の早朝にかけてのオレの時間をくれてやる」
「?時間?」
「時間」
「……えーっと、それってどういう意味……あ!わかった!夢だった朝までコースをさせてくれるって事?!マジやり放題?!ちょ、すげぇ!オレ26日休み取ってて良かったー!!」
「嬉しいか」
「嬉しい!!超嬉しい!!」
「そうか、ならばクリスマス、家に来る時に忘れずに持って来い」
「うん?何を?コンドーさん?お前ん家一杯あるじゃん」
「違う」
「じゃーなんだよ」
「貴様何故自分が26日に休みを取ったのか忘れたのか?補習課題の入った鞄を持って来い!」
「へ?」
「26日は追試だろうが。一晩中付き合ってやる」
「……はぁ?!ちょ、ひ、一晩中って、それの事?!追試のお勉強?!エッチじゃないの?!」
「当然だ」
「じゃーいらない!!プレゼントいりません!」
「遠慮するな。ケーキも料理も用意してやる」
「勉強しながらじゃー美味しくねぇよ!!嫌だぁ!!」
「泣くな。最高の夜にしてやる」
「……至上最低のクリスマスになりそうです」

城海:羨ましいクリスマスの過ごし方。 ▲

【47】 初詣 -- 09.01.03


「ね、海馬くんおみくじどうだった?良かった?」
「ふん。まぁまぁだな」
「ちょっと見せて。……あ、大吉だ!えっと、うわ、凄いなんでも思い通りに行く年だって。いいなぁ」
「貴様はどうだったのだ」
「僕は小吉。学問が『悪し。精進するべし』だって」
「そんなもの、おみくじに言われずとも分かっている事ではないか。まだ冬休みの課題すら手をつけてないだろうが」
「そ、そりゃそうだけど……凹んでるところに追い討ちをかけないでよ!」
「所詮こんなものはただの紙切れだ。信じるほうがどうかしている」
「僕から200円借りて引いた癖に。どうして初詣に来るのに小銭もって来ないのさ!お賽銭どうするの?」
「別に、万札でも構わんのだろう?」
「万札?!」
「それしか財布の中には入ってないわ」
「……おみくじは大吉でお賽銭は万札とか……海馬くんの今年の運勢すごそうだね」
「下らん。そんなもので何もかもが思い通りになるのなら皆そうしているだろうが」
「そうなんだけどね。こんな世の中じゃ、皆おみくじに運を託してみたり、神様にお願いしたくなるんだよ」
「貴様はまず神に願う前に努力をしろ。貴様の望みは大抵自分で何とかできるものだろうが」
「うー。じゃあ、自分でなんとかするから今日帰ってから課題手伝ってよ」
「そうやってすぐ人を頼るところが駄目だと言ってるんだ」
「海馬くんのケチ!」
「ケチで結構。とりあえず参拝するのなら早くしろ。オレは人込みは嫌いなんだ」
「今年は珍しく天気がいいからすっごい人だね。早く来て良かったー!初日の出も見れたし、ね?」
「お陰で眠いんだが。貴様が下らん事に長時間付き合わせるからだ」
「えーだって何よりも先に姫始めって重要でしょ?」
「貴様昨夜も『今年最後だから』と言って除夜の鐘を聞きながら同じ事をしなかったか?!」
「だってしょうがないよ」
「何がしょうがないんだ」
「したかったんだもん」
「理由になってないわ!」
「もー新年早々そんなに怒らないでよ。後でお正月デュエルしてあげるから。もう一人の僕と変わってさ」
「絶対だな」
「うん、約束。あ、その後課題手伝ってね?さっきの海馬くんのおみくじにさ『人助けは吉』って書いてあったよ?」
「………………」
「とにかく、境内に行こうか。迷子になるから、手、離さないでね?」
「オレにそれを言うか?!人込みに紛れて見えなくなるのは貴様だろうがッ!」
「痛い痛い!髪の毛引っ張るのは反則!!」

 遠くから賑やかな神楽の音が聞こえてくる元旦の童実野神社。僕は今年は珍しくお休みが取れた海馬くんと二人で朝早くから初詣にやって来た。

 毎年年末年始には埋もれるほど雪が降るこの町も、今年は神様の機嫌がいいのか30日辺りからずっと晴れの日が続いて、クリスマスに降った雪も綺麗に消えてしまった。1日の今日も今までに見たことがない位のいい天気で、初日の出もバッチリだった。

 まぁ天気よりなにより、大好きな人と一緒に過ごせたり、日の出を見れたりっていう事が一番嬉しかったんだけど。

 いつもは家族や友達と特にお正月の恒例行事って感じでただなんとなく行っていた初詣も、今年は「そんな事は初めてだ」っていう海馬くんと一緒だから凄く楽しい。毎年している色んな事が、海馬くんと一緒だと全部始めての様に思えて僕の顔は終始緩みっぱなしだった。人込みを理由に堂々と繋げる手も、その状態に追い討ちをかけてるんだけどね。

 神社に着いた途端まだ薄暗い早朝なのにいきなり溢れていた人の群れに、思いっきり腰を引いた海馬くんを無理矢理引っ張って、僕はまず毎年必ず引くおみくじの箱の前に歩いていった。「なんだそれは」とか「たった200円に何の夢を託すのだ」とか色々と煩い海馬くんは無視しておみくじの箱に手を突っ込む。去年は中吉だったから、今年こそは絶対大吉だ!そう思って最後に指先に絡んだ一枚を抜き取った。

 結果は、最初の会話の通り、小吉だったんだけど。さんざんおみくじを馬鹿にしていた海馬くんが大吉なんて、なんか解せない。神様の意地悪。

 けれどやっぱり文句を言いつつも僕の後についてきてくれる海馬くんが嬉しくて、長い長い列の最後尾に立った時も、それほど嫌だとか面倒だとか思わなかった。海馬くんはすっごく不満そうな顔をしてたけど。後で甘酒飲もうかって言ったら、眉間の皺が一本減った。そういうとこ、結構単純なんだから凄く可愛い。

「……貴様は毎年正月にこんな事をしているのか」
「うん。でも今年は特別に人が多いよ。僕もこんなの初めてだもん。みんなやっぱり、色々と大変なんだろうね」
「神に祈る暇があったら休日返上で仕事や学習をした方がよほど益があると思うがな」
「それもそうなんだけど、気休めにはなるでしょ?神様にお願いしたから今年も大丈夫!ってさ」
「そういうものか」
「そういうもんだよ」
「だが、上手くいかなかったらどうするのだ。神を恨むのか」
「そんな事はないよ。そういう時はああ、今年は運が悪かったのかなって諦める」
「ふん、どちらに転んでも神は得と言うわけだな」
「そういう言い方は神様に失礼でしょ。バチがあたるよ」
「くだらん。やれるものならやってみればいい」
「……海馬くんは神様いらないね」
「元よりそんなものは信じても居ないし、頼りにもしないわ」

 万事が万事そんな調子で、口を開けば神様を否定する言葉しか口にしない海馬くんを僕は殆ど呆れながら眺めていた。こんな彼だけれど、本当は誰よりも運が強い。もしかしたら下手に神様に縋る人間よりも否定する人間の方が神様は好きなのかもしれない。海馬くんをみていると、そんな馬鹿馬鹿しい考えが頭に浮かんでしまうから凄く不思議で。

 ……まぁ、神様よりも海馬くんが好きなんだから、そう思ってしまうのもしょうがないかな?なんて変な方向に結論づけて、僕の考えはそこでストップしてしまった。

 けど、ホントに人が多いなぁ。列が全然進まないじゃん。あんまり長いと海馬くんがぐずっちゃう……っていうかもう既にぐずってるけど。子供じゃないんだからちょっと並ぶ位黙って我慢すればいいのにさ。

「遊戯」
「帰りたい、は無しだよ。折角ここまで並んだのに」
「飽きた」
「飴あげるから」
「貴様、オレを馬鹿にしているのか?」
「子供扱いされたくなかったら、大人しくしてて。もう、モクバくんだってこんな風に文句言ったりしないよ」

 ね?とわざと小首を傾げてそう言ってやると、モクバくんを引き合いに出された事が利いたのか、海馬くんはむっとした顔のままふい、と横を向いて黙り込んだ。それ、君の前にいる男の子がお母さん相手にやってる事と同じ仕草だよ。ほんっと子供なんだから。

 でも、君がそんな顔を見せるのは僕の前でだけだから、拗ねられるのもなんだか嬉しい。

 僕は少し機嫌を損ねてしまった海馬くんを宥めるように彼の指先を握り締めている右手に左手を添えてそっと撫でてあげたりしながら、徐々に近づいていく境内を何となく眺めていた。すると不意にその直ぐ傍にある賑やかな出店が目に入った。

 さっきまでは少し遠くてなんだか良くわからなかったけれど、それは熊手を売ってるお店だった。賑やかだったのは高額の熊手を買うとお店の人数人が三本締めをしてる所為で、今もまた誰かが高い熊手を買ったのか、凄い勢いで手を叩く音が聞こえる。

 その光景をじっと見ていた僕は、不意に隣でまだ拗ねている海馬くんを見上げてある事を思いつき、その横顔に声をかけた。

「ね、海馬くん。お参りが終わったら、僕、君にアレを買ってあげるね」
「は?アレ、とはなんだ?」
「知らないの?あれはね、熊手っていうんだ。商売繁盛のお守り。お金だけじゃなくって、あれで幸せも掻き集めるんだよ。色んな人にご利益があるんだって」
「……またか」
「海馬くんならあの店で一番高い熊手も買えるだろうけど、海馬くんは信心が薄いから、信心深い僕が一番安くて可愛い奴、買ってあげる。あ、500円だって」
「ふざけるな貴様。500円で何が出来る!」
「あ、馬鹿にしてー。500円だって熊手は熊手だよ。ご利益あるよ」

 現に君のご機嫌が直ったじゃない。幸せを一つ拾ったよね。

 そう僕の目の前に帰ってきた顔に笑顔つきで囁いたら、海馬くんはちょっとだけ顔を赤くして、ぎゅっと僕の頬を抓った。

「痛いってば!」
「ふん。そこまで言うなら貰ってやる。その礼にオレは神に貴様の頭が少しでも良くなるように願ってやろう。あぁ、それと身長も」
「余計なお世話だよ!神様には自分の願い事をしないと意味ないでしょ!」
「それがオレの願いなのだから問題ない」
「えっ」
「さて、何万円で願って欲しい?」
「……僕がお金貸してあげるから、100円でいいよ」
「遠慮するな」

 これで効果がなかったら、この神社ごと潰してくれるわ!

 そんな物騒な事を口にしながらとてもご機嫌な笑い声を上げた海馬くんに、僕は少しだけ小さな溜息を吐いたけれど、本当は凄く凄く嬉しかった。
 

 今年はなんだかいい事がありそう。たとえおみくじが小吉でも。
 

 『恋愛 -- 愛を捧げよ。幸せあり』

表海:最後の一文は私が今年引いたおみくじ(吉)の一文です。 ▲

【48】 Call my name -- 09.02.24


「おい、遊戯」
「なぁに、海馬くん」

 物凄く些細な事だけど、その一言に、嫉妬した。
 

 

「……なぁ、オレ、お前に一つお願いがあるんだけど」
「なんだ」
「オレ達、付き合って1年じゃん?」
「そうだったか?」
「そうなの。そんでさ、そろそろ一歩進んでみねぇ?」
「一歩進む?……これ以上何をどう進むのだ。変態行為はお断りだぞ」
「ちょ、ちげぇよ。『そういう』一歩じゃなくて!や、それも興味はあるけど」
「あるのか」
「うん。っていやいや、今オレが言ってるのは、なんつーか、雰囲気的な話!」
「雰囲気的?」
「そう」
「なんだ、その雰囲気的とは」
「え?うーんと、こう、なんていうか、ほら恋人同士によくある甘〜い空気とか」
「ないな」
「ないじゃねぇよ。作ろうって言ってんの」
「断る」
「即切りすんな。努力しろよ」
「無理」
「あのなぁ……」
「そういうものがお望みならそれなりの相手を探せばいいだろう」
「もー、そういう根本的な話じゃなくってさぁ。オレはっ、お前とっ、そういう雰囲気になりたいの!分かってんだろ?!」
「煩い。大声を出すな」
「じゃ、オレのお願い聞いてくれる?」
「……今の話が『お願い』の内容なのではなかったか」
「いんや、今のは前フリ」
「言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
「じゃあ、まずその本閉じてオレに寄越せ」

 オレがそう言って、缶コーヒーを持っていない手をずいっと突き出すと、凄くつまらなそうな顔つきで隣に座って読書をしていた海馬は、渋々と言った表情をしてそれでも素直に持っていた本をオレに預けてきた。

 そんなこいつの事を満足気に見下ろしつつ、オレは心持ち身体を隣に近づけてちょっと真剣な顔をして、こっちを見る海馬の目をじっと見つめた。そんなオレに海馬は微妙に引いたみたいだった。ちょ、引くなよ。

「顔が近い」
「近づけちゃいけないのかよ」
「それで、なんだ」
「そう真面目に聞かれると答え辛いんだけど」
「早く言え」
「……あー、えっと、あの、さ」
「まどろっこしいな。なんだ」
「えっと、その。……名前」
「名前?」
「だから、名前を呼んで欲しいなぁって」
「は?」
「ああもう!分かんねぇ奴だなぁ!」

 だからオレは、お前にオレの事を『名前』で呼んで欲しいんだってば!

 そう大声でもう一度繰り返して、オレは大きく肩で息を吐く。それにきょとんとした顔で見上げてくる海馬に「わかった?」と追い討ちをかけたものの、海馬はついぞ首を縦に振らなかった。……どうやら本当に分かっていないらしい。

 あれ、オレ今そんなに難しい話したっけ?ただ単に……そう、本当に単純に「そろそろ恋人になって一年経つから、恋人らしい甘い雰囲気を作りたい。それにはオレの事を名前で呼んで欲しい。そうすりゃなんとなく甘くなるじゃん?」って事を暗に言ったつもりなんだけど。全っ然通じてないわけね。そうですか。

 つかさ、前々から思ってたんだけど、こいつ遊戯の事は名前で呼ぶ癖にオレの事なんて『城之内』とさえ滅多に呼んでくれねぇんだぜ(大抵は「凡骨」。ふざけんな)これってどう考えもおかしいだろ?恋人って感じじゃねぇじゃん。

 それを未だポカンとして瞬きを繰り返している海馬に力説してみたら、海馬はやっと、オレの言おうとしている事が分かったらしく、「ああ、そういう事か」と頷いた。そして直ぐに「下らん」と言い捨てた。

「く、下らんって」
「別にどう呼び合おうが何が変わる訳でも無いだろう。そんな事に拘る方がどうかしている」
「変わるって!少なくても『凡骨』よりは全然いいだろ」
「凡骨はあだ名だ。あだ名で呼ぶ恋人同士もいるだろうが」
「……あのね。「かっちゃん」とか「せときゅん」とか、そういうのを『恋人同士のあだ名呼び』っていうんです。お前のそれは馬鹿にしてる呼び方だろ」
「実際馬鹿にしているのだからいいだろうが」
「ちょっと!」
「しつこいな。そんなものは却下だ」
「なんでだよ」
「気色悪いからだ」
「人の名前を気色悪いとか言うな。失礼な。なーお願い。外で呼べとは言わないから。こういう二人っきりの時だけでもー。オレもちゃんと瀬人って呼ぶから」
「……っ!怖気が走ったわ!」
「その内快感になるって。いいじゃん瀬人〜」

 そう言ってオレがわざとらしく海馬にしなだれかかると、海馬ってばマジで鳥肌立ててんの!そんっなに嫌なのかよ!ただ克也って呼ぶだけだぞ!克也って!!

「なぁ、駄目?」
「……い、嫌だ」
「じゃあ一回だけでいいから。ほれ言ってみ。克也だぜ。か・つ・や」
「………………」
「そんなに思いっきり首を振る事ないだろー何が不満なんだよ?」

 海馬があんまり嫌がるもんだから、オレは逆になんだか面白くなってきて当初の目的とは大分離れちまったけど、なんとしてでも海馬に一回名前を呼んで貰おうと躍起になった。だって聞きたいじゃん?恋人なんだし!

「なーなー」
「しつこいと言っている!」
「どうでもいいから呼んでみてって!」
「どうでもいい?」
「この際我侭はいいません。ちゃんとオレの顔を見て克也って言ってくれたら許すから」
「何故上から目線なのだ!」
「いいからいいから、な?」

 マジお願い、一回だけ!そういってオレはとことん海馬に迫って粘り続けた。最後には「言ってくれないとこの場で襲ってやる」とまで言ってやった。だってそうでもしないとこいつ絶対言わないし!オレも絶対聞きたいし!こうなったら持久戦だ。

「ほらー、早く言わないとチャイム鳴っちゃうぜ。午後の授業サボってもいいのかよ」
「今度は脅しか貴様!」
「だってお前が粘るからじゃん。そんなに無理な事言ってないのによ」
「……本当に、どんな形でもいいんだな」
「あ?いいよ。呼んでくれるんなら」
「わかった。ならば呼んでやる」

 遠くで5時限目開始5分前のチャイムが鳴る。その音を聞いてさすがに海馬も焦ったのか、ついに観念してオレの名前を呼んでやる、と口にした。それにオレは心の中で盛大なガッツポーズを決めると、多大なる期待を込めていかにも鬱陶しい!と言いたげな海馬の顔をじぃっと見つめた。特に口の部分を。

 こいつはどんな声でオレの名前を呼んでくれるんだろう。そうワクワクしながら待っていると、海馬はその胸のときめきを粉砕するが如く、有り得ない形でオレの望みを叶えてくれた。

「よし、克也。お手」
「………はぁっ?!」
「なんだ。名前を呼んで欲しかったんだろうが」
「ちょ、オレは犬じゃねーって!そうじゃなくって!」
「どんな形でも、といったはずだ。ほら、お手はどうした」
「ちょっと待てよ海馬ぁ!」
「フン、こんな簡単な芸すら出来ない貴様は犬以下だな。そこで三回廻ってワンとでも吼えていろ」
「ひ、酷い……!」
「これで望みは叶っただろう?オレは教室に戻るぞ」
「っかー!てめぇ〜!」

 ほんっとマジで最悪だコイツ!!

 海馬のこの態度に流石にオレもプッツンして、涼しい顔で立ち上がって教室に戻ろうとしたその身体をとっ捕まえて犬は犬らしく『ご主人様』に思う存分じゃれついてやった。

 あ?ふざけるな?ふざけてんのはどっちだ馬鹿。犬扱いもいい加減にしろよこのドS。こうなったらエロい事で名前呼ばせてやるぜこんちくしょう!
 

 ……その後結局授業にも出ずに散々屋上で盛った結果、ついにちゃんとした声で名前を呼んで貰うことは出来ませんでした、残念。
 

 でも、いつかきっと、普通の恋人同士みたいに甘い声で互いの名前を呼び合ってみせると、オレはそう密かに心の中で誓いを立てた。

城海:城之内さん何してんですか。でも互いに名前呼びは恥ずかしいです(私が)。 ▲

【49】 食欲と性欲 -- 09.02.25


 深夜のテレビで「食欲が強い人は性欲も強い」という話が出ていた。それを漫画を読みながらなんとは無しに聞いていたオレは、隣で真面目な顔をしてパソコンを弄っている海馬を見上げ、ああなるほど……と呟いた。

 するとテレビの音は一切聞こえない癖に、オレの声は結構拾い上げてくれる優しいんだか聡いんだか分からない海馬の耳はピクリと動いて、止まる指先と共にオレの方に視線を向ける。その問うような眼差しに、オレも漫画から顔を上げて一応「ん?」と答えてやった後で、凄く簡単に今自分が仕入れた情報を海馬に伝えてやった。

「今さ、テレビで食欲と性欲の事をやっててさ。一杯食う奴はアッチの方も強いし、旺盛なんだって」
「ほう」
「だから、『ああなるほど』って」
「それはアレか。貴様自身の事を言っているのか」
「分かってて言うなよ」
「貴様ほどの悪食の大食漢は見たことがないからな」
「そりゃお前の周辺が上品なだけだろ。オレは普通だっつーの。大体食いすぎてたら今頃フーセンみたいになってます」
「フン、その分よく動くからだろうが」
「あ、そか。消費も早いんだっけ。つかそれって逆じゃね?エネルギーが必要だから一杯食うんだよ」
「その『消費』の一端に付き合わされる身にもなって欲しいものだな」
「お前は逆で食べなさすぎ。ヤる気もなさすぎ。ジジィじゃねんだからもっとこう健全な青春時代を謳歌しようとは思わないのかね」
「仕方なく付き合ってやっている程度だ。食事も、セックスも」
「……なんだかなー変な奴」
「ほっとけ」

 そんな素っ気無い一言で会話は終わり、部屋の中にはまた静けさとテレビの音だけが戻ってくる。時間は丁度午前0時。夕飯を食ってもう大分経つからそろそろ腹が減って来た。勿論どっちの意味でも。

 オレは海馬の側面を背凭れ代わりに座っていたその体勢を改めて、よっ、と小さな声を上げて起き上がり、くるりと向きを変えて目の前の身体に抱きつくように寄りかかるとわざと甘えた声を出してみた。

「なー海馬ー腹減ったー」
「貴様先程どちらも食べたばかりだろうが」
「さっきってもう大分前だぜ?とっくに消化したっつーの。仰る通り『消費を促す事』もしましたし?すっかり胃の中空っぽです」
「知らんわそんな事。そこにある果物でも食べていろ」
「あ、バナナとミカン!あれ、お前何時の間に部屋にこんなもの置くようになったの?お前も夜中にこっそり食うの?」
「オレがそんな意地汚い真似をするか」
「意地汚いって……」
「それは、ここに入り浸り、常に腹が減ったと小うるさい犬の為に用意してやったものだ」
「ちょ、素直に『お前の為だ』って言えねぇわけ?海馬くん超冷たいっ」
「煩い。それで口を塞いでいろ」

 一瞬ちらりとこっちを見てくれたものの、想像通りというかなんと言うか、かわいこぶってみても何の反応も返してくれない海馬くんは、そう言って素っ気無くオレの顔をぐいぐいと押しのけると、再びパソコン画面に釘付けになる。空いていたもう片方の手には、ついさっき入れたばかりの微妙に暖かいコーヒーカップ。

 そういや海馬、飲み物だけは良く飲むんだよな。朝もスープだし、昼はなんか良く分かんねぇ栄養ドリンクみたいなもんだし、夜は夜でやっぱりスープ系メインで後は野菜と肉がちょこっと。コーヒーはしょっちゅうがぶ飲みしてる。……でもオレのアレは飲んでくれない。あ、関係ないか。

 そんな事を思いつつ、オレはちょっと遠くにあった果物が沢山入った篭を取る為に手を伸ばす。なんとかギリギリで届いたから引き寄せて、とりあえずバナナを一本口に入れる。勿論一気に。

 つーかこいつ夕飯あれっぽっちしか食わなくて良く腹減らねぇな。運動量はオレと変わんない筈なのに、全く持って平然とした顔をしてる。オレは良く事ある事に腹へらねぇの?って聞くんだけど、返って来るのは「別に?」だけなんだ。一度深く追求してみたら、なんつーの、噛むのが面倒くさいとか時間が勿体無いとかアホな事言ってるんだから始末に終えない。噛むのが面倒ってなんだよ。聞いた事ねぇよ。

 うーん、だからコイツは何時まで経っても食欲も性欲も薄いんだと思う。この調子で行くとセックスなんかも入れるのが面倒とか(だからオレが入れてるんだけど)動くのが面倒とか、ぜーんぶそう言ってぶん投げるんだろうな。まぁ別にいいけど、死にやしないし。

 でも欲を言えば、もうちょっと食べる事にもヤる事にも意欲を見せて欲しいなぁとか思ったりする。だって、こいつの体力が無い所為でオレは我慢を強いられてる訳だし、今だってコーヒーを飲んでいるその口を塞いでやりたいなとか思っているのに。

 そんな事を考えながら、二本目のバナナに手を伸ばしたオレは、ふと手の中のそれとすぐ近くにある口を見比べて、ちょっとだけアレな気分になる。

「……なんだ」
「バナナ食べる?」
「食べるわけないだろう」
「じゃあ、食べさせてくれる?」
「バナナを?」
「そーじゃなくて」
「断る」
「あっそ。ケチ」
「ケチで結構」
「じゃー食べさせてくれなくてもいいから、バナナ食べて」
「何かよからぬ想像をしているだろう貴様。顔に出ているぞ」
「あ、分かっちゃった?だってお腹減ったからさぁ」
「関係あるか」

 軽口を叩きながらオレは丁寧に手にしたバナナの皮を向いて、ずいっと海馬の口元に持って行ってやる。最初は凄く嫌な表情をして思いっきり顔を背けていたけれど、自分が『食べられる』よりはマシだと思ったのか、結局海馬はオレの手からバナナをちゃんと食べてくれた。うん、想像通り超エロイ。

 その様子をにやにやを隠しつつ眺めながら、オレはふと「ああ、こいつは食べ方がエロイからアッチもエロイのか」となんとなく思っていた。

「テレビの言う事ってたまに凄く納得するよな」

 そうぽつりと呟いたオレに海馬はより一層呆れた顔をして、小さな溜息を一つ吐いた。

 その後結局満腹になったオレは、その溜め込んだエネルギーを消化する為に海馬を付き合わせたのは言うまでも無い。

城海:なんだか良く分からないけど海馬はエロイって話 ▲

【50】 One more kiss -- 09.03.02


「…………っ」
「だからさー息止めちゃ駄目なんだって。窒息するだろふつーに」
「……そんっ、な事言ってもっ……タイミングがっ」
「大体お前緊張しすぎ。こんなん別になんでもねー事なんだから、もっと体の力抜けよ。な?」
「か、簡単に言うな!」
「んーまぁ別にいーけど。……もう一回する?」
「しない」
「……だろうね。じゃ、そろそろ教室帰ろっか。午後の授業始まるし。なんだっけ?古文だっけ?」
「源氏物語、だろう?」
「あーそうそう!やべ!予習してくんの忘れた!海馬、ノート貸せ!」
「オレがそんなものしてくると思うか?」
「……して来ないよねー。分かって言ったんです」

 まぁいっか。いつもの事だし。

 そう言って、制服のまま地べたに座り込んでいた城之内は、よっ、と小さな声を上げて一気に立ち上がると、眼下に座る海馬の顔に手を伸ばし、口の端から流れるどちらのものとも言えない唾液を指で拭った。

 それに些か渋い顔をして、海馬は途中で読み止ってしまった本を拾い上げ、足に力を入れて立とうとしたが上手く行かず、結局城之内が手を貸す事になってしまった。

 ただ、キスをしただけなのに。それだけで、目の前の彼は陥落する。

「お前ってほんっと可愛いのなー」

 その様子をにやにやしながら眺めていた城之内は、至極満足気な声でわざと大きくそう言うと、悔し気に顔を歪ませる見た目的には余り可愛いとは言い難い恋人を引きあげる。

 うるさい。と消え入りそうな声で答えるその頬は仄かに赤く染まっていて、その様がより一層城之内の目を楽しませる。

 自分よりも身長が高くて金持ちで頭も良く、高校生社長というとんでもない肩書きを持っているにも関わらず、だからこそなのだろうか、色事にはとんと疎く「お前は幼稚園にも入らないガキか!」的な初心さで最初は大いに驚愕したのだが、それが逆に城之内にとっては新鮮で、当初は嫌味半分からかい半分でちょっかいをかけたのにも関わらず、現在はどっぶりとハマってしまっている状況だ。

 こんな筈じゃなかったのに。

 事ある毎にそう呟く台詞は、けれど少しも重く響かない。

(だってあの海馬だぜ。天才となんとかは紙一重を体現してて、態度はどこぞの大統領かと思う程偉ぶってて、言う事は意味不明、性格ときたら今までお目にかかった事がない程はちゃめちゃで、正直こいつは同じ人間かと思っていた、あの、海馬が)

 ── こんなにも可愛らしい奴だったなんて、一体誰が想像できようか。

 付き合って既に三ヶ月経ち、恋人としてやる事は一応全てやり終えた二人だったが、その道筋はどこのお涙頂戴純愛ドラマよりも困難で、そして未だにそのドラマは続いている。

 手を繋ぐ事から始まって、キスをして、抱き合って……の一通りの工程をきっちりそつなくこなしたにも関わらず、未だ性的知識……というかそれに対する心構えが幼稚園児以下の恋人は、全く持って慣れるという事を知らなかった。

 よって、未だにキスする度に大騒ぎ、セックスなどしようものなら一日作業である。最初はそれこそ「どーすりゃいいんだよ?!」的な思いに捕らわれ、途中面倒になったりしたのだが、段々とそれが面白く思えてしまい、今し方話題に出た源氏物語の光源氏ではないにしろ「こうなったらオレの手でオレ好みの男にしてやろうじゃないの!」の気概で、彼は日々努力を続けているのである。

『ほれ、口開けて舌出してみ?そうしたら大人のキスって奴が出来るからさ』

 彼らにとっては『たかがキス』が『されどキス』で。未だ軽く唇を合わせる事すら微妙に引いてしまう相手に、一番最初にディープキスを教えた時などこんな言い方しか出来なかった。

 「なんだか本当に、幼稚園児を相手にしてるみてぇ」と海馬と付き合った当初の城之内が、大半がのろけ話で構成された愚痴を口にした時、その聞き手であった遊戯は至極あっさりと「楽しいくせに」とその言葉を一蹴した事など今ではもう一回や二回ではない。

 まぁ確かに楽しいんだけどね。

 白く大きな、冷たい手を握り締めて屋上から階段へと続く扉に向かいながら、城之内はそう一人ごちる。不意にその呟きを拾い上げたらしい海馬が「なんだ?」と小さく声をかけてきた。

 その低く迫力のある美声は、城之内も含め数多の人が知っている海馬瀬人のもので、その声色からは先程の可愛らしい姿など到底想像出来ない。こいつがなー、こいつが。思わず振り返りしみじみのその顔を見つめながら城之内は心の中でそう呟く。そんな彼に海馬はわけが分からないと言いたげに眉をきつく寄せて肩を竦めた。

 可愛くない顔しちゃって。オレ、お前の事考えてたんだけど。

 むっとしたその表情にこっそりとそう思うと、ふとあの可愛い顔が見たくなってくる。

 『あの海馬』が『この海馬』だと言う事をもう一度しっかりと頭に刻む為に、これは実行しなければなるまいと勝手にそう決めた城之内は、結局その場に立ち止まりくるりと後ろを振り返ると、海馬の両肩に手を置いて、とびっきりの笑顔を見せてこう言った。

「やっぱり、もう一回!」
「何を?」
「何って、キスだけど。今度は息、止めないようにな?」

 それから滔々と「呼吸のタイミングは〜」だの、「唾が出てきたら〜」だの、もう何度目か知れないキスのイロハを教えた後、城之内はやはり息を止めて身を硬くしたその姿を苦笑と共に見下ろして、もう一度、今度は自分も息が止まるような長い長いキスをした。

 そうして見つめた目の前の顔は、想像通り例えようもなく、可愛かった。
 

 One more kiss.
 

 光源氏は、実在しないとは限らない。

城海:童実野高校城海源氏物語 ▲