短編集 NO51〜N058

【51】 ハッピーランチ -- 09.03.03


「くっそー!オレの一つ前で終了しやがった!どーすんだよオレの昼メシ!」
「4時限目終了の時間が、5分程遅れたからな」
「ああ!お前の所為でな!ったく授業が終わるギリギリの時間に質問するとか馬鹿じゃねーの?!死ねよ!」
「質問ではない、指摘だ」
「余計悪い!黙っとけよ!!このKY!」
「オレはあの教師の間違いを正してやったんだぞ。感謝されこそすれ、責められるいわれなど一ミリもないわ」
「嘘吐け、お前あいつ嫌いな癖に。こないだ生徒指導室に無免許運転でしょっ引かれてたもんな。どーせ嫌味だったんだろ」
「無免許運転ではない。国際免許は持っている」
「日本では日本のルールに従え、このエセ日本人!つーか車どころか小型ジェットで来るとかどこの馬鹿だよ?!」
「仕方ないだろうが。テストの為だ。留年したらどうする」
「アメリカから登校すんな」
「だから今日は大人しく社から車で来ただろうが。一々煩いな。少しは黙っていられないのか」
「……うぅ、怒鳴ったらますます腹減った……」
「哀れな犬だな」

 海馬がそう言って鼻で笑った瞬間、城之内のからっぽな胃が盛大な音を立てる。三月に入り、少し春めいてきた平日の昼休み。その日は珍しく朝からぽかぽかと暖かく、今までじっと教室の中で燻っていた生徒達は皆それぞれ野外の好きな場所で昼食を取っていた。

 その中で教室からの距離や季節柄居座るのに余り適さない屋上は人気がなく、逆に静かな所を好む海馬は今日も今日とて本や書類のぎっしり詰ったジェラルミンケースを抱えてこの場所へとやって来た。そこに彼の恋人である城之内がついてくるのはある意味必然で、その為に静かな筈の屋上は大分賑やかに……むしろ教室以上の騒々しさになってしまった。

 城之内がこんな風に海馬に食って掛かるにはそれなりの要因がある。彼が口にした通り、今から少し前の午前の授業終了間際、政治経済について講釈をしていた教師に海馬が「その情報は少し古いんじゃないですか?」と質問に見せかけた指摘をし、現在の国際社会の動向について延々と、それこそ教師よりも理路整然と分かりやすく講義してしまったのだ。

 その為に、4時限目の授業終了が少し遅れてしまい、12時の鐘と共にスタートダッシュをして購買のパン争奪戦に参加しようとしていた城之内の足を引っ張る形となったのである。

 勿論、5分ものロスは大きい。既に食物、と名のつくものは全て完売し、学食は超満員。かと言って学校近くのコンビニには脱走生徒を見張る教師が待機しているので外に買いに行く事も出来ない。

 ……結果、城之内は昼食抜きの憂き目に合う事になったのである。

(くっそーこの諸悪の根源め。涼しい顔をしてわけの分かんねぇ本読んでんじゃねぇぞコラァ!)

 騒げば騒ぐ程強くなる空腹感に耐えられず、ついにその場に座り込んで顔を伏せてしまった城之内は、不意にガバリと顔を上げて既に隣の存在にはすっかり興味ありませんとばかりに無表情で持ち込んだ本を読み始めた海馬を睨み付けた。まだ少し肌寒い初春の風が緩く二人の間を吹きぬけて行く。

 元より、あの教師とこの海馬の相性は悪かった。生徒指導担当でもあるその教師は、入学当初から態度は大人しいもののよくよく聞けばかなり小生意気な言動をする海馬の事を常に目をつけ、ごくたまにしか登校しないが、顔をあわせればこうした静かな衝突を繰り返していた。

 どちらかが一歩引けばいいものの、幸か不幸かこの二人はどこか似た所があり、その争いは傍目からみれば完全なる同属嫌悪だった。それをある日何気なく海馬に伝えたら烈火の如く怒りだし、最後には殴られるというおまけまで付けられた。それ以来、その手の事は海馬には口にしていない。

 ここ最近は余計な衝突を避ける為に、海馬に登校日を訊ね、その日に奴の授業があるかないかまで教えてブッキングをしないように情報をリークするようにまでしたのに、今日は海馬の方が突然やってきたのでこんな事になってしまった。全く間が悪いとしか言い様がない。

 それにしても……。

 ちらちらと海馬の方を眺めながら城之内は溜息を吐く。よくよく見れば隣の海馬が手にしているのはイギリスにある某有名大学の名誉教授が書いたという専門書で、その手の分野の人間が読んでも理解が難しいだろうと、以前それを見た御伽が言っていた代物だ。勿論中身は全て英語。タイトルすら城之内には分からない。

 そんなものを読みこなせる程学力があるのなら、わざわざ嫌な教師がいる底辺レベルの高校になど来なければいい。日本のルールが守れないのなら、日本にいる必要も無い。それこそアメリカンドリームを叶えにアメリカに永住でもすればいいのだ。そうすればあの教師だって無駄に自分のクラスに対して敵意を持ったり、自分もこうして昼食をくいっぱぐれるなどと言う悲惨な目には合わないはずだ。

 ……そう思えば思う程なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなって来て、無駄になる腹の虫の大合唱を聞きながら城之内の気分はどんどんと下降していく。

 どーせお前はオレの事なんかどうでもいいんじゃん。全然帰ってこねーし、電話すれば煩いって切られるし、帰って来たってこうして無視して視線すら寄越さねぇ。一体どういう事なんだよ、オレ達なんなんだよ、つーかてめぇはなんだ。ふざけるなこのバカイバセト。

 何時の間にか抱えていた膝を掴む手の力を強めながら、城之内が最大級のイライラを募らせて心の中でそう吐き捨てたその時だった。

 その目の前に、ぽん、と紙袋が放られる。

「えっ」

 慌ててイジケモードの体勢を整えて、問うように隣を見ても、相変わらず海馬は無反応で何も言わないしこちらを見もしない。しかし、目の前に放られた紙袋は確かに彼が投げて寄越したものであって、決して落とした訳ではないようだ。

 なんだよ一体。このやろゴミでも放ったんじゃないだろうな。

 そう思いつつ、目の前に置かれたそれに手を伸ばした城之内は、それを引き寄せた瞬間悲鳴を上げた。

「えぇ?!ちょ、これ!バーガーワールドのマーク!ていうかオレこんなのみた事ないんだけど?!」

 言いながら彼ががさがさと紙袋の中を探ると、そこに現われたのは見慣れた包みや紙コップ。そう、彼が口にした通り、それは彼等御用達のハンバーガーショップ、バーガーワールドのハンバーガーセットだったのだ。しかも城之内は金額の関係で食べたことが無いワンランク上のセットである。更に、それらの大きさはなんだかいつものより少し大きい感じがする。

「……どういう事?」

 それらを何とはなしに胸に抱えながら呆然と城之内が呟くと、そこで漸く隣の『バカイバセト』が口を開いた。

「アメリカ土産だ。ニューヨーク支社の前にあるのでな」
「ニューヨークって……じゃあ、これはアッチのハンバーガーかよ?!だからなんかデカイのか?」
「当たり前だ」
「……これ、オレに買ってきてくれたの?」
「オレがこんなジャンクフードを食べるわけがないだろうが」
「……………………」
「どうした、食べないのか?昼食抜きの哀れな馬鹿犬くん?」

 パタン、と大きな音を立てて、読んでいた本を閉じてしまった海馬は、そう言うと未だ呆けてこちらを見ている城之内を見下して、ふん、と小さく鼻で笑った。それは先程城之内が食って掛かった時に見せた、人を小馬鹿にしきった笑いそのものだったが、今の城之内にとってはそれは天使の微笑だった。

 その笑みは、先程まで城之内が心の中で散々っぱら叫んでいた文句や、海馬に対する憤りなど一瞬に吹き飛ばしてしまう。我ながらゲンキンな奴だと思いつつも、海馬がこうして自分の事を少しでも気にかけてくれた、それが嬉しくてたまらなかった。勿論、大好きなものを絶妙なタイミングで与えてくれた、というのが一番の喜びの要因だったが。

「やっべ……オレ超嬉しい……どうしよう」
「それは良かったな」
「な、これ半分こしようぜ。お前も食べろ」
「いらない。オレは食べないと言ってるだろうが」
「バーガーワールドのは結構美味いんだぜ?大体お前、メシ食わないからそーやっていつもカリカリしてんだよ」
「オレがいつカリカリしていた」
「さっき先生に喧嘩吹っかけてた癖に」
「それは貴様だろうが。空腹で機嫌が悪くなるなど今時小学生でもいないわ」
「うるせぇ。いーから食べろ、はい、あーん」
「誰がそんな真似をするか!」
「じゃーつっこんでやるよ。ほい」

 瞬間、むぐっ、だか、うぐっ、だかの声と共に、口の大きさに見合わない量のハンバーガーを突っ込まれた海馬から、手痛い拳骨を一つ貰うのだが、それでも城之内の笑顔は全く持って消える事はなかった。

 こうして、彼の終始不幸なまま終わる筈だった昼休みは、とても幸せな時間に取って変わったのだ。

「……それにしても、これ、お前が買って来たの?バーガーワールドに行って?」
「オレが?まさか。磯野に行かせたに決まってるだろうが」
「磯野ぉ?!ちょ、お前は鬼か!」
「たまに行くらしいぞ」
「そ、想像できねぇ〜!」

 最後のアップルパイを口に入れて綺麗に指まで舐めた城之内は、ほんの少しのお礼の意味と、大部分の自らの欲求に従って、結局最後まで食事に付き合わせた海馬の唇にキスをした。
 

 仄かに広がるアップルパイのシロップの味は、日本のものよりもほんの少しだけ甘いような気がした。

城海:今回の萌えどころは磯野のお買い物です(笑) ▲

【53】 そういう気分 -- 09.03.11


『そういう気分になったら、ちゃんと言えよ』
『なんだその、そういう気分、とか言うのは』
『ダイレクトに言うと、エッチしたいなーって時はちゃんと言えって話』
『エッ……!言うか!そんな事!』
『オレ言うじゃん、ちゃんと』
『貴様と一緒にするな!』
『だって言われた方がいいだろ。心の準備できるし。オレもさ、お前にそーいう事言われてみたい』
『誰が言うか!大体、心の準備もへったくれもない内にさっさと始める奴に言われたくはないわ!』
『あはは。だからさ、今度から一応確認するから』
『……か、確認されても萎えるのだが』
『お前が萎えたっていーじゃん別に。入れるのオレだし』
『あからさまにそういう事を口にするな!』
『いい加減慣れろよ。かーわいい』
『ふざけるなッ!』
『という訳で、今したいんですけど』
『却下だ!』
『無理。だってやる気になっちゃったもん。ほれ』
『触らせるな!気色悪いわ!』
『……普段口にまで入れてる癖に気持ち悪いとか。で、どこでする?ここでする?』
『しないと言っている!』
『あ、じゃーベッドの上で』
『人の話を聞け!』
 

 普段からオレ達の『関係』は、欲求に忠実な城之内の誘いかけから始まるのが常だった。

 そもそも、この関係が始まったのも奴の余りにも馬鹿正直で即物的な「な、オレ、お前とセックスしてみたいんだけど」という、最低最悪な一言からだった故に、普段の会話もそうなるのもある程度は仕方がないと思う。

 そもそもオレ自身、人間の三大欲求そのものが薄く、食べる事や寝る事も疎かにしがちで、性欲なぞ殆ど皆無だった。城之内との関係だとて、強制的に結ばされない限りは、きっと想像すらしなかっただろう。女相手ならどうかは知らないが。

 だから、という訳ではないが、『そういう事』をするきっかけを作るのはいつも城之内からだった。大体オレ自身は城之内に対してそういう欲求を抱いた事は無かったし、例え抱いたとしてもその前に奴の方が行動を起こす為、言う機会もなかった。

 それが、奴には少々不満に思えたらしい。だからこそ、つい先日上記の様な会話を幾度かしつこく繰り返された。いい加減オレも頭に来て「そんな日は一生来ないわッ!」と怒鳴り散らしてやったのだが、全く堪えた様子はない。ダメだ。馬鹿には何を言っても通用しないのだ。

 大体、貴様から勝手に始めた事なのに、オレにも求めろとはどういう了見だ。未だ別に嫌ではないが納得がいっていないと言うのに。というか、三日と空けずにがっついて来る人間相手に、元々その気のない人間の入る隙間なんかあるわけが無いだろう。意味が分からない。

 そんな事があってから暫くしたある日。

 オレが半月程仕事で日本を空けていて、漸く帰国した次の日。そろそろ顔を出さないと進級が危うくなるレベルになっていた学校へ登校し、当然同じ日数だけ顔を見ていなかった城之内の姿を見た瞬間、オレは、『そういう気分』になっていたらしい。

 自分の事なのに『らしい』というのも可笑しいが、経験がない故にこれがそうだと断言する事が出来ない。けれど、余り認めたくはないが『触れて欲しい』とか、『キスがしたい』とか、そういう心の声が聞こえてくる事から、まさに『これ』がそうなのだろうと思ったのだ。

 ……思ったのはいい。だが、これをどうしろと言うのだ。
 まさか、奴が常々オレに言うように、口にしろとでも言うのだろうか。
 

 ── なんと言って?!
 

「海馬久しぶりー!」
「…………なっ!」

 オレが心の中でそんな事を悶々と考えていると、当の本人が目敏く教室の後方扉の前に佇むオレの姿を見つけて、駆け寄ってくる。そして、ここが公共の場所だという事を全く気にせず、いつもの様にガバッと前から抱きついて来て、嬉しそうに声をあげる。

 まぁ、奴は友人には誰にでも同じような事をするので、周辺にいる他の生徒に怪しまれる事はなかったが、それにしてもくっつき過ぎだ!

 そんなオレの内心などまるで気付かずに(否、奴の事だから気付いているのかもしれないが)城之内はワザとらしく余り強く押し付けられるとチクチクと痛みを感じる髪を頭ごとオレの肩に擦り付けてくる。

 そのどちらかと言えば品の無い、子供っぽい仕草にすらなんとなく居心地が悪くなり、オレは嫌だと思いつつも何故かその身体を引き剥がそうとは思わなかった。それどころか奴の少しよれた学ランを握り締めてしまう。その指先の力を感じたのか否か、城之内は不意にぱっと顔をあげると、いつもよりも数倍しまりのない顔でこう言ったのだ。

「ちょっと見ない間にますます男に磨きが掛かったんじゃね?あっちで浮気とかしてないよな?」
「……開口一番がそんな下らない台詞か貴様」
「あはは、うそうそ。だぁって半月だぜ、半月!超寂しかったし、オレ」
「………………」
「お前は?寂しくなかった?……ほれ、今チャンスだぜ?」
「チャンス、とは何の事だ」
「分かってる癖にー。オレ、敢えて言わないでやるから、言ってみ?そしたら、とびっきりの奴してやるから」

『そういう気分になったら、ちゃんと言えよ』

 最後の台詞に、この間言われた言葉が妙な具合に重なって聞こえた気がした。

 あの時は、絶対にありえない、一生そんな日は来ない、と確信を持って断言していたが、どうやら何事にも『絶対』はないらしい。

 今まで余り考えずにいたが、オレは『そういう気分』になれるほど、この男の事が好きなのだろうか。

 ……まぁ、最初に暴挙を許した時点で、それはほぼ確定だったのかもしれないが。

「な、今どういう気分?」

 城之内の声に答える言葉を探してオレが必死に逡巡していると、その回答を急かすように目の前の顔が、盛大な笑顔ごと迫ってくる。だからここは教室だ。場所を弁えろこの発情犬が!……そう罵ってやろうと口を開いたオレだったが、発した言葉は自分自身でも予想外の、奴にとっては多分想定の範囲内の、奴を喜ばせる一言だった。

「……『そういう気分』だ」

 あーもっと具体的に言って欲しかったけど、まぁ合格かな。

 自分でも不機嫌だと分かる低い声に、それでも至極嬉しそうにそう言った城之内は、もともとしまりのない顔を更に緩めると、心底楽しそうにこう言うのだ。

「んじゃ、今日の予定は決まりだな!あ、これからでもいいけど?フケる?」

 その言葉に冗談じゃない、と顔を顰めると、奴は「あ、ダメ?残念だなー」とちっとも残念そうな顔を見せずに呟くと、最後にオレが初めて聞く台詞を普通の会話をする時と同じテンションで……あっさりと口にした。

「そう言えば、好きだぜ。オレも今そういう気分!」

 ……そう言えばってなんだ。順番が違いすぎるだろう貴様。何回ヤったと思ってるんだ。

 けれど、オレも確かにその類の言葉は奴に向けて言った事がなかったので、いい機会だからと、同じように口にした。

 その瞬間、もっと『そういう気分』が高まった気がした。
 

 授業がもうすぐ始まるのに。

城海:社長は可愛いアホの子。この後多分二人でフケます(笑) ▲

【54】 真夜中のエロス -- 09.03.31



 この世の中で、これほど優雅にいかがわしい本を読む奴もそうはいない。

 疲れた身体を癒すべく、常よりも大分長湯をしたオレが部屋に入って早々目にしたモノは、そんな感想を抱く一種異様な光景だった。
 

「……海馬、お前、何やってんの?」
「何とは?読書だが」

 余りに余りな事態にぽかんと呆けた顔でそう口にしたオレに、優雅に『読書』を楽しんでいると豪語するこいつ……海馬は、長い足を持て余し気味に組んで、いかにも座り心地のよさそうな一人用のリクライニングソファーに背を預けつつ、また一枚ページを捲った。

 ちらりと見えたそこに映っているのは、かなりえげつない内容のグラビア写真。オレもよく内容を吟味してないものだったから、その光景は結構衝撃的だった。オレはなんとなくいたたまれない気分になって、若干顔をそらせてしまう。だってソレ、モザイクすげぇ薄いんだけど!ほぼ見えてるんだけど?!

 そんな超きわどいものを見ているのにも関わらず、海馬は毎日読んでいる経済新聞を眺める時と全く同じ表情とポーズだった。……こいつ、自分が見てるのどんなもんか分かって見てんだろうな……ありえないんだけど。

「読書って……それ、オレが借りてるエロ本じゃねーか。どっから見つけたんだよ」

 海馬が余りにも涼しい顔をしているから、こっちが照れるのも何か変な気がして、オレは気を取り直して小さな咳払いを一つすると、なるべく平静を装ってそう言う。

 すると向こうも至って普通の声で視線は下に落としたまま答えて来た。

「見つけたもなにも、貴様がそこに放り出した鞄からはみ出ていたが。というか……借りている?貴様のではないのか」
「んー借りてるっていうか、無理矢理押し付けられたっつーか。今日抜き打ちの持ち物検査でさ、本田が持ってたんだけど、センセイの目盗んで上手くリレーしてバックレた訳。んで、そのアンカーがオレだったと」
「で、上手く逃れられたのか」
「いんや。コレは見つからなかったんだけど、ポケットにゴム入れてんの忘れてて没収された」
「馬鹿だな。というかそんなモノを持ち歩くな」
「お前が悪いんだろ。何時学校来るって言わねぇから」
「オレが学校に来るのと貴様がソレを持ち歩く事に何か関係があるのか」
「そりゃお前。何時ヤりたくなるかわかんないじゃん?学校でって燃えるよなー」
「死ね、発情犬」
「そういう言うなよ。なんだかんだ言って付き合う癖に」
「うるさいわ」

 ……なんだか話がズレてる気がする。別にいいんだけどさ。つか、男子高校生が常に持っているモノとしては何も珍しいもんじゃないだろ。持ってないのはお前位だっつーのこの箱入り息子!

 って、そんな事はどうでもいいんだけど、まだしつこく見てるよこの人。よっぽど気に入ったのかね、マニア系アダルト雑誌。書店のピンクコーナーでも一番奥に置いてある様な奴をさ。

 こいつ涼しい顔をして結構なスキモノだったりして。ま、AV女優も超美人でスタイルがめちゃくちゃいい女ほどド変態の淫乱だったりするし、それで考えればこいつもそうなのかも。……うわ、なんか見る目変わりそう。

「……っつーかさ、そんなにガン見して、面白い?」
「まぁ、それなりに」
「へー!お前でもこういうの見たりすんだ?海馬のエッチ!」
「何がエッチだ。貴様、オレをなんだと思っている」
「だぁって!イメージってもんがあるじゃん?お前はどう見てもエロ本読むタイプには見えねぇし」
「敢えて読みたいとは思わんが、特に毛嫌いはしていない」
「おお。じゃービデオは?」
「あれは興味がない。他人の行為を見てもつまらんからな」
「……うわ。何気に凄い発言。人の見るより自分でしたいってか」
「……普通そうではないのか?」
「や、そんな事真面目に聞かれても……まぁ確かにそうだけど」
「特に貴様はそうだろうが」
「う、うーん。オレはAVはAV。リアルはリアルって感じだぜ。だってさ、特殊なプレイとかなかなか自分で出来ないじゃんか。別にしたいとも思わないけど、見るのは面白いし」
「それでこれか」

 雑誌の中でも最大級にアブない頁を、漫画ならドンッ☆という効果音付きでオレの方に向けた海馬は、相変わらずのクールな表情でさらりと言う。ちょ、お前っ、それダメだって!超恥ずかしいって!!

 うあぁ!なんでオレはよりによって『ハードSM特集』が組まれた号を持って来ちゃったんだろう、本田の馬鹿!!

「だ、だからそれはオレんじゃねーって!見せんな!!」
「普段から好んで見ている癖に何故目を反らす」
「じ、自分で見るのと見せ付けられるのとでは違うっつーの!何の羞恥プレイだそれは!」
「フン、こんなもので興奮するとはとんだ変態だな貴様」
「そ、そういうお前は興奮しないのかよ!ガン見してる癖に!」
「別に。見ても何とも思わん。それにオレは見てはいるが興奮なぞ微塵もしてないわ」
「……ちょ、そっちの方が変態じゃねーか!」
「男に欲情する輩に言われたくないわ!」
「その欲情した男にヤられてる癖に偉そうな事言うな!本返せ!」

 ……ああ、何が悲しくて夜中にエロ本挟んでこんな言い争いをしなきゃならないんだろ。馬鹿じゃないの。オレ、今日ただでさえ疲れてるのに余計疲れるんですけど。うう、悲しすぎる……。

 そんなオレの事を至極楽し気に見返して、エロ本をひらひら振って見せる海馬の格好。……本にばっかり気を取られて今初めて気づいたんだけど、お前、なんか凄い格好してないか?バスローブ着てる癖に太ももまで丸出しなんですけど!オレはいつもの癖でソファーとかに座らないで床に直接座ってる状態だから、丁度その様子を下のアングルから見あげる形になって……なんていうかもうめっちゃくちゃエロイ!

 これには参った。奴が持ってる雑誌よりも数倍キたね(下半身に)。

 目の前の光景からみたらなんかもう雑誌の中の女王様もどきなんて全く持ってチャチなもんだ。本物の女王様って奴を見せてやりたい。海馬にそれなりの格好をさせて鞭でも持たせてみろよ。世界最強の女王様になれるぞ。「地に這いつくばるがいい!」ってな。

「どうした凡骨、何を呆けている」
「うん、ちょっと……つーかオレ、もうその本に興奮しねーわ」
「何故だ」
「だって、そこに載ってる写真より、お前の方がずっとエロイから。何その格好、誘ってんの?」
「は?」
「お前やっぱすげーよ。さすがだな!」
「そんな事で褒められても全く嬉しくないわ!阿呆が!」
「阿呆でもなんでもいいからヤらせてくれ!今超興奮した!オレの女王様!」
「気色悪い事を言うなこの変態が!!」

 自分で散々焚き付けた癖に(本人にはそのつもりは全くなかったらしいけど)オレの反応にビビった海馬が逃げるより早く、海馬いわく発情犬のオレは目の前のエロ女王様に飛びかかってそのまま思いっきり遊んで貰いました。
 

 ちょっと興奮しすぎて借りた雑誌汚しちゃったけど、まぁいっか。海馬に弁償させよう。
 

 

「き、貴様はやっぱり変態だ!」
 

 事後、身体の下に敷かれて散々な状態になったバスローブを申し訳程度に身体にひっかけて、掠れた声でそんな事を言う海馬にオレは笑ってこう言った。
 

「うん。こういう美味しい思いが出来るんなら、変態でいいや」
 

 な、オレの女王様?
 

 ごちそうさまでした!

城海:下らなすぎて涙が出てくる。たまにはこんなのもいいですよね? ▲

【55】 可愛い嘘 -- 09.04.01


『なぁ、今日の天気は?』
『快晴だな。降水確率0パーセント』
 

「って!!海馬の嘘吐きぃ!!超土砂降りじゃねぇかコノヤロウ!!オレ今日バイトなのにこれじゃ帰れねぇじゃんか!」
「じょ、城之内くん落ち着いて。海馬くんじゃなくって海馬くんが見てた天気予報が間違ったのかも……」
「いーや!絶対海馬の嫌がらせだね!現にお前等みーんな傘持ってんじゃねぇか。大体あいつの見てる天気予報は最新システムを搭載した衛星のなんちゃらから直送される奴で絶対ハズれねぇんだって豪語してたんだぜ?!実際今までハズした事無かったし!」
「そ、そうなんだ。ごめんね、居残り無ければ良かったんだけど……なるべく早く終わらせるからちょっと待ってて」
「や、お前の所為じゃないんだけどよ……」
「でも凄い雨だね。テレビでは春の嵐って言ってたけど、ほんとにその通りみたい。まだ桜が咲いてなくて良かったね」
「今年は遅いよな。入学式辺りかね」
「そういえば僕等の入学式の時も桜が満開で綺麗だったよね」
「あーそうだっけ?オレあんまし覚えてねぇや」
「城之内くん、最初からすっごく目立ってたじゃない」
「悪い意味でなー」

 そんな会話を交わしながら、横殴りの雨が叩きつける硝子窓を眺めていた城之内は、大きな溜息を一つ吐いた。そして背後で懸命にプリントをこなしている遊戯には聞こえない声で、ぶつぶつと海馬への恨み言を口にする。

 4月1日。本来なら学生は皆春休みの最中で、学校にいるのはほぼ部活動の為に来ている生徒ばかりだ。

 それ以外の……正確に言えばこの教室にほぼ軟禁されている数名は、三学期の成績が頗る悪く補習を受ける事によって進級を許可された曰く付きの生徒達。春休みをほぼ潰される事に大いなる不満を抱いている彼等だったが、クラスメイトを先輩と呼ばなければならないよりはマシだと、皆顰め面で大人しく席についていた。

 現在は今日の締め括りとなるプリントの空白を全て埋め尽くした者から帰ってもいい、という状態だ。城之内は連日の学校外での校内よりも厳しい補習授業(勿論講師は海馬である)のお陰で人よりも大分早く終了し、本来ならば先に帰宅できる筈だった。

 それなのに早々に帰る準備を済ませ、意気揚々と教室の扉に手をかけた瞬間、ドン、という物凄い雷と共に振り出したのがこの豪雨である。結果、彼は完全に足止めを食ってしまったのだ。

 あーあ。城之内の口からそんな気の抜けた声が漏れる。遠くから聞こえてくる吹奏楽部の練習曲は、同じ所ばかり繰り返し躓いていて、すっかり覚えてしまった。

 今日はどこの仕事場も新年度で、学業よりも就労に精を出している身としてもそれは例外ではなく、彼も今日から新しい職場で働く事になっていた。そこは今までの自由な雰囲気とは違い、時間厳守、身嗜みの徹底など比較的お堅い所だった。

 故にこの雨は忌々しい。止むまで待っていたら開始時間に遅れてしまうし、かといってこの豪雨の中強行突破しても、ずぶ濡れの酷い有様のままじゃ文句を言われるに決まっているのだ。

 だから今日の天気は?って海馬に聞いたのに。嘘こきやがって。

 苛立つ気持ちそのままに口を尖らせて空を睨む。室内は明るく外が暗い為、窓にはいかにも不満そうな自分の顔がはっきりと映っている。

(しっかし海馬の奴なんで今日に限って嘘吐いたんだ?普段はこういう下らねぇ意地悪しねぇのに。虫の居所でも悪かったのかなーでも昨日何もしてないのに)

 自分では心の中でそう呟いていたつもりだったが、ついつい口をついて出てしまっていたらしい。城之内の背後で必死に手を動かしていた遊戯が、不意に顔をあげて硝子窓越しにこちらと視線をあわせると、くすりと笑ってこう言った。

「ねぇ、城之内くん。海馬くんは城之内くんに意地悪したんじゃないと思うよ」
「ほえ?お前、何人の心読んでるんだよ」
「今口に出して呟いてたじゃない」
「あれ、そうだっけ。まーそれはいいけど、なんでお前がそんな事分かるんだよ」
「なんとなくね。今カレンダーみたからさ」
「カレンダぁー?……どういう事?なんかあるっけ?」
「別に何もないけどさ。変なメールとか来なかった?」
「あーそう言われてみればなんか無駄にメール来てた気が……そうそう!童実野公園で宇宙人が捕まったってな!知ってた?!」
「あはは、城之内くんって可愛いね」
「はい?」
「今のは本当だよ」
「??……ますます訳がわからん」

 にこにこといつも見せる笑顔より大分楽しそうな笑みを見せてそう言う遊戯に、城之内は心底不思議そうな顔をして眉を寄せた。今日?今日ってただの4月1日だよな?だからなんだ?ええ?だってなんとかの日ってのは明日だって海馬が言ってたし……あれ?

 考えれば考える程訳が分からなくなって来て、城之内がひたすら首を捻っていたその時だった。ガラリと大きな音を立てて教室の扉が開かれ、意外な人物が姿を見せる。

「え?海馬?!」
「海馬くん!」
「迎えに来たぞ凡骨。早くしろ」
「……ちょ、なんで。お前今日死ぬほど忙しくてオレに構ってる暇がないって言ったじゃねぇか。つーか天気嘘吐いたろ!!なんだよこの土砂降り!!」
「……貴様、まだ気づいていないのか?呆れた馬鹿だな」
「何が!」
「あ、やっぱりそうだったんだ。海馬くんって案外ノリがいいんだねー」
「だから何が?!お前等だけで分かるような話すんな!」
「いいからいくぞ。バイトの時間に遅れるのだろうが」
「そ、そうだけどさ!あーもう、訳分かんねぇ!」
「じゃあ城之内くん、また明日ね。海馬くんは……次は何時?」
「さぁ。来週の実力テスト辺りではないか」
「そっか。じゃ、その日にまた。バイバイ!」
「おう、バイバイ。……ってお前首根っこ掴むなよ海馬!!」

 なんだかんだと大騒ぎをしつつ、スーツ姿のまま教室に現われた海馬に襟を掴まれて引きずられた城之内は、そのままズルズルと廊下まで引きずり出され、階段まで運ばれる。そして酷い事にそのまま下階に行こうとした海馬を全力で引きとめると、その場で猛抗議をした。

「おい海馬!海馬ってば、待てって!一体どういう事だよ!何でお前今日オレに嘘ばっかりついてんだ!」

 思い切り襟首を掴む手を振り払い、猛然と不自然な体勢から漸く普通の直立体勢に戻る事が出来た城之内は、段差の関係で少し下にいる海馬に向かってそう怒鳴りつける。そんな彼の剣幕にも当の海馬は至って普通の顔で振り返ると、心底呆れたと言わんばかりに肩で息をついて、僅かに笑いながら口を開いた。

「……本当に鈍い奴だな。4月馬鹿とは貴様の為にあるようなものだ。これを考えた奴も本望だろう」
「え?」
「4月1日。エイプリルフールだぞ、今日は」
「4月……って、えぇ?!だってお前ソレ明日だって言ったじゃねぇか?」
「それも嘘だ」
「はぁ?!お前どんだけ嘘吐いたんだよ!!オレ今日超色んな奴に馬鹿にされた気がするんだけど!メールとかで!!」
「実害のない嘘ばかりだっただろう?オレもこうして迎えに来てやったじゃないか。大体貴様が自分で天気予報を確認し、注意深く朝のニュースを見ていれば直ぐに分かった事だろうが」
「そ、それはそうだけど……なんかむかつくっ!!」
「そう怒るな。最後にとっておきの嘘を吐いてやるから」
「フンッ!もう騙されねぇし。つか、嘘を吐くって言った後に嘘吐いたってしょうがねぇだろ。意味ねーじゃん」

 皆して馬鹿にしやがって!実際馬鹿だけど!!

 そうブツブツ文句を言いながら、時間も時間故に足音も荒く階段を降り始めたその時だった。何時の間にか立ち止まってその様を楽しげに眺めていた海馬が、珍しく満面の笑みを浮かべてこう言った。
 

「貴様の事は世界で一番嫌いだぞ、城之内」
「……はい?」
「早く行くぞ。時間がない」
「今の、嘘だよな?」
「勿論本当だ」
「嘘吐き」
 

 最後にやっぱり笑いながらそう言って、今度は先に立って歩こうとした海馬の肩を、城之内の手が素早く掴んだ。そして、ぐい、と引き寄せる。
 

「嘘吐きは針千本飲まされるんだぜ」
「そうだな。飲んでやろう」
「絶対だな」
「絶対だ」
「お前やっぱり超嘘吐き」
「今日はそれが許される日だろう?」

 むかつくから、その口を塞いでやる。そう言って、その言葉をそのまま実行に移した城之内は、一転して機嫌よく、階段を駆け降りる事になるのだ。
 

 害のないエイプリルフールは、存分に楽しみましょう。

城海:ごくごく普通のエイプリルフールって事で ▲

【56】 お花見 -- 09.04.13


「海馬ー花見しよ。桜が今満開だぜ」
「見ればいいだろう、ほら。ここから腐るほど見えるではないか」
「だーもうそうじゃなくって!!出かけようって言ってんの!!」
「何処に」
「んー別に何処でもいいんだけど、花見ならオーソドックスに童実野公園?オレ超穴場知ってるんだー」
「穴場?」
「うん。大体皆中央広場の周辺で大騒ぎしてるけど、奥の池の向こうにさ、一本でっかい桜の木があるんだよねー。ちょっと遠いからか誰もいねーんだぜ。二人っきりになれるじゃん」
「……何故、二人きりになる必要がある」
「あ?そんなん決まってるじゃん。人が居たらデキねーだろ」
「ちょっと待て。貴様は花見をなんだと思っているのだ」
「え?趣向変えて情緒的にアオカン出来る絶好の機会だと思ってるけど。ロマンチックだろー?」
「死ね。何が情緒的だ。ロマンチックが裸足で逃げ出すわ。貴様の頭はソレしかないのか」
「うん」
「素直に肯定するな!馬鹿が!」
「馬鹿なのは最初っからだからいーんだけどー。なー花見ー。桜の下でエロイ事しよーぜー」
「誰も止めんから一人でしていろ」
「一人でやったら捕まるだろ」
「二人でやっても捕まるわ!!」
「お前ってほんっとお堅いよな。もっと柔軟な考えを持たないと社長としてやっていけないぜ」
「ふざけるな。貴様、何を馬鹿な事を尤もらしく語っている。野外で変態行為に耽る事のどこが柔軟な考えだ。大体それは考え云々など関係ない。常識の問題だ!」
「いいアイデア浮かぶかもよ?」
「浮かぶか!!」
「お前、最近ツッコミ上手くなったよな」
「訳の分からん所を褒めるな!ちっとも嬉しくないわ!」
「でさ、何時にする?」
「人の話を聞いていなかったのか。行かないと言っている」
「あ、これからでもいいけど」
「勝手に話を進めるな!オレの意見も聞けと言っている!」
「だってお前駄々捏ねるんだもん」
「駄々も捏ねるわ!!」
「ちぇ、いいと思ったのに。だってさー最近マンネリじゃん?学校も社長室も飽きちゃったしーエレベーターはダメって言うしー」
「場所に刺激を求めてどうする。というか変化など欲しくないわ」
「飽きねぇ?」
「飽きるものなのかそれは。どこでやろうが一緒だろうが」
「そりゃそーなんだけどさー。雰囲気っつーかスリルっつーかそういうもんが味わえるだろ、外だと」
「室内でも十分味わったが。貴様の家とか」
「ああうん、まっさか最中にオヤジ帰ってくるとは思わなかったもんなー!失敗失敗」
「失敗で済むか!!」
「別にいーじゃん。よくある事だし。お前の事男だと思ってないみたいだから問題ない」
「問題はそこではない!!」
「まーそれはいいとして。で、マジでダメなの?」
「この後に及んでまだ粘るか」
「だぁってさー。ダチに自慢したいじゃん?」
「どこが自慢になるんだどこが。とにかく、貴様の意見はオール却下だ!大体怖がりの貴様があの場所に行けるのか?オレは仕事が忙しいから行くなら夜だぞ」
「へ?どういう事?」
「奥の池にある桜の元に何故誰も行かないか考えた事はなかったのか?」
「……なんか理由あんのかよ。つか、お前知ってるんじゃん」
「この辺では結構有名な話だと思ったがな。『怪談』で」
「…………え?!」
「聞きたいなら話してやってもいいが……結構壮絶だぞ。それを聞いても尚その場所に行きたいのなら考えてやる」
「えぇ?!ちょ、怪談はいいって!!言わなくていい!!」
「ちなみにあの場所で契った男女はいずれ……」
「ぎゃーーー!!もういいっつーの!!わかった!分かりました!!もういい!花見しなくていい!!」
「なんだ、いいのか」
「そんなもん聞いたらこっから帰れなくなるだろ!!ゆーれいとお化けはダメだって!大体お前、オカルト嫌いなくせにそういうのは信じるってどういう事だよ?!」
「誰も信じるとは言っていないだろう。そういう話がある、と言っているだけで」
「海馬の意地悪」
「意地悪で結構。花見はお友達と行って来い」
「あーあ。絶対楽しいと思ったのになーアオカン」
「名目が完全に変わってるだろうが!馬鹿が!!」
「……残念すぎる」

(まぁ本当は怪談云々は嘘で、あの桜の後ろには派出所があるから誰も近寄らないだけなのだがな)

城海:夫婦漫才のような城海が好きです ▲

【57】 春眠暁を覚えず -- 09.04.14


「だからさーその漢字はそうじゃねぇって」
「えー答えにはそう書いてなかった?」
「お前等分かんねぇんなら辞書調べろよ辞書。どこにある?」
「あれ、この間枕にしてどこやったっけ?誰かからパクれよ」
「人のを勝手に使っちゃダメだと思うよ。っていうか、皆ロッカーに仕舞っちゃってるみたいだし」
「なんだよもー使えねーな!んじゃーそこにいる人間辞書に聞いてみっか。おい、海馬!!……ってあれ?」
「しー。ダメだよ。海馬くんならさっきから爆睡中だから」

 そう言って口元に人差し指を当てて遊戯が視線を送った先には確かに目を閉じて眠っているらしい海馬の姿があった。しかしそれは言われなければ分からないほど眠っている体勢としては不自然なもので、真っ直ぐに背を伸ばしてペンを握ったまま顔だけをやや俯けている状態は、全く動かない手さえ気にしなければとても居眠りをしている様には見えない。

「あれ寝てるのかよ」
「あいつの寝方っていつもああだぜ。だからセンコーに気付かれないんだよな」
「しかも海馬くん、先生に声をかけられる瞬間に起きるしね」
「……器用な奴」
「でも海馬くん、一日寝てない?授業中もそうだったし、お昼休みも御飯食べないで寝てたし、体育の時間も体育館の隅っこでひたすら寝てたじゃない」
「疲れてんじゃねーの。誰かさんのお陰で。な、城之内?お盛んな事で」
「あーそっかぁ。でも海馬くん最近凄く忙しそうだったし、あんまり無理しちゃダメだよ」
「ちょ、なんだよその目!オレじゃねぇよ!!春だから眠いんだろ!」
「ほんとかぁ?昨日もお泊りコースじゃなかったのかよ」
「昨日はバイトだったっつーの。何でもオレの所為にすんな!」

 大体学校始まってから会ってなかったし!そう言ってガタリと席を立った城之内はこの騒ぎの中でも熟睡している海馬の方へと歩いていく。「お前の所為でオレに変な疑いが掛かってんだろ!起きろ!」そういいながらガクガクと肩を揺さぶっているその様を眺めながら、彼を炊き付けた本田と遊戯は少しだけ呆れた溜息を吐きながら顔を見合わせる。

 そんな彼等を照らす外から差し込む夕日はまだポカポカと暖かく、校庭を囲むように植えられた満開の桜が柔らかな春の風に吹かれてゆらゆらと揺れて、ほんの少しだけ開いた窓の隙間からはその花弁がふわりと舞い込む。

 春だなぁ。確かに、眠るには最高かも。シャープペンを持ち直してそう呟く遊戯の声に、本田もそうだな、と同意する。

「こんな課題がなけりゃーオレも昼寝すんのに。あーだりぃ」
「早く終わらせて、お花見にいこっか。公園に団子屋さんが出張してたよ?」
「お、いいねぇ、お花見!ビール持っていこうぜ!」
「飲酒は禁止だよ。制服着てたらバレちゃうでしょ」
「あ、そっか。残念だな。じゃーお茶で我慢するか」
「もっと時間が早ければ海馬くんみたいにお昼寝が出来るのにねー」

 そう言いながら、二人は何気なく城之内が『突撃』して行った方向を見遣る。あの剣幕から言って彼は直ぐに海馬と叩き起こし、あーだこーだと口喧嘩を始める筈なのに、何時まで経ってもそれが始まらず、逆に静かになってしまったのを不思議に思ったからだ。

 が、彼等がそこを見た瞬間、直ぐにその理由が分かってしまう。

「オイ、ミイラ取りがミイラになってるぞ」
「ほんとだ。気持ちよさそうだねぇ」

 あれだけ勢い込んで海馬を起こしに行ったにも関わらず城之内は眠る彼の下、正確には海馬の前の席に逆向きに座り、海馬の机に突っ伏して完全に熟睡していた。

「……春だねぇ。こういうの、なんて言うんだっけ?テストに出たよな」
「うーん、ちょっと違うけど、本田くんが言いたいのは『春眠暁を覚えず』だね」
「どういう意味?」
「『春の夜はまことに眠り心地がいいので、朝が来たことにも気付かず、つい寝過ごしてしまう』って事」
「なるほど」
「うん」
「でもここは起きて貰わないと帰れなくなるよな。プリント終わってねーし」
「あはは、そうだね。起こしてくる?」
「いや、ほっといて寝かしとこう。起きなかったら置いていこうぜ」

 そんなやや冷たい言葉とは裏腹に、妙にほのぼのとした顔でそう言った本田の声に遊戯は優しい笑顔で頷く。そして、二人はすっかり放置してしまった課題に再び取り組み始めた。

 時間は、ゆったりと流れていく。段々と傾いていく夕日にほんの少しだけスピードを速めながら、二人は黙々と手を動かすのだった。
 

 ちなみに、居眠り中の二人はその後何時の間に片肘をついて眠っていた海馬が、その手だけで顔を支えられなくなりがくんと顔が落ちてしまい、眼下の城之内の頭に直撃するというある意味『事故』が起きて無事目覚める事となる。
 

 その後火がついた様に大喧嘩を始めた二人を置き去りにして、本田と遊戯はさっさと教室を後にするのだった。

城海:春だからねー♪で全て済まされるこの季節が好きです ▲

【58】 Kiss me please. -- 09.04.24


「なー海馬ー。キスミープリーズ」
「……なんだその下手な英語まがいの妙な言葉は」
「反応すんのそっちかよ。しょーがないじゃん。英語5点なんだからさ。あ、でもこの間は倍の10点だったぜ!」
「威張るな。こっちが恥ずかしいわ」
「もー。そうじゃなくってさぁ。オレの発音の事は置いておいて、返事は?」
「ノーだな」
「お前もめっちゃ日本語じゃん」
「貴様に合わせてやったんだ。というか顔が近い。仕事の邪魔だ」
「構ってくんないからじゃん。早く終わらせろよ」
「早く終わらせてやるから邪魔をするな。向こうへ行け」
「冷たい奴」
「喧しい。黙ってろ」

 開口一番そう抑揚のない声で無く言い放ち、城之内がこの部屋に来てから数秒しか合わせない顔をつんと反対側に反らし、海馬は再びディスプレイに釘付けになる。その背後に広がるのは、透明な硝子で仕切られた夜の闇に煌めく童実野町の美しい夜景。

 そんな煌びやかな背景がやけに似合う冷たい顔をじぃっと恨みがましく見つめ、城之内は肘をついて身を乗り出していた机上から緩やかに身を離すと、特に文句も言わずにいつもの定位置である座り心地の頗るいいソファーへと身を沈めた。きしり、と響く革の音。重厚なそれに混じってパタパタとスニーカーが床に放られる音も響く。そうして窮屈さから解放された両足は、遠慮なく本体と一緒にソファーへと沈みこんだ。「あー気持ちいい」。のんびりとした声が静かな室内に一瞬広がり、消えて行く。

「行儀が悪い。靴を脱ぐな」
「別にいーじゃん誰もいないし。なー早くー」
「煩いな。暇なら寝ていろ」
「それがさぁ、さっき十分睡眠取っちゃって、眠くないんだよなー」

 即座に飛んでくる文句も華麗に受け流し、城之内はごろりとソファーの上に仰向けになる。だから張り切ってお前の所に行ったのに、お前まだ会社から帰ってねぇって言うんだもん。あんまり暇だから迎えに来てやったんだぜ?頭上で煌々と輝く個性的なデザインの照明を眺め見ながら口を尖らせて文句を言ってみても、海馬は相変わらずディスプレイを見つめたままだ。

 これもいつもの事だから、城之内は特に気にせず言葉を続けるべく口を開く。煩い、黙れ、寝ていろ、と口喧しく言う海馬だったが、城之内が寝ていないのに沈黙していると、それはそれで煩いのだ。「どっちなんだよ」と文句を言ってやりたくなるけれど、そういう所が余り可愛気がない海馬の数少ない可愛らしさだと思っているので、未だかつて意見を言った事は一度もない。もっとも、それを口に出してしまえば、機嫌を損ねるのが目に見えているので敢えて「オトナ」になっているのだが。

「今日さー遊戯達と、映画見に行って来たんだ。なんかすげぇ古い奴。オレ、映画って絶対眠くなるからあんま行きたくないんだけど、杏子がさ、その映画に出てくるダンスシーンが凄くいいからっつーんで、無理矢理付き合わされたんだ」
「なんの映画だ」
「分かんねぇ。タイトル英語だったもん」
「なんだそれは。……ああ、それで先程『十分に睡眠を取った』と言ったのか」
「ご名答。だってさぁ、アクションシーンもなけりゃーエロシーンもない、ひたすらクラシックが流れてるようなダルイ映画だぜ?これは寝なきゃウソでしょ」
「貴様に取ってはそうだろうな」
「お前だって絶対眠くなるって。んでさ、ほとんど超爆睡こいてたんだけど、ところどころは起きちまって……」

 天井の光に手を翳しながら、すらすらと淀みなく流れる城之内の話に、当初は煩いだの黙れだのと騒いでいた海馬は自分でも気付かない内にごく自然に相槌を返している。ほら、なんだかんだ言ってお前結構オレの話に付き合うんじゃん。そう内心笑いながら呟いて、城之内は仰向けていた身体をごろりと転がしてうつ伏せになると、肘掛部分に腕を伸ばして上半身を持ち上げ、そこに肘をついて海馬の方へ顔を向ける。

 彼の視線は相変わらず微動だにしなかったが、意識が少しだけこちらを向いている。時折視線が画面の範囲外に来るのを見逃す城之内ではなかった。気にしてる気にしてる。くくく、と喉奥で小さな笑みを漏らし、これ以上見ていると怒られるという境界を良く心得ている彼は、海馬の顔がこちらに向く前にさっとまた顔を反らし、話を続けた。

「その、起きた時に、丁度どアップで映ってた女の子がさ、めちゃくちゃ可愛くて。何歳位だろ、ガイジンって見かけだけじゃよく分かんねぇけど……とにかく、おおっ、と思ったわけ。あん時はさすがに目が覚めたね」

 すっごく綺麗な青い目をしててさぁ、肌もめちゃくちゃ白くって、髪の毛もサラサラで、とにかくもう理想の子だったね!

 その女優の顔でも思い描いているのか、やけに嬉しそうな表情で瞳を輝かせる城之内を、ついにPCから離した目でちらと眺めた海馬は、呆れ半分、それ以外の当人にも理解できない不可思議なもやもやが半分、という複雑奇怪な気持ちを抱きながら、それまでとは微妙に違った素っ気なさで口を開く

「……で?その内容の分からない映画の名前も知らない女に恋に落ちたとでも言うのか?」
「へ?」

 やけにつんけんしたその物言いに城之内はぱっと顔を上げ、いつの間にかこちらを向いているその顔を凝視してしまう。その所為で思い切りかちあってしまった青の瞳に、彼は一瞬何の事かと首を傾げ、そして即座にああそういう事かと自然に滲み出てしまったにやにや笑いと共に得心した。

「……あー違う違う」
「違うのか。……何故笑っている」
「え?だってお前今一瞬その女に嫉妬したろ?」
「は?する訳ないだろう!」
「お前はそう思ってても、お前の顔には素直に『嫉妬してます』って書いてあったの。まぁ、それはともかく」
「おい、今の言葉を訂正しろ」
「しない。いーじゃん別に。んで、その女の子がさ、すっごい切ない顔をして多分主人公の男に言ったんだ。キスミープリーズ」
「………………」
「それがさぁ、またすっごく良くて!オレも言われてみたいっ!と思ったね」
「ふん、くだらん。というか、貴様先程自分で言ってなかったか」
「拗ねない拗ねない。まだ話は終わってないから」
「もうどうでもいいわ」
「怒るなって。オレがなんでその子がいいなぁって思ったかっていうと……その子さ、お前に顔が似てたんだよ。大きな青い目に、真っ白な肌に、さらさらな栗色の髪。しかもショートボブ!勿論女の子だから全然声とか体格は違うんだけど……」
「………………」
「だからさ。……ね?」
「何が、ね?だ」
「言ってみてくれよ。キスミープリーズ。オレのへったくそな日本語英語じゃなくって、お前の素晴らしい本場の英語でさ。オレ、それが聞きたくてここに来たんだ。なーなー、一回だけでいいから。そしたら大人しく待ってるからー」

 手足をバタバタさせながら、まるで子供さながらにそう言って騒ぐその顔は、それでもとても真剣で。城之内はその顔のままだらしなく寝そべっていたソファーから立ちあがると、ゆっくりと海馬の元へ歩み寄り、何故か手を取り、真顔でとんでもない事まで口にする。

「心配しなくても、オレ、お前にしか興味ないから」

 ほんの一瞬、その顔に見とれた気がしたが、ただの気の所為なのだろう。……全く、訳が分からない。けれどだからこそ興味が尽きず、飽きる事のないこの不可思議な男の事を海馬は溜息と共に見下ろして、確かに心の奥底に滲み出た欲求に従い、キーボードから手を離すと同時に『その言葉』を言うには余りにも可愛げない顔で、美しい発音と共にこう言った。

「I want you to kiss me」
「はい?」
「言ってやったぞ。行動は?」
「キスミープリーズじゃないじゃん」
「それは『お願い』する時の言い方だ」
「うー。今のはお願いじゃないのかよ」
「そんなにしたいのなら貴様がオレに願うんだな」
「キスミープリーズ」
「馬鹿の一つ覚えか」
「だってこれしかしらねぇもん、いーからもうキスしようぜ」
「前振りが全部無駄だったな」
「うるせぇ」

 あーもーほんとに可愛くねぇ!

 そう心で叫びながらも城之内は、あの映画の中で切ない眼差しと共に向けられた彼女の顔よりも、目の前にあるこの顔の方がずっと可愛くて、キスしてやりたいと思ってしまう。我ながら重症すぎると呆れる気持ちもあるけれど、何より幸せなのだから、特に問題はなかった。

 柔らかく重なる唇。
 

 その瞬間、城之内の脳裏から映画で観た可愛い彼女の顔は跡形もなく消え去って、もう二度と思い出される事もなかった。

城海:多分昔のラブロマンスでも観たんだと思います。 ▲