カリスマ Act6

「んぁっ!……あっ!」

 硬く弾力のある先端を唇で包んで、まるで赤ん坊の様に強く吸う。吸引力が最後まで持続出来なくて、ついそのまま唇が離れて、ちゅ、といかにも目立つ音がした。それに海馬の悲鳴にも似た喘ぎが重なって耳を犯す。

 漫画でも小説でも、そして映画やドラマでも効果音が重要な役割を果たすのと一緒で、セックスの時もこの音がないと盛り上がらない。サイレントセックスもそれはそれで燃えるけれど、やっぱりいかにもヤってるんだっていうこの雰囲気がたまらない。

 身体を動かす度にシーツと皮膚が擦れ合う微かな音や、互いが吐きだす荒い呼吸音、あらゆる場所から響くいかにもヤラシイ粘ついた水音、そして声。最初は我慢して小さいそれが、徐々に大きくなって、最後には掠れて途切れ途切れになる様を聞いているだけでたまらなくなる。ともすれば女よりも高い声で切なげに喘がれた日にはそれだけでイケそうな気さえする。

 オレの周囲では1年も付き合えば相手の身体に飽きる、なんて愚痴を言う奴が多いけれど、オレの場合は5年経ってもまだ海馬の全てを知った気になんてなれない。むしろ毎回新しい発見が出来てしまう位だ。これって凄い事だと思う。

 セックスがこんなに夢中に慣れるモノだなんてコイツに出会って初めて知った。これ以上もこれ以下も、もう考えられない。したいとも思わない。だから浮気がどうのと言われるのは心外だ。出来るわけないじゃん、浮気なんて。お前がオレをこんな身体にしたんじゃねぇか、責任取れ。……って海馬にも同じ事言われたけど。

「……い、い加減しつこいぞ貴様……ッ!痛い!」
「え?痛い?気持ちいいじゃなくって?」
「……気持ちいいわけあるかッ!」

 オレが余りにも胸に執着して、ずっとそこから口を離さずにいたら、流石に我慢しきれなくなったのか、海馬がそう声を上げた。まぁ確かに、舐めてるだけならまだしも吸ったり噛んだりしてたら痛いわな。両方とも真っ赤になってるし。あ、歯型つけちゃった。

 んでも、何も傷つけるような真似をしてるんじゃないんだから、特に気にしないで更に続ける。男だから当然膨らみはないけど、胸自体は好きなんだよなオレ。なんか可愛いし。物凄く感じるし。

 つーか海馬の口に出して訴える感覚なんて大抵本当に感じてるモノと違ったりしているから、それをいちいち真面目に聞いて対処なんかしてられない。マジで痛かったり苦しかったりする時は顔に出るし。今は確かにちょっと眉を寄せて顔を歪めてはいるけど、口の端からは涎が垂れっぱなしだし、逃げるように身体に力が入ってないから、本当の意味で痛くて我慢出来ないなんて状態じゃない。

 だからオレはちょっと意地悪くにやりと笑ってやっと胸から離した唇を海馬の耳元に持って行くと、わざと息を吹き込むようにしながらこう囁いてやった。

「お前の場合、痛いと気持ちいいは一緒じゃんか。後ろに入れられて感じるって事はそういう事だろ?」
「んっ…!…ふざけるなっ!…ひぁっ!」

 そして、ずっと緩やかに太股を撫でているだけだった右手を上に滑らせて、足の間へと滑り込ませる。そこはもう海馬自身が流し始めた先走りで濡れていて、その液体は下のシーツに染みまで作っている。ナニには一切触ってないのに敏感な事で。そんなんだからお前『男』になれないんだぜ。言わないけど。オレ相手にそうなって貰っても困るけど。

 ゆっくりと、肌を濡らす粘ついたそれを指に絡めながら、いつ触れても柔らかで小さな穴にそろりと触れる。瞬間、ひくつく様に収縮した襞の感触を楽しみながら、オレは唇を寄せたままの耳元に一つ小さなキスをして、なぁ、瀬人、とその名を呼んだ。

 それは、オレの中でスイッチが切り替わった証。ベッドの上でしか口にしない二文字。いつの間にかそれが習慣になっていた。海馬も……否、瀬人もそれにつられてここからは城之内、なんて呼ばなくなる。けど流石に照れがあるのかよほど意識がぶっ飛んでないと克也、なんて言ってくれない。だから逆に呼ばれた時は物凄く嬉しくなったりするんだけど。

 どちらがとか、何時からとかなんて分からない。幾度も繰り返された交感の中で出来た暗黙のルール。二人だけの秘密の合図。そう考えるとなんか色んな感情が溢れてしまってドキドキする。昔も今も変わらずに。

「力抜けよ。さっきのお返ししてあげるから。死ぬほどよくしてやっからよ」
「……っ、余計な、世話だ…!……んあぁっ!」
「だから力抜けって。ちゃんとしねーと舐めるぞ」
「っ嫌だ!」
「ま、ちゃんとしなくても舐めるけどねー」

 そう言いながら、オレは再び顔を耳元から離して首筋、胸、そして漸くその先の腹の方へと舌で辿りながら下ろして行く。快感のよりどころを探られた所為か、一気に粟立って震える肌を宥める様に舐めまわしながら、時折軽く吸いついて痕を残した。

 透き通る様な白い肌に痛々しい程にはっきりと残って行くオレの軌跡。数日後、瀬人がまた一人になった時に、その痕を目にした瞬間、今のオレの事を思い出してくれればいい。例え綺麗に消えてしまっても感触を忘れられない位に。

 そして、また会いたいと、オレに抱かれたいと思ってくれればいい。
 一人になるなんて耐えられなくなるほどに、強く。

 最初から分かっていた事だから仕方がないよな、なんて心が広いフリをして口にしてはいるものの、本当は全然納得なんかしていない。

 アメリカと日本の超遠距離恋愛。数ヶ月に一度のセックス。これが我慢出来ているのも大人になった証拠だけれど、寂しいと思う様になったのも大人になった所為だとオレは思う。男も女も結婚すりゃ落ち着くもんだ、なんてよく言われるけれど、その落ち着きが欲しいと思う様になった。自由な時間はもういらない。

 けれど、そんな我が儘を口に出来る程、もう若くもなくて。

 結局は妥協と我慢を繰り返して待つしかないんだ。

「なぁ、瀬人」
「……はぁ……ふ…っ!…あ、あっ!」

 既に熱く熱を持ち、トロトロになっている瀬人自身をやんわりと手で包みこんで上下に擦る。力は殆ど入れないで、先走りの滑りにただ指を滑らせるように緩やかに。その度に腰をビクビクと跳ねあげて入り口に触れるオレのもう一方の指先を擦りあげる。それは結果的に瀬人の快感へと繋がって、快楽のスパイラルに陥った瀬人は、オレが特に積極的に何かをするまでもなく、一度目の吐精を果たした。

 奴を握っていた左手に生温かい精液が流れ落ちる。

「……っ……う……あ…」
「何勝手にイッてんだよ。やっぱ気持ちいいんじゃん」
「……う、うるさ…っ!」
「お前ってホント、幾つになっても変わんねーのな」
「悪かったな!」
「怒んなよ。今の台詞の後に、そこが大好きだーって、言おうと思ったんだけど?」
「!!………………」

 今も昔も何一つ変わらない。大人の筈なのに全く大人になれないお前の事を、オレは本当に好きだな、と思ったんだ。

 ……手をべたべたにして言う事じゃねぇんだけどさ。
 絶頂の余韻で未だひくひくと震えている身体を抱き締めて、オレは濡れた指先をゆっくりと口に含んでそこについた瀬人の精液を全部舐め取った。見せつける様に、わざと音を立てて。その様子を凄く嫌そうな顔で、それでも視線を外さずに見ている頭上の表情がたまらない。

 やっぱり美味いよ?そう言って口の端についたものまで綺麗に舌で掬い取ると、瀬人は元々赤かった目元を更に赤くしてそっぽを向いた。それって恥ずかしがる事なのか?良く分かんねぇ。分かんねぇけど、その仕草が可愛いから突っ込まずに放っておく。

「── ふぁっ……あ!」

 そんな瀬人の様子を尻目に、オレは先に進もうと瀬人の足の間に埋まる形で元から近かった顔をもっと近づける。そして、さっき宣言した通り、『お返し』をしてやる為に緩く舌を伸ばして、手始めにまず柔らかい双球の一つを唇で食んで吸ってみた。ここって超感じるんだよな。オレも自分でする時悪戯に触った事あるし。感触も表面は柔らかくて中はある程度コロコロしてるから不思議で面白い。握られると、怖いけど。

 そんな事を思いながら、その感触全てをじっくりと堪能するように唇と舌を使って弄り続ける。すると、一度イッて勢いを無くしていた瀬人自身が緩く立ちあがり、つ、とまた先走りが落ちて来る。それを敢えて舐めたりしないで放置して、後ろへと流れる様を見つめると、最後に少し強めに吸い上げた後、オレの舌はそこから離れ蟻の門渡りを経て、漸く目的の場所へと到達する。

 さっきから少し撫でる程度で殆ど刺激を与えなかったそこは瀬人が自分で出した液体に塗れて小さくひくついていた。いつも思うけど、その様子はめちゃくちゃエロイ。男のこんなとこ見て興奮するなんてどういう変態だよ、とセルフツッコミが入るけど、それでもエロイものはエロイんだからしょうがない。大体色が可愛いんだよな。真っ白な肌の中でちょっとだけ目立つピンク色。ピンクとかありえないだろ、常識的に考えて。

 瀬人曰く、オレのだって似たようなもんだって言うけれど(以前シックスナインをした時にバッチリ見られた)自分のは例えどんな形や色をしてたって萎えの対象でしかない。キモチワルイ。そう言うの考えると、セックスって不思議だなぁと思ったりする。

「……ひっ!……う」

 柔らかい襞を辿るように舌先で撫でて、その中心に上の唇にするのと同じようにキスを一つ落としてやると、瀬人の内股が強く痙攣し、オレの頭を挟み込む。同時に触れているそこに無駄に入る強い力にオレは内心苦笑して、それでも顔を上げずに口を開いた。

「何も痛い事すんじゃねーんだから力抜けって。舌入れられねーじゃん」
「入れるな!……い、嫌だと言っているだろう!」
「なんで。気持ちいいだろ?ほら」
「やっ!……ばっ、やめっ…!」
「今更だろー。諦め悪いよなぁ。結構好きな癖に」
「す、好きじゃないわ……いぁっ!……ん……あぁっ!」

 瀬人の抗議なんかもろともせずに、オレはこれだけは器用だと自信がある舌先で愛撫を繰り返す。根本的に潔癖症の気があるコイツは、オレがこういう事をするのを物凄く嫌がった。最初なんか泣いて暴れて大変だったんだぜ。泣くほど嫌な事かよ。こんなん全然大した事無いのに。最近では流石に抵抗も無駄だと分かったのか、言葉で抗議する位しかしてこないけど、でもやっぱり嫌なものは嫌らしい。

 その割に風呂に入ると何時何されてもいい様に綺麗にしてくるんだから面白い。汗や精液の匂いに交じって仄かに香る甘いボディーソープの匂いがその証拠だ。なんだかんだいいつつ期待してんじゃねぇか。だったらご期待にお答えしなきゃ嘘ってもんでしょ。……しっかし、ここ洗うって事は指つっこんじゃったりしてるんだろうか……想像するとその破壊力たるや凄まじい。想像でイけるかもしんない。

「綺麗にしてんじゃん。問題ないだろ?」
「……うっ……く……そ、んな事はしなくていいっ!」
「いや、つーかオレがしたいだけだし。舐めるの好きでさーお前が犬犬言うから犬になったかも、オレ」
「うぁっ!変態が!」
「オレもそう思う。だからなんとも思いません」
「……っあ……や、め…くああッ!」

 なんだかんだと抵抗しつつ、結局身体は慣れちゃってるもんだから、瀬人のそこはあっさりとオレの舌の侵入を許してしまう。入り口に唇を擦りつけて内部を軽く舐めあげるともうどうでもよくなったのか、緊張させた足はそのままに瀬人の手がオレの頭を抱き締めた。それはもっとって意味なんですか?なんて内心にやりと微笑みつつ、舌先が痺れるまで動かしてやると、オレは殊更ゆっくりと顔をあげる。

 オレの舌と、瀬人のそこが細い唾液の糸で繋がる。うわ、凄い。そう思う間もなくオレは衝動的に身体を倒すと、殆どひっきりなしに声を上げていた奴の上の唇をキスで塞いだ。途端に物凄く嫌がられたけど、敢えて無視して深く舌を絡ませる。

「うぐっ!……んっ、…んくっ……んんんっ」
「……ん、…ふっ……」

 多分オレが後ろ舐めた後だからなんだろうけど、めちゃくちゃ抵抗してくる手足を無理矢理押さえつけてキスを続ける。息継ぎの為に一瞬口を離すと、苦しさの所為か嫌悪の所為か瀬人の頬に涙が伝った。それでも構わずまた口を塞ぐ。再び嫌がられる。そして、最後には舌を噛まれた。

「んぐっ……はっ…いっ……てぇっ!」
「ふぁっ……はぁっ……はっ……死ねッ!!」
「お前セックス中に死ねはないだろうよ、死ねは。舌噛みやがって超痛ぇ。血ぃ出たらどうすんだよ」
「知った事か!今度やったら噛み切ってやる!!……ひあっ?!」

 よっぽど嫌だったのかボロボロと泣きながらそんながなり声をあげる瀬人を心底面白く見下ろして、オレはおーこわっ、なんて言いながらもうすっかり柔らかくなった後ろに、特に前触れもなく指を一本突っ込んだ。

 オレの唾液と、自分の体液で十分に濡れている為か大した抵抗もなく一気に奥まで入り込む。お陰で瀬人が追加『口撃』をする前にその声は封じられた。最初から遠慮なく前立腺を擦り上げた所為で、思いきり背が跳ねて絶叫した。ぐちぐちと響く粘着質な音が耳に届いて、指先に感じる熱さは既に限界だ。特に時間もかけずに二本目を入れても問題ない。あっさりと飲みこんで締めつけるばかりだ。

「っは……あ、あ、ふっ……んっ!」
「すっげー気持ちよさそうだな。指だけでイく?」
「う、く……っ……誰、がっ…!」
「オレはどっちでもいいけど。このまま中断してゴム付けるのもあれだから一回イッちゃおうか?」
「な、にっ……うあっ、あっ…!」

 オレはその言葉通り、瀬人の中に入れた指先に力を込めて分かりきっている奴の快感の拠り所を一気に責め立てた。瀬人の声が大きくなり、いつの間にかオレの腕を掴んだ指先に力が入る。痛い位に爪を立てて与えられる快感に追う事に夢中になる。そして。

「…んあぁッ!……あ!!」

 オレが限界まで指先を瀬人の中に沈ませた瞬間、その身体はあっさりと硬直し、そして脱力した。オレの腹の上に、生温かい液体が散る。腕にすがりついていた指先は、赤い痕を残しながらシーツに落ちた。ひりひりとした痛みが後を引く。

「派手にイったなーお前、凄すぎ」

 興奮に少し荒くなった息を必死に堪えながら、オレはにやりと笑ってバツが悪そうに僅かに反らしたその頬にキスをした。

 抜いた指先は、中の熱さにもう蕩けていて、それを特に考えも無しに口に入れた瞬間、思い切り脇腹を蹴り上げられた。

 イテッ。だから、今更なんだって!