Act10 Happy life(Side.城之内)

「あーえーっと、今日は飲んで帰るから遅くなる。え?……一応日付変わる前には、うん、うん。分かってるって!そんなに心配なら迎えに来いよ!あぁ?嫌?じゃー我侭言うな!そういうそっちはどうなのよ。……はい?!馬ッ鹿お前そっちの方が問題じゃねぇかふざけんな!お前こそ日付変わる前に帰って来なかったからどうなるか分かってんだろうな!うるせぇ、お互い様だ!あーまーいいや。とりあえずそういう事で。うん、うん、はいはい。だーからうるせぇって、切るぞ。じゃーな!」

 未だ携帯の向こうから聞こえる声を無視する形でオレがパチンとフリップを閉めると、すぐ近くにいた同僚達が驚いた声で「お前……」と声を震わせた。一体何だと携帯を仕舞い込んで奴らの方に顔を向けると、そこにあったのは数人の微妙な表情。

 ……え。なんだこの空気。一体何事?

 そう思ったオレが何か言葉を言うより早く、隣で一番顔を引き攣らせていた男がいきなりガッ!と肩を掴んで口を開いた。

「城之内ぃ。お前、同棲してんのかよ?!」
「……あ?」
「だって今の電話の相手、彼女だろ?」
「え?いや、あの。……まぁ、そうだけど。だから何だよ」
「何だって。まずオレはそこに驚いた訳だけど、問題はそこじゃなくってさ」
「何だよ問題って」
「何だよじゃねーよ。お前、彼女に対してああいう言い方はねぇだろうよ。なぁ?」
「ああ、ぶっちゃけビビった」
「そうだよー私もう吃驚しちゃった」
「…………はぁ?」

 いや、ああいう言い方と言われましても、これがオレ等のスタンダードな訳で。

 つーか、お前らには聞こえないだろうけど、オレはアレの倍の酷さの暴言を吐かれてましたが何か。死ねまで言われたんだぜ死ねまで。たかが飲み会で午前様になるだけで死ねってどうよ。有り得ないだろ。

 そうなんとか説明をしてやりたいのは山々だけど、そうなっちまうと余り一般的でないこっちの事情を話さなければならなくて面倒臭い。一般的じゃないっていうか、ある意味超スキャンダルだけど。オレじゃなくてあっちが。

 ……オレの同棲相手は女じゃなくって男で、しかもあの海馬瀬人なんです、なんて言えるかよ。言えねぇよ、絶対。

「あー……えーと。なんていうか、その。オレの彼女、そういうの全然気にしねぇんだよ。めちゃくちゃ気が強くてよ。ああいう風に言わないと対抗できなくて」
「そういう問題じゃねぇ。仮にも同棲している相手にああ言う言い方はどうなのって話をしてんだよ。お前の好感度ダダ下がりだぞ」
「城之内さんって、もっと女の人に優しいと思ってたのに。家では違うんだ?」
「……だからさぁ」
「今の世の中DVとかで色々問題になってんだからそういうの改めろ、な?悪い事は言わねぇから」

 ……それはオレじゃなくてオレの「彼女」に言って下さい。殴る蹴るは当たり前、酷いとモノまで飛んでくるんだぞ、しかも重量級の。こないだなんてお前テレビだぞ、プラズマテレビ!んなもん投げる腕力があるってのがすげーけど有り得ねぇだろ常識的に。

 まぁ、でも。そんな事を目の前の一般人達に説明したところで分かって貰える訳もねぇから、オレは喉元までせり上がる膨大な愚痴を全部飲み込んで、ひきつった笑顔を見せながら「わかった、気を付ける」と呟いた。オレが気を付ける事なんて殆どないんだけど。理不尽過ぎる。

「よーし、今日の飲み会は城之内で盛り上がるぞー!その彼女の事たっぷり聞かせろよ!」
「あ、それいい!すっごく興味がある!城之内さんの彼女!」
「はぁ?!何だよそれっ!誰がするかよ!」
「な、どんな女?携帯とかに画像入れてんだろ?見せろよ〜!」
「ちょ、ここはまだ会社……!」
「仕事は終わってんだから気にしない!さ、移動移動。おい鈴木、駅前のあそこ押さえてあっか?」
「おーバッチリ予約済み」
「さっすがー!んじゃ、行きましょうかねー。ささ、克也くん、鞄お持ちしましょうか?だから携帯見せて♪」
「ぎゃー!!触んなプライバシーの侵害反対ッ!」
「じゃー見せろよ」
「見せねぇよ!」

 尤も、海馬の写真なんて入ってねぇけど。あ、あるか一応。KCで発信してる公式待ち受け。なんでオレ彼氏なのにその他大多数と同じ写真しか持ってねぇんだよ不公平だろ(撮るとすぐに削除されてしまう)つーか社長の写真を配信するな。馬鹿なのかKC、いやモクバ!

 終業間もない社内で新入社員数人が固まってそんな騒ぎを起こしていれば上司の目に留まらない訳はなく、オレ等一行は課の鬼部長と言われたカミナリ親父に思いっきり怒鳴られて、慌てて事務所を後にした。勿論、エレベーターに乗り込んだ瞬間に騒ぎは再発したけれど。

 オレと海馬があの大須のマンションで同居生活を始めてから今年でもう3年になる。無事留年もなく大学を卒業したオレは駅前のコンピューター関係の中堅企業に就職し、営業マンをやっている。海馬は海馬で相変わらず社長業に忙しい。まぁ最近はその殆どをモクバにやらせて、研究の方に心血を注いでるみたいだけど。その内社長なんて肩書きをブン投げて好き放題やるんだろうな。今でも十分好き放題してるけどさ。

 今日はあいつ側にも企業パーティがあって、しかもその中にペガサスがいるらしい。奴と会うのは5年ぶり位だから、ちょっと、いや、かなり心配だ。え?勿論色んな意味で。ペガサスの野郎はなんだかんだ言って食えないからよ、万一って事があるじゃん。大体23にもなる男を捕まえて未だボーイ呼ばわりはどうなんだよ。まぁそれは海馬だけじゃなくってオレにもだけど。

 とにかくそういう事情があってあの電話はあんな風になっちまったんだけど、さっきも言ったようにアレが普通だからどうしようもない。言葉優しくしたって一緒だし、うん。

 あーでもなぁ。言葉途中でブッチ切ったしなー怒ってるかもしんねぇなぁ、確かに。
 けどよー……うーん。

 そんな事を思いながらポケットの中の携帯を弄ぶ事数秒。結局オレは皆の意見に従う事にした。

 かなり、不本意だけど。

「わり、オレちょっと電話しかけてくる」
「お、彼女にあやまんのか?」
「……んーまぁ、そんなとこ」
「ここでかければいーのに。声聞かせろよ、声」
「やなこった」

 電話をかけた瞬間「死ね凡骨!」って怒鳴られる覚悟があるんなら、聞かせてやってもいいけれど、そういう訳にも行かないので。オレは途中でエレベーターを降りて人気のない方に歩きながら、リダイヤルボタンに手をかけた。コールする事数十回。あいつ、オレだって分かってる癖になかなか出ない。完全に拗ねてやがる。

 それでも根気強く待ち続けたら、イライラ声と共に海馬が出た。何だじゃねぇだろ何だじゃ。お前が何だよ、ったくもー。

「あー、さっきの事だけど。途中で切っちまってごめん」

 続く長い沈黙を打ち破る様にそう単刀直入に切り出したら、今度は別の意味で黙りやがった。やった、勝ったね。オレの勝ち。やっぱこういう時は先に謝るが勝ちだな、うん。

 多分物凄く複雑な表情で携帯を握りしめて立ち尽くしてるだろう海馬に向かって、オレはちょっとだけ優しい気持ちになって、比較的明るくこう言った。

「今夜は早く帰るから」

 だからお前もさっさとパーティ抜け出して帰って来い。  
 

 お帰りって笑顔で迎えてやるからよ。

 

2


 
「……ただいまぁ……あれ?」

 結局、なんだかんだで家に辿り着いたのは12時近く。こりゃやべぇな、怒られるかなって恐る恐るカードキーを差し込んで扉を開けると、部屋の中は真っ暗だった。セーフ!海馬もまだ帰ってなかった!良かったー!勢いこんで早く帰るなんて言っちまってオレの方が遅かったら目も当てられねぇもんな!そんな事になったら怒鳴られるどころかプラズマテレビ再びだ。

 ……マジで危なかった。ったく終電ギリギリとか勘弁しろよ。当分飲みには付き合わねぇぞ絶対。

 そんな事を思いながらオレは飲み過ぎて少しだけふらついた身体をなんとか動かしながら靴を玄関に放り投げ、その場で靴下を脱いで開きっ放しのバスルームに置かれた脱衣籠に放り投げる。ついでに少しだけ溜まっている白や黒の布の山を見つめると、思わず小さな溜息が零れ落ちた。

 あーそういやー今週は洗濯オレの番だっけ……まだ一回もしてねぇから結構溜まってんなぁ。つか、後替えのパンツ何枚あったっけ?衣装持ちの海馬くんはまぁいいとして、オレのはもう無いかもしんねぇ。まぁ、もしもの時は海馬のを勝手に取って履いてるんだけど、この間伸びたと怒られたばっかだからさすがにヤバい。

 あいつ見かけ通りケツもちっちぇーからパンツも確かに小さいんだよな。そりゃ、オレが履いたら伸びるってもんですよ。サイズが一段階違うもんな!……でも、怒るのそっちなんだ?勝手に履いた事じゃないんだ?うーん、未だにアイツのキレるポイントが分らねぇ。だからこそ面白い訳だけど。

 っていやいやそんな事はどうでも良く。洗濯だ洗濯!……面倒だけど、ついでだからやっちまうかぁ。そうと決まればさっさと行動!つっても服ぶっ込んでスイッチ押すだけだけど。こんなのも面倒臭がるんだからオレってすげー駄目な奴だ。

 一応色柄モノと白いモノにざっと分けて、白いモノを先に洗濯機に放り込む。最初の頃はんなもんどうでもいいじゃん!とオレ流に全部一緒くたにして洗ったら海馬に物凄く怒られた。だってオレあんま白い服とか着ねぇし、気にした事なかったんだよ。……まぁ、オレの買ったばかりのジーンズが色落ちして奴のシャツが御世辞にも綺麗とは言えない貧乏臭い青に染まっちまった時はさすがにこりゃ怒るよなぁと思ったけど。

 洗濯だけじゃなくて、その他家事もまぁ似た様な惨状で。結局初同居時と同様海馬がそっちをメインにやって生活して来た訳だけど、オレも社会人になってちゃんとしなけりゃっつんで(海馬も煩いし)最近はちゃんと分担制でやっている。尤も、割合的には海馬8割オレ2割程度だけど。そして容赦なくやり直しを要求される。お陰で会社では男にしてはきちんとしてる方だ、なんて褒められた。家でギャンギャン言われるのはアレだけど、まぁ無駄にはなってないから有難いと思うべきなんだろうな。うん。

 それにしても、海馬の奴おっそいなーてめぇが午前様かよ。ありえねぇな。

 とりあえず、洗濯がてら風呂掃除もしてもうちょっと酔いが冷めたら入れる様に湯を溜めつつ私服に着替える。縒れたスーツを近間にあったオレ用のフックにかけて、そのついでに視界の端にあった時計を見たら既に時刻は12時を回っていた。

 日付変わってるよ……。明日っつうかもう今日か……は土曜日だし、オレは休みだから全然問題は無い訳だけど、それにしたって遅過ぎるだろ。パーティってこんなに遅くまでするもんなのか?ただの飲み会じゃあるまいし、会場のハシゴとかしねぇだろ普通。っつー事はだ。もしかしなくてもあいつやっぱり誰かにお持ち帰りされたんじゃ……!!ペガサスだったらぶっ殺す!や!ペガサスじゃなくてもぶっ殺すけど!

 なんか急に不安になって来た。オレも酔ってる所為か普段なら鼻で笑っちまう事も、やけに大事の様に思えて来る。なんだかんだ言ったって海馬は遠方に出張でもしねぇ限りは日付が変わった後に帰って来るなんて滅多にないし、むしろそれで怒られるのはオレの方だ。

 終電を逃し、そういう時に限って全部飲み代につぎ込んでタクシー代すら残って無くて、ビクビクしながら海馬に電話して迎えに来て貰って殴られた事も一度や二度じゃない。だから、今この時間になっても海馬がいないなんてとんでもない事態なんだ。

 どうしよう、迎えに行くか?……でも、何処へ?!

 思わずガバッと立ち上がり飲んでいたミネラルウォーターのペットボトルを握り締めて、行動しようかどうか悩んでいたその時だった。テーブルの上に放り投げていた携帯の着信音が結構な音量で響き渡る。慌てて掴み取って名前を見ると海馬の文字。今頃連絡かよ、遅いんだよお前!イライラしながら耳に当てると、携帯の向こうから聞こえてきたのは、ちょっと意外な人物の声だった。

『あ、城之内?!お前、今何処にいるんだよ?』
「は?あれ、お前モクバ?何で海馬の携帯から電話しかけてんだよ!」
『丁度目の前にあったからさぁ、まぁいいかと思って。っていうかそんな事より、何処にいるかって聞いてんだよ』
「どこって、家に決まってんだろ」
『あ、ちゃんと帰ってんだ。オッケー、じゃあ兄サマ連れてくね』
「……はい?」
『お前、今日飲み会で遅くなるって聞いてたから。家に帰ってなかったら海馬邸に持ち帰ろうかと思ったんだけど、いるんだったら連れ帰っても問題ないよな』
「いや、そうじゃなくって。海馬がどうしたって?持ち帰る?」
『珍しく兄サマ潰れちゃってさぁ。爆睡中なんだ。だからどうしようかなって迷ってたの』
「えぇ!?酔い潰れたぁ?」
『あー細かい事は顔見て話すから。とにかく今から帰るね。今どの辺……あーうん、分かった。えっと後20分位かな。寝ないで待ってろよ』
「寝ないけどよー」
『じゃあな』

 そう言って、あっさりと切られてしまった通話にオレは暫く携帯を見つめながら茫然とその場に立っていた。他人じゃなくってモクバにお持ち帰りされたのは良かったけど海馬が自力で帰れない程酔っ払うとか初めての経験じゃね?そもそもあいつ酒あんま飲まねぇし。弱いから飲まないのか、嫌いだから飲まないのかは聞いた事がないから分からねぇけど、少なくてもオレと飲んだ時は酔ったとこすら見た事がない。なのに潰れて爆睡とか何事なんですか。ありえねぇだろマジで。

 うわ、すっかり酔いが醒めちまった。

 奴が酔うっていうのはオレにはそん位の衝撃なんだ。

 それからきっかり20分後。軽々と海馬を肩に担いで来たモクバがインターフォンを鳴らすまで、オレはなんだか落ち着かずに部屋の中をうろうろしながら待っていた。
 

 風呂のお湯を出しっぱなしにしていた事を綺麗さっぱり忘れたまま。
「なんだよこのベッド!汚ないなぁ。お前だろ、後に起きたの!それに……あからさま過ぎるんだよ!」
「何怒ってんだ。つーか何でんな事分かるんだよ」
「兄サマがこの状態で放置する訳ないだろ!ったく起きたらちゃんと綺麗にしとけよ!オレじゃない奴がここに来たらどうすんだ」
「海馬と同じ事言うなよ。生意気だな〜!」
「言われたくなかったら言われない様にすればいいじゃん」
「それも同じだ!」
「まー何でもいいけど早く片付けなよ。兄サマはソファーの所に寝かせて置くから」
「別にこのままでもいいだろ!」
「オレが嫌なの」
「っかー!むかつくー!」

 此処数年ずっとバスケに打ち込んできた所為で190センチを超えちまった身体と共に態度もデカくなりやがったモクバは、そう言うと肩に担いでいた海馬を難なくお姫様抱っこ形に持ち変えて、なんだか妙に慣れた手付きでリビングに置いてあるソファーへと寝かせてしまう。

 軽いとは言え、かなりデカイ海馬を背負って車からここまでエレベーターを使ったとしても結構な距離があるにも関わらず、息一つ乱さないのは流石としか言いようがない(言って置くけどオレだってそれ位は軽いけどな)

 しっかしこいつ……まだ二十歳にもなってねぇ癖になんだよこれ。女相手にしょっ中こんな事やってんじゃないだろうな。KC副社長のプレイボーイぶりは半端ないって噂だし、満更的外れな想像でもないんだけどさ。……まー海馬と全く違う意味でモクバも超イケメンだし、ガタイはいいし、何より性格がいいと来たもんだ。モテるよな間違いなく。つーかこれでモテなかったら誰がモテるんだ。

 ここに来るまでに邪魔なモノは取り払ってしまったのか、海馬の上半身は首元を緩めたワイシャツ一枚、という格好だ。ネクタイとか上着とかはモクバが空いていたもう片方の手に纏めて持っていたから受け取ってオレのスーツの横にかけた。

 本当はクロゼットの中にしまわないと怒られるんだけど、結構匂いが付いてるからこの場合仕舞った方が怒られる気がする。ったく酷ぇなこれ、と思わず呟くと兄サマ命のモクバも思う所があったのか反論はしなかった。

 言われた通り起き抜けでぐちゃぐちゃだったベッドの上を片づけると、少し青みがかったシーツの上に使用済みのコンドームが落ちていた。その周辺には勿論あからさまな痕跡も。あ、ヤベ。シーツ替えないと駄目だこりゃ。

 でもこれってオレだけの所為?!いっくら先に起きたからって気付かなかった海馬も悪くね?……あーでもこの位置だとオレの身体の下になってたかも。そりゃ分かんねぇよなぁ。つか、もしかしてモクバが汚いっつったのこれか?と何気なく後ろを振り向くと、すごく嫌な顔で睨まれた。……はい、ごめんなさい。

 くっそ、こんな事なら朝ちゃんと綺麗にしとけば良かった。そういう時に限ってこうなるからホント不思議だよなぁ。しかしおかしいなー。ちゃんとゴミ箱に捨てた筈なんだけど。まぁ、そのゴミ箱は部屋の隅にあるから、事後に即捨てられる訳がないんだけど。

 そんな事を思いながらシーツを引っぺがし、適当に丸めて風呂場へと持って行く。折角籠が空になったのに残念過ぎるけど、まぁ仕方ない。その途中なんだか偉そうな態度で転がった海馬の隣に座り込んで足を組んでいるモクバに一応客は客だから「何か飲む?」なんて声をかけてみた。するとモクバはさっさと立ち上がって勝手にキッチンに侵入する。勝手知ったる元自分の家ってね。ハイハイ。

「兄サマ。にーいーさーまー。水飲まない?喉乾いただろ?」
「…………」

 オレがシーツを籠に放り込んで部屋に戻ってくると、リビングではミネラルウォーターのペットボトルを片手にモクバが海馬の顔を覗き込む様にしてその身体を軽く揺すっていた。それに少しだけ呻き声の様なものを出したものの、全く動く気配のない海馬に奴は大きな溜息を一つ吐く。

 こうして見てるとこの兄弟、なんか逆に見えるよな。どんだけヘタレてんだよ兄サマは。オレが半ば呆れてその様子を観察していると、モクバは少しだけ眉を寄せて「もうっ、お酒弱いのに無理するから!」とちょっと吃驚する様な台詞を口にした。海馬くんがお酒に弱い?初耳なんですけどそれ。

「え?海馬って酒弱かったの?」
「うーん、お酒に弱いって言うか、果実酒に弱いんだよ。なのに年代物のロマネコンティがぶ飲みしてさぁ、この始末ってわけ」
「あ?ロマネ……何?」
「高いものだと一本500万は下らない高級ワインの事。お前、兄サマの恋人ならその位覚えろよな!」
「や!オレに全く縁のない代物だし!大体そんなもん聞いた事もねぇよ」
「なんでだよ。兄サマとデートでレストランとか行かないの?っていうかお前、前にホテルでアルバイトしてたじゃん」
「してたけど、そんな長い間でもなかったし。……今更デートもなぁ。大体、海馬がそういう所にオレを連れて行くの嫌がるんだよな」
「食べ方が汚いからだろ」
「分かってんなら言うなよ。別に高級品食わなくっても生きて行けるし、問題ないね」
「……わー最悪。やっぱり兄サマ、付き合う相手間違ってるよ」
「今更かよ」
「今更だね」

 何だかんだ言って6年だもんなーその内3年は同棲だろ。考えられない。

 そう言って肩を竦めてみせたモクバだったけれど、その顔は勿論笑顔のままだった。ほんっと可愛くないなこいつ。

「……で?なんで海馬がそのロマネなんとかをがぶ飲みしたんだ?」
「オレはオレで相手がいたから良く分からなかったけど……兄サマ、パーティが始まる前からあんまり機嫌は良くなかったよ。だからオレはお前と喧嘩でもしたのかなーって思ってたんだ」
「喧嘩?してねぇけど」
「本当かよ。兄サマ、携帯睨みつけて凡骨がどうのとか文句言ってたぜ」
「マジで?」
「うん。マジで」
「……えー」

 じゃあアレか?もしかして昼間のあの微妙な口喧嘩が原因か?や、でもあれ位の言い争いなんてしょっ中だし、オレ後で一応謝った(つもり)だし。そこまで海馬の機嫌損ねる様な事してねぇと思うんだけど。……まぁ、キレどころが分かんねぇからよ。もしかしたらものすごーく怒らせるかまたは凹ませる様な事言っちまったのかも……あー、でも心当りがない。なんも思い出せない!

「やっぱり何も思い当たる節がねぇんだけど」
「ふーん。じゃあ、いいんじゃない?」
「いや、良くないだろ」
「だって、何が悪いか分からなくて謝れるの?お前、正直だから自分が悪くないって思ってると凄い適当な謝り方するじゃん」
「んな事ねぇよ」
「あるって。まぁ、でも、結局兄サマここに帰って来たし。別にいいんじゃないの」
「?意味が分かんねーんだけど。帰ってくんのは当たり前だろ。つか、お前が連れて来たんじゃねーか」
「そうだけどーそうじゃないんだよなぁ」
「なんだよ、気持ち悪ぃな。ニヤニヤすんな」
「オレ的にはお前には色々と反省して欲しいから言いたくないんだけどー……黙ってるのも勿体ないから特別に教えてやるよ」
「だから何が?」

 まるでオレをからかう様なイヤな笑いを浮かべながら、モクバはわざとらしく眠る海馬の肩を抱く様な仕草を見せると、何故かちょっとだけ嬉しそうな声でこんな事を口にした。

「今日、パーティが終わった後の事なんだけど。最初は兄サマこんな状態だし、お前も今夜居ないって聞いてたから有無を言わさず海馬邸に連れ帰ろうと思ったんだ。でもさ、兄サマが嫌だって言うんだ。オレが横で添い寝してあげるからって言っても全然うんって言ってくれなくてさぁ」
「…………は?何で?」
「何でって。察しが悪いなぁ。結局はここが恋しいって事だろ。ここが恋しいって事はぁ、どういう事か分かるよな?」
「………………」
「オレ的にはすごーく不本意なんだけど。ま、そういう事だから。ここは一つオレがオトナになって、涙を飲んで兄サマの望み通りにしてあげた訳。分かった?」
「………………」
「何だかんだ言って兄サマはお前の事が好きなんだからさ、あんま邪険に扱うなよ。兄サマを苛めたらオレが100倍にして返してやるからな!」
「い、苛めてねぇよ!むしろオレが被害者だろ?!」
「そ。ならいいんだけど。良かったね兄サマ。城之内大人しくしてるって」

 未だ夢の中の住人にさも可笑しそうな声でそう告げたモクバは「じゃ、オレはもう帰るから後は宜しくー」なんて言いやがり、さっさとオレ等を置いて本当に帰ってしまった。
 

 ちょ、なんつー爆弾告白。これはヤバいだろ常識的に考えて。
 

 その場に一人残される形になっちまったオレは、暫し呆然とその場に立ち尽くしてしまった。っつーか、本当にどうしたらいいか分からない。そんなオレをよそに当の海馬は未だ安らかな眠り中、なんだか凄く幸せそうに薄ら笑いを浮かべていた。
 

 ……どうしてくれようコイツ。
「海馬。おい、海馬!ベッドちゃんとしたからそっちで寝ろ。どうせ風呂入んねぇだろ?」

 モクバが部屋から出ていっちまってから30分後。なんだかとっても居たたまれなくなったオレは、色んな気持ちを落ち着かせる為にとりあえず用意していた風呂に入り、Tシャツとハーフパンツに着替えた後に、再び爆睡中の海馬に声をかけた。モクバが転がした場所から一ミリも動かないですやすや寝息を立てている兄サマは、オレが耳元で騒いでも全く持って起きる気配がない。

 ……なんだってまぁ、こりゃ重症だな。どんだけ飲んだんだコイツ。ロマネなんとかにどれ位のアルコールが入っているのかは分からないけど、海馬には効果てきめんだったっつー訳だ。自分でもそんな事は嫌ってほど分かってるだろうに、なんでこんなになるまで飲んだんだ?そんなにオレの飲み会が嫌だったのか?訳分かんねぇ。

 まぁでもとりあえずここに置いといてもしょうがないから、オレはうんともすんとも言わない身体を持ち上げてちゃっちゃとベッドに移してしまうと、したままだったスラックスのベルトを引き抜いた。その拍子に珍しくスラックスのポケットに入っていたらしい奴の携帯がコロンとシーツの上に転がり落ちる。

 静かに点滅するブルーの光。表面にあるディスプレイを見ると数件の電話とメールの着信が入っているみたいだけど、この体たらくじゃ多分今夜は無理だろうから無視して充電スタンドへと立ててやった。視界に入るチカチカ点滅する光が鬱陶しくて、ご丁寧に逆向きにして。が、そこまでやってからふと考えた。……緊急の連絡が入ってたらまずいよなぁ、と。

 過去にも何度か寝てる海馬のためを思って起こさなかったり、諸悪の根源の携帯の電源を切って朝まで放置した時に、そういう日に限って会社で結構大変な事が起きていたらしく、海馬にしこたま怒られた事があった。オレは海馬の為を思ってやった事なのに、海馬にとってはそれは余計なお世話だったらしい。

 こういうのすげー理不尽だと思うんだけど、自分が社会人になってからは多少認識が変わっていた。オレも腐っても営業職の人間だ。いつ何時客関係の呼び出しが来るか分からない。スルーすれば自分の成績にも大きく関わってくるから最近では携帯の着信音は最大にして必ず持っているか、持たなくても目の届く場所に置いておく事にしている。気づきませんでした、は理由にならないしな。

 …………つー事は、だ。やっぱこの事はちゃんと海馬に教えた方がいいかも知れない。人事不詳の酔っ払いじゃーどうにもなんねぇかもしんないけど、また放置して怒られるのも嫌だし、とりあえず伝えとけばそっから先は海馬の判断でオレの責任じゃねぇし(……だよな!?)

 色々と考えた結果海馬を起こす事に決めたオレは、キッチンからペットボトルを取って来ると未だピクリとも動かないその身体を揺さぶった。あんまり動かすと気分悪くなって吐かれても困るからこの辺の加減が重要だ。

「かーいば!か・い・ば・君。携帯に着信来てますよーチェックしないと不味いんじゃないですかー?緊急の用事とか入ってたらどうしますー?……っておい、マジで。起きろってば!」

 転がったままじゃ多分無理だろうと、オレは奴の背中に手を入れて上半身を引き起こし耳元でそう怒鳴ってやる。自分でもすげぇ煩ぇ!と思いつつ粘ってみたら、やっと海馬も煩いと感じてくれたらしく漸くオレの肩に凭れていた頭が少しだけ動いた。そして、物凄く重そうに瞼を持ちあげる。が、ぶっちゃけ焦点が全然合ってない。

「……お前、起きてねぇだろ」
「………………」
「えーっと、携帯点滅してんだけど。確認する?」
「………………」
「水は?喉乾いただろ」
「………………」

 ダメだこりゃ、まだ眠りの世界にいやがる。……でも、一応オレの言葉に首を振る素振りは見せたから完全に起きてはいないだけで意識はあるって事だよな。フルーティな匂い振りまいてほんのりほっぺた赤らめちゃってまぁ。お前、今日はモクバがいたから良かったけど、これ1人だったらヤバいぞマジで。ま、ご本人もモクバがいるからちょっと羽目外しちゃったんでしょうけど。それにしたってさぁ。

「なーお前、何で外でやけ酒かっ食らったんだよ。なんかオレに不満でもあるわけ?」
「………………」
「オレも一応社会人になったしさぁ、結構付き合いとか増えちゃったりした訳よ。そんなん10年近く前に既に社会人になってたお前だって分かってるじゃん。そこを拗ねられても困るんだけど」
「……う……るさ……」
「まー平然とされてもそれはそれで寂しい気がするんだけど。……とりあえず、水飲む?」

 海馬はオレの言葉に反応してるのか、それともただ耳元で声がするのが嫌なのか、その言葉通り物凄い顰めっ面でオレの腕の中から逃げようとする。勿論そんなん悪足掻きにもならないからオレは難なくずり落ちようとした肩を捕まえて、持って来たペットボトルを意地悪く頬に付けてやった。キンキンに冷えたそれに想像通り驚いた様に身を竦めた海馬に、オレは心底面白くなって喉奥で笑いつつ口でキャップを回し開けた。が、それを無理矢理口元に押し当てても全く飲むような様子はない。

「……おい」
「……んっ、な、んだ」
「何だじゃねぇって。水。ほら!」
「……いら……」
「いらなくないだろー。絶対喉乾いてるんだって。いいから飲め」
「………………」
「あーもーめんどくせぇ!」

 ただ寝ぼけてるだけなのか、本気で嫌で拒否ってんのか分からない仕草で押しつけるペットボトルを退けようとする海馬に、流石にイラッとしたオレはそのペットボトル持ち上げて、自分の口へと押しつけた。そして。

 中身を一気に口に含んで、そのまま海馬の唇へ押しつけてやったんだ。
 キンと頭に響く様な冷たすぎる水はオレの口内で暖まるより早く、普段からは考えられない程熱い海馬の唇へと流れて行く。最初はやっぱり寝ぼけているのか大半を口の端から溢しちまって埒が明かなかったけど、徐々に分かって来たのか三回目位からちゃんと喉を鳴らして飲み込むようになった。

 ここまでくればもうペットボトル本体を渡しても多分自分で飲むだろうし、現に本人もオレを押しのける動きを見せているけど、オレの方が結構気持ち良くなっちゃってやめる気にならなかった。まあぶっちゃけもう水なんかどうでも良くってただのキスになってたけど、その辺もいつもの事だから気にしなかった。海馬の熱く湿った甘い息がオレの鼻孔を擽って、下半身に直撃する。

 ……なんかもうこのままヤっちまおうかなー。今日はオレも飲みで疲れて眠いし海馬もよっぱじゃあんま楽しく無さそうだし……なんて一瞬でも思ったオレが馬鹿だった。普段滅多に見られない光景ってすげー興奮するんだな。前は全く興味なかった『酔っ払いの女持ち帰ってそのまま頂いた』って自慢していた奴等の気持ちが今なら分かる。……これはいい。あの海馬がなんだかとっても可愛く見える。

「……んっ……は……お、いっ!」
「なんですか?酔っ払いさん。眠いなら寝ててもいいですよ?」
「な、にを、やっている……っ!」
「何って。ナニがしたいなぁって思ってますけど……あ、水足りない?もっと飲む?」
「………………っ!」
「おっと、飲むんならオレが飲ませてやるよ。欲しいの?」
「……っふざけるな!」
「お前めっちゃ汗かいて熱そうだなー。脱ぐ?」

 水を飲ませると言う名目だった筈のただのキスになったそれの合間に、漸く少し焦点が合って来た海馬が苦しそうに息を吐きながらオレの腕を掴んで強く握り締めてくる。あ、これは起きたな、と思うより先に持っていたペットボトルを奪おうとする動きを軽く封じてオレは本格的に海馬の上へと跨ると、まだ半分位水が残っていたそれをサイドテーブルに置いて意地悪く笑って見せた。

 なんだろうこれ、めっちゃ楽しい。真っ赤な顔をして肩で息をしている海馬を見下ろしながら、オレは鼻歌でも歌いたい気持ちになっていた。そう言えばオレもさっき一回醒めたとは言え一応酔っ払いで、今凄くイイ気分なんだ。嘘かホントかは知らないけどモクバから可愛い事も聞いちゃったし(本人確認はしてないけど)、これはこのまま寝るなんて事は出来ないっしょ。つーかもう勃ったし。うん。

 そんな事を思いながら、オレは重そうな瞼を辛うじて持ち上げて物凄い据わった目でこっちを睨んで来る海馬を無視する形でスラックスの中からシャツを引き抜いてボタンをちゃっちゃと外し始めた。勿論抵抗してくるけど気にしない。

 外はもうクリスマスも近い身体の芯から凍える様な真冬の寒さだけど、エアコンをガンガン効かせた室内はちょっと暑い位でこのまま裸にひん剥いたって寒い思いをする事なんてない。つーかむしろ汗かいてるし。うわ、シャツ湿ってやんの。どんだけだよ。

「はい腰持ち上げてー」
「やめろばか、だれがするか……っ!」
「……なんだよその呂律回ってない可愛い言い方。別にいいじゃん。明日休みだろ?」
「かってにきめるなっ」
「まーまー……って、なんで鳥肌立ってんだよ。寒い?」
「あたりまえだ!」
「いや、暑いだろ?汗かいてるじゃん。まあ確かにソノ気にはなってないみたいですけど……」
「はなせっ!」
「いやいや。離さないし。つか別にお前が勃つ必要ないからいっかー」
「………………」
「あ、黙った。諦めた?」
「………………」

 なんだか良く分からないけど急に抵抗が止んだ事を幸いに、オレは全部ボタンを外した奴のシャツを一気に剥いでベッドの下に放り投げる、途端に現れたほんのりとピンク色に染まった胸に手を這わすと何故か思いっきり鳥肌を立てていた。え?マジで寒いのか?この常夏の様な室温で?……まあどっちにしてもこれからどーせ身体が温まる様な事をするんだし、気にしない気にしない。

 そんな事を思いながらもう一回キスしようと顔を寄せると、首を痛めるんじゃないかと思う程思いっきり反らされた。同時にそれなりの力で眼下にあった右手がオレの顔面を直撃する。丁度掌で口を覆う様な形で、べチッ!と派手な音を立てて。

「ぎゃっ!!いってぇ!!」

 オレは思わず声をあげて、少しだけ上体を跳ねあげる。んだって口はそうでもないけど鼻まで食らったんだぜ?!それこそダイレクトアタックだ。痛い、マジ痛い。つーかコイツなんでこんなに容赦ねぇんだ。諦めたんじゃなかったのかよ?!

 オレは引っぱたかれた鼻を抑えて自然と出てくる涙で視界を滲ませながら、もー勘弁ならん!とばかりに今度は反撃を食らわない様邪魔な海馬の両手首を抑えて強引に先に進んでやろうとしたその時だった。一体どこにそんな力が残ってたんだ?!って程の勢いで跳ね起きた海馬は、丁度腹の上にいたオレを思い切り付き飛ばそうとする。

「うわっ?!なんだよ?!」
「っ、どけっ!!」

 勿論オレは全く退く気がないから、わざと両足に力を込めてその身体をがっちりとホールドしようとした。けど奴は諦めない。凄く短い時間だったけど、ベッドの上でまるで掴みあいの喧嘩の様に互いの身体を叩いたりひっかいたり押したりしながらやり合っていると、不意に海馬の動きがピタリと止まった。同時にオレの肩を爪を食い込ませてまで掴んでいた手が離れ、勢いよく自分の口を押さえこんだ。

 え?まさか、これって……?!

「ちょ、お前もしや……」
「………………!!」
「ぎゃあああ!!ちょっと待てっ!!ストップ!!耐えて海馬くんっ!!」

 ……オレは数分前にちょっとだけ頭を過ぎったある事をすっかり失念していた事にこの時点で漸く気付いた。そうだ、こいつは酒に弱かったんだ。そしてそんな奴が泥酔して、激しい運動なんかしちゃった時には訪れる結果はただ一つ。
 

……けど、そんなのは当然後の祭りで……。
 

 オレの必死の回避努力も虚しく、折角替えたばかりだった清潔なシーツは悲惨な事になりました。……これは酷い。まあ半分はオレの所為ではあるから文句言えないんだけど。……言えないんだけどさー。あーあ。
 

 え?ヤる気?んなもん露ほども残ってる訳もなく、その後は大人しく寝ましたよ。物凄くガッカリしながら。
 

 ……凹むよなぁ。
 ふと目が覚めると、香ばしい珈琲の匂いがオレの鼻をくすぐった。……あれ、もう朝?なんだか鉛の様に重たい頭を辛うじて持ち上げてベッドヘッドに放り出して置いた携帯を掴んで時間を見る。液晶ディスプレイには小さく「8:00」と表示されていた。

 ……朝ですね、はい。

 昨夜は海馬くんといい事しようとした途中で盛大なリバースに阻まれて達成出来ず、真夜中なのに泣く泣く汚したシーツやらカバーやらオレや海馬の服やらを洗濯し、披露困憊でベッドに戻ってみれば天使の様な顔で眠りこけている張本人に心の底から脱力して、倒れる様に眠っちまった。そいで目が覚めたらこんな時間になっていたと、そういう訳。

 それにしても頭痛ぇ……よくよく考えてみればオレ昨日けっこー飲んだんだよなぁ。海馬の事ですっかり酔いは冷めたつもりでいたけどそうでもなかった。完全なる二日酔いだわこれ。

 未だガンガンする頭を押さえながら携帯を放り投げ、もうちょっと寝ようとごろりと寝返りを打つと、薄らと開けた視界にシャツの上だけを着た海馬の後ろの姿が飛び込んで来た。奴はキッチンのテーブルの所にいて新聞片手に珈琲メーカーを弄っている。ああ、珈琲の匂いはコレか。

 って……あれ、こいつ何時の間に起きたんだ。つかお前は二日酔いじゃないのかよ。夜中に吐くだけ吐いてスッキリってか。なんだそれむかつくー!

 ……まぁそうなったのはオレの所為なんだけどさ。

 しっかし昨日のアレは惜しかったよなー。もうちょっとでフツーにエッチ出来たのに肝心な所でリタイアしやがって……くっそ欲求不満過ぎる。しかもお前なんだその格好、誘ってんのか?シャワー浴びたばっかですって感じの濡れた髪そのままにしやがってふざけろよ。

 あーでも頭痛ぇ。気持ち悪い。さっきと逆パターンかよちくしょー。やっぱオレ今度は長時間の飲みには絶対付き合わねぇぞ。いい事一つもないもんな。こんな思いするんならさっさと家に帰って海馬とイチャイチャした方が楽しいし。うー。

「何を唸っている。煩いぞ凡骨」
「……へっ?」
「目が覚めたのなら珈琲でも飲むか?……何を呆けた顔をしている。汚い顔がますます汚くなるぞ」
「……ちょ、汚い言うな!起きて早々なんだおま……っいってぇ……」
「二日酔いか。無様だな」
「……お前からは言われたくねぇ。盛大にゲロった癖によ」
「喧しいわ。貴様の所為だろうが」
「オレの所為かよ!」
「当然だ」
「そんっ……あー駄目だ。喧嘩する気力ない。死ぬ」
「死ね」
「ひっど……!」
「つべこべ言ってないで飲むのか飲まないのかはっきりしろ」
「……いただきます」
「最初から素直にそうすればいいのだ」

 フン、と最後は小憎らしく鼻を鳴らして、海馬はくるりと後ろを向いてオレ用のデカいマグカップに出来たての珈琲を注ぐ。その背中は身体を良く拭きもしないで羽織ったんだろうシャツが透けて肩甲骨が丸見えになってる。

 なんだかなーめっちゃ襲いてぇ。でもこの状態でナニをどうしたら今度はオレが確実にリバースする、間違いない。……くっそー、あー切ない。

「ほら」
「さんきゅー……っておい!」

 そんなオレの悶々とした気持なんかどこ吹く風で、なみなみと注がれた珈琲入りのカップをずいっと押し付けて来た海馬は、そのまま直ぐにキッチンへ戻るべくまた背を向ける。ちょ、それは余りにも素っ気ないんじゃ……と思ったオレは咄嗟に奴の何も持ってない方の腕を捕まえた。それに海馬はちょっとだけいやーな顔をして振り返る。

「なんだ」
「何処行くんだよ」
「テーブルだが。新聞を読みたい」
「そんなん後でいーじゃん、ここにいろよ」
「何故だ。鬱陶しい」
「いーから」
「よくないわ」

 言いながら海馬が腕に力を入れて振りほどこうとしてくるから、オレも負けじと掴んだ指先に力を入れる。純粋な力比べではオレの方が勝ってるから、奴が幾ら必死に腕を取り返そうとしてもそう簡単に行く筈もない。けど、全く諦める気配がないからオレは半ば呆れた気持ちで更にグイッとその腕を引いて、近づいた耳元にワザとらしく言ってやった。

「なんだよ。昨日駄々捏ねてまでオレの所に帰って来た癖に」
「何の話だ」
「モクバが言ってたぜ。海馬邸に帰りたがらなかったって。だから仕方なくここに連れて来たんだってさ。海馬くんは寂しかったんですよねー?」
「そんな訳あるか。想像でモノを言うな」
「いやぁ、あながち想像だけじゃないと思うぜ?じゃーなんで昨日怒ったんだよ。オレ、お前を怒らせるような事はしてない筈だけど?ただ飲みに行くって言っただけで」
「貴様は時間にルーズな上に際限がないからだ。それに、酔うと性質が悪い」
「へー。それがヤだったわけ」
「そうだ」
「それだけ?」
「それだけに決まってるだろう」
「じゃあ、仮にオレが帰宅時間をきっちり守って酒を飲まない飲み会ならOKしてくれるんだ?」
「……ああ」
「嘘吐きだなー海馬くんは」

 そんな過程の話ですら超仏頂面でいかにも「不愉快だッ!」って顔してるのに、まだ自分の本心を認めない訳ですね。相変わらず意地っ張りな事で。まぁ、例え人じゃなくてその時間に対してだとしても、嫉妬されるのはそう悪いもんじゃない。そんだけオレの事を好きだって言ってるようなもんだし。純粋に可愛いと思う。普段が全く可愛くない分、こんな時の嬉しさは倍増だ。思わず、その身体に両手を回してぎゅっと抱き締めちまった位に。

「お前ってさぁ、意外に可愛いよな」
「はぁ?!貴様脳が腐ったのか!」
「なんとでも言って下さい。今日はオレもお前も休みだし、のーんびりしような。とりあえず二度寝しよっか?」
「断る!!」
「まぁそう言わずに」

 そのまま無理矢理ベッドの中に引きずり込んで、オレは言葉通り凄く幸せな気分で二度寝の体勢に入り、その後本当に眠ってしまった。次に目を覚ますと既に時刻は夕方で、当然海馬の姿もなくて、カップにたっぷり入った冷めた珈琲だけが残されていた。勿論すっごく怒られたけど気にしない。

「なぁ、今日どっか行く?」
「今何時だと思っている!」
「じゃあ仲良くする?」
「ふざけるなよ」
「そう怒んなよ、今日の夕メシはオレが作ってやるからさぁ」
「当然だ!」

 相変わらずツンツン怒ってはいたけれど、結局オレの傍から離れなかったらしい海馬の方に今度はこっちから近づいて、ごめんと口先だけで謝りながらオレは小さなキスを一つした。即座にベチッと音がしたけれど、まあこれ位ならしょうがない。

 今夜はカレーな、と宣言したら、それしか作れないだろうとか笑われた。

 確かにそれは当たってるから、オレは特に反論もせずに大人しくそうだよ、と言ってもう一回キスをした。
 

 楽しい週末は、これからだ。


-- End --